熱に浮かされて
ロードレースには、クラシックと呼ばれるワンデーレースがある。
1日で終わる。だからワンデーレースという意味ではあるが、だから簡単、という意味ではない。
春から秋まで、ヨーロッパの古い道路を使って争われる。その中でも、とりわけ長い歴史と格式を持つ5つが、モニュメントと呼ばれている。
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3月のイタリア。
ミラノ〜サンレモ。
春を意味する、ラ・プリマヴェーラ。La Primavera
あるいは、クラシックの中のクラシック、ラ・クラシシッシマ。La Classicissima
ミラノから地中海沿岸のサンレモまで、およそ300km。5つのモニュメントで最も長い。最後にチプレッサとポッジオという2つの登りがあるものの、純粋なクライマーだけのレースではない。スプリンターにも勝てる。下りが上手ければ、そこで勝負することもできる。
誰にでも勝てる可能性がある。
だから、誰にとっても簡単ではない。
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4月。ベルギー。
ロンド・ファン・フラーンデレン。フランドル地方の急坂と石畳を繰り返す。
オウデ・クワレモント。
コッペンベルグ。
パテルベルグ。
あとあれ。ミュール!サンダルじゃなくてさ、フランス語じゃなくてさ、フランドルで使われるオランダ語ではミュールと書いて壁と読む、みたいな!
ミュール。壁。いかにも急坂っぽい。
カペルミュール。
かつてロンドの名所として知られた石畳の急坂で、登った先にはカペル、礼拝堂がある。
なんか聞き覚えがあると思ったら、あのあれ!サイクルウェア!靴じゃなくて服!そっか、ロンドから来てたのかぁって思ったよね!
げふんげふん。おっと、どうやら熱があるようだ。
舗装された普通の坂なら、勾配だけを見ればいい。
ここでは、それだけでは足りない。石畳がある。
濡れる。
滑る。
跳ねる。
前の選手が止まれば、自分も止まる。
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同じ4月。フランス。
パリ〜ルーベ。
今度は、パヴェ。
今度も石畳である。
ただし、観光地に綺麗に並べられた石畳を想像してはいけない。荒れた石が並び、隙間があり、土があり、雨が降れば泥になる。
北の地獄。L'Enfer du Nord
クラシックの女王。La Reine des Classiques
二つの異名を持つ。
名所としては、アランベールの森。
セクター9は当時、名前があったのか知らなかったけど、2025年にはポガチャル落車!
当時、公式サイトの地図上に表示される点だけで、めちゃくちゃ興奮した。
落車のみならず、跳ねるタイヤはパンクしまくるのだ。それどころか、再起不能なまでにぶっ壊れることもあるぶっ壊れレースだ。まさに過酷!まさに地獄!ここで言う女王とは、ハートの女王様ですか?!ゼンリンではない地図のページと記事のページを行ったり来たりしながら、追い上げるポガチャルを応援する。ファンデルプールもパンク!それでも結局、ルーベのヴェロドロームに到着する頃には、タイム差が開いたまま。3連覇の指を立てて、フィニッシュラインを通過したのは、マチューだった。
タイヤ交換、バイク交換。しなきゃなんないのに、そもそも細い農道のパヴェ、クルマがなかなか入れないパヴェもあったりする。だから、元ポガチャルのチームメイトだった現マチューのチームメイト、優勝候補の1人、フィリプセンが、バイクを差し出す!
あ、これ、今年のパリ~ルーベね。
だがしか~しっ!SHIMANOの新しいペダル周りを本戦で試していたフィリプセン!天然イメージの強い彼だが、これは彼のせいではない。合わない!嵌まらない!ドツボには嵌まる!なんてことだ……なんてことだ……バイクを返して道を戻る!別のチームメイトが冷静に、横たわるマチューのバイクを見付け、パンクしたゼンリンを交換していた!
なんというアシスト!なんというチームワーク!
そして猛追!
この男は諦めない!
しかしまたパンク!
4連覇が掛かったレース!
鬼神のごとき追い上げで、開いたタイム差2分から、15秒まで縮める!
