先頭集団の1割以上を、常に
カミリアン・ウードの頂上まで120m。
ヒーリーがマチュー、シモンズ、ログリッチの3人へ追いついた。
先頭集団に映像が戻るとイギリスの選手が千切れていく。オンリーが吸収された上に、集団について行けずに力尽きていくように見えたのは、ゼッケン番号が41と47で似ていたからかもしれない。遅れていくのは47番のアダム・イエーツだった。
無情にも、同じUAE チームエミレーツ XRGのデル・トロが、集団を加速させたタイミングだった。
頂上まで22mでヒーリーがさらに踏み込む。4人はばらけないまま頂上を越えたが、後方へ映像が戻ると、集団は縦に伸び、レムコが遅れ気味になっていた。
下りでは、デル・トロとマクナルティが会話していたと報じられた。右後方からデル・トロへ近寄るマクナルティ。しかし映像では、会話というほど口も動かないまま、2人は前後一列になった。
画面に先頭集団一覧がゼッケン番号順に表示される。
セクサス、チッコーネ、ピドコック、ジョーゲンソン、マクナルティ、マシューズ、デル・トロ、ブイトラゴ。
残り34.7km。逃げの4人が捕まる。
レムコのいる集団が追走集団として映り、脱落者を吸収しながら7人ほどのまとまりとなっていく。
「残り35km弱の地点で、すべてが元通りになりそうだ。」
「12人のライダーが今、先頭にいます。」
アメリカが事前に描いていた、前が戻った瞬間に誰かを1人で出すという作戦の時間だった。
画面に先頭集団一覧がゼッケン番号順に表示される。
ログリッチ、セクサス、チッコーネ、ピドコック、ファンデルプール、ジョーゲンソン、マクナルティ、シモンズ、マシューズ、デル・トロ、ブイトラゴ、ヒーリー。
最初に素振りを見せたアメリカ人は、発案者のジョーゲンソン。ヴィスマ色のヘルメットが加速する。集団は一列に引き伸ばされ、それまで脚を使ってきたヒーリーやログリッチ、シモンズが千切れていく。さらに後ろには完全に離れた8人ほどが映る。21秒差。
このときに前を牽くのはデル・トロとセクサスだった。下りで加速した勢いが、左へ右へと続くクランクで削がれる。デル・トロが肩越しにうかがう先頭集団は、セクサス、チッコーネ、ジョーゲンソン、ピドコック、マチュー、マクナルティ、マシューズの順に並ぶ。デル・トロを含めて8人だった。少し離れてブイトラゴが上がってくる。
残り32.6km。マクナルティが、動いた。
広い道幅を大きく使い、斜め左前方に道路の反対側へ向けて飛び出す。列に沿って飛び出せば、反応した選手はすぐに後ろへつける。横向きに飛び出せば、道幅分だけマクナルティ自身は損をする。それでも、道路の対岸で頭の位置が横並びになるころには速度差がつく。追う側は、その速度差に加えて道幅分の隙間まで埋めなければならない。
しかも列にいる誰からも丸見えだった。追う気があるなら、誰でも追撃しやすい位置を行く。何のためかは、その直後に明らかになった。
コロンビアのサンティアゴ・ブイトラゴが先頭集団の8人目としてマクナルティと入れ替わるようなタイミングで追い付いて合流。レムコのいる追走集団との間にはまだ、ヒーリーやシモンズ、ログリッチがいるはずだ。
残り32.0km。マイケル・マシューズがマクナルティと同じように、道幅いっぱいに飛び出した。追撃である。単純計算で、マクナルティのアタックから600m、集団は見合っていたことになる。ここに他の選手が加わって、協調して先頭交代しながら追い掛ければ、600m分のためらい傷など一瞬で塞がる。
だが、マシューズの真後ろへぴったりと入った選手がいた。ジョーゲンソンだった。レース用語では、車輪に入った、などと表現される。しかし協調ではない。チェックである。
潰しに行くか逡巡すると、600m。
潰しに行くと決めていれば、0mである。
その探り合いによって生まれたマクナルティとの差は、10mどころではなくなっていく。
マクナルティがカーブの先へ消えると、映像は追走集団へ切り替わった。次に前方から捉えられたマクナルティは、コーナーの内側すれすれから飛び込み、反対側のフェンス際まで使う。解説から驚嘆の声が上がった。
「タイムトライアルモードだ!」
再び追走集団の様子を挟み、映像が戻る。そこには星条旗をあしらったジャージが2枚あった。マクナルティではない。ジョーゲンソンとシモンズだ。先ほど遅れたシモンズは戻っていた。追撃を諦めたマシューズも確認できる。
「協力しなければならない。」
解説者のその言葉が、逆説的に協力が上手くいかないという説明に聞こえるようになったのは、何本の中継を見た頃からだっただろうか。
残り29.3km。デル・トロが速度を上げようとして、集団の先頭を牽いている。画面にマクナルティとの差が出た。10秒が、33秒になった。
協調を促すため、デル・トロが肩越しに後ろを振り返る。その後ろで見えたのは。
「フリーウィーリング。」
頼った後ろの選手たちの反応は、そう表現された。
ホイールが空転し、慣性だけで進む状態だが、脚を止めてペダルを回さないという意思表示。
解説者の放つその単語が、そんな意味に聞こえなくても、そう見える。
「それは良い兆候ではないね。マクナルティにとっては良い兆候だ。」
「デル・トロはもう、セクサスが自分の車輪に張り付いているのにウンザリしているんだろうね。」
集団の風除けになることを頑なに拒否し、前を走る選手のすぐ後ろにぴったりとついて走る。車輪に入った状態で居続けること。この集団では、その張り付き方にも2種類あった。
ジョーゲンソンは、誰かがマクナルティへ渡ろうとするという特定の条件に対して張り付く。誰が動こうが、その動きが前へ届く危険があるかを見る。
セクサスは、デル・トロという特定の選手を注視する。デル・トロが前へ出ると、その背後へ収まる。似た形でも、意味は違った。
献身と、温存。
追走集団は、突然遅くなったわけではない。1人が引き、1人が休み、1人が攻撃し、1人がその車輪へつく。速度を上げる行為と、勝つ可能性を他人に与える行為が同じになったため、まとまった速度を作れなくなった。
個人タイムトライアル世界4位の背中は、道路の先にはもう見えなかった。




