銀と銅、それぞれの友人
銀。
マイケル・マシューズは、世界選手権の前日に36歳になった。
世界選手権の銀メダルは、初めてではない。11年前、2015年のリッチモンドでも2位だった。その後、2017年のベルゲンと2022年のウロンゴンで銅。すでに世界選手権の表彰台へ3度上がっている。
だが、2026年の銀は、同じ色ではなかった。
2025年。
肺塞栓症。
エコノミークラス症候群なんかで脚にできた血栓が、剥がれて心臓に戻って来ると、その先で細くなっている血管を詰まらせる。そんな話で馴染みのある症状が、あんなに脚を回している選手に起こる。
それが、かなり意外だったことを覚えている。
しかも調べてみたら、一見した印象ほど縁遠い病気ではなかった。
長距離を移動し、落車し、怪我をすれば動けなくなる自転車選手にとって、という、レースの外の生活にまで目を向ければ、思っていたほど遠いところにある病気でもなかった。
マシューズは、そんな自転車レースあるあるで、自転車を降りた。
2026年3月5日、復帰した彼は、今度はトレーニング中の落車で両腕を骨折した。
そこから、レースを見るしかない時間が始まった。
「2年間で2度、競技人生が終わったと思った。」
モナコの近所に住む友人から、ほとんど毎日メッセージが届いた。
タデイ・ポガチャルだった。
2人は8歳違いで、所属チームも違う。ポガチャルがモナコへ移り住んだ2020年頃から、一緒に走るようになった。
家にいるときは頻繁にトレーニングする。
ただし、決められたメニューを黙々と消化するだけではない。その日の感覚で方向を変え、互いにアタックし、競争する。
「僕らは自転車に乗ることそのものが好きなんだ。トレーニングでも互いにアタックするし、競争する。大きな子どもみたいなものだよ。」
マシューズが知るポガチャルの楽観は、無準備とは反対だった。
栄養を学び、コースを調べ、必要な仕事を終えたうえで、力を抜いて見える。何も考えないから笑っているのではない。考えるべきことを考えたあとにも、笑う余地を残している。
ただし、同じレースへ入れば関係は別になる。
「プレゼントはない。」
マシューズは、そこも簡単に言う。
レースでは敵。
自転車を降りれば友人。
2日後。
3月7日。イタリア、ストラーデ・ビアンケ。
トスカーナの白い未舗装路を走る、UCIワールドツアーのワンデーレース。 ポガチャルにとっては、その年最初のレースだった。
残り79km。
ポガチャルは1人になった。
そのままシエナまで走り切り、4度目の優勝。
前年度は落車からの追い上げ、3度目の優勝。
さらに2週間後。
3月21日。ミラノ〜サンレモ。
約300kmを走る、5つのモニュメントの1つ。
ポガチャルが、まだ勝ったことのない大レースだった。
残り32km付近。
チプレッサへ入る前に落車した。
戻った。そして、攻撃した。
最後まで残ったピドコックとの2人になり、ヴィア・ローマのスプリントを制した。
初優勝。
ポガチャルからレース前にメッセージが来たという。
「どこでアタックしてほしい?」
マシューズは、テレビをつける頃合いを答えた。
「その頃がいい。」
「わかった。」
ポガチャルは、本当にその頃に攻撃した。
そして勝った。
落車した友人は、何度も落車を追体験しながらレースを観戦していた。
単純に元気だけを与えたわけではない。
奇しくも、ポガチャル自身の落車と紐付くレースだったとするには、少しばかりこじつけが過ぎるだろうか。
モントリオール。
今度はポガチャルがいない。
マシューズは最後の集団スプリントを制した。
フィニッシュ定点カメラの中で、左手でサイクルコンピューターを止めた。その手をヘルメットへ移し、次に口元へ置いた。右手はハンドルに残したまま、画面の外へ出ていった。
それが映像に残った身振りのすべてだった。
銀の意味を重くするために、誰かの仕草を借りる必要はない。
自然に出たものが同じだと、意味を見出したくなる。
勝利ポーズとして、ボウ・アンド・スクレープ、ジャージのロゴを示す動作、なんなら自転車を降りてしまう。家族からもらったお守りを出したり、追悼の意である場合もあって、届けたいメッセージのために意味深なポーズを取ることも、自転車レースあるあるである。
あら、フィニッシュラインを越える前にそんなことをしていれば、後ろから差されますわよ?
アラフィニッシュなんて造語が、世界の一部では密かに流行ったとか。
11年前の銀と2つの銅を持つ男が、肺の血栓と両腕の骨折の向こうから、4つ目のメダルへ戻った。
「夢が叶った。」
2位は、1位になれなかった順位である。
同時に、終わったと思った競技人生では、2度と取れないはずだった順位でもある。
◆
銅。
マチュー・ファン・デル・プールとポガチャルの友情には、攻撃地点がついている。
2023年4月16日。オランダ、アムステル・ゴールドレース。
マチューは出場しなかった。
UCIワールドツアーに組み込まれるクラシックなるワンデーレース。
その3日前、ポガチャルへ連絡した。
「勝ちたいなら、キューテンベルクで行けばいい。」
1.6km、平均勾配5.2%。フィニッシュまで29km以上ある場所だった。
普通なら、まだ早い。マチューは、その早さがポガチャルに合うと知っていた。ポガチャルは、教えられた場所で攻撃した。
残り29.2km。
独走。
勝利。
「全部、マチューの言った通りになった。アドバイスに感謝しないとね。」
ライバルが、ライバルへ勝ち方を教えた。
もちろん、助言は勝利ではない。
聞いた者に実行できる脚があり、助言した者にコースを読む目があり、その二つが同じ地点で重なったときにだけ、現実を変える。
3年後の世界選手権。
ポガチャルはいなかった。
マチューは、残り90km近くから動いた。
今度は誰かに場所を教えられたのではない。無線のない集団を見て、クライマーが先に動く前に、自分で攻撃地点を作った。
一度ではなかった。
追いつかれれば、別の組み合わせを作る。遅れれば戻る。マクナルティを追う最後の局面でも動いた。
勝てなかった。それでも銅を取った。
「自分が走りたかったレースはできた。」
ポガチャルへ正しい攻撃地点を1つ教えた男は、モントリオールでは、正しい地点が最後まで1つに決まらないレースを走った。
◆
2026年世界選手権。
1位、ブランドン・マクナルティ。
2位、マイケル・マシューズ。
3位、マチュー・ファン・デル・プール。
三人の表彰台。
その外に、1人の欠場者がいる。
マクナルティのチームリーダー。
マシューズのトレーニング仲間。
マチューへ勝ち方を教わった良きライバル。
タデイ・ポガチャル。
本人は、1メートルも走っていない。
マシューズが走れない春には、テレビをつける時間に合わせて攻撃した。
マチューからは、勝つならここだと教えられた場所で攻撃した。
そしてマクナルティとは、何年も同じチームで走ってきた。
2026年9月27日。
そのどれも、モントリオールでポガチャル自身がやったことではない。
それでも、2位と3位を見れば、そこに友人がいる。
1位を見れば、そこにチームメイトがいる。
世界王者はスタートラインにいなかった。
それでも、2026年世界選手権の物語から、完全には消えなかった。