シクロクロスのマチューを見ているようだった。
ゴールスプリントはワウトが制し、大怪獣ポガちゃんは、最も合わないとされた星で、2年連続2位。それだけでもとんでもないことだった。
レース後の選手の手は、荒れる石畳のせいで、ずる剥け血だらけ。そんな中、マチューだけは翌日呑気にゴルフ。
手は。
惜敗した後、今年も行ったかどうかはわからない。
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そして再び4月のベルギー。
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ。
1892年創設。
現存するクラシックで最も古い。
だから、ラ・ドワイエンヌ。
最古参。
おフランス語でラとか付いてると、貴婦人みたいなイメージになるマスですわよ。
ごきげんよう。おほほ、ごめんあそばせ。
ちなみにマスは、スキンヘッドのスペイン人。
マスの顔でセリフを再生されても私は知らん。
表現の自由があるのであれば、どう楽しむかは読者の自由なのである。
アルデンヌの短く急な登りを、何度も越える。
ラ・ルドゥート。
ロシュ・オー・フォコン。
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そして秋。イタリア。
ジロも、ツールも、ブエルタも、そして世界選手権をも越えて、シーズン終盤を締めくくるレース。
イル・ロンバルディア。
落ち葉のクラシック。Classica delle foglie morte
その年最後のモニュメントである。
山を登り、湖を巡り、秋の北イタリアを走る。春のミラノ〜サンレモがスプリンターにも扉を開くのに対し、こちらは登れる者、長く強く走れる者の側へ大きく傾く。ポガチャルにとって、最も相性がいいレースで、圧倒的な強さで連覇を重ねてきた。
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新参者のストラーデ・ビアンケ、白い道がモニュメントに迫る。
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そんなクラシックの中でも。
2026年の春に戻ろう。
世界選手権の6か月前、同じ選手たちはイタリアの海へ向かっていた。ミラノ~サンレモ。300km近く走った最後に、チプレッサとポッジオがある。場所は毎年ほとんど変わらない。だからこそ難しい。全員が、そこで何かが起きると知っている。
ポガチャルは、その分かりきった場所を何年もかけて壊そうとしていた。
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2024年、UAEはチプレッサを9分より速く登り、集団を20人ほどまで減らすような構想を持っていた。だがアプローチで位置を失い、デル・トロらは前へ上がるために脚を使った。登りで想定していた強度を最後まで作れず、ポガチャルはポッジオで攻撃したものの3位。本人は、計画には従ったがチプレッサから先で少し足りなかったという趣旨を話した。完璧でなければ勝てないレースだと、すでに分かっていた。
2025年は違った。UAEがチプレッサを本当に勝負所へ変え、ポガチャルが残り25kmほどから加速する。ついていけたのはマチュー・ファン・デル・プールとフィリッポ・ガンナ。ポッジオでも攻撃し、マチューだけが残り、ガンナも戻る。作戦は機能した。レースの常識を動かすほど、機能した。それでも勝ったのはマチューだった。ヴィア・ローマで3人になれば、最後の速さはマチューにある。ポガチャルは3位。前年よりはるかに理想へ近づき、それでもミラノ~サンレモは手に入らなかった。
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2026年3月21日。今度こそ。そう言えるだけの準備をしてきた年に、チプレッサまで約6kmという場所で大落車が起きた。ポガチャルが倒れ、マチューも巻き込まれた。ワウト・ファン・アールト、マッテオ・ジョーゲンソン、ビニヤム・ギルマイらも止められた。勝負所はまだ始まっていないのに、予定していた形は先に壊れた。
ふと、落車経験者は、自分に重ねてもっと辛い追体験をするのだろうか、などと思う。
ポガチャルはすぐに自転車へ戻った。だが集団へ戻るだけでは足りない。300km近く走った選手たちが、最後の勝負のために前方へ密集している。その最後尾から、先頭まで上がらなければならなかった。フロリアン・フェルメルシュとフェリックス・グロースシャルトナーが集団へ戻し、そこからブランドン・マクナルティが前へ出る。落車した世界王者を背後につけ、チプレッサで速度を上げた。次にイサーク・デル・トロが出る。2人目の発射台だった。
残り24.2km、ポガチャルが加速した。ついていけたのはマチューとピドコックだけ。頂上で30秒以上あった差は平坦で削られ、ポッジオの麓では約10秒。3人の前に、もう1度レース全体が戻ってきた。そこでポガチャルが攻撃し、今度はマチューが遅れる。残ったのはピドコックだった。登りではポガチャル。下りでは、マウンテンバイク世界王者でもあるピドコック。どちらも相手を消せず、2人でサンレモにある伝統的フィニッシュラインのある、ヴィア・ローマへ入った。
ピドコックが先にスプリントを始め、ポガチャルが並ぶ。差は4cm。ポガチャルが勝った。3位には、同じ落車から戻ったワウトが入り、マチューは8位だった。
2024年は、作戦を考えたが十分にはできなかった。2025年は作戦を完成させ、レースの形まで変え、それでも負けた。2026年は勝負所へ入る前に落車し、予定していた形そのものが壊れた。マクナルティが戻し、デル・トロが発射台になり、ポガチャルが攻撃して、勝った。
完璧に近づいたから勝ったのではない。完璧だった年には負けた。予定どおりにいかなかった日に勝った。
春には、マクナルティがポガチャルを戻し、デル・トロが前へ送り出した。秋にはポガチャルがいない。マクナルティが1人で前へ行き、デル・トロが後ろで追った。同じ3人でも、役割は固定されない。
だからロードレースでは、肩書より先に、その日の道路を見るしかない。




