第15話 その名は『ザインブルグ』(帝歴999年、9月)
全てのオルヴァネイターには、便宜上『仮契約』と『本契約』という2つのモードがある。
『仮契約』とは、最低限の操作を受け付けるモードだ。
最低限といっても……動くのも戦うのも、俺が乗っていたアゴルムよりも何倍も上等な鎧騎兵となる。
だが、『仮』は『仮』であって……色々と制約も多い。
例えば、コイツらには内蔵されている強力な兵器がいくつかあるのだが、それが全て封印される。
そして『本契約』はその逆だ。
コイツという、古代魔法文明の粋を結集した鎧騎兵を十全に使いこなすことができるモードだ。
具体的には、今求められている言葉を答え、この後いくつかの手順を経ることで『本契約』は完了する。
どちらにするか……といっても実は、コイツを発見してから既に決めている。
「こほん……ヨルン、ノグン、ヴァルム、ギーテ、アッバール……ミュリア、ヒュマノーデ。 (明けより暮れ、また闇の中にありて剣を抜く。この先、斃れし日まで)」
――オルヴァネイターの両目に強く魔力が通い、頭部のバイザーがカシャンと下りた。
静かな重低音が響き始め、やがて胸の先にある空間に……『盾に交差する槍』の紋様が輝いた!
『ラーグ。ロイド=ベルク……ミア、トリスタ、デ、ヴァレイア。ミュリア、ヒュマノーデ。 (確認。ロイド=ベルク……貴方を我が騎手として認定します。この先、斃れし日まで)』
「――ぐぅ!?」
紋様と俺の頭の間に、魔力の糸が繋がる。
脳味噌をかき回されるような違和感が、一瞬あった。
『……ペルクト、オーラ。 (搭乗口、解放)』
しばらくして……ぷしゅ、と音。
それから、オルヴァネイターの腹部装甲板が開いていく。
その先には、帝国の鎧騎兵とよく似たコクピットがあった。
……これで『本契約』はほぼ完了だ。
俺は、初めから『仮契約』で済ませることは考えていなかった。
オルヴァネイターは貴重で、強力な鎧騎兵だ。
その戦略的な価値は計り知れない。
よって、これに乗る俺も方々から注目されることだろう。
それによって色々と面倒ごとにも巻き起こるかもしれない……否、確実に巻き起こる。
俺の身分は、騎士爵の準騎手。
原作主人公のように血筋に恵まれているわけでも、強力な後ろ盾があるわけでもない。
世界は平和で、帝国が『まだ』存亡の危機に迫られているわけでもない。
だから……権力を持った『暇』な連中が俺をどうこうしようとしてくるかもしれない。
なので、『仮契約』でその未来から逃げ、他の誰かに問題を丸投げしてしまおう……という方向性はアリかもしれない。
――だがそんなもん知ったことか! 俺は『原作』のプロローグで死ぬ人間なんだぞ! そんなこと考えてる暇なんざない!!
この超絶強力な機体を使って、地獄のような状況を生き残る!
俺がやるべきはそれしかないのだ!
色々な面倒ごとは、後で考える!
……それに、ちょっとした自信もある。
「『本契約』だからな……!」
『本契約』は、オルヴァネイターと騎手を魔法的に強力に結びつける。
さっき『仮契約』の話をしたが……俺という『本契約』騎手がいると、『仮契約』で動かす時の出力がアホみたいに落ちる。
具体的に言うと、アゴルムの通常移動くらいの鈍重さになる。
これは、俺が死ぬまで続くんだ。
それなら俺を殺せばいいって?
まあ、ちょっとヤバい連中はそう考えるかもしれんが……ここがミソになる。
今まで言った『本契約』と『仮契約』の関係は……この時間軸では解明されていない!
それどころか、原作でも終盤に近くなった時に『主人公たち』が知るようになるだけで……一般の連中は最後まで知らない!
