↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
2026 UCI世界選手権大会 ロードレース 男子エリート モントリオール
PR
3/28

2つのカナダ

 ブエルタがスペインを南へ進んでいるころ、世界選手権開催国のカナダでは2つのワールドツアーレースが行われた。




 9月11日、グランプリ・シクリスト・ド・ケベック。


 最終3周でレムコ・エヴェネプールが動いた。ジュリオ・チッコーネとアントン・チャームが同行した。集団との差は決定的には開かない。逃げ切るには足りず、捕まえるには惜しい距離のまま、2人になって最終局面へ入った。


 残り75m。レムコはチッコーネの後ろから出た。


 独走で勝つ男として知られる選手が、2人のスプリントを制した。


 3位チャーム。後方から迫ったピドコックが4位。クイン・シモンズが5位。


 ピドコックもまた、ただの4位ではなかった。マウンテンバイクのクロスカントリー世界選手権を制したばかりで、今度はロードの虹を狙っていた。イギリス男子がロード世界選手権を勝てば、マーク・カヴェンディッシュ以来15年ぶりになる。路面も競技時間も違う2つの世界で頂点を取る機会が、ポガチャルの欠場によって現実味を増していた。


 世界選手権を2週間後に控え、レムコは自分が1つの勝ち方だけを持つ選手ではないと示した。ポガチャルの欠場で空いた本命の席へ、もっとも自然に座ったのは彼だった。


 ◆


 2日後、9月13日。


 スペインのグラナダでは、マスが赤いジャージを守り切った。ワウトは緑を持ち帰り、ログリッチは2位を勝利のように受け止めた。


 ◆


 同じ日、モントリオールでは、世界選手権とほぼ同じモン・ロワイヤルの周回を使って、グランプリ・シクリスト・ド・モンレアルが争われていた。


 214.4km。濡れた路面。登って、下り、また登る。その反復が人数を削った。


 ベン・ヒーリーが前へ出た。追走が組み替わるたび、勝者の候補も変わった。最後に抜け出したのは、20歳のフランス人ポール・セクサスと、メキシコのイサーク・デル・トロだった。


 2人は交代しながら、追走との差を広げた。上り基調のアヴニュ・デュ・パルクへ入り、セクサスが前を取る。残り300mで、デル・トロが右から出た。


 デル・トロが優勝。セクサスが2位。


 27秒後、ブランドン・マクナルティが3位に入った。この日は国別対抗ではない。UAE チームエミレーツ XRGの一員として、マクナルティはデル・トロを支えるアシスト役だった。その仕事をしながら、追走グループから早駆けして自分の表彰台まで獲得した。クイン・シモンズが4位。ケベックを勝ったレムコは5位、ピドコックは6位だった。


 結果表だけを見れば、2週間後の世界選手権を先に印刷したようだった。




 デル・トロは同じコースで勝てる。

 セクサスはフランスの総力を預けるに足る。

 レムコはケベックで勝ち、モントリオールでも上位に残った。

 ピドコックは2戦ともトップ6。

 シモンズは2戦とも、勝負をする集団にいた。

 そしてマクナルティは、2025年にこのモントリオールで勝ち、2026年にも表彰台へ戻ってきた。ただし彼は、本命の名簿では大きく扱われなかった。


 デル・トロとセクサスは、若い優勝候補だった。レムコは絶対的な優勝候補だった。ピドコックも、マチューも、ワウトもいた。マクナルティは、優勝候補たちと同じ場所にいる男だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。