激化
「僕らがレースを厳しくする必要はないと思う。他に、それをするのにもっと向いた国がある。」
残り100km、スロベニアのガル・グリヴァルが動いた。続いてイタリア、デンマーク、フランス。集団の表面に、抑えられていた攻撃が次々と浮かぶ。
「レースが厳しくなればなるほど、僕にはいいと思う。もちろん、自分の調子が良ければだけど。」
残り90km前後。
マチュー・ファン・デル・プールが動いた。
普通なら早すぎる。だが1週間前に174kmを1人で走り切った男にとって、90kmは攻撃を思いとどまる理由にはならなかった。
マチューにとっての早いは、果たして他人の早いと同じなのだろうか。この男も、ポガチャル側として扱われることが多いのだ。
3年前のグラスゴーでも、マチューは誰かが用意した勝負どころを待たなかった。雨に濡れた市街地で残り20数kmから飛び出し、コーナーで転倒しても立ち上がり、そのまま世界王者になった。シクロクロスでも世界を取り、ロードでも虹を着た男にとって、荒れたレースは避けるべき事故ではない。自分の強さが増幅される場所にもなり得る。モントリオールでも、彼が踏んだ場所からレースの形が変わった。
ワウト・ファン・アールトが反応する。
マチューが動けば、ワウト・ファン・アールトが見る。2人は別々の国のジャージを着ていても、互いの加速を見落とさない。シクロクロスからクラシックまで、何年も相手の強さを最も近くで見てきた。誰かに危険だと教えられる必要はなかった。
プリモシュ・ログリッチも動く。
オスカー・オンリーが入り、チャームが入り、アメリカのシモンズが最後に渡った。6人。たった1周で、レースを支配していた国と、レースを先導する選手が入れ替わった。集団ができ、壊れ、またできる。ロードレースだ。フランスが作ってきたレースを、別の選手たちが勝手に作り替え始めた。
マチューとワウト。
この二人が同じ先行グループに入れば、後ろは放置できない。けれど、追うには脚を使う。追わなければ、そのまま行かれるかもしれない。
その最後尾に滑り込んだシモンズも、2019年のジュニア世界王者。3度の全米王者。普段なら、と言っても差し支えないほど青地に白い星、赤と白の縦縞という、遠くからでも誰だか分かるジャージで走る男、いや、こう言おう。キャプテンアメリカ。今日は淡い色のアメリカ代表ジャージを着ている。マチューの遠い攻撃にシモンズが入れば、他国は無視できない。逃げ切ることを、すでに何度も現実にしてきた選手だからだ。ジャージを着替えたからといって、当たり前だがそれはきっと、変わらない。
世界選手権には無線がない。
誰かが責任を決めてくれるわけではない。
後方ではデル・トロが動いた。2週間前、このモントリオールで勝ったばかりの22歳である。夏のツールでは初出場でステージを勝ち、ポガチャルの近くで勝つ側と支える側の両方を経験してきた。それでも世界選手権ではメキシコ代表であり、フランスやベルギーのような人数も、有力選手もいない。自分で差を縮めるしかなかった。
この日のセクサスは何度もデル・トロを基準にしていた。
デル・トロが行けば行く。
デル・トロが上がれば上がる。
セクサスがつき、レムコがつき、ヒーリーとマクナルティもいる。シモンズを前に置いたアメリカのマクナルティとジョーゲンソンは、追走の先頭を引く理由がない。デル・トロとセクサスが脚を使う。アメリカは使わない。同じ集団の中で、同じ速度で走りながら、失っているものが違った。
残り74.1km。マチューが激しく踏んだ。ワウトが離れた。チャームが離れた。ログリッチも一度は離れた。反応できたのはシモンズとオンリーだった。登りに入ると、ログリッチが戻ってきた。
1か月半前に自動車にはねられ、3週間前には靴下を履くことさえ難しかった男が、マチューの攻撃で壊れた世界選手権の先頭へ戻った。事前の予想では優勝候補からは一つ下がった扱いだったことや、この日のレースでは一度遅れたことも、ログリッチにとって終わりを意味しなかった。前で速度が落ちる。後ろから誰かが戻る。戻った直後に攻撃する。また別の誰かが遅れる。
「逃げ集団を走ることに慣れていないのかもしれない。」
ほとんど新人みたいなことをレース後に言う男は2019年、スロベニア史上初のグランツール王者になった。「また次のレースで会いましょう!」と言って、翌年2020年。ツールを最後の最後で失った。それでもジロ・デ・イタリア1勝、ブエルタ4勝、オリンピック個人タイムトライアル金。ツール総合2位。そんな男が36歳になって世界選手権で逃げへ入る。
「自分でも驚いた。」
ログリッチは、まだ初めてのことをする男だった。
トム・ピドコックは途中で落車し、左脚を傷つけ、予備の自転車で追い直していた。数週間前にはマウンテンバイクのクロスカントリーで世界王者になったばかりで、2022年のツールではガリビエを下って逃げへ入り、ラルプ・デュエズを勝っている。3月のボルタ・ア・カタルーニャでは下りで道路から消え、谷へ落ちる大事故も経験した。
自転車を扱う技術が高いことと、安全な範囲だけを走ることは同じではない。彼の場合、その技術が勝負できる地形を増やし、危険な場所まで勝負所にしてしまう。
だが今回は、下りではない。少なくとも、彼が映し出されたときには、フィニッシュラインを越え、チームメイトに牽かれてカミリアン・ウードへ向かっていた。残り6周となるフィニッシュラインでは、減ったとはいえまだまだ大集団として通過していた。
世界最高峰のバイクコントロールを持つ選手でも、大きな集団の中で転ぶ。世界選手権から前世界王者を消したのも、そういう落車だった。
ロードレースは、長い距離の中で、そんなうんちくがたくさん披露されるスポーツだ。
その少し後ろでは、レムコ・エヴェネプールの反応が鈍くなっていく。
世界選手権個人タイムトライアルを4連覇した男だった。
ケベックを勝った男だった。
ロードでも世界王者になれば、同一年の世界選手権で個人TTとロードをともに取る男子史上初の快挙になる。パリオリンピックで彼自身が成し遂げたように。
だが脚が、予定表を読んでくれるわけではなかった。




