取材の言葉は
こういうことは、よくある。
ピドコックの発言も、完全に自発的に発信された批判かと言われれば、少し違う。SNSに思うところを書き殴ったわけでも、会見のために声明を用意してきたわけでもない。世界選手権を走り終えた直後、記者から質問を受け、その答えの中で出た言葉だった。
しかも、惜敗の直後である。
あと少しだった。
最終周回のカミリアン・ウードでは、ピドコックとチッコーネがマクナルティとの差を十数秒まで縮めている。あと少し長く2人で行けていれば。あのとき追走がまとまっていれば。誰かが、もう少し引いていれば。
後からなら、勝てた可能性はいくらでも考えつく。
そんなものが頭の中を目まぐるしく駆け巡っているときに。
整理。
納得。
できるはずがない。
選手たちは、やれることをやれるだけやってきた。何か月も準備してきた身体も、作戦も、知識も、世界選手権では十全に使えるとは限らない。それどころか、相手の作戦によって浪費させられ、無駄足を踏まされ、徒労に変えられる。
それが作戦だと分かっていても、悔しさをぶつける相手というものは、いる。
ジョーゲンソンを批判する?
それは難しい。
マクナルティを逃がしたあと、追走から飛び出す者へ片っ端からついていった。それがアメリカ代表としての仕事だった。勝った国の選手が、勝つための仕事をした。そこへ文句を言えば、負け惜しみに見える。
普段はチームメイト。だが、このレースに限っては敵のはず。そこにデル・トロがいる。感情をぶつけることに、一縷の正当性があるように見える相手。
たとえば、そこで聞かれたとする。
「今日のデル・トロの動きについて、どう思われますか?」
ここに、作為がないと?
そんな馬鹿な。
質問は、答えを捏造しない。でも、どの答えを取り出すかには関与する。
◆
2か月前。
ツール・ド・フランス第15ステージ。
プラトー・ド・ソレゾン。
この日のポガチャルは、いつものように最後の山で全員を置き去りにはしなかった。
無線で何度かチームと話している。
後に記事になったやり取りでは、ポガチャルが尋ねた。
「Can I go for it?」
返事をしたのはチームカーではない。
デル・トロだった。
「Don’t drop me.」
置いていかないで。
最大のライバル、ヨナス・ヴィンゲゴーが大会を去った日。
前夜、現行の規定に準拠したドーピング検査のため、ポガチャルとヴィンゲゴーは未明と呼ぶには早すぎる午前に起こされる。
決定的なステージの前夜に投与して、翌日効果を発揮するような薬物ではないものを検出するために、既定として設けられたタイミングだが。
ポガチャルは、行かなかった。
正確な音声の聞き取りには媒体によって少し違いがある。それでも、少なくとも放送と記事が伝えた物語では、黄色いジャージの男が、自分だけならもっと速く走れる場面で、若いチームメイトを残した。
その結果、最後まで残ったのがレムコ・エヴェネプールだった。
レムコ自身も気付いていた。
「ポガチャルが、いつもと違う。デル・トロを残すために、何かを抑えている。」
だから待った。最後のスプリントまで。
そして、勝った。
レムコはこの勝利で、山岳で勝てることを世界に証明した。
ポガチャル2位。
デル・トロ6秒差の3位。
ポガチャルがデル・トロを守ったことと、レムコがその状況を利用して勝ったことは、同じレースの中で両立した。
自分の勝利を優先しないことは、必ずしも勝利を捨てることではない。
誰の勝利を大きく見るかが、変わっただけだ。
◆
そのツールでは、もう1人の若者もいた。
ポール・セクサス。
第20ステージを終えた時点で、19歳。初めてのツール。総合4位。
普通なら、とんでもない結果である。
フランス代表ならぬ所属チームの仲間たちまで使い、デル・トロを表彰台から落とそうとした。やれるだけやった。
しかし本人が欲しかったのは、3位だった。
届かなかった。
レース直後。
「数日経って振り返れば、間違いなく誇りに思えるだろうね。でも今はやっぱり悔しいよ。」
そう答えた。
重要なのは、数日後という時間を、本人だけではなく質問する側まで知っていることだと思う。
今日なら悔しい。
数日後なら誇れる。
両方、本当なのだ。
どちらを聞くかで、見出しは変わる。
「初ツール4位を誇りに思いますか?」
と聞けば、未来の誇りを語る。
「表彰台を逃した今の気持ちは?」
と聞けば、現在の悔しさを語る。
聞き方次第で返答は変わる。
そして、決まった結果を肯定的に受け入れるまでに数日掛かることくらい、記者も選手も知っている。だが、吐き出されて世界へ発信された言葉からは、その前提がそぎ落とされる。
見出しになる。
引用される。
短くなる。
本人の言葉だけが歩いていく。
そうなると選手によっては、SNSを使って自分から火に油を注ぐ。
別の記事ができる。
また言葉が切り取られる。
そして。
選手の言葉を都合よく解釈して、小説を書く物書きまで現れるのだ。
困ったものだ。他人事ではない。




