第二十三話 三つほど、お聞きしたいんですけど 商工会議所に聞く。2006年12月1週目。
二〇〇六年十二月の第一週。昼の客が引いたところで、博之は大学ノートに
「人」「レジ」「南草津」と縦に書いた。商工会議所の番号を出してから、携帯をいったん置いて、
鍋の火を止めた。こういう電話に限って、向こうが出た途端に玉ねぎが焦げたりする。
「お世話になってます。先月入会した楽食屋の博之です。ええ、アル・プラザの向かいの。
信金さんに、一遍そちらに聞いてみたらどうですかと言われまして。三つほど、
お聞きしたいんですけど」
「はい、どうぞ」
「バイトを雇ったときの助成金と、レジを買うお金の補助と、南草津で二軒目を出す相談です」
「結構ありますねえ。ほな、人を雇うお話から伺いましょか」
順番を決めてくれただけで、ちょっとしゃべりやすくなった。
「朝は六時半から十時までで、昼は昼だけ、来られる日に入ってもらう形なんです。
今も絶賛募集中なんですけど、そういう短いバイトでも何か出ます?」
「今お勤めの方は、ハローワークに求人を出して採られました?」
「いえ。一人はカレー食べに来て、うちの張り紙を見てくれた人です。もう一人はその人のお友達。
昼の子も大学の知り合いからです」
「なるほど。その採り方で、もう働いておられる方については、今から使えそうなものは
ちょっと思い当たりませんねえ」
博之は「人」の横に小さくバツを書いた。
「今後、新しく募集なさるんやったら、募集する前にハローワークで聞いてみてください。
どういう方に何時間働いてもらうかで、使える制度があるかもしれません」
「ほな、次に人を探すときですね」
「ええ。紹介を受けたら必ず出るというものでもないので、条件を伝えて相談してもらうのがええです」
バツの横に「次は先に聞く」と書き足した。
「それで、レジはどんなものをお考えですか」
「店で食べた三百八十円と、持ち帰りの四百円が別々に数えられたら、それで十分です。
朝は人に任せてるんで、僕が来たとき、どっちがなんぼ出たか分かるやつが欲しいんです」
「レジ一台の購入に使える補助は、今ご案内できるものにはないですねえ」
「そうですか。ほな、しばらく正の字でいきますわ」
朝の紙を見ると、店内の「正」は妙に行儀がよく、持ち帰りのほうは最後の一本だけがえらく長い。
蓋を閉める合間に、はるさんが急いで引いた線だ。いまのところ、これで数え間違えたことはない。
「三つ目は、半分お願いなんですけどね。南草津の駅から歩いて五分ぐらいで、空いてる店、
ご存じないですか。二号店でも使える制度とか、物件のこと聞ける方がいたら、教えてほしいんです」
「広さと、ご予算はどのぐらいで?」
「カウンター六席で十分です。家賃は六万以下。古いのは大歓迎です。前も食べ物屋さんで、
水とガスがそのまま使えたら、だいぶ助かります」
「六席、六万円まで、と」
受話口の向こうで、相手がゆっくり復唱した。そこだけは博之も黙って待った。
「二軒目で使える制度は、今ここではお答えできませんけど、物件のお話は覚えておきます。
条件に近い話があったら、おつなぎしますね」
「お願いします。六万のとこだけ、特によう覚えといてください」
電話を切ると、ノートにはバツが二つ並んでいた。まあ、使えへんことが分かったんやからええか。
夕方、大学の同級生に〈昼、四時間ぐらい入れそうな人おったら、また紹介して〉とメールを打った。
翌朝、リーダーとはるさんにも声をかけた。
「お二人とも、朝に来られる知り合いがいたら、また紹介してください。毎日やのうてもええんで」
「朝七時から言うて誘うたらあかんで」とリーダーが言った。
「お客さんが七時に食べんねやから、働くほうは六時半や。そこの三十分は大きいで」
「分かるわあ。七時やったら引き受ける人、もう二人ほど顔浮かぶもん」
はるさんが言うので、三人で笑った。博之は募集の紙の「朝だけ歓迎」の下に、六時半から、
と太く書き足した。
昼にはたくみが来た。持ち帰りを二つ包み、千円札に二百円を返して、次の客が
入ってくるまでに空いた皿を流しへ運ぶ。初日にあれだけ迷っていた容器の蓋も、
一遍でぱちんとはまる。
「たくみくんみたいな子、もう一人おらへん? 次に誰か紹介してくれたら、
君、昼のバイトリーダーな」
「いやいや、僕、就活ありますよ。面接やから休ませてください言うてるリーダー、困るでしょう」
「そっか。そら面接行ってもらわな困るな」
「でも友達には言えますよ。四時間で三千二百円とカレー付きやろ。僕、
その話やったら上手にできます」
「頼むわ。あと、別に学生限定ちゃうで。年齢も気にせえへんし」
「ほな、うちのおかんにも言うときましょか」
「ええけど、君、お母さんと並んで昼入れるか?」
「……曜日は分けてください」
たくみは真顔で答えて、ちょうど入ってきた客に「いらっしゃいませ」と水を出した。
博之も笑いを収めて、炊飯器を開けた。
「ほな、とりあえず今日はこの二人で回しましょか」
「はい。店内一つ、持ち帰り一つです」
博之が二人分の飯をよそう横で、たくみが紙に一本ずつ線を引いた。




