第十九話 十時に来る店長 2006年11月2週目。新たなおばちゃんパートと後輩バイト
十一月第二週の火曜日、朝の片づけが終わる頃、おばちゃんが友達を連れてきた。
「この人。前に言うてた、朝やったら働けるっていう」
「初めまして。楽食屋の博之です」
新しく来たおばちゃんは、店の中を見渡した。
「ほんまに小さいんやなあ」
「二人おったら、だいぶいっぱいです」
「三人入ったら、誰か外出なあかんな」
そう言って、二人で笑った。
普段からよく会っているらしく、話す調子は気安い。ただ、一緒に買い物をするのと、
一緒に金をもらって働くのは違うだろう。教える側と教わる側になっても、
この調子でやれるのかは、まだ分からなかった。
「最初は火曜か金曜に、一緒に入ってもらえませんか。やり方を教えてもらって」
「金曜やったら来られるで」
「ほな、今週の金曜、一回お願いします」
博之は大学ノートのコピーを渡した。
朝の準備、盛り付け、会計、片づけ。自分なりに順番をつけた紙だった。
「それと、水曜日は別で来られます?」
「水曜は大丈夫」
「じゃあ、朝はまず火曜、水曜、金曜にしましょか」
月曜まで一度に増やすのは、いったんやめた。
来週から水曜を増やし、最初は博之も朝から一緒に入る。金曜に教わったことを、
水曜にもう一度やってもらう。それなら、分からないまま一人で困らせずに済む。
「金曜は、僕、十時ぐらいに来ます」
「朝はおらんの?」
「はい。二人で回してみてもらえますか。何食出たかと、困ったことだけ後で教えてください」
「前みたいに、外から見てるんちゃうやろな」
最初の朝営業で、こっそり様子を見に来たことを、まだ覚えられていた。
「今回は行きません。電話は出ますけど」
「ほな、ちゃんと任せとき」
おばちゃんが、コピーをそろえて台に置いた。
「それで、おばちゃんにはリーダーお願いしたいんです。教えてもらう分、時給も百円ずつ上げます」
「百円も?」
六時半から九時までは千百円。九時から十時までは九百円。一回三千六百五十円になる。
新しく来る人は、これまでと同じ三千三百円だった。
「私、スーパー六百八十円やで。七百三十円になったらうれしいくらいやのに」
「その代わり、教え方も相談させてください。僕の紙、まだ分かりにくいとこあると思うんで」
「字はちょっと大きくしてな」
「そこからですか」
「そこからや」
金曜の朝、博之は下宿にいた。
七時になると、携帯を机の端に置いた。卒論のファイルを開き、二行ほど書いて、
画面より先に携帯を見る。
鳴らない。
米は炊けているだろうか。釣り銭は足りるだろうか。昨日、自分で確認したことばかり気になった。
八時過ぎ、様子を聞くメールを打ちかけて消した。
今、忙しいかもしれない。その時に返信させたら、任せた意味がない。
十時少し前、店に着いた。
戸を開けると、スライサーの音がしていた。
「あ、来た。そこ、洗った容器あるから踏まんといて」
「おはようございます。どうでした?」
「売れたで。数、ここに書いといた」
渡された紙には、店内と持ち帰りを分けた正の字が並んでいた。
鍋は空になり、昼に使う玉ねぎがボウルにたまっている。
「途中、お金受け取るん二人ともやりかけてな」
「私が皿出したから、私がもらうんか思って」
「せやから途中から、会計はこっち、盛るのはそっちって決めたんよ」
笑いながら話していたが、何も引っかからずに終わったわけではなかった。
博之はコピーの余白に、『二人の時は会計係を決める』と書いた。
「ほか、やりにくかったとこあります?」
「袋の場所、最初分からんかった」
「あと、この紙、濡れるわ。何かに挟めへん?」
次々に出てくる。
博之がそこにいたら、場所を指さし、濡れた紙をよけて、それで済ませていただろう。
「水曜は僕も入るんで、今日分かりにくかったところ、一緒に直しましょう」
「ほな、忘れんうちに書いとくわ」
昼には、友達が紹介してくれた三回生の後輩とも話をした。
火曜と金曜、授業に差し支えない四時間。時給八百円で、まず博之と一緒に
接客と持ち帰りを担当してもらう。
「慣れたら仕込みも覚えてくれたら、助かるわ」
「この紙見ながらでいいんですか」
「うん。分からんかったら聞いて。たぶん、紙の方が足らんから」
約束が済むと、博之は勤務表に名前を書き込んだ。
帰り支度をしていたリーダーのおばちゃんが、それをのぞいた。
「あんた、ほんまに人に任せる気なんやな」
「いずれ店長やってもらえたらと思ってます」
「今日リーダーやったとこやで」
「もちろん、まだ先ですよ」
南草津で、ここぐらいの家賃の店を探したい。信用金庫にも話している。
そう言うと、おばちゃんは笑った。
「またぼろい店?」
「使えるもん残ってる方が、借金せんで済みますし」
「若いのに、変わってんなあ」
南草津、その先なら瀬田。店が増えれば、草津で下準備をまとめることも考えられる。
けれど今日は、その話より先に直す紙があった。
博之は勤務表の水曜に、自分の名前も並べた。
金曜の朝、自分がいなくても店は開いた。次の水曜は、新しく来た人がどこまでできるのか、
自分の目で見てみよう。
閉店後、濡れて端の曲がったコピーを広げた。
大学ノートにはなかった注意書きが、二人分の字で増えていた。




