第13話 九死に一生。(帝歴999年、9月)
俺の部屋が見える。
南駐屯地の部屋じゃなく……たぶん、『前世』の。
10畳ほどの空間はそれなりに整頓され、壁際の本棚には『帝歴1002』シリーズが収まっているのが見えた。
本棚の隣にある縦長のケースには、俺が組んだ鎧騎兵のプラモデルと……アクションフィギュア。
壁には映画版のポスターが張られ、PCモニタの横には開いたままのブルーレイボックス。
ああ、そういえばこんな感じの家だった気がする……徹頭徹尾、『帝歴』シリーズとロボットもののブツが溢れた部屋。
PCデスクには、少し型落ちしたスマートフォンが置かれている。
それに手を伸ばすと、電源の切れた画面に誰かの顔が――
・・☆・・
「……うぅ、あ?」
自分の喉から出たとは思えない程、掠れた声で目が覚めた。
俺は……そうか、地面下にあった地下水脈に落ちて……溺れて、ない?
「うぐ……」
どうやら、アゴルムは仰向けに倒れているようだ。
フットペダルに置かれた足に、水に濡れた感触がある。
「ごほ……」
恐らく、何度も体がぶん回されたんだろう。
きつく食い込み、金具部分の壊れたベルトを、座席横にあるナイフを使って切り裂く。
なんとか呼吸が楽になった……肋骨は鎧のお陰で無事だな。
「ふうぅ……」
壁からボトルを取り、水を飲む。
カラカラになっていた喉が潤されると、なんとか本調子に戻ってきた。
「……魔力が通らない、いや……」
軋む体を振り向かせると、どこかにぶつけて砕けたバイザーの隙間から……明滅する『動力体』が見えた。
……よかった、ケースに破損はない……『動力体』自体は無事だ。
ってことは……二本角の電撃でアゴルム自体の神経がイカれたんだろう。
一時的な麻痺じゃなかったのか。
ちゃんと避けたと思ったのに、余波でこれか……畜生。
「二本角が魔法を撃つなんて! そんな描写は原作には無ぇんだぞォ! っぐ、イデデデ!!」
叫んだら体の色んな所が痛い……骨折はないけど、打ち身やら擦り傷やらが満載だな……
「いっつつ……」
手を見る。
さっきボトルを掴んだ時は気付かなかったが、両掌がズタズタだ。
球が割れた時にやられたな……あそこが壊れたってのに、よく最低限の魔力が通ったもんだ。
……ともかく、現状を確認しないとなんにもならん。
魔力循環は死んでるから……たしか、ここに……あった。
「ぬ、ぐぅう……がァ!!」
座席下部にあるレバーを思い切り引くと、空気の漏れるような音がして……腹部装甲板が開く。
緊急時用の解放装置は生きててよかった……
「……そりゃそうか」
視界は真っ暗で、何も見えん。
地下水脈を流されて、俺はどこまで来ちまったんだろう。
水の音が聞こえる……この状況からして、浅瀬にでも引っかかったか?
「……動くかぁ……」
……まだプロローグまで1年以上もあるってのに、こんな地下でくたばってたまるかよ。
俺は生きていて、幸運にも大怪我はしていない。
なら、ここでキャンキャン泣いてる場合じゃない!