だから、俺から『本契約』を移動させる手段は誰にもわからないってことだ。
その概念すら今は誰も知らないんだからな。
さらには、AI……『精霊』にお願いして、特殊なロックをかけてもらうこともできる。
こればっかりは俺の記憶力頼りだが……まあ、最悪できなくても問題あるまい。
「……行くか」
とりあえず、『本契約』を確実に完了させよう。
そもそもここから脱出するのが主目的だしな。
ちょっと原作で知ってる要素に出会えて興奮してしまった……
帝国製の鎧騎兵は、シグムント王国のモノを参考に作られている。
よって、コクピットの形状も、操作形態も似通っている。
開いた装甲板から中に乗り込み、シートに腰を下ろす。
……この革、たぶん革に似た何かだな。
感触がアゴルムの比じゃない……クッション性も高そうだ、快適だな。
「あ、コイツの名前……ええと、ミア、コンセロイア? (お前の名前なによ?)」
オルヴァネイターは、あくまで古代鎧騎兵全体を差す言葉だ。
『精霊』まで完備されているコイツには、必ず固有名詞があるだろう。
『――ティスタ、ザインブルグ。 (この機体は、ザインブルグ)』
ザインブルグ……格好いい名前だが、やっぱり原作に出てこないな。
出てこないので、名前の意味もわからん。
しかし、描写としては他のオルヴァネイターも知っているが……『精霊』の声が女性ってのは初めてだ。
他はいかにも合成音声って感じで、しかも男性っぽいし。
あっちもロボめいてて好きなんだが……まあ、いいか。
ベルトで体を固定し、籠手に両手を入れてフットペダルを踏む。
傷がちょっと痛む両掌で水晶球を握りしめて……
「よし……始めるか。 ザインブルグ、デア、アゼプト……クヴァーン! (ザインブルグ、起動、魔導主機関励起!!)」
『ラーグ、ロイドヴァレイア。 (了解、ロイド騎手)』
――ヴン、と機械音。
腹部装甲板が閉まり、一瞬暗闇に染まったコクピットに――光が灯る。
「おおお……! 原作の通りだ!」
俺の前方は、腹部装甲板を貫通して……外の景色が見える。
首を動かせば、四方の景色もバッチリ追随する!
この全周囲モニター機能、帝国の最先端技術でも再現ができてないんだよな。
上位の鎧騎兵でも、バイザー内部の映像が綺麗になるくらいだし……
よし、早速立ち上がらせて周囲を確認しよう。
このタイプのヨロイを安置している遺跡は、地表への脱出口が併設されてるからな!
ここは荒らされてないし、今でも問題なく機能するだろう! とっとと脱出だ!
『ロイドヴァレイア、ゼク、マルヴァーン、ロスラクンツ、ジュライ。 (ロイド騎手、最終〇〇を○○します)』
「は? ちょっと待て後半の単語は初めて聞いたぞ? 一体何……ぐぅあああぁあああああ!?!?」
シートの裏側と、籠手の内側から針のような何かが一気に突き出した!?
両手と肩、それから背中の各部位に激痛が走る……なんだ、これ!? こんな機能知らんぞオイ!?
も、もしかして台詞間違えて盗人認定とかされたか!?
『フィシュニム、ロイドヴァレイア。 (終了、ロイド騎手)』
は? 何が終わったって? 俺の人生が?
一体俺は何をされて――っぐ!?!?
――まるで、自分が巨人になったみたいだ。
ザインブルグの五体が、そのまま俺になったように感じる。
埃っぽい空気の臭いすら感じ取れる……なんだ、この状態!?
ああ、ただ刺されたんじゃなくって……血を抜いて魔力リンク的なモノを強化でもしたんか?
それならいいが……これ、起動するときに毎回起こらんよな? 失血死するぞ?
