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三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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第二十八話 カレー四杯で帰れる町 2006年年末松阪

 年末、松阪へ帰る支度は十分もかからなかった。着替えは実家にある。卒論を入れたパソコンと、

 店の大学ノートと、携帯の充電器。鞄の口を閉じてから、博之は母親に〈晩ご飯までには着く〉と

 送った。

 草津駅に着いても、すぐには改札を通らない。先に近鉄百貨店へ寄って、

 モロゾフのチーズケーキをひとつ買う。下宿を始めて以来、帰省のたびにそうしていた。

 最初の年は、母親に「帰ってくるのに、いちいちお土産なんかいらんのに」と言われた。その晩、

 晩ご飯が済んでテレビを見ていたら、台所から「博之、あんた何分の一にする?」と声が飛んできた。

 いらんと言うた割に、もう包丁まで出してるやん。それがなんや嬉しくて、

 次も同じものを買った。いまさら手ぶらで帰ったら、食後のお茶のとき、自分のほうが

 物足りない気がする。


 人に言うと妙な帰り方やなと言われる。草津から京都へ出て、近鉄特急で松阪まで帰る手もある。

 博之が選ぶのは反対向きだった。草津線で柘植へ。柘植で関西本線に乗り換えて亀山へ。

 そこから紀勢本線で松阪まで。普通列車を乗り継いで、今日はだいたい二時間半。

 特急料金もいらない。

 博之の覚えでは、片道千五百二十円。三百八十円のカレーが、ちょうど四杯。

 前までは、千五百円ちょっとで三重まで帰れるなんて安いもんや、で済んでいた。

 今年は四人分の皿が目の前に並んだ。玉ねぎを切って、米を炊いて、福神漬けを端に置いて、

 四人に「おおきに」と言う。そこから肉代も米代も引かれるんやから、ほんまは四杯売った

 くらいでは帰られへん。切符を財布にしまうだけで話が長い。九月からこっち、妙な癖がついた。


 草津線の座席で、ケーキの箱を膝に載せた。駅を離れると、家並みの切れ目から

 刈り跡の田んぼが見えた。学生の中には、博之が下宿で二度寝しているうちから家を出て、

 遠くから通ってくるやつもいる。こっちかて二時間半なら、ぎりぎり通えんこともないんちゃうか。


 そこまで考えて、草津駅に着いてもまだ大学には着かへんのやった、と思い出した。

 そもそも朝一限のために松阪を何時に出る気や。まあ、仮に通えたとしても、

 親の前では絶対に言わんとこ。「ほな、あの四年分の下宿代は何やったん」と聞かれても、

 返す金はない。

 柘植で降りると、ホームを抜ける風が草津より冷たく感じた。乗り換えて窓側に座り直す。

 紙袋の持ち手が片方だけへたっていたので、折り目を伸ばした。一本で着く特急やったら、

 寝ているうちに実家の近くまで運ばれる。この帰り方やと、柘植と亀山で二度、

 いったん自分の足で立たなあかん。面倒なはずのその間が、博之はけっこう好きだった。


 山あいを走る窓からは、ぽつんとした工場や、軽トラックの停まった家が見えた。

 あの工場にも勤め先はあるし、田んぼにも持ち主がいる。それでも高校生の頃、

 このあたりで自分が背広を着てどこへ働きに行くのか、さっぱり思い浮かばなかった。

 松阪で働く、と聞いて顔が浮かんだのは、高校の先生と、市役所の人。あとは百五銀行か、

 第三銀行。制服のまま駅前を歩いていた頃の博之が、勤めている大人の顔と職場の名前を

 結びつけられたのは、そのくらいやった。

 せっかく地元を出て大学へ行くんやから、就職したら大阪か東京か、辞令一枚で知らん土地へ

 行くこともあるやろう。そう思っていた人間が、四年たって何をしているか。滋賀県草津市で、

 家賃六万円の三坪のカレー屋である。次に行きたいところを聞かれても、大きな声で

 「南草津です」と言える。ずいぶん近い全国転勤やな、と自分で笑った。


 亀山で松阪へ向かう列車に乗った頃には、日が傾いていた。晩ご飯の席で何から話そう。

 四か月で七十三万ほど残ったと言えば、父親はたぶん「それで来年も食えるんか」と聞く。

 朝は自分がおらんでも開くようになったと話せば、母親には「ほな、あんたはちゃんと寝てるんやな」

 と、そっちを確かめられそうな気がした。


 いちばん言いにくいのは、就職がうまくいかんかったから始めた、というところまでは本当で、

 いまは店が面白いから続けたい、というところも本当なことだった。どっちを先に言っても、

 あとから言うほうが言い訳に聞こえそうや。信金さんの前ではあんなにすらすら描けた

 南草津の地図を、実家の食卓に広げる度胸は、まだなかった。

 携帯が鳴った。母親からやった。

〈駅に何時? お父さん迎えに行くって〉

 博之は到着時刻を打って、少し迷ってから、〈いつものケーキ買うたで〉と付け足した。

〈ほな冷蔵庫あけとくわ〉

 松阪に着いた。改札の向こうで、父親が博之の顔より先に紙袋を見て、片手を差し出した。

「それ貸せ。傾けたら、お母さんに怒られるで」

 パソコンも大学ノートも博之に持たせたまま、父親はケーキだけを大事そうに提げて歩きだした。

 博之はそのあとを追った。店の話は、晩飯を食うてからでええ。

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