幸い、ヨロイ内部には色々と物資がある。
まずはそれを確認して……傷の手当だな。
「リタ、それに皆も心配してるだろうなあ……」
そう呟いて、軋む座席から体を起こした。
・・☆・・
「どうにもできん」
コクピットから引っ張り出した救急箱を使い、まず両掌の怪我を治療した。
水晶球の破片を抜き、薬草由来の軟膏を塗り、包帯で固定。
まだじくじくと痛みはあるが、とりあえず化膿の危険性は減ったな。
それから、弾け飛んだバイザーの破片で切れていた額も治療。
こっちは浅いが、血はだくだく出ていた。
手が痛くて気付かんかったな。
ともあれ、治療を終えてアゴルムから這い出す。
手に持つのは、固定を外した『動力体』。
これに触れて魔力を流せば……それは、即席のランプに早変わりだ。
この色味だと、このまま連続使用しても1週間は大丈夫だな。
遠征用に満タンなのを装着していた甲斐があったぜ。
で、その灯りで照らしながらアゴルムの全体を確認したんだが……
「俺が凄腕整備士でも無理だ、こりゃあ」
南駐屯地に来てから、半年近くも付き合った我が愛機アゴルム。
――その両足が、根元からない。
アゴルムの後ろに広がる、水音を響かせる地下水脈……そこを流されている時か、それとも落下した時か。
どちらかわからんが、千切れたんだろう。
「神経系の寸断に加え、下肢の消失……か」
ぽん、と倒れたアゴルムの頭に手を置く。
「……ありがとうな、相棒。それと、すまん」
アゴルムは、もう動けない。
俺の命の恩人だが……ここに置いて行くしかない。
『動力体』を持ち、振り返る。
そこは、歪な形の洞窟になっている。
西方辺境領に、こんな地下水脈と洞窟があったなんて……原作にはそんな描写なかったぞ。
まあ、初手で滅んだから誰も調べるなんて無理だけどさ。
ともかく、洞窟に行くしかない。
アゴルムを調べつつ周辺を歩いたが、地下水脈方面は行き止まりだ。
濁流が音を立ててさらに地下へ落ち込んでいる……真っ暗な中滝を下るより、洞窟の方がなんぼか生き残る気がする。
「よいっせ」
コクピットから出した行軍用の緊急背嚢を背負う。
中身は防毒マスク、ロープに寝袋、クソ不味い1週間分の携帯食料、各種薬品、替えの下着類に工具。
これも遠征用に積まれておいてよかった……備えあれば憂いなし、だ。
水が入っていたボトルも、背嚢の側面に括り付けてある。
全部で4本……重いが、水は大事だからな。
「心もとないが、ないよりマシか」
そして、武器。
アゴルム用の手槍は水底にでも沈んだようで、『角土竜』を解体した時のナイフしかない。
ヨロイには小さいナイフでも、俺が持てば大剣だ。
最悪、杖代わりになればいいか。
「……じゃあな、相棒」
全ての装備を確認して、洞窟へ向けて歩き出した。
最後に一度だけ振り向く。
ボロボロで、地面に横たわる命の恩人は……『頑張れよ』とでも言っているような気がした。
「ああ、頑張るよ」
「一応、上には向かっている……のか?」
地下は涼しいが、悪い足元を気にしながら洞窟を行くのは疲れる。
溶岩が冷えて固まったような地面は、コケでもしたら皮膚をズタズタにしそうな感じに鋭い。
そんな洞窟を『動力体』で照らしつつ、おっかなびっくり歩いて行く。
この世界には時計もないから現在時刻もわからない。
脱出できるまで、体内時計はバグりまくりだな。
緩やかに上っているような洞窟内には、生命の痕跡が一切ない。
……来たる修羅場に備えて、食える虫やら草やらの勉強もしたってのに役に立ちそうもないな、こりゃ。
「先は長そうだな……」
不安からか、独り言が増えて困る。
「地表近くに開口部があればいいんだが……」
ちら、と見る『動力体』のケース。
最悪の場合はコイツに直接触れ、俺の魔力を一気に全力で叩き込むしかないか。
ヨロイを動かす動力になる『動力体』だが、そういう使い方をすると……『爆弾』になる。
等級によって威力は上下するが、こいつでも半径50メートルくらいなら吹き飛ばせる威力はある。
問題は、コイツに魔力を叩き込んでから爆発するまでの時間が未知数ってことだな……
