理性と本能の独り言
カナダへ来なかった有力選手もいた。
マチュー・ファン・デル・プールは、ツール・ド・ルクセンブルクを世界選手権への仕上げに選んだ。
9月20日、最終第5ステージ。177km。
スタート直後、マチューは前へ出た。総合成績で遅れていた彼にとって、トレーニングの延長のような攻撃だった。集団から離れ、やがて1人になった。
本来の計画ではなかった。
「こんな予定じゃなかったよ。」
序盤なら、いずれ追走が来る。そう考えて、自分の出力で走り続けた。ところが差は縮まらず、また広がった。ならば最後まで行く。それだけだった。
「とんでもなく脚が良かったんだ。一人になったから、自分のテンポで走り続けた。」
追走集団が何度組み替わっても、前にいる男は変わらなかった。
174kmの単独走。2位ミッケル・ホノレに1分以上の差をつけた。プロロードレース史でも指折りの長距離独走だった。
マチューはすでに初日も勝っていた。それでも、モントリオールについては慎重だった。
「このコースは、少し厳しすぎると思う。」
長い登りでは、純粋なクライマーに分がある。それは事実だった。
しかし彼は、世界選手権が普通のレースにはならないことも知っていた。
国別チーム。少ない人数。普段とは異なる味方。レース無線なし。
監督から先頭との差も、他国の思惑も、正解も届かない。目の前の車輪、相手の呼吸、自分の脚から判断するしかない。
予測しにくいからこそ、可能性がある。
後に彼は、無線のないレースについてこう言うことになる。
「無線のないレースでは、本能で走れる。」
その本能がどのようなものか、ルクセンブルクで174kmにわたって先に見せていた。
◆
同じ9月20日、モントリオールでは世界選手権の男子エリート個人タイムトライアルが行われた。
こちらでは、本能が入り込む余地などないように見えた。
39.2km。選手は1人ずつ出走し、空気抵抗と秒数だけを相手にする。
レムコ・エヴェネプールは44分53秒で走った。2位フィリッポ・ガンナに57秒。3位に入ったセクサスには1分13秒。世界選手権個人タイムトライアル4連覇。男子では誰も成し遂げていなかった記録だった。
ただ速かっただけではない。
「最初から最後まで、ずっと自分でレースをコントロールできている感覚だった。コーナーも直線も、すごく滑らかだった。」
レムコは、さらにコーナーについて話した。
「TTバイクでも普通の自転車でも、コーナリングはかなり上達したと思う。自信がついたことで、コーナーでも攻められるようになった。」
かつて、下りやコーナリングは、この男の弱点として何度も語られた。
2020年のイル・ロンバルディアでは、橋から落ちた。
その男が6年後、世界選手権のタイムトライアルで、直線だけではなくコーナーでもタイムを奪っている。
空力を極めたことは、終わりではなかった。
圧倒的な独走力でトップレベルに留まりながら、その場所で自転車選手として過ごす時間まで稼いだ。
コーナリングも、その時間の中で変わっていた。
ケベックではスプリントで勝った。モントリオールでは時計を壊すような差で勝った。
1週間後のロードレースで、レムコが2つ目の金メダルを取る。ベルギーでは、その未来が予想ではなく予定のように語られ始めた。
マクナルティは4位だった。銅メダルまで12秒。
表彰台には届かなかった。しかし、39kmを世界で4番目に速く走れる男が、世界選手権の周回コースを誰よりも知っている。その事実は、優勝候補の列の陰に置かれたままだった。
マチューは174kmを1人で走った。
レムコは39.2kmを1人で支配した。
そして、まだ誰も知らなかった。
1週間後、本当に必要になる独走距離は、そのどちらでもない。
32kmだった。




