第二十二話 二十万円の使い道 2006年12月1週目。
十二月の第一週、博之は滋賀中央信用金庫の相談席に、先月と同じ大学ノートを開いた。
挟んでいたレシートが一枚、担当者の方へ滑っていった。
「玉ねぎ、よう買うてはりますね」
「それ、昨日のです。十一月の計算には入れてません」
妙なところから会話が始まったおかげで、少し気が楽になった。先月は入金する三十万円を
持ってきた。今日は報告だけで席を取ってもらっている。それがどうにも落ち着かなかったのだ。
「朝のカレー、どうでした?」
「水曜も開けまして。十一月は朝を十一回やれました。昼と夜も全部合わせて、
売上が五十七万五千六百円です」
昨夜、カウンターの六席のうち三席まで使ってレシートを広げた。朝のバイト代、
たくみに渡した封筒の控え、八百屋の伝票。最後に電卓に出た数字は、もう見なくても言えた。
「家賃も給料も払って、修繕用にちょっとよけて、僕の分が十九万八千九百二十五円。
あと千七十五円で二十万でした」
「惜しかったですね。九月からでは、どれくらい残りました?」
「予備費まで合わせると六十一万ほどです。こちらに預けてる三十万も、その中に入ってます」
「三か月でそこまで。順調じゃないですか」
博之は一度うなずいた。順調だと言われるのはうれしい。ただ、ノートに
書いてこなかったことが一つある。
「実は下宿代も生活費も、今は親の仕送りで出てるんです。せやから、店で残った分をそっくり
置いとけるんですよ。三月に卒業して、仕送りが止まったら、ここから自分が食うて
いかなあかんでしょう」
十九万八千九百二十五円を指でなぞった。昨夜は惜しいと思った千七十五円も、
二十万円を超えれば暮らしが変わるというような金ではなかった。
「同級生が四月にもらう初任給と比べて、これでどうなんやろって。僕が店にずっと立って、
やっとこの額ですし」
「草津のお店で、もう少し伸ばせそうなところはありますか」
「朝ですね。いずれ平日も土日も開けられたら。もっとも、通勤する人に売れてるんで、
休みの朝は一回やってみんと分かりません」
昼の持ち帰りも、たくみが会計にいる日は十五個余分に出せた。入れる人をもう一人探して、
盛り付けまで覚えてもらえば、売れる日を増やせる。そこまで話したところで、
別の心配が口から出た。
「そういえば僕、まだ細かい費用、ようけ落としてますわ」
「どんなものです?」
「商工会議所に入ったでしょう。年に二万円ぐらいよけとこうと思ってます。
帳簿もそろそろ弥生会計にしようかと。一万か、一万五千円ぐらいかな」
博之は二つを余白に書いた。その下に「国保」と足すと、担当者が鉛筆の先をそちらへ向けた。
「それは卒業後の、ご自身の暮らしの方へ書いておきましょうか」
「あ、そうか。今は保険料の減免を申請してるんですけど、来年、自分で払う分が心配で」
「金額は市役所でご事情を話して確かめてください。ひとまず年二十万円で仮に置いたら、
月にいくら取っておく計算になります?」
「一万七千円弱……。まとめて二十万って言われるより、そっちの方が効きますね」
担当者は、小規模企業共済という名前も書いてくれた。個人で商売をする人が、
先々のために積み立てる仕組みだという。
「掛金をいくらにするかは、毎月どの程度残るか見えてから考えましょう」
「それ、今日決めんでええんですね。よかった」
帳簿が大変なら税理士に頼む手もある、という話には、博之の返事は早かった。
「全部お願いして、仮に年二十万円くらいかかったら?」
「それは却下です。僕、先月ひと月かけて、まだ二十万に届いてへんのですよ」
担当者が笑った。博之も笑いながら、「当面、自分で」と弥生会計の横に書いた。
「草津でやれることはまだあるんです。でも、草津一軒で僕の取り分を増やそうとしたら、
僕が働く時間ばっかり増える気もするんですよ。南草津でもう一軒回ったら、
稼ぐ口は二つになる。せやけど、そっち見に行く間、誰がここの昼をやるんやって。
考えてるうちに、何を相談しに来たんか分からんようになってきました」
「もう、うちを使ってもろてますよ」
何のことかと思って顔を上げると、担当者は開いたままのノートを示した。
「来られた時は『二十万円で暮らせますか』でしたね。今は、国保の額はどこで聞くか、
昼は誰に何を覚えてもらうか、そこまでご自分で書いておられる。月に一遍、
ここでしゃべって整理して帰る。それも相談ですよ」
「なんや、とんち聞かされてるみたいですね」
「そうですか。ほな、次に何を聞きに行くか、見えてきました?」
「……見えてきますね、確かに」
必要なら専門家も紹介できるし、先日入った商工会議所にも相談窓口があるはずだという。
「会費のことを聞くついでに、使える助成金があるかも尋ねてみたらどうです。
新しい人を雇って教えている話も、そのまましてみてください」
「あ、ほんまですか。僕、イベント出ませんか言われて、まだ無理ですって答えて帰ってきましたわ」
帰り支度をしながら、博之は商工会議所でもらった紙をノートの後ろから出した。
折り畳んだ内側に相談先の電話番号があった。もらった時は八百屋に何キロ頼むかで
頭がいっぱいで、そこまで読んでいなかった。
帰ったら、昼の客が引いたところで一本かけてみよう。今度は「楽食屋の博之です」の後に、
聞きたいことがちゃんと続く。




