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2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~  作者: 水川かずみ
2026 UCI世界選手権大会 ロードレース 男子エリート モントリオール
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14/28

U・S・A! U・S・A!

 残り12.7km。1382mというカミリアン・ウードの残り距離が併記される。




 最後のカミリアン・ウードへ入ると、目に見えてマクナルティの脚から力が抜け始めた。


 本人は後にこう語った。


「最後の登りでは、ゾーン2くらいしか出ていなかった。死にそうだったけれど、ただ踏み続けた。」


 世界選手権を勝とうとする男の出力ではない。長時間維持できるはずの穏やかな強度を、彼は死にかけながら絞り出していた。別の言葉では、もっと単純だった。


「最後の登りは、本当に死にそうだった。最後の300mまで、勝てると思えなかった。」


 普段、5時間走っても1%しか出力が落ちないと言われる絶対的エースをアシストする男は、この時すでに、限界を迎えていたのだ。


 後方でピドコックとチッコーネが加速する。


 30秒。

 20秒。

 頂上付近で、10秒ほど。


 追走から星条旗の背中が見えた。

 マクナルティは、終わりかけていた。


 残り10km。


「マクナルティは現在10秒リードしている。彼は最後の登りの頂上で完全に崩れ落ちたが、すべてが元通りになるだろう。マクナルティはどこにいる?ちょっと見てみましょう。」


 空撮が、広角で俯瞰する。


「彼がそこにいる!彼にはまだ10秒残っている!まだ終わっていない!10秒、10km!」


 追走は、もう届きそうだった。


 だが。


「非常に僅差だが、すぐに埋まるかは。見ろ!またしても彼らは互いに見合っている!フリーウィーリング!誰が行く?!誰が行く?!」


 追いついた者は、そこまで誰かの車輪を使った。

 追いつかれた者は、それまで風を受けた。

 ひとまとまりになった瞬間、全員が次に誰が行くかを見る。


「今こそその差を埋める時だ!でないと彼はまた去ってしまうだろう!」


 10秒を閉じれば、世界王者を争える。

 10秒を閉じるために自分がすべてを使えば、その直後にマチューかマシューズかデル・トロに負ける。


 誰もが正しく考えた。

 正しい判断が集まり、追走は止まった。


「ジョーゲンソンが先頭でペースを落としている。」


 前へ出ないだけではない。必要な場所にいる。誰かが本気で追い始めれば、その車輪へ入る。

 そして、自分はマクナルティとの差を縮めるための風を受けない。


 残り8.3km。


 画面に先頭集団一覧がゼッケン番号順に表示される。

 セクサス、チッコーネ、ピドコック、ファンデルプール、ジョーゲンソン、マシューズ、ヒーリー。


「デル・トロは様々な理由から、乗る理由ができていないと思う。レムコ・エヴェネプールが現れた!」


 一覧にはいない選手が、画面には映っている。


 グループ2シンドローム。

 追走が一枚岩ではないことを、ジョーゲンソンはさらに悪化させる。


 画面に先頭集団一覧がゼッケン番号順に表示され直す。

 エヴェネプール、セクサス、チッコーネ、ピドコック、ファンデルプール、ジョーゲンソン、マシューズ、デル・トロ、ヒーリー。



 残り7.4km。


「ポリテクニークの丘!このレースは本当に素晴らしい!」


 画面には、合わせ鏡のようにモニターの中へモニターが続いている。


 そのモニターを見つめる背中たちが語る。

 USA、USA。

 いや、こうか。

 U・S・A!U・S・A!


 画面に先頭集団一覧がゼッケン番号順に表示される。

 エヴェネプール、セクサス、ピーダスン、チッコーネ、ピドコック、ファンデルプール、ジョーゲンソン、シモンズ、マシューズ、デル・トロ、シュミット、ヒーリー。


 先頭集団は12人。そこに、アメリカは2人。1.6(・)割。

 そのさらに前には、もう1人いる。マクナルティだ。10割。


「先頭の1割以上を、常にアメリカ人にする。」


 単純であることは、簡単であることと同義ではない。


 集団の人数が増えるということは、集団の速度が落ちていると言う証拠だ。

 集団の人間が増えるということは、それだけ交わす視線が多くなるということだ。


 タイム差は34秒まで開き直していた。

 捕まりかけた男が、また遠くなった。



 マクナルティはポリテクニークの丘の頂上を越えた。


 追走も下りへ入る。マチューが加速する。ジョーゲンソンがつく。

 追う者。追えない者。

 もはや作戦も何もなく、脚の残り具合が如実に表れていた。

 見えるものから相手の調子を覗い、自分を抑えるか、爆発させるかを見極める。

 そんなレース勘がものを言う段階だった。


 マチューは振り返った。


 マチューは、ピドコックと同じくシクロクロス選手でもあり、マウンテンバイク選手でもある。

 東京オリンピックではMTBの優勝候補の一人とされたが、サクラドロップに半回転しながら映像内に飛び込んで来た。衝撃のリタイアだった。試走中にはあった岩の陰に位置する踏板が、本番では外されることを、聞いていなかったという。


 見えるものから判断するとき、見えないところのものは見えない。


 そんな男の判断基準は、自身に備わる回復力によって広げられているかもしれない。マチューは番手につき続けるジョーゲンソンをモニター越しに追っていたわけではない。直前で見たアシストは、レムコの鋭い突撃の後方で休みつつ、脚を引っ張るというような方法だった。


 ジョーゲンソンには、脚が残っている。


 自分がマクナルティとの差を消せば、ジョーゲンソンをフィニッシュまで連れていくことになる。道中同じ星条旗にずっと張り付かれていただけに、警戒が高まっていたのかもしれない。


 そして、踏むのをやめた。





 マウロ・シュミットが動いた。ピドコックが動いた。ヒーリーが動いた。デル・トロが動いた。

 ジョーゲンソンは、そのたびに現れた。

 それをマチューが見ていたとすれば、今さらになって判断を改めたかもしれない。

 一瞬の決断の結果を取り戻すためには、重ねる消耗が重すぎる。

 ここは、体格の大きい選手にとっては厳しい激坂区間の一つなのだ。



 マクナルティがパニュロの坂をダンシングで駆け登る。


 観客の顔が、隠れずに連なる。

 道路が上へ向かっていることを、それだけで感じさせた。

 標高だけではない。

 熱気も最高頂へと達しようとしていた。


 今日だけでも12回目ともなれば、これを越えれば、残りは4kmにも満たない。

 マクナルティも、それを理解しているに違いなかった。




 後方ではマウロ・シュミットが先頭。ピドコックは相変わらず、小さな身体を左右に振っている。

 未だにジョーゲンソンの警戒を引き上げ続けている驚異的な選手だ。

 集団にはシモンズもいる。

 そして、パニュロの坂で、セクサスが脚を押さえた。


「彼は終わった!」


 容赦のない言葉が、現実を突きつける。

 フランスは序盤から道路を厳しくした。

 アルミライルは60km以上にわたって集団を牽いた。

 セクサスを最後へ届けるために作られた長い消耗戦。

 その消耗から、フランスだから自由でいられるなどという保証は、どこにもなかったのだ。



 前では、マクナルティが1人でペダルを踏んでいた。


 速く走っているというより、止まらずにいた。

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この子の目からは、どう見えているかな
連載『一周できたなら、どこへでも』 最初から読む
そういうところが、ノンフィクション風
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