シャポー!
マクナルティは、飛び出してすぐの高速コーナーで車体を外へ膨らませた。道路の端が近づいたが、立て直した。
少し後のリプレイでは、今度は内側のフェンスへぶつかりそうになるほど際どいラインを通っている。パルク・ジャンヌ=マンスへ向かう登り基調区間へ入る、周回最後のカーブだった。
1周13.4kmのコースで、残り3周の終わりに近い。
そんなリスクを負った走りで、残り2周へ入るころには差が1分を超えた。
残り26.8km。
先頭のマクナルティから、追走集団までは1分8秒。そのさらに後ろには、6人の追走集団が1分30秒差。大きい。勝負が決まったようにも見える。だが、まだ26km以上ある。追走には、世界最高峰の選手たちが並んでいる。
フィニッシュライン付近で待ち構えるカメラは、レムコを先頭に映像を拡大し、背中にはデンマークのジャージが2枚並んだ。
クローズアップされた顔は、マッズ・ピーダスンだった。
あれ?どこから出てきた?!
2019年の世界王者。2026年のツールで緑のポイント賞ジャージを持ち帰った男である。普段なら、重いギアを踏みつぶすような走りで嫌でも画面に入る。それがこの日は、マチューの攻撃にもワウトの動きにも、クライマーたちの加速にも、ほとんど付き合わなかった。
「見えないところにいて、最後まで脚を残す」
弱くて消えたのではない。自分が勝負できない速度へ、他人と一緒に飛び込まなかった。デンマーク代表監督ミケル・モルコフが組んだ戦術だった。世界選手権で1度生き残って虹を取った男が、7年後には見えないことで生き残っていた。
「それで僕を見なかっただろ。」
レース後の彼は、そんな風に笑った。
周回冒頭のカミリアン・ウードへ入る。頂上まで1,190m。
追走ではピドコックが攻撃した。ジョーゲンソンがつく。
集団が加速すると、それまで牽いていたデル・トロは最後尾へ下がった。
ピドコックが肩越しに後ろを見る。蛇行し、さらにペダルを止めて身体を捻るほど振り返る。一瞬ジョーゲンソンが先頭へ出た。しかし、チームメイトのマクナルティが前にいる。牽くはずがない。
登りでの減速は平地の比ではない。再加速も負荷が大きい。その隙にブイトラゴとマチューが戻ってきた。
「ファンデルプールは、クライマーたちを相手にうまくやっています。」
解説から賛辞が飛ぶ。
別の映像には、先頭から千切れた6人。
オンリー、キュング、ノルドハーゲン、シモンズ、ログリッチ、スカローニ。
デル・トロの姿はそこにはなかった。
先頭集団を前から捉えた映像では、ピドコックがまたダンシングで踏んでいる。マクナルティとの差、1分。頂上まで55m。
ピドコックの番手にはジョーゲンソン。続いてヒーリー、セクサス、チッコーネ、マシューズ。少し後ろにブイトラゴとマチュー。
そこへSHIMANOのサポートカーが、集団の隙間を縫うように加速してくる。
あっぶな。
解説からも、派手な悲鳴が不快感を匂わせて、上がった。
ピドコックは車両の後ろへ向けてさらに力を込めたようにも見えた。風除けに使えれば大きい。しかし登りを走る自動車の速度は、利用できるほど遅くはなかった。
カメラはデル・トロへ向く。
「デル・トロは、デル・トロらしいやり方で、一定のテンポを保っている。」
爆発的に踏むピドコックとは違い、過負荷を抑えながら一定の速度を刻む。
マチューのすぐ後ろ。ログリッチたちより前。
良かった。デル・トロ、いたや。頑張れ!
先頭がセクサスへ代わる。ヒーリーが千切れる。
ほんの数秒だけしかセクサスの牽きを使っていないはずのピドコックは、ヒーリーの映像から戻ったころには、もう一度先頭へ躍り出て激しくダンシングしていた。
シクロクロスとマウンテンバイクの王者というのは伊達ではない。
だが、そこで頂上だった。
先ほどのサポートカーから、マクナルティが補給を受け取る。タイム差は、46秒。
「今日はジョーゲンソンが完璧なチームメイトとして活躍していると言わざるを得ない。クイン・シモンズが先頭にいたが、今はマクナルティが先頭に立っているので、本当に素晴らしい走りだ。」
出た!シャポー!
前へ出た選手が先頭交代を促す、その瞬間を見計らうようにジョーゲンソンは2番手へ位置を取る。しかし交代しない。前へ出て風を受ける仕事はしない。
それでも、飛び出す選手への反応だけは、決して休まない。
セクサス先頭、その後ろにジョーゲンソン。下りなら、ジョーゲンソンはフリーウィーリングしながら補給できるほどだった。
順番が来れば前へ出る。それでも集団を壊すほどには踏まない。後ろの全員が痺れを切らして見限るほど遅くもない。自分の脚は残す。手抜きと言えば聞こえは悪いが、とんでもなく高いレベルでの、温存なのだろう。
一方で、ピドコックやチッコーネ、ヒーリーが登り勾配から飛び出せば、ジョーゲンソンはダンシングで追う。
同じように誰かの車輪へ入っていても、セクサスがしていることとは違う。
セクサスも前へ出ることはある。さっきまではデル・トロを見つけると、すぐに下がっていた。デル・トロが離れてテンポ走を選ぶことにしたのも、そのせいなのかもしれない。接着剤のように粘着されることを嫌ってか、既に上手く消耗させられてしまったのか、様々な理由があるのだろう。
ジョーゲンソンは、マクナルティへ届きかねない攻撃だけは通さなかった。