「いづづ……情報量に脳がパンクしそうだ……」
『ロイドヴァレイア、イーラ、ハダル、ミアゲルデ。 (ロイド騎手、貴方の言語がわかりません)』
「あ~……マモラス、ノイテ。 (気にするな)」
『ラーグ。 (了解)』
いつの間にかザインブルグを拘束していた器具が跡形もない。
特に問題になることもなく、新しい愛機はすっくと立ちあがった。
イメージした瞬間に動くぞ、コイツ……さっき血を抜かれたからか?
それに……稼働音が極小だ、いったいどんな関節構造をしているのやら。
さて、脱出口はどこだ~? お、おお!?
後ろの椅子が地面に引っ込んで……なんか出て来た!?
それに、背後の壁が開き始めて……奥に通路が見えた。
なるほど、コイツが起動することが、脱出口解放のトリガーだったんだな。
『ロイドヴァレイア、プリゼ、アゼナブル。 (ロイド騎手、装備をお願いします)』
ザインブルグが言うように、椅子の代わりに地面から出て来た台座には……深紅の大盾と長い馬上槍のようなもの、それに……刃部分の無い両手剣らしきものが置かれていた。
あー! この剣、原作で知ってるゥ!?
・・☆・・
『――総括ツ! 推定地下15セグント……強力な魔導反応!』
『なんだこの波長は……魔物ですか!?』
『馬鹿言え、魔物は地下にいねえよ……じゃあなんだこれ? アゴルムの何十倍も反応がデカいぞ!?』
『ロイドよ! ロイドに決まってるじゃない! 地下で助けを待ってるのよ! 待ってなさいよロイド~!!』
『だーっ!? 剣で地面を掘るんじゃねえよリタ……これは!?』
『総員、戦闘態勢! 周囲から魔物が来るぞ! 魔導反応を嗅ぎ付けられた! 捜索は後だ、まずは迎撃する……円状陣形! アゴルム隊が前に出ろッ!!』
『『『了解ッ!』』』
『んんん待ってなさいよロイドぉ! アタシが魔物ぶっ殺して、すぐに助けてやるんだからね~!!』
『馬鹿野郎リタ! アゴルムよりも前に出るんじゃない!』
・・☆・・
「ザインブルグ、プリゼ。 (ザインブルグ、頼む)」
『ラーグ。デア、アゼプト、エグロゼン。 (了解。○○、起動)』
たぶん○○が脱出口なんだろうな……って思っていると、周囲に魔力の気配。
装備を回収して奥へ進んだ先には、レールがくっ付いている壁があった。
その足元にはいかにも『上へ参ります』って感じの雰囲気の床。
魔導昇降機まであるのか……いや、あるか。
だって帝都でも見たことあるし、古代魔法文明なら楽勝だろ――
「――想像してた! 速度と! ちゃう!!」
床が、いきなりトップスピードで射出された!? 安全基準とかご存じか、シグムント王国!
壁に当たったら装甲が削れるかも……なんて考えてる余裕はない! じゅ、重力が凄い!
コイツのシートのお陰で対応できてる、けど……うおぉおおおおおおお!?!?
――視界に青空! それと飛び散った土の塊!
そして浮遊感――高ァい!?
って、眼下に……皆いる!? いるどころか……魔物……二本角の群れと絶賛戦闘中!?
『なにィ!? 地下から鎧騎兵だと!?』
『どこの隊だ!? あんな形見たことねえぞ!?』
あ、通信は繋がるんだ? しかも……アゴルムよりも超鮮明に聞こえる!
「――ロイド準騎手! 現隊に復帰、しまぁす!!」
『ロイドぉ!? 本当にロイドなの~!? アンタそのヨロイは――』
「説明は後で! リタ上等騎手、ご心配おかけしましたァ!」
『わかった~! ううう……信じてだげどぉ! いぎででよがっだ~!』
鼻声を通り越して号泣のリタに怒鳴り返して、とりあえず姿勢制御をしないと……!
