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三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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第三十四話 店長は表に立っといて 2007年1月4週目。

 求人の貼り紙に「草津・南草津」と書いたその日の昼、常連さんがカレーを食べながら言った。

「兄ちゃん、南草津の店、どこにできたんや。帰り寄るわ」

「まだです。今行ってもカレー食べられませんよ」

「ほな、それも書いときいな。わし、もう人に教えてしもたで」


 一月の第四週。博之は貼ったばかりの紙をはがして、南草津の下に「開店準備中」と書き足した。

 時給八百円、早朝千円。昼だけでも、夜だけでも相談に乗ります。夕方の仕込みを

 手伝ってくれる方歓迎。そこへ二店舗分の説明まで足すと、いよいよ字が小さくなった。

 それでも申し込みはぽつぽつ来た。昼が引けたあとのカウンターで、

 博之は福神漬けの壺を脇へ寄せて話を聞いた。


「飲食の経験、ないんですけど」

「僕も去年の八月までなかったですよ。何時やったら入れます?」

「夜やったら。あの、声、小さいんですけど、いらっしゃいませとか練習します?」

「人前に出るの苦手やったら、夜に翌朝の仕込みやってくれると助かります。

 玉ねぎ何個、人参何本いうのは、ここに書いてますし」

 大学ノートを渡すと、その子は時給の話をした時より熱心に読んだ。

 途中で「二鍋目も同じ」とあるのを見て、二鍋いっぺんに作るんですか、と聞いた。

 帰ったあと、博之はその一文に「鍋ごとに下の分量を量る」と書き添えた。面接のつもりが、

 またレシピが一行増えた。


 昼を希望する人もいた。近くの店より時給が少しええから目に留まったんかな、

 と博之は思っている。入れる時間が合う人には、だいたい来てもらうつもりだった。

 その代わり、誰にでも二つだけ頼んだ。

「時間どおりに来てください。あと、熱出た時は、無理して来んでええから早めに電話ください。

 僕、自転車こいでも、下宿からここまで何分かはかかるんで」


 南草津を希望する人には、もう一つ説明が要った。店を開けるまでは草津で覚えてもらう。

 朝の弁当を五つ続けて頼まれた時なんかは、実際に一度やった方が早い。

 ただ、南草津なら歩いて通えるけど草津やと電車賃が要る、という子もいる。

 博之はどの駅から来るかも聞いて、名前の横に書いた。四月になって

 大学の近くに下宿する子が増えたら、この欄に南草津の三文字がもっと並ぶかもしれん。


 夕方、リーダーがシフト表を持ってきた。木曜と土曜の朝に、博之が鉛筆で薄く

 丸を付けておいたやつだ。

「店長、この丸、開けたいいう意味? 自分が入るいう意味?」

「そこを今から相談しよ思て。卒論出したから木曜も開けられるし、土曜の朝もいっぺん

 試したいんですよ。朝はリーダーと春さん、桃子さん、サキさん。それにつねじさんと

 僕で六人でしょ。僕がどっか一日、木曜あたりに……」

「木曜は春ちゃん入れる言うてたで。そこへ店長の名前書いたら、

 南草津に用事できた時、また消しゴムかけるやん」

 もう二回消した跡を指でこすられて、博之は鉛筆を置いた。


「朝の四人のうち誰かはおるようにしよ。土曜はうちがつねじさんと入る。

 店長は表に立っといてくれたらええわ」

「僕、何役ですの」

「お客さん。うちらだけでやったら、どこで待たされるか見てよ。暇やったら人呼んで。

 土曜もやってんの、まだ誰も知らんもん」

 客役をしながら客引きまでやる。なかなか忙しい客やなと思ったけど、自分が先に

 カウンターの内側へ入ったら、注文もお金もつい手を出してしまう。表に追い出されるぐらいで

 ちょうどええかもしれん。

「つねじさん、こないだ僕と入った時も、弁当の数はきっちり合うてましたよ。

 野菜の方はまだですけど」

「あの人な、ピーラーの横に付いてる出っ張り、何に使うか知ってる? て聞いてきはってん。

 じゃがいもの芽ぇ取るとこからやで、教えるとしたら」

「ああ、あれか。僕も使い方、家でおかんに聞きましたわ」


 考えてみたら、十八の子が初めて台所に立ったら、たぶん同じところから教える。

 六十の人やと、こっちが勝手に六十年分できるような気になってるだけや。


「リーダー、つねじさんと一緒に入るん、やりにくいです?」

「人はええよ。分かったふりせえへんから、そこは助かる。せやけど七時半に

 『これどう持つの』て聞かれたら、うちもちょっと待ってえな、やわ」

「ほな、野菜は客が引いてから一個ずつやりましょか。もし朝の仕込みが合わへんかったら、

 昼の持ち帰り、数そろえて渡す係もあるし。まだ来てもろたばっかりですもんね」


 リーダーは土曜の枠に自分とつねじさんの名前を書いた。木曜の朝には春さん。

 相方は桃子さんとサキさんに予定を聞いてから。紙の端に小さく「博之・表」と書かれた。

「これ、雨降っても表ですか」

「そらそうや。お客さんは雨でも表から来はるで」


 博之は入口の戸を開けて、試しに客のつもりで三歩下がった。ガラスには、昼と夜の募集、

 南草津は準備中、夕方の仕込み歓迎。その下に、年末からずっと貼りっぱなしの「木曜定休」が

 あった。

「リーダー。僕、表に出てもう一個仕事見つけましたわ」

 内側からやと裏返しで、毎日見てても気づかんもんやな。博之はセロハンテープの端に爪を立てた。

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