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2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
番外編 懐古 世界選手権のその後で
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18/28

取材の言葉は

 こういうことは、よくある。




 ピドコックの発言も、完全に自発的に発信された批判かと言われれば、少し違う。SNSに思うところを書き殴ったわけでも、会見のために声明を用意してきたわけでもない。世界選手権を走り終えた直後、記者から質問を受け、その答えの中で出た言葉だった。


 しかも、惜敗の直後である。


 あと少しだった。


 最終周回のカミリアン・ウードでは、ピドコックとチッコーネがマクナルティとの差を十数秒まで縮めている。あと少し長く2人で行けていれば。あのとき追走がまとまっていれば。誰かが、もう少し引いていれば。


 後からなら、勝てた可能性はいくらでも考えつく。


 そんなものが頭の中を目まぐるしく駆け巡っているときに。


 整理。

 納得。


 できるはずがない。


 選手たちは、やれることをやれるだけやってきた。何か月も準備してきた身体も、作戦も、知識も、世界選手権では十全に使えるとは限らない。それどころか、相手の作戦によって浪費させられ、無駄足を踏まされ、徒労に変えられる。


 それが作戦だと分かっていても、悔しさをぶつける相手というものは、いる。


 ジョーゲンソンを批判する?


 それは難しい。


 マクナルティを逃がしたあと、追走から飛び出す者へ片っ端からついていった。それがアメリカ代表としての仕事だった。勝った国の選手が、勝つための仕事をした。そこへ文句を言えば、負け惜しみに見える。


 普段はチームメイト。だが、このレースに限っては敵のはず。そこにデル・トロがいる。感情をぶつけることに、一縷の正当性があるように見える相手。


 たとえば、そこで聞かれたとする。


「今日のデル・トロの動きについて、どう思われますか?」


 ここに、作為がないと?


 そんな馬鹿な。


 質問は、答えを捏造しない。でも、どの答えを取り出すかには関与する。


 ◆


 2か月前。


 ツール・ド・フランス第15ステージ。

 プラトー・ド・ソレゾン。


 この日のポガチャルは、いつものように最後の山で全員を置き去りにはしなかった。

 無線で何度かチームと話している。


 後に記事になったやり取りでは、ポガチャルが尋ねた。


「Can I go for it?」


 返事をしたのはチームカーではない。

 デル・トロだった。


「Don’t drop me.」


 置いていかないで。


 最大のライバル、ヨナス・ヴィンゲゴーが大会を去った日。

 前夜、現行の規定に準拠したドーピング検査のため、ポガチャルとヴィンゲゴーは未明と呼ぶには早すぎる午前に起こされる。

 決定的なステージの前夜に投与して、翌日効果を発揮するような薬物ではないものを検出するために、既定として設けられたタイミングだが。


 ポガチャルは、行かなかった。


 正確な音声の聞き取りには媒体によって少し違いがある。それでも、少なくとも放送と記事が伝えた物語では、黄色いジャージの男が、自分だけならもっと速く走れる場面で、若いチームメイトを残した。


 その結果、最後まで残ったのがレムコ・エヴェネプールだった。


 レムコ自身も気付いていた。


「ポガチャルが、いつもと違う。デル・トロを残すために、何かを抑えている。」


 だから待った。最後のスプリントまで。


 そして、勝った。

 レムコはこの勝利で、山岳で勝てることを世界に証明した。


 ポガチャル2位。

 デル・トロ6秒差の3位。


 ポガチャルがデル・トロを守ったことと、レムコがその状況を利用して勝ったことは、同じレースの中で両立した。


 自分の勝利を優先しないことは、必ずしも勝利を捨てることではない。


 誰の勝利を大きく見るかが、変わっただけだ。


 ◆


 そのツールでは、もう1人の若者もいた。

 ポール・セクサス。


 第20ステージを終えた時点で、19歳。初めてのツール。総合4位。


 普通なら、とんでもない結果である。

 フランス代表ならぬ所属チームの仲間たちまで使い、デル・トロを表彰台から落とそうとした。やれるだけやった。


 しかし本人が欲しかったのは、3位だった。

 届かなかった。


 レース直後。


「数日経って振り返れば、間違いなく誇りに思えるだろうね。でも今はやっぱり悔しいよ。」


 そう答えた。


 重要なのは、数日後という時間を、本人だけではなく質問する側まで知っていることだと思う。


 今日なら悔しい。

 数日後なら誇れる。


 両方、本当なのだ。

 どちらを聞くかで、見出しは変わる。


「初ツール4位を誇りに思いますか?」


 と聞けば、未来の誇りを語る。


「表彰台を逃した今の気持ちは?」


 と聞けば、現在の悔しさを語る。


 聞き方次第で返答は変わる。


 そして、決まった結果を肯定的に受け入れるまでに数日掛かることくらい、記者も選手も知っている。だが、吐き出されて世界へ発信された言葉からは、その前提がそぎ落とされる。


 見出しになる。

 引用される。

 短くなる。

 本人の言葉だけが歩いていく。


 そうなると選手によっては、SNSを使って自分から火に油を注ぐ。


 別の記事ができる。

 また言葉が切り取られる。


 そして。


 選手の言葉を都合よく解釈して、小説を書く物書きまで現れるのだ。


 困ったものだ。他人事ではない。

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この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
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