思うに
ピドコックは、何もないところからデル・トロを疑ったわけでもない。
世界選手権では、普段のプロチームが解体される。UAEで一緒に走る選手たちも、国旗の違うジャージへ着替える。
敵になる。
少なくとも、その日だけは。
ジャージを着替えれば、関係まで着替えられるわけではない。互いの脚質を知っている。どこまで踏めるのか知っている。どんなときに前へ出るのか知っている。苦しいときの癖も、強いときの癖も、何百時間と一緒に走ってきた経験の中にある。
世界選手権は、それを消してくれない。
2024年。
チューリヒ。
ポガチャルが、100km以上を残して動いた。
先行集団へ追いつき、そこからさらに人数を削る。最後に残った1人が、フランス代表のパヴェル・シヴァコフだった。普段はUAEで、ポガチャルを支える側にいる。
このとき、ポガチャルは速度を緩めた。
シヴァコフを待った。
シヴァコフ自身も、「UAEのチームメイトでなければ待ってもらえなかっただろう。」という趣旨のことを話している。
ポガチャルからも、「一緒に走れば後ろが牽制し合うかもしれない。」と声を掛けられたという。
友情?
利害?
どちらでもある。
シヴァコフには、世界選手権のメダルを取る可能性があった。ポガチャルには、100km近い独走を少しでも短くするため、一緒に走れる相手が必要だった。普段のチームメイトだから助けた。フランス代表シヴァコフ自身がメダルを取るための最善手だった。
これらは、矛盾しない。同じ方向を向いていた。だから、一緒に走れた。
◆
2025年。
キガリ。
ポガチャルが残り100km以上で動いた。
スペイン代表のフアン・アユソがついた。
その後、メキシコ代表のイサーク・デル・トロが追いついた。
普段なら。
ポガチャル。
アユソ。
デル・トロ。
UAEチームエミレーツ。
当時は同じチーム。
その日は。
スロベニア。
スペイン。
メキシコ。
それでも、先頭には普段のチームメイトが3人並んだ。ポガチャルから見れば、それは都合が良かった。
知っている相手。
強い相手。
走り方も分かる相手。
本人は、「理想的な組み合わせだった。」という趣旨のことを話している。「できるだけ3人で遠くまで行きたかった。」と。
ところがデル・トロは、少し違うことを言った。「ポガチャルを尊重しすぎないようにした。脚を使わせようとした。メキシコのために走った。UAEとして協力していたわけではない。」と。
そういう立場だった。
面白い。
映像だけ見れば、ポガチャルとデル・トロは前で一緒に走っている。後ろとの差を広げている。
ポガチャルから見れば、助かった。
デル・トロから見れば、自分が勝つためにやった。
どちらも成立する。
自分が勝つための最善手。
普段のチームメイトを助ける行動。
一時的に、同じ方向を向いただけ。
◆
2026年。
モントリオール。
マクナルティが逃げる。
後ろに、デル・トロがいる。
またUAE。
そう見えても、不思議ではない。
2024年。
フランス代表シヴァコフは、スロベニア代表ポガチャルと走った。
2025年。
メキシコ代表デル・トロは、スロベニア代表ポガチャルと走った。
2026年。
アメリカ代表マクナルティが逃げた。
その後ろには、メキシコ代表デル・トロ。
また?
そう思うための材料は、すでにある。だから、ピドコックの疑いそのものを、何も根拠のない言い掛かりにするのも違うと思う。過去を知っていれば、そう見える。
ただし今回は、前の二年とは決定的に違う。
シヴァコフはポガチャルと、同じ方向へ走っていた。
キガリのデル・トロもポガチャルと、同じ方向へ走っていた。
二人とも、自分のメダルや勝利の可能性を高めながら、結果としてポガチャルの勝率も上げていた。
モントリオールのデル・トロは、マクナルティを追っている。
前へ逃がすために後ろを止めているのではない。
前との差を縮めるために走っている。
マクナルティが飛び出す前から、自分で追う。
マチューの動きにも反応する。
ジョーゲンソンにも反応する。
マクナルティが1人になったあとも、追走の先頭へ出る。
もし本当にマクナルティを勝たせるためだけに走っていたのなら、ずいぶん変な助け方である。
本人も否定した。「自分はアルカンシェルのために走っていた。他の国が受け身だった。勝ちたかった。」
その一方で。「マクナルティが勝ったことは嬉しい。ブランドンは、この勝利に値する。」そうも言った。
敵。
仲間。
どちらか一方ではない。
両方の関係を持ったまま走っている。
世界選手権だから敵になる。
世界選手権が終われば、またチームメイトになる。
積み上げてきたものは、一日だけ国旗を着たからといって消えない。
どこからが友情で、どこからが利害で、どこまでが単なる脚の限界だったのか。
外から一本の線を引くことはできない。
映像に残るものがある。
チューリヒでは、シヴァコフの自転車はポガチャルと共に同じ方向へ進んだ。
キガリでは、デル・トロの自転車もポガチャルと共に同じ方向へ進んだ。
モントリオールでは、デル・トロの自転車はマクナルティのいる方向へ追っていた。
一度国境を越えてチームメイトと走った人に見えてしまえば、違う走り方だと言っても、同じ物語の中へ戻される。
言葉だけではない。走りだって、見たいように見られる。
また?
そう思うための材料は、すでにある。だから、今回ポガチャルが出場していたら、マチューとワウトとログリッチによる、100km級の攻撃に参加しただろうな。
「先頭の1割以上を、常にアメリカ人にする。」
はっはっは。
足りるわけがない。
なんて。




