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三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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第二十五話 定休日の晩にいる人 2006年12月3週目。

 十二月の第三週。大学ノートを横にして、博之は定規で七日分の枠を引いた。

 左端に朝、昼、晩と書くと、晩の段だけがやけに細くなった。どうせそこに書くのは、

 たいてい自分の名前や。博之はそのまま鉛筆を走らせた。


 火曜の朝はリーダーとももこさん。水曜は、はるさんとサキさん。金曜は前からの二人。

 月曜の昼に「友達」、火曜と金曜に「たくみ」。友達は交代で来るから、来週の分と

 間違えんように名前の横に小さく丸を打った。土曜の朝にはいったん「試」と書いて、

 消した。平日なら駅へ向かう背中が七時前からぞろぞろ見える。土曜の七時に何人通るか、

 そもそも自分はまだ数えてもいない。一月に一遍、早起きして見に来たらええ。

「木曜と日曜、休みなんやろ。なんで晩だけあんたの名前書いてあるん」


 十時を回ってエプロンを外したリーダーが、カウンター越しに覗き込んだ。

「金曜と月曜の朝に売る四十五食、どこから出てくると思います?」

「ああ、あんた木曜の授業終わってから来てたんか。日曜も?」

「はい。休みの日はお客さん来ませんから、仕込みはようはかどります」

「それを休みの日て言うから、おかしなんねや」


 ごもっともやった。ひと鍋十五食。玉ねぎを切って肉を量って、使った流しを洗って床を拭いて帰る。これを自分と同じようにやってくれる人が一人いたら、木曜は大学からまっすぐ下宿に帰れる。

 日曜には晩の仕込みを気にせず、昼からどこへでも出かけられる。


「僕、夜も一人で店立てる子を探さなあかんと思てたんですけど。よう考えたら、

 人としゃべんの苦手でも、仕込みと掃除ができたら、もう頼める日が二日あるんですね」

「ほな、そこまで教えたげな。あんたの『いつもの線』かて、こないだまで

 あんたにしか見えへんかったんやろ」

 火曜の晩に来てくれる匠の友達には、まずひと鍋、ノートを見て作ってもらおう。

 夜は昼ほど客も詰めへん。博之が入口に近いカウンターに座って卒論を打っていれば、

 戸が開いたときだけ立てばいい。鍋のほうから「店長、これでええですか」と呼ばれたら、

 椅子ごと振り向けば見える。三坪というのは、こういうとき具合がよかった。

「いきなり鍵までは渡せませんけどね。横で見ながらレシートの十枚でも片づいたら、

 僕としては上出来ですわ」

「店らしなってきたねえ」


 リーダーが言うので、博之は表をもう一度見た。七日分を自分の字で埋めただけなのに、

 知らん人が見たら、ずいぶん立派な商売をしているように見えた。


「まあ、僕、めちゃめちゃ動いてますからね」

「何を一人で感心してんの。朝の話よ。なかなかの人気店やで、ここ」

「前も言いましたけど、場所がええんですよ。駅に行く途中にあって三百八十円。

 ホテルの九百八十円のカレーとちゃいますもん」

「そんなん、みんな分かって来てんねん。朝から九百八十円のカレーやなんて、

 うち、襟立たせて食べに行かなあかんわ」

 リーダーは着古したセーターの首元をつまんだ。立てる襟がないので、二人で笑った。


「僕が思い浮かべてんの、学食なんですよ。今日何食お、考えんのめんどくさ、

 ほなカレーにしよ。あの感じです」

「それでええやん。あんた、朝ごはんのたびに、今日はどんなパンを食べようか言うて悩むか?  

 いつものパン屋で一個買うて、ああ今日もうまかったな、ぐらいやろ。ここのお客さんにも、

 それでちょうどええ人がおるんよ」

「僕の貧乏くさい感覚が当たりましたかね」

「普通の感覚や。勝手にうちらまで貧乏にせんといて」


 そう言ってエプロンを畳んだリーダーが、帰りかけて、もう一度椅子を引いた。

「まあ、まだ先の話やけどな。春になってもこれぐらい人が来てたら、うち、

 スーパー辞めよかなって、ちょっと考えてるで」

「え、マジっすか」

 鉛筆の先が折れた。リーダーが笑いながら、カウンターに転がった芯を指で拾った。

「向こうは時給六百八十円やろ。五時間立って三千四百円。ここやったら普通の朝番でも

 三時間半で三千三百円や。うちはリーダーの分まで足してもろてるし、帰りにカレーも一食つく。

 家計の足しにするんやったら、昼前に買い物して帰れるほうが、よっぽどありがたいねん」

「うちのまかない、毎回カレーですよ」

「知ってるわ。ほんでな、ここ、お客さん引いたら、ちょっと気ぃ抜けるやん。あれがええのよ」

「そら抜けますよ。僕の店ですもん。ずっと気ぃ張ってなあかん店にしたら、僕が先にもちませんわ」


 春には週に何日来られますか、と聞きかけて、博之はやめた。まだ十二月や。

 リーダーも「考えてる」としか言うてへん。それでも、自分が卒業したあとの暮らしを

 計算していたように、この人もここの三時間半を家の勘定に入れてくれている。そのことが、

 売上の話を褒められたときより、よほど嬉しかった。


 リーダーを見送って、鉛筆を削った。木曜と日曜の晩の「博之」は、そのまま残した。

 火曜の晩の匠の友達の名前にだけ、小さい字で「ひと鍋、任せてみる」と書き添えた。

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