第二十九話 十五万で食えるか 2007年正月休み。父親の皮肉と母親のフォロー
正月は家族で伊勢神宮へ参る。二〇〇七年もそうした。人の流れに押されて父親と
並んで歩いているあいだ、博之はいつ進路の話が出るかと身構えていた。ところが
父親が口にしたのは「お母さん、後ろおるか」ぐらいで、帰りの車では博之のほうが先に寝た。
聞かれたのは、その日の晩飯である。母親が正月用に買った牛肉を鍋に入れて、一番ええところを
博之の取り皿によそってくれた。まさにそれを口へ運ぼうとしたところで、父親が言った。
「で、おまえ、四月からどうするんや」
なんであと五秒待ってくれへんのやろ。博之は肉をいったん卵に戻した。
「草津のカレー屋、続けようと思てる。九月から四か月やって、家賃も給料も払って、
七十三万ちょっと残った」
「そら今は、下宿代も生活費もこっちから送っとるでやろ。三月で仕送り止まるぞ。
先月ひと月で、なんぼ残った」
「十五万ぐらい」
「十五万で食えるか」
電車の中で七十三万から先の言い方をずいぶん考えたのに、親父は二言で十二月の十五万だけを
食卓に残した。しかも、こっちが一番よう知っとる痛いところやった。
「せやから、一月か二月に南草津でもう一軒できへんか、物件見ようと思てる」
「一軒で足らんもんが、二軒にしたら足りるんか。おまえ二人おるんか」
「朝やねん。草津で朝に開けたら、店で食う人と弁当で持っていく人とで、だいたい四十五食出るんや。
前の晩に俺が仕込んどいたら、朝はパートさんらで開けてくれる。俺が十時に行ったときには
昼の玉ねぎまで切れてる日もある。そしたら、その朝だけは俺、南草津に立てるやろ」
最初は通勤の人に朝飯を出す。昼にも来てくれる顔ができたら、昼を開ける。晩まで開けるかは、
それから考える。信金で話したときよりも早口になった。
「そのパートやらバイトやら、何人おるんや」
「正月明けに試しに入る人まで数えたら、七人かな。一人は六十の人。仕事の行き帰りに
よう食いに来てくれてて、年末で定年やから雇てくれへんかって、自分で言うてくれたんや」
「おまえ、友達クラブでもやっとるんか」
博之はようやく肉を口に入れた。噛んでるあいだは返事をせんで済む。つねじさんは、
朝の混む時間をわざわざ外から見て、それでもやってみると言うてくれた人や。その話までして、
もう一回笑われるのは嫌やった。
博之は、昔から親父が嫌いやった。算数のテストを持って帰ると、母親は「ようできたなあ、
賢い賢い」と言う。横から親父が「お父さんはもっと早よ解けたぞ」と入ってくる。
小学生相手に何を張り合うことがあるんやと、あの頃から不思議やった。高校に入れば
「これからの世の中、せめて関関同立ぐらいは出とかな」と言われた。ほなこれで
文句ないやろと思って立命館に受かったら、次は勤め先や。
父親は地方の国立大学を出て、電機メーカーで部長まで勤め上げてきた。
「わしが入った頃は二流や言われた会社やぞ」と、今では誰でも知っている社名を誇らしそうに
口にする。昔よその大手にどう見られたかという話は、何十年勤めてもよく覚えていた。
「うちにも再編で、よそから東大出た人が来とる。立派な会社でええ仕事しとった人や。
けど、こっちにはその仕事がもうない。朝来ても、やってもらうことがないんやぞ。
ああいう人から次の整理の話が来るんや。世の中、きれいごと言うとれへん」
だったら、来月から一人分の仕事を用意しようとしてる俺の店は、ちょっとぐらいええとこ
あるんちゃうか。その一言が浮かんだ頃には、父親はもう白菜を取っていた。
親父が入った会社は大きくなったし、親父はそこで部長になれた。それは親父が
頑張った結果やと思う。けど、団塊の世代の親父がくぐった会社の門と、氷河期という言葉を
ずっと聞かされて育った自分が、スーツを着て前に立った門とは、だいぶ具合が違う。
面接で言葉に詰まって、営業なんか俺にできるかと思ったのも本当や。ゼミのやつに就職したほうが
稼げると言われたことを、まだ覚えてる。困ったことに、そういうところは親父によく似ていた。
「まあ、やるんやったらやれ。うまいこといかんでも、わしは何もせえへんからな」
「……うん。三月まで、ありがとう」
「あんた、そんな言い方せんでもええやないの」
母親は父の皿に煮えすぎた白菜を入れ、博之の皿には豆腐を一つ足した。
「お母さんは、おまえが自分でご飯食べていけたら、それでええと思てるよ。そら、
ものすごい大成功するとも思てへんけど」
「そこ、ちょっとぐらい思てくれてもええやん」
「そんなん知らんもん。路頭に迷わんように、気ぃ済むまでやってみなさいな」
「わしは世の中が厳しいで、先に言うたっとるんや」
父はそう言って、母が入れた白菜をおとなしく食べた。
夜、昔の自分の布団に入ると、足先だけがいつまでも冷たかった。見返したるわ、
と言いたい気持ちは十分あった。けど草津に戻ったら、まず米が何袋あるか見て、
つねじさんと誰を一緒に入れるか決めなあかん。親父を見返す予定を入れられるほど、
一月のシフト表に空きはない。
会社で、人にやってもらう仕事がなくなるのを見てきた親父と、木曜の晩に鍋を洗ってくれる人を
一人探してる自分。働くという話をしてるのに、二人が思い浮かべていたのは、
それぞれ別の誰かの顔やったのかもしれん。
初めての確定申告を済ませたら、「十五万で食えるか」に、もうちょっとましな返事ができるやろか。
枕元の鞄には大学ノートが入っていた。博之は布団から片腕を出しかけて、引っ込めた。
今日は、実家の飯で腹がいっぱいやった。