アニメの描写からすると、即ドカン! って感じじゃないとは思うが……
もしコイツを使うなら、嫌な実験になりそうだな……
今の俺は、左手に『動力体』を持ち右手にナイフ、もとい大剣を持っている。
急激に信用できなくなりつつある原作知識によると……魔物は普通、地下にいない。
だからコレを使う機会はないと思うが……二本角の件もあるから用心だけはしておこう。
まあ、出たら高確率で死ぬんだが。
「ああくそ、地味に全身の傷が痛い……」
ぼやきつつも、足を前に動かす。
騎手用ブーツ、頑丈で助かったぜ……頑張ろう、俺。
・・☆・・
「統括! ロイドを探しに行かせてください!」
「……駄目だ、今からでは夜になる……危険過ぎる。それに、あの地下水脈の規模だと……あの場にはもうおらんだろう」
「水脈を辿って地表からあたりを付けましょう、統括騎手。ツヴァンクの感覚系なら、かなり精度の高い探索を行えます」
「俺は明るくなったら駐屯地に伝令に行きますよ、大規模哨戒の予定はないから、1から6番隊までは引っ張れます! ツヴァンクなら、全力で走れば半日で到着しますよ!」
「……わかった。少し待て、聖騎手に手紙を書く……サイム! トッド! リタを押さえろ! 今から地下に飛び込みかねんぞ!!」
「リタ落ち着け! 見捨てるわけじゃねえんだ、しっかり作戦を立てねえと!」
「そうだ! 闇雲に動いて二次遭難でもしたら目も当てられんのだぞ!」
「んぎぎ……離しなさいよ! ロイドはアタシの大事な大事な部下なんだから!!」
「んなこたあわかってるよ馬鹿エルフが! 落ち着けって言ってんだ!!」
「なんちゅう馬鹿力だよおい……皆手を貸してくれ~!!」
「ロイド! ローイドぉ!! 待ってなさいよ! アタシが必ず助けてあげるんだからね! 生きてなさいよ~! 死んだらぶっ殺すからね~!!」
・・☆・・
「……ん?」
なんか聞こえたか、今……?
……気のせいか。
それにしてもこの洞窟、何処まで続くんだ……細かい枝分かれがないのはいいけど、相変わらず命の気配がねえ。
腹は……緊張のせいかまだ減らんなあ。
食料は大事だから、節約しながら行くかね。
「……あぁ?」
俺の目がおかしくなったんじゃないなら……なんか、先が明るいような気がする。
どれだけ落下したかはわからんが、もしかして思ったより地表は近いのか?
これは僥倖だ、けっこう早く皆に合流できるかもしれん……!
地表に出て『動力体』を爆発させれば、見晴らしがいい場所なら気付いてもらえるかも!
よし、希望が見えてきたぞ……やはり俺はここで死ぬような男ではなかったなぁ!
ロイド=ベルクは原作主人公ではないが……俺の人生では俺が主人公だァ!!
コケないように、早歩きじゃーい!!
「嘘だろ、オイ」
必死で足を動かし、洞窟を歩いた。
たぶん、一時間は歩いてないだろうが……目に見える光はどんどん強くなった。
そして、少しばかりきつくなった勾配を登り切った俺の目に、明るい光が飛び込んできた!
飛び込んできた、んだが……
「……おかわりかよ、いや、そうじゃなくって……」
そこは、明らかにヒトの手が入った……『石造りの通路』だった。
「まさか、ここは……」
格段に歩きやすくなった地面に喜びながら、『動力体』をかざす。
その必要もないほど視界はハッキリしている。
どうやら『天井』が薄く発光しているからだ。
蛍光灯みたいなものが埋め込まれている……どんな科学力だよ。
「こ、れは……!」
ここは、幅が5メートルほどある石造りの通路だ。
さっきまで俺がいた洞窟との接続口は、こっちから見れば門のようになっている。
自然にできたモンじゃないな、あそこの地下水路への勝手口ってとこか?
そして、通路の壁には定期的にとある紋様が刻まれていた。
「『盾に交差する槍』……『シグムント王国』の、王家の紋章!」
今世で目にするのは初めてだが、『前世』ではよく知っている……!
「まさか、西方辺境領にもあったのか……『シグムントの遺産』!!」
それは……簡単に言うと、超古代文明の遺跡である。




