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2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
2026 UCI世界選手権大会 ロードレース 男子エリート モントリオール
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16/28

エピローグ 世界王者が生まれた日

 世界選手権の通過記録を3つだけ抜き出す。


 残り2周、1分8秒。

 残り1周、52秒ないし53秒。

 フィニッシュ、13秒。


 順番に並べれば、追走が少しずつマクナルティへ近づいたように見える。


 それは間違いではない。

 しかし、レースではない。


 


 後ろにはジョーゲンソンがいた。




 仲間を引くアシストなら、前から映すカメラは仕事を見つけやすい。先頭で風を受け、役目を終え、横へ退く。


 だがこの日のジョーゲンソンは、追わないことによって仲間を前へ進めた。


 残り2周と残り1周とフィニッシュだけを並べれば、その途中には深い谷がない。


 その谷を省いた数字は、嘘ではない。


 だが、ジョーゲンソンの仕事を消してしまう。


 チームワークは、必ずしも仲間を前から引くことではない。他の全員が前へ進めない理由になることもある。


 マクナルティは32km余りを1人で走った。


 その独走を、後ろから1人で守った男がいた。



 数字に消えてしまっては惜しいと思えるものが、他にも沢山あった。


 橋川のファーストアタック。マッサージ師コヴァーチクの100km。アルミライルの60km。マスとガルの脱落を知ったとき、まだ走っていたアルメイダ。積み重なるリタイアで並んでいく国旗。マチューとワウトが揃った瞬間。前へ行ったシモンズ。事故明けのログリッチが逃げて遅れて戻った登り。ヒーリーの単独ブリッジ。ピドコックの果敢な攻撃。遅れて復活したレムコとワウトの前待ち作戦の背中。ふらふらになるところまで含めてスーパー・ワウト。マチューがクライマーと上手く越えた激坂。デル・トロが鋭い攻撃からテンポ走へと切り替え、復帰までの協調。脚をつったセクサス。後ろを止め続けたジョーゲンソン。そして、最後にはゾーン2しか出せない身体で、止まらなかったマクナルティ。


 誰が主人公だったのかは、距離によって変わる。


 何が正しい判断だったのかは、後ろに誰がいるかで変わる。


 1つの攻撃の意味は、その瞬間には決まらない。


 レース後の発言が映像を変え、別の選手の批判が反論を呼び、国の期待が順位の意味を作る。


 世界選手権は、1人の世界王者を決めるための競技である。

 それでも、1人の物語にはならなかった。



 過去のアメリカが、1人の絶対的英雄を中心に記憶されるとすれば。

 2026年のアメリカは、3人いたから勝った。

 3人とも、自分が勝てる可能性がある選手ではあった。

 けれど、この日の道路には、それよりずっとわかりやすい主役が何人もいた。



 マチュー・ファンデルプールがいる。


 力を余らせることを嫌うように、自分からレースを難しくする男だ。登りでも、下りでも、前へ出る。誰も求めていないところから速度を上げ、集団そのものを激化させていく。



 トム・ピドコックがいる。


 一度止められても、また行く。登りで立ち上がり、踏み、振り返り、それで誰も来なくても、少し休むとまた踏む。シクロクロスも、マウンテンバイクも知る身体が、ロードの上でも落ち着くことを知らない。



 ベン・ヒーリーがいる。


 前へ橋を架けるだけでは終わらない。追いついた瞬間に、そのまま殴りかかる。追走で脚を使った者なら、一度は息を整えたくなる。ヒーリーは、その一息を見逃さない。



 イサーク・デル・トロがいる。


 まだ若い。だからなのか、若いからこそなのか、走りが素直だ。前に出る。牽く。振り返る。誰も来なければ、いら立ちを指摘されるも、まだ牽く。小さな雄牛という名そのままに、綺麗というより猛々しい。テンポ走の遅れさえ、その後の追い上げで華に変わった。



 レムコ・エヴェネプールまで戻ってくる。


 一度は遅れた男が、ワウトに連れ戻され、再び遅れる。以降は誰かの背中で戻ることを求めていないかのように、後ろで先頭として何度も映る。そして最後には、弾丸のように自分の脚で飛び出し、後に長く伸びる列を作った。



 華なら、いくらでもあった。


 誰が勝っても、一枚絵になる選手ばかりだった。


 だから、なおさら目立たない。


 シモンズがいる。

 ジョーゲンソンがいる。


 誰かが飛び出せば、その後ろにいる。

 誰かが追えば、その車輪にいる。

 先頭交代を求められても、出ない。

 ペダルを止める。


 フリーウィーリング。


 意思表示だった。

 仕事だった。


 理由なんて、いくらでもあるだろう。



 そもそもアメリカでは、自転車ロードレースが大きなスポーツではない。

 日曜の午後、わざわざ配信を探して6時間のレースを見る人間が、どれだけいる。


 それでも、少しくらい思ってしまう。


 もし、これが1人の英雄の物語だったなら。

 もっと、わかりやすかったのではないか。


 大衆は、わかりやすいものを好むものだ。


 だが、たとえボガチャルが出場して、たとえ今日をもっと高速のレースに変えて、たとえボガチャル対世界という形であっても、それこそいつものようにまた、ニコニコしながら独走での3連覇だったとしても。


 ボガチャルではない。

 ポガちゃんだとちょっと可愛い。

 ポガチャルだ。


 ……少々筆が滑り過ぎた。

 これ以上ここで、こんな風に水を差すのは無粋だろう。

 この物語の谷は、これくらいにしておこう。

 



 逃げたのもアシスト。絶対的とは言い難い走りだった。

 それを、普段は絶対的エースとカテゴライズされうる者たちが、集団で追った。

 それを、アシストが潰し続けたことが、クローズアップされた大会だったのに。


 普段目立たないアシストが、悪しざまに言うと足を引っ張るようなアシストの技で、全て完璧に抑え込んだ。


 そこに誇りがあったからこそ。


「そんなのどうでもいいよ。チームが虹色のジャージを取ったのに、メダルを逃したことなんて誰が気にするんだ。」


「これは、自分にとって一番誇らしい勝利かもしれない。」


 2人にとってこの日はこれ以上ない1日だった。



 道路には、選手たちがいた。



 それぞれが持ってきた脚があり、経験があり、失敗があり、過去のレースがあり、誰かとの関係があり、その日にしか生まれなかった判断があった。



 それらが全部、道路の上で出会った。



 知らなくても、レースは見られる。けれど、少し知っていれば、見えるものが増える。

 気になった選手を1人。昔のレースを1つ。今日見たレースを次のためにでもいい。

 その選手が、なぜそこで動いたのか。なぜ動かなかったのか。なぜ誰かを待ち、なぜ誰かを追わなかったのか。

 全部を知る必要なんてない。片手間でできる範囲でいい。

 知識は、必ずしも結末を教えてくれるものではなくて、むしろ知れば知るほど、あり得ると思える結末が増えさえする。



 できるだけやる。



 選手たちを同じ言葉で語るなら。

 準備する。調べる。鍛える。作戦を立てる。

 やれるだけやりきるという意味になる。


 それでも、他人の脚までは動かせない。風は止められない。落車も、パンクも、誰かの一瞬の判断も、まだ起きていないことまでは支配できない。


 だから。


 答えを知らない者の逃げではない。

 答えがまだ世界に存在しないとき。


 できることをできるだけやった、その先で。最後に残るのは、案外こんな言葉なのだと思う。


 次の道路には、何があるだろう。それを、少しだけ知っておこう。そして、答えが決まる瞬間を見に行こう。



 さあ。



 どうなるか見てみよう。

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この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
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