↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/20

第三話 箱の裏の通り

 二〇〇六年九月。草津駅の駅前から人がぞろぞろ歩いてきて、博之の店の前で二手に分かれた。

 道を渡ってアル・プラザに入る人と、そのまま家へ帰る人。どっちに行く人が

 カレーを食べてくれるか、一週間ほど見ていたが、いまだによく分からない。

 今夜の十五人目は、平和堂の買い物袋を提げたおばちゃんだった。

 袋から長ネギが二本のぞいていた。

「晩ご飯のお買い物ですか」

「そう。うち、今晩カレーやねん」

「……ここもカレーですよ」

「知ってるわ。私かて、たまには人の作ったん食べたいやん」

 おばちゃんは笑って三百八十円をちょうど置いた。それから三十分、ガラス戸は開かなかった。

 博之は鍋の火を落とし、表の看板を引っ込めた。

 昼は二十杯前後。二時を過ぎてから夕方までは、現場のおっちゃんが「今やっと昼や」と入って

 きたり、近くの店の人が休憩に来たりで十杯ほど出る。夜が今日くらいなら合わせて四十五杯。

 夜に二人連れ、三人連れが続いて五十杯いく日もある。初日は昼だけで四十杯出るつもりで

 米を炊いた。六席の店で四十人に食べてもらうあいだ、洗った皿をどこで乾かすつもりやったんやろ。

 残ったご飯とルウを別々の容器に詰めていると、戸の外で友達が両手を合わせた。

「頼むわ。駅からまだ晩飯食わんと歩いてきてん」

「ほな看板そこ持って。戸ぉ閉めるし、うちで食お」

 大学で一緒に簿記を勉強したやつである。看板を店に入れ、並んで自転車を押し始めてから、

 友達はようやく今日来た用を言った。有名な電機メーカーに内定したという。

 しかも希望していた経理だった。

「ほんまか。おめでとう。よう決まったなあ」

「ありがとう。簿記やっといてよかったわ。親父なんか、さっそく

 今度テレビ買うとき安なるかって聞きよんねん」

「お前、まだ社員証もないやんけ」

 下宿に着くと、友達はテレビの下にしゃがみ込み、「ほら、これもうちや」とビデオデッキを指した。 

 博之が入学した春から、ずっとそこにあった。あの会社の中で、来年からこいつが働くのか。

 社名を聞いたときより、そのときのほうが少しうらやましかった。

 賄いを温めて、友達には皿、自分には丼。座卓の上の大学ノートをどけるつもりが、

 今日の欄がまだ空いていた。博之は箸立てから鉛筆を抜いた。

「昼二十、夕方までに十、夜十五。今日は四十五やな。ええ日は五十杯やから、ざっくり日商二万や」

「お前、一杯なんぼで売ってんの」

「三百八十円」

「ほな五十杯の日も千円足らんぞ」

 言われて掛けたら、今日の四十五杯で一万七千百円。五十杯で一万九千円。

 博之は試しに五十二を掛けた。まだ二百四十円足らん。五十三杯目でようやく二万円を超える。

「俺が一言ざっくり言うただけで、三人も余計に飯食いに来てくれなあかんのか」

「せやで。しかもその三人の皿、お前が洗うんやで」

 残り三週間、週に一度休むとして十八日。四十五杯ずつ出れば三十万七千八百円。

 開業までに貯めた三十万円と、ほとんど同じ額だった。

「月六万の家賃はいけそうやな」

「ほんで、博之にはなんぼ残るん?」

「それは……ちょっと待って。肉と米の領収書、どこ置いたかな」

 座卓の横の紙袋から、輪ゴムでくくったレシートが出てきた。一番上はガムテープと台所用の洗剤。

 そうや、肉と米だけ引いてもあかんのや。ガス代はまだ請求も来ていない。博之は袋ごと

 テレビの上に置いた。今度の休みに、いっぺん全部足してみよう。

「お前も経理、受けたらよかったのに。簿記なんか俺よりできたやん」

「面接がなあ。自分の長所を三分でプレゼンしてください言われて、一分で話し終わってん。

 残りの二分、面接の人と二人で時計見てたわ」

「今やったらしゃべれるんちゃう? 毎日知らんおっちゃん相手にしてるやん。秋募集もあるで」

「もう大手の子会社とかしか残ってへん気ぃするわ。出遅れたなあ、俺」

 どこの募集が残っているのか、確かめたわけでもなかった。友達は「そうか」とだけ言って、

 皿の福神漬けを半分、ご飯の白いところへよけた。こいつ、学食の頃から最後のひと口を

 そうやって残す。

「でもな、今、カレー売ってんのはけっこう楽しいで」

「うん。卒業してもやるん?」

「店が増えて、平和堂くらいでっかくなったらええなとは思う」

「そしたら俺の親父が、お前んとこでテレビ安う買うわ」

 博之は笑った。でっかくなったらという話をしただけで、春からどうするかには、

 まだひと言も答えていない。

「どっかで腹くくらなあかんのやろなあ」

「まあ、カレーはまずくはないぞ」

「そこはもうちょい褒めてくれや。いうてもハウス食品の箱の裏、そのままやけど」

「水の量も?」

「量ってる。ハウスの人、俺らが簿記やってる間もずっとカレー作って、これがうまいって

 分量決めてんのやで。とりあえず、そこからやろ」

「うちのおかん、違うルウを半分ずつ混ぜるで。あれもうまいけどな」

 博之は箸立てからもう一度、鉛筆を取った。

「それ、何と何を混ぜんの?」

「知らんよ。おかんに聞かな」

「今度聞いといて。鍋ごと変えるんは怖いけど、賄い二人分やったら試せるわ」

 友達は残しておいた福神漬けとご飯をひと口で食べ、空いた皿をこちらへ寄せた。

「ほな、次の二人分も俺呼んでや」

 博之はノートの隅に「ルウ半分ずつ」と書いた。半分ずつにしたらうまいのか、

 次もこいつにまずくはないと言われるのか。就職のことはまだ決めかねたが、

 そっちの返事はすぐに出た。

「今度は、看板しまう前に来いよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。