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2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
番外編 懐古 世界選手権のその後で
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20/28

銀と銅、それぞれの友人

 銀。




 マイケル・マシューズは、世界選手権の前日に36歳になった。


 世界選手権の銀メダルは、初めてではない。11年前、2015年のリッチモンドでも2位だった。その後、2017年のベルゲンと2022年のウロンゴンで銅。すでに世界選手権の表彰台へ3度上がっている。


 だが、2026年の銀は、同じ色ではなかった。



 2025年。

 肺塞栓症。


 エコノミークラス症候群なんかで脚にできた血栓が、剥がれて心臓に戻って来ると、その先で細くなっている血管を詰まらせる。そんな話で馴染みのある症状が、あんなに脚を回している選手に起こる。


 それが、かなり意外だったことを覚えている。

 しかも調べてみたら、一見した印象ほど縁遠い病気ではなかった。


 長距離を移動し、落車し、怪我をすれば動けなくなる自転車選手にとって、という、レースの外の生活にまで目を向ければ、思っていたほど遠いところにある病気でもなかった。


 マシューズは、そんな自転車レースあるあるで、自転車を降りた。



 2026年3月5日、復帰した彼は、今度はトレーニング中の落車で両腕を骨折した。

 そこから、レースを見るしかない時間が始まった。


「2年間で2度、競技人生が終わったと思った。」


 モナコの近所に住む友人から、ほとんど毎日メッセージが届いた。


 タデイ・ポガチャルだった。


 2人は8歳違いで、所属チームも違う。ポガチャルがモナコへ移り住んだ2020年頃から、一緒に走るようになった。


 家にいるときは頻繁にトレーニングする。


 ただし、決められたメニューを黙々と消化するだけではない。その日の感覚で方向を変え、互いにアタックし、競争する。


「僕らは自転車に乗ることそのものが好きなんだ。トレーニングでも互いにアタックするし、競争する。大きな子どもみたいなものだよ。」


 マシューズが知るポガチャルの楽観は、無準備とは反対だった。


 栄養を学び、コースを調べ、必要な仕事を終えたうえで、力を抜いて見える。何も考えないから笑っているのではない。考えるべきことを考えたあとにも、笑う余地を残している。


 ただし、同じレースへ入れば関係は別になる。


「プレゼントはない。」


 マシューズは、そこも簡単に言う。


 レースでは敵。

 自転車を降りれば友人。


 2日後。

 3月7日。イタリア、ストラーデ・ビアンケ。

 トスカーナの白い未舗装路を走る、UCIワールドツアーのワンデーレース。 ポガチャルにとっては、その年最初のレースだった。


 残り79km。


 ポガチャルは1人になった。

 そのままシエナまで走り切り、4度目の優勝。

 前年度は落車からの追い上げ、3度目の優勝。



 さらに2週間後。


 3月21日。ミラノ〜サンレモ。

 約300kmを走る、5つのモニュメントの1つ。

 ポガチャルが、まだ勝ったことのない大レースだった。


 残り32km付近。

 チプレッサへ入る前に落車した。


 戻った。そして、攻撃した。


 最後まで残ったピドコックとの2人になり、ヴィア・ローマのスプリントを制した。


 初優勝。


 ポガチャルからレース前にメッセージが来たという。


「どこでアタックしてほしい?」


 マシューズは、テレビをつける頃合いを答えた。


「その頃がいい。」

「わかった。」


 ポガチャルは、本当にその頃に攻撃した。

 そして勝った。


 落車した友人は、何度も落車を追体験しながらレースを観戦していた。

 単純に元気だけを与えたわけではない。

 奇しくも、ポガチャル自身の落車と紐付くレースだったとするには、少しばかりこじつけが過ぎるだろうか。



 モントリオール。


 今度はポガチャルがいない。

 マシューズは最後の集団スプリントを制した。


 フィニッシュ定点カメラの中で、左手でサイクルコンピューターを止めた。その手をヘルメットへ移し、次に口元へ置いた。右手はハンドルに残したまま、画面の外へ出ていった。


 それが映像に残った身振りのすべてだった。


 銀の意味を重くするために、誰かの仕草を借りる必要はない。

 自然に出たものが同じだと、意味を見出したくなる。

 勝利ポーズとして、ボウ・アンド・スクレープ、ジャージのロゴを示す動作、なんなら自転車を降りてしまう。家族からもらったお守りを出したり、追悼の意である場合もあって、届けたいメッセージのために意味深なポーズを取ることも、自転車レースあるあるである。

 

 あら、フィニッシュラインを越える前にそんなことをしていれば、後ろから差されますわよ?

 アラフィニッシュなんて造語が、世界の一部では密かに流行ったとか。


 11年前の銀と2つの銅を持つ男が、肺の血栓と両腕の骨折の向こうから、4つ目のメダルへ戻った。


「夢が叶った。」


 2位は、1位になれなかった順位である。


 同時に、終わったと思った競技人生では、2度と取れないはずだった順位でもある。


 ◆


 銅。




 マチュー・ファン・デル・プールとポガチャルの友情には、攻撃地点がついている。


 2023年4月16日。オランダ、アムステル・ゴールドレース。

 マチューは出場しなかった。

 UCIワールドツアーに組み込まれるクラシックなるワンデーレース。


 その3日前、ポガチャルへ連絡した。


「勝ちたいなら、キューテンベルクで行けばいい。」


 1.6km、平均勾配5.2%。フィニッシュまで29km以上ある場所だった。


 普通なら、まだ早い。マチューは、その早さがポガチャルに合うと知っていた。ポガチャルは、教えられた場所で攻撃した。


 残り29.2km。

 独走。

 勝利。


「全部、マチューの言った通りになった。アドバイスに感謝しないとね。」


 ライバルが、ライバルへ勝ち方を教えた。

 もちろん、助言は勝利ではない。


 聞いた者に実行できる脚があり、助言した者にコースを読む目があり、その二つが同じ地点で重なったときにだけ、現実を変える。



 3年後の世界選手権。


 ポガチャルはいなかった。


 マチューは、残り90km近くから動いた。


 今度は誰かに場所を教えられたのではない。無線のない集団を見て、クライマーが先に動く前に、自分で攻撃地点を作った。


 一度ではなかった。


 追いつかれれば、別の組み合わせを作る。遅れれば戻る。マクナルティを追う最後の局面でも動いた。


 勝てなかった。それでも銅を取った。


「自分が走りたかったレースはできた。」


 ポガチャルへ正しい攻撃地点を1つ教えた男は、モントリオールでは、正しい地点が最後まで1つに決まらないレースを走った。


 ◆


 2026年世界選手権。


 1位、ブランドン・マクナルティ。

 2位、マイケル・マシューズ。

 3位、マチュー・ファン・デル・プール。


 三人の表彰台。


 その外に、1人の欠場者がいる。


 マクナルティのチームリーダー。

 マシューズのトレーニング仲間。

 マチューへ勝ち方を教わった良きライバル。



 タデイ・ポガチャル。



 本人は、1メートルも走っていない。


 マシューズが走れない春には、テレビをつける時間に合わせて攻撃した。

 マチューからは、勝つならここだと教えられた場所で攻撃した。

 そしてマクナルティとは、何年も同じチームで走ってきた。


 2026年9月27日。


 そのどれも、モントリオールでポガチャル自身がやったことではない。

 それでも、2位と3位を見れば、そこに友人がいる。

 1位を見れば、そこにチームメイトがいる。



 世界王者はスタートラインにいなかった。



 それでも、2026年世界選手権の物語から、完全には消えなかった。

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この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
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