うわ、高い――ええと、ええと……! そうだ!
「ザインブルグ! オーギュロ、アゼプトォ!! (ザインブルグ、噴射機構、起動)」
『ラーグ。オーギュロ、アゼプト。 (了解、噴射機構、起動)』
ぐん、と重力が軽くなる。
ザインブルグの背面や全身にある、魔力を噴射して姿勢制御をする箇所が問題なく起動したようだ。
よかった……やっぱりコイツにもあったか! これなら空を飛びながら戦え――うぅうううう!?
――魔力が! 俺の魔力が恐ろしい勢いで減っている!!
穴の開いたバケツみたいに! この感じじゃ、継続して飛ぶのは無理だ!!
空中で失神しちまう……止めて、突っ込む!!
「シュトレ! (中止!)」
機体を捻って足を下に向け、自由落下――そこにいる、魔物に向けて!
「てんめえ! ここで会ったが百年目だ畜生がぁああああ!!」
そこにいるのは憎き二本角!
アレとは違う個体だが知るか! 種族全体に恨みをぶつけてやる!
今まさにリタが角をロングソードで切り払ったソイツの――胴体に! 右手で抱えた銀色の馬上槍を突き、込むッ!!
「ブギィイイイイイイ!?!?」
落下速度の恩恵か、それとも馬上槍の鋭利さか。
二本角の体で最も硬いはずの背面装甲を貫いて――肉に着地した!
丁度いいクッションだなっ!
『ロイドぉ~! アンタ、しばらく見ない間にヨロイの扱いが上手になったわね!』
さっきまで号泣してたのに切り替えが速い!
さっすが上等騎手だ!
「それはヨロイのお陰で――また来る!」
馬上槍を引き抜き、盾を構える。
アゴルムの横をすり抜けた二本角にィ――突撃ッ!!
「オォオオオオオオッ!!」
地面を蹴り、すぐさまトップスピードへ!
とんでもねえ反応速度だ! マジで、俺がヨロイになったみたいな気分だぜ!
口から泡を吹いてこっちに走る二本角へ――真正面から突っ込む!!
「でいッりゃぁああッ!!」「――ッゲェ!??!?」
踏み込みの勢いを乗せた片手突きが、二本角の眉間に突き刺さって――火花を散らしながら、後頭部へ貫通!
脳を破壊された二本角は、串刺しになったままその場で死んだ。
死に際の突進を片手で受けたのに、こっちの装甲の軋みはない。
……これで、たぶん最後か?
結構な数がいたみたいだが、さすがは我が5番隊。
ヨロイたちは大きな損傷もなく、皆健在だ。
「ふぅ……」
しばらく警戒して、槍を引き抜いて息を吐く。
お代わりはなし、か。
『ロイド! ローイド!! 顔っ! 顔見せなさ~い! 怪我してない!? お腹空いてない~!?』
おわわわ、揺すらないでくださいリタ!
「大丈夫ですよ、リタ上等騎手……ペルクト、オーラ」
そう言って、小声で腹部装甲板の解放を指示。
開いていく装甲板の先には……ツヴァンクの開いた腹から見える、涙目どころか半分以上泣いているリタの顔があった。
……速い、速いよ、行動が。
「キャアアアアアアアア!?!? アンタ血まみれじゃないのォ!? ロイドが、ロイドが死んじゃう~!!」
え? ああ、刺されまくったからな……ザインブルグに。
さっきの戦闘行動で、体中に血が飛び散ったらしい。
「ああ、大丈夫ですよ、もんだいありま、ありましぇ……え?」
あれ、なんか……視界が、暗く……?
魔力、切れか? これ……?
「全然大丈夫じゃなぁあい! しっかりしなさいロイドォオオオオ!?!?」
リタの絶叫を聞きながら、俺は意識を失うのだった。
でも……なんとか……生き残ったぞ……ぐぅう。




