第三十一話 明日の分です 2007年1月3日。明日からカレー屋再開
一月三日、台所で立ったまま餅をひとつ食べていると、
母親に「あんた、店でも立って食べとるん」と言われた。空いている椅子に座ったら、
もうひとつ焼いたのが皿に載った。実家に長居すると太る。
「今日からお店やった?」
「食べに来てもらうのは明日の朝から。今日はその分を作りに帰る」
「ほな、あんたの仕事は今日からやな」
そう言って、母親は余った餅をいくつか袋に入れてくれた。帰りの鞄にはモロゾフの箱がないぶん、
入れる場所があった。
松阪から亀山、柘植と乗り継ぐあいだ、博之は窓にもたれて下宿のことを考えた。
入ったときは、四年後の三月に出ていくつもりの部屋やった。卒業して草津に居残るなら
更新はどうなるんやろ。南草津に二軒目を出すんやったら、その近くに借りたほうが
朝は楽かもしれん。ただ、まだ家賃さえ分からん店の近所に、先に自分だけ引っ越すのも
おかしな話だった。帰ったら契約書の期限だけ見とこう。三月まで走って、
それから住みたい場所を決めたらええ。
草津で降りれば下宿やけど、この日はひと駅だけ京都の方へ足を延ばした。南草津の駅前に
立ってみたかった。西友のほうから紙袋を下げてくる二人連れも、改札の前で子どもの
手袋をはめ直しているお父さんも、次の電車にそう急いではいない。
平日の朝に草津の店から見える、信号が変わった途端に一斉に足が速くなる感じが、
今日はまるでなかった。
三日から開けんで正解やったな。
もっとも、ここは南草津で、いつもの店は草津や。おまけに正月の昼間を眺めて、
通勤客が何人来るか分かった気になっても仕方がない。博之は大学ノートを出しかけてやめた。
今度来るのは平日の七時。電車を一本見送って、その次の一本まで立ってみよう。
草津へ引き返す車内で、正月に親父から言われた「十五万で食えるか」がまた出てきた。
ほな三十万にしたるわ、とあの席で口走らんでよかった。十五万の店が二軒なら三十万。
掛け算だけなら小学生にもできる。いま一軒目に残ってる十五万には、博之が晩まで
働いてるぶんが入ってる。その博之を二軒目へ持っていったら、一軒目で
鍋を洗う人の給料はどこから出るんや。
それでも、月の手残り三十万というのは、目標にするにはちょうどよかった。まず草津で、
自分抜きで朝から戸締まりまでやれる日を一日つくる。その日に、博之は南草津で
朝の一杯を売る。場所を借りるのと同じくらい、鍵を渡せる相手を見つけるのが先やった。
七人おる、と親父にはちょっと得意になって言ったけど、人数を数えても木曜の晩に
来られる人は増えへん。
下宿の冷凍庫に餅をしまい、自転車で店へ向かった。アル・プラザの向かいで鍵を開けると、
締め切っていた三坪は外より寒く感じた。いつものエプロンを腰に巻き、
鍋を二つ出す。明日は木曜。木曜の朝を年始の初売りにして、一月の客足はそこから
見ていくつもりだった。
玉ねぎをスライサーにかける音は、最初の一個こそ大きく響いたが、三個目には
いつもどおり耳に入らなくなった。肉を炒め、水を量り、煮立つまでに洗い物を済ませる。
実家では、朝寝ている間にも話が進み、起きたら餅の数まで決まっていた。こっちの鍋は、
ぼんやりしていたらいつまでも水のままや。元栓、開け忘れたかなと一度かがんで、
青い火を確かめた。
ルーが溶けた頃、表で自転車のブレーキが鳴った。
「なんや、ええ匂いするやんけ。もう食えるんか」
戸の外に、片足だけ地面についたおっちゃんがいた。博之は木べらを鍋の縁に預け、戸を少し開けた。
「いや、明日の分仕込んでるんですよ。すんません、ご飯もまだ炊けてへんのです」
「そうかいな。秋口からここでやっとるやろ。ちっこい店に、朝からよう人入ってんの知ってんで」
「外から見て、そんな分かります?」
「分かるがな。わしが通るとき、いつも一番端の兄ちゃんの背中がガラスにくっついとるもん」
奥の人が通れるように椅子を引くと、入口側の一席は確かにそうなる。あの背中、
道から毎朝見られてたんか。
「ほな、おっちゃんもまた食いに行くわ」
「ありがとうございます。明日、七時からです」
おっちゃんが片手を上げてこぎ出した。博之は戸を閉め、端の丸椅子をほんの少しだけ中へ寄せた。
正月の集まりでは、カレー屋やってると話したあと、どういう店かを続けて説明するのが難しかった。
この道には、名前も知らん博之の店を、秋から覚えてくれてる人がいる。
年を越してまた鍋に火を入れたことに、一人ぐらい気づいてくれた。それだけで
今日は帰ってきた甲斐があった。
カレーを小分けにして手早く冷まし、冷蔵庫へしまった。明日の米を量っているうちに、
もうひとつ、三月まで待ってくれへんものを思い出した。卒論や。店が赤字でも黒字でも、
出さんかったら卒業はできん。
炊飯器の予約を確かめ、大学ノートの一月四日の欄に「七時開店」と書いた。その下に
「昼が引いたら卒論の表を一枚直す」と足した。明日売れる数は明日にならんと分からん。
けど、表のどこを直すかはもう分かっていた。博之は赤鉛筆を一本、釣り銭の箱の横へ出しておいた。




