また次のレースで会いましょう
2022年、ツール第5ステージ。
石畳。
道路へ動いた干し草の俵を避けきれず、ログリッチは転倒した。
肩が外れた。自分で入れた。
道路脇の観客席みたいな場所へ座り込み、自分の肩を戻して、また自転車に乗った。これで総合争いは大きく後退した。そして同じチームには、もう1人いた。
ヨナス・ヴィンゲゴー。
前年、ログリッチがツールを去ったあとに代理エースとなり、総合2位まで上がった男。2022年には、最初からログリッチと並ぶ勝利候補だった。
普通なら、話はいくらでも面倒になる。
俺がエースだ。いや、今は俺の方が強い。どちらを守る。どちらを捨てる。
ロードレースのチームには、エースという席がある。だから、その椅子を守る戦いまで始めようと思えば始められる。
ログリッチは、別の使い方をした。
第11ステージ。
ポガチャルの黄色いジャージを、ログリッチとヴィンゲゴーが交互に殴った。
ログリッチが行く。ポガチャルが追う。ヴィンゲゴーが行く。ポガチャルが追う。またログリッチ。またヴィンゲゴー。
テレグラフからガリビエへ、何度も何度も。
自分のツール総合優勝は、もう遠くなっている。それでもポガチャルに反応させる脚として、自分を使う。
ポガチャルが全部に反応する。
最後のグラノン。
ヴィンゲゴーが行った。
今度は、ポガチャルが行けなかった。
マイヨ・ジョーヌが移った。
翌日もログリッチは、ヴィンゲゴーのために走った。
最終的には怪我を回復させるためツールを離れる。それでも、自分の総合順位が壊れた瞬間に、はいさようならとはしなかった。
「今の順位に貢献できたことを誇りに思う。チームが黄色と緑の目標を実現すると信じている。」
黄色はヴィンゲゴー。緑はワウト。
自分が勝つツールではなくなった。チームが勝つツールは、まだ続いていた。
ヴィンゲゴーは、その年のツールを勝った。ワウトは、緑のジャージを持ち帰った。
◆
2023年、ジロ・デ・イタリア。
最終日前日の山岳個人タイムトライアル。
ログリッチはゲラント・トーマスを追っていた。
モンテ・ルッサーリ。急坂。ここで勝てば、ジロをひっくり返せる。
チェーンが外れた。
自転車を降り、チェーンを戻す。スタッフが駆け寄る。そして、なぜか観客の1人まで走ってくる。
赤いシャツの男が、再発進するログリッチを後ろから押した。
誰だ、お前。
ミティヤ・メジュナル。
元スキージャンパー。ログリッチがスキージャンパーだったころのスロベニア代表のチームメイト。
しかも、元ルームメイト。
2007年、同じ場所でジュニア世界選手権団体を一緒に勝った仲間だった。
そんなことある?
何千人もいる山の観客の中で、チェーンが外れた場所の近くに、昔のチームメイトがいる。そいつが走ってきて、押す。
自転車競技へ転向して十年以上。スキージャンプ時代の仲間に背中を押されて、ログリッチはまた走り出した。
勝った。
ステージも。ジロも。
ゲラント・トーマスとの差、14秒。
トラブルに付け込まれずに勝つ。トラブルを起こさずに勝つ。そんなきれいな話ばかりがロードレースではない。トラブルが起きる。それでも勝つことまである。
◆
2024年。
またツールで落車した。リタイアした。
6週間ほど後、ブエルタ。
優勝。
4勝目。大会最多記録に並んだ。
何度も次の世代が現れた。
ポガチャルが来た。ヴィンゲゴーが来た。レムコが来た。もっと若い選手も来た。
それでもログリッチは、次のレースにいた。
◆
2026年。
36歳。
ブエルタ前のトレーニングで、自動車にはねられた。
大きな血腫ができた。開幕前の記者会見では「この3週間で一番大変だったのは靴下を履くことだった。」というような話までした。十日ほど前までは、まともに歩くことさえ難しかったという。
それでもブエルタへ来た。
「どうなるか見てみよう。」
こういうときに使うには便利すぎる言葉である。
2位。
「2位は、僕にとって勝利だ。」
勝っていない。それでも勝利。
順位という数値と、その人がそこへ来るまでの時間が、同じものではないからだ。
2週間後、世界選手権。モントリオール。
ポガチャルはいない。ブエルタで落車し、2026年シーズンを終えていた。
スロベニアにはログリッチがいた。
マチュー・ファン・デル・プールが動いた。ワウトが動いた。シモンズが行った。オンリーがいる。
ログリッチまで、行った。有力なチームメイトは、相次いでリタイア。
36歳。グランツール5勝。オリンピック金メダリスト。
そんな男が、世界選手権のずいぶん遠いところから逃げ集団へ入る。
しかも一度離れたように見えて、また戻る。私は数年前にも似たものを見た気がする。
最後までは残れなかった。
結果、21位。
レース後。
「もしかしたら、こういう選手たちと走ることや、逃げ集団を走ることに慣れていないのかもしれない。自分でも驚いた。」
ほとんど新人みたいなことを言っている。
グランツール5勝。36歳。
まだ、初めてのことがあるらしい。
そして、こんなことも話した。
「目標そのものを見すぎて、その途中を見失うことがあるのかもしれない。」
世界王者にはならなかった。21位。
数字だけなら、若いころよりずっと後ろにいる。存在感まで小さくなったわけではない。
2019年。
スロベニア人として初めてグランツールを勝った男は、表彰台で言った。
「また次のレースで会いましょう。」
ポガチャルと一緒に見てきた。
ログリッチが出ていると、必ず気にした。
だけど、ポガチャルほど勝てないせいで、浴びせられる意見が違った。
それがどうにも、面白くない。
初期の頃、たくさん調べた選手の一人だった。
だけど今は、どこか腫れ物に触るように見ている自分がいる。
それから7年。
ツールを失った。落車した。リタイアした。金メダルを取った。ブエルタを何度も勝った。肩を自分で戻した。別のエースを勝たせるために攻撃した。チェーンが外れた。昔の仲間に押された。ジロを勝った。また落車した。またブエルタを勝った。
車にはねられた。
ブエルタに出る。
5冠取ったら初だって!
ログリッチに向けて自分の口から出る言葉は、ポジティブな言葉ばかり。
でも。
でも、事故の後だからなぁ。
いやー、でも凄いんだって。
でもってなんだ。
予防線を張っている自分が、嫌になる。
調べた情報を裏付けに使いながらも、ポジティブに捉えるようなバイアスを掛けていた。
隣にいるポガチャルは、手放しで応援しているというのに。
ブエルタ2位になった。
世界選手権で逃げて、21位になった。
素直に嬉しかった。
ログリッチだもん。凄いんだって!
なぜか今なら、手放しで言える。
勝つための相手は、ずっといた。ポガチャルもいた。ヴィンゲゴーもいた。ゲラント・トーマスも、エンリク・マスもいた。
敵まで作る必要はなかった。
ログリッチが誰かに勝つ日もある。誰かがログリッチに勝つ日もある。不運で終わる日もある。不運があったのに勝つ日まである。
だから、先に結末を決めない。
「どうなるか見てみよう。」
そして、終わったら。
「また次のレースで会いましょう。」




