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三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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第四話 五十杯売れた日の俺の給料

 テレビの上に置いたレシートの束が、晩のニュースを見ている最中に崩れた。

 一枚が画面に貼りついて、アナウンサーのおでこのところに「牛切り落とし」の文字が浮かんだ。

 博之はテレビを消した。どうせ今から拾うんや。ついでにやってしまおう。友達に

 「ほんで、お前にはなんぼ残るん?」と聞かれてから、もう三度も店を開けていた。

 座卓に大学ノートを広げて、真ん中に縦線を引いた。左に品名、右に金額。表題は

 「カレー五十食分」。明日の朝も同じように作るのだから、今なら使う量をだいたい覚えている。

 まず米。五キロで千五百円。炊く前の米を一人百グラムとして、ちょうど五十人分。

 一杯のご飯が三十円と出た。自分の下宿で米を炊いていた頃は、茶碗によそったご飯に

 いちいち値段なんかつけなかった。三十円なら、現場のおっちゃんにしゃもじの先で

 ちょっと足すくらいは、これからもやったらええ。

 次に牛肉。一・五キロで二千二百五十円。ひとり三十グラム、四十五円。たった三十グラムの肉に、

 ご飯より十五円も余計に払っていた。仕込みのとき、折り重なった薄切りを

 一枚ずつ広げるのが面倒で、そのまま鍋に放り込んだことがある。あれが煮えたあとも

 固まっていて、隣同士の皿にえらい差がついた。明日はちゃんと広げよう。

 あのひと塊、ひょっとしたら二人前やったぞ。

 玉ねぎ二・五キロ、四百円。人参一キロ、二百円。カレールウ一キロ、八百五十円。

 ここまでで五千二百円になった。

 そこで鉛筆が止まった。福神漬けの袋は昨日開けたばかりで、まだ半分以上ある。

 炒め油の缶も、塩の袋も、買ったその日に全部使うわけやない。

 レシートを足すだけで一鍋の値段が出ると思っていたのに、こういうところが面倒なんやな。

 博之は福神漬けと炒め油と調味料を括弧でくくり、三つ合わせて「一日三百円ほど」と置いた。

 袋を空けた日を、次から端に書いておけばええ。

 合計、五千五百円。五十で割ると、一食百十円。

「へえ。俺が食う賄いも百十円か」

 ちょっと得した気がしてから、客に出せば三百八十円やぞ、とも思った。

 もっとも下宿で鍋底をさらう時間に、三百八十円持って座ってくれる客はおらん。

 冷蔵庫の中の残り一皿は、ありがたく明日の朝飯にした。

 次の行に「洗剤、スポンジ、ふきん」と書いた。一日二百五十円くらいか。そこまで書いて、

 洗った皿をすすいでいる自分の手が浮かんだ。水は出しっ放し。鍋の下ではガスが燃えて、

 店を閉めて鍵を掛けたあとも、中古の冷蔵庫だけはずっと動いている。まだひと月ぶんの

 請求は来ていない。二百五十円を消して、洗剤も電気もガスも水道も、ひとまず合わせて

 一日千円と書き直した。

 これで六千五百円。ただし、皿が一枚も割れず、鍋の柄も取れず、炊飯器が明日の朝も機嫌よう

 働く場合に限る。

「予備に千円置いといて、まあ七千円やな」

 電卓の答えは七千五百円だった。昨日は売上の端数を切り上げて、

 今日は出ていく金を切り下げる。あいつがおったら、また「そこは足したれや」と言うやろな。

 博之は少し考え、一日五百円ずつ、割れ物と修理のために残すことにした。二日で千円、

 二十二日開けたら一万一千円になる。その金を使わずに済んだら、冷蔵庫が

 妙な音を立てたときの足しにできる。ノートに「予備費 五百円」と書いて、

 今度こそ七千円に二本線を引いた。

 一杯三百八十円。五十食売り切れば、一万九千円。そこから七千円を引いて、一万二千円。

「俺、一日働いたら一万二千円か」

 口に出すと、なかなか悪くない。バイトに時給八百円払うとして、十五時間ぶんである。

 ちょっと待てよ、と壁の時計を見た。朝に米を研いで、仕込みをして、店を閉めて床を拭いて、

 下宿に帰ってきてから今これを書いている。十五時間と聞いて、そんなアホな、と笑えるほど朝は

 遅くなかった。

 それに、カウンターの下には「家賃」と書いた茶封筒がある。月六万円。

 こいつも一万二千円から払うのだ。月に二十二日開けて、毎回きっちり五十食売れたら

 二十六万四千円。家賃を引いて二十万四千円。木曜の店番を頼む金も、そこから出る。

 博之は「俺の給料」と書きかけた文字を消した。代わりに「五十杯完売、一万二千円。

 ここから家賃と人件費」と書いた。その下に、今日の四十五杯も計算しておく。

 売上は一万七千百円。五十食ぶん仕込んであるから、引くのは同じ七千円。

 残り、一万百円。たった五杯の差と思っていたのが、並べてみると千九百円も違った。

 翌朝、博之は店に着くと、福神漬けの袋の端に油性ペンで昨日の日付を書いた。

 肉を一枚ずつ広げ、米を研ぎ、開店まであと五分のところで大学ノートをカウンターの下に戻す。

 今日、あの友達にいくら残るんやと聞かれたら、今度は答えられそうだった。

 ただし先に、何杯売れた日の話や、と聞かなあかん。

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