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2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
番外編 タイムリミットの後で
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25/28

また次のレースで会いましょう

 2022年、ツール第5ステージ。



 石畳。

 道路へ動いた干し草の俵を避けきれず、ログリッチは転倒した。

 肩が外れた。自分で入れた。


 道路脇の観客席みたいな場所へ座り込み、自分の肩を戻して、また自転車に乗った。これで総合争いは大きく後退した。そして同じチームには、もう1人いた。


 ヨナス・ヴィンゲゴー。


 前年、ログリッチがツールを去ったあとに代理エースとなり、総合2位まで上がった男。2022年には、最初からログリッチと並ぶ勝利候補だった。

 普通なら、話はいくらでも面倒になる。

 俺がエースだ。いや、今は俺の方が強い。どちらを守る。どちらを捨てる。

 ロードレースのチームには、エースという席がある。だから、その椅子を守る戦いまで始めようと思えば始められる。


 ログリッチは、別の使い方をした。


 第11ステージ。

 ポガチャルの黄色いジャージを、ログリッチとヴィンゲゴーが交互に殴った。

 ログリッチが行く。ポガチャルが追う。ヴィンゲゴーが行く。ポガチャルが追う。またログリッチ。またヴィンゲゴー。

 テレグラフからガリビエへ、何度も何度も。



 自分のツール総合優勝は、もう遠くなっている。それでもポガチャルに反応させる脚として、自分を使う。

 ポガチャルが全部に反応する。

 最後のグラノン。

 ヴィンゲゴーが行った。

 今度は、ポガチャルが行けなかった。


 マイヨ・ジョーヌが移った。


 翌日もログリッチは、ヴィンゲゴーのために走った。

 最終的には怪我を回復させるためツールを離れる。それでも、自分の総合順位が壊れた瞬間に、はいさようならとはしなかった。


「今の順位に貢献できたことを誇りに思う。チームが黄色と緑の目標を実現すると信じている。」


 黄色はヴィンゲゴー。緑はワウト。

 自分が勝つツールではなくなった。チームが勝つツールは、まだ続いていた。

 ヴィンゲゴーは、その年のツールを勝った。ワウトは、緑のジャージを持ち帰った。


◆


 2023年、ジロ・デ・イタリア。



 最終日前日の山岳個人タイムトライアル。

 ログリッチはゲラント・トーマスを追っていた。

 モンテ・ルッサーリ。急坂。ここで勝てば、ジロをひっくり返せる。

 チェーンが外れた。



 自転車を降り、チェーンを戻す。スタッフが駆け寄る。そして、なぜか観客の1人まで走ってくる。

 赤いシャツの男が、再発進するログリッチを後ろから押した。

 誰だ、お前。


 ミティヤ・メジュナル。


 元スキージャンパー。ログリッチがスキージャンパーだったころのスロベニア代表のチームメイト。

 しかも、元ルームメイト。

 2007年、同じ場所でジュニア世界選手権団体を一緒に勝った仲間だった。


 そんなことある?


 何千人もいる山の観客の中で、チェーンが外れた場所の近くに、昔のチームメイトがいる。そいつが走ってきて、押す。

 自転車競技へ転向して十年以上。スキージャンプ時代の仲間に背中を押されて、ログリッチはまた走り出した。


 勝った。


 ステージも。ジロも。

 ゲラント・トーマスとの差、14秒。

 トラブルに付け込まれずに勝つ。トラブルを起こさずに勝つ。そんなきれいな話ばかりがロードレースではない。トラブルが起きる。それでも勝つことまである。


◆


 2024年。

 またツールで落車した。リタイアした。

 6週間ほど後、ブエルタ。

 優勝。

 4勝目。大会最多記録に並んだ。


 何度も次の世代が現れた。

 ポガチャルが来た。ヴィンゲゴーが来た。レムコが来た。もっと若い選手も来た。

 それでもログリッチは、次のレースにいた。


◆


 2026年。

 36歳。




 ブエルタ前のトレーニングで、自動車にはねられた。

 大きな血腫ができた。開幕前の記者会見では「この3週間で一番大変だったのは靴下を履くことだった。」というような話までした。十日ほど前までは、まともに歩くことさえ難しかったという。

 それでもブエルタへ来た。


「どうなるか見てみよう。」


 こういうときに使うには便利すぎる言葉である。

 2位。


「2位は、僕にとって勝利だ。」


 勝っていない。それでも勝利。


 順位という数値と、その人がそこへ来るまでの時間が、同じものではないからだ。



 2週間後、世界選手権。モントリオール。

 ポガチャルはいない。ブエルタで落車し、2026年シーズンを終えていた。

 スロベニアにはログリッチがいた。

 マチュー・ファン・デル・プールが動いた。ワウトが動いた。シモンズが行った。オンリーがいる。

 ログリッチまで、行った。有力なチームメイトは、相次いでリタイア。

 36歳。グランツール5勝。オリンピック金メダリスト。

 そんな男が、世界選手権のずいぶん遠いところから逃げ集団へ入る。



 しかも一度離れたように見えて、また戻る。私は数年前にも似たものを見た気がする。

 最後までは残れなかった。

 結果、21位。

 レース後。


「もしかしたら、こういう選手たちと走ることや、逃げ集団を走ることに慣れていないのかもしれない。自分でも驚いた。」


 ほとんど新人みたいなことを言っている。

 グランツール5勝。36歳。

 まだ、初めてのことがあるらしい。

 そして、こんなことも話した。


「目標そのものを見すぎて、その途中を見失うことがあるのかもしれない。」


 世界王者にはならなかった。21位。

 数字だけなら、若いころよりずっと後ろにいる。存在感まで小さくなったわけではない。

 2019年。

 スロベニア人として初めてグランツールを勝った男は、表彰台で言った。


「また次のレースで会いましょう。」


 ポガチャルと一緒に見てきた。

 ログリッチが出ていると、必ず気にした。

 だけど、ポガチャルほど勝てないせいで、浴びせられる意見が違った。

 それがどうにも、面白くない。

 初期の頃、たくさん調べた選手の一人だった。

 だけど今は、どこか腫れ物に触るように見ている自分がいる。



 それから7年。

 ツールを失った。落車した。リタイアした。金メダルを取った。ブエルタを何度も勝った。肩を自分で戻した。別のエースを勝たせるために攻撃した。チェーンが外れた。昔の仲間に押された。ジロを勝った。また落車した。またブエルタを勝った。



 車にはねられた。

 ブエルタに出る。


 5冠取ったら初だって!


 ログリッチに向けて自分の口から出る言葉は、ポジティブな言葉ばかり。

 でも。


 でも、事故の後だからなぁ。

 いやー、でも凄いんだって。


 でもってなんだ。

 予防線を張っている自分が、嫌になる。


 調べた情報を裏付けに使いながらも、ポジティブに捉えるようなバイアスを掛けていた。

 隣にいるポガチャルは、手放しで応援しているというのに。


 ブエルタ2位になった。

 世界選手権で逃げて、21位になった。


 素直に嬉しかった。


 ログリッチだもん。凄いんだって!


 なぜか今なら、手放しで言える。


 勝つための相手は、ずっといた。ポガチャルもいた。ヴィンゲゴーもいた。ゲラント・トーマスも、エンリク・マスもいた。

 敵まで作る必要はなかった。

 ログリッチが誰かに勝つ日もある。誰かがログリッチに勝つ日もある。不運で終わる日もある。不運があったのに勝つ日まである。


 だから、先に結末を決めない。


「どうなるか見てみよう。」


 そして、終わったら。


「また次のレースで会いましょう。」

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この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
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