↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/39

第十六話 十六万円の先 11月初旬。売上の集計で自分の取り分が16万。改善余地を探る

 十一月初めの夜、博之はカウンターに十月の領収書を並べていた。

 肉、米、野菜、ルー。容器を買った時の紙には、洗剤の代金も一緒に載っている。電卓を叩き、

 大学ノートに書き写し、合わなくなるともう一度足した。

 売上、四十二万二千八百円。

 数字だけ見れば、随分稼いだ気がする。

 けれど、食材と容器の代金、おばちゃんと友達への給料、六万円の家賃を引くと、

 十九万六千百円になった。そこから光熱費や洗剤などを引けば、十七万三千円ほど。

 食器を割ったり、何か壊れたりした時のために一万円ちょっと置いておくと、

 残るのは約十六万二千円だった。


「全部回して、これか」

 博之は電卓から手を離した。

 朝が売れた。昼も客が来た。夜はぼちぼちでも、仕込みと洗い物をしていたら一日が終わる。

 その一か月分が、目の前の数字だった。


 赤字ではない。それは分かっている。

 今は親から仕送りをしてもらっているから、生活のためにこの金を使わずに済む。

 できるだけ丸ごと残して、次の仕入れや設備のための金にしておこう。

 ただし、それができるのは学生の間だけだ。

 卒業しても十六万円のままなら、下宿代も食費も、ほかの支払いもそこから出る。

 休んだり、売れなかったりすれば、さらに減る。

 これで就職せずにやっていきますと、胸を張れるだろうか。


「もうちょっと、増やさなあかんな」

 新しいページに、月、火、水、木、金、土、日と書いた。

 火曜と金曜の朝に丸をつける。

 朝カレーは、手応えがあった。

 電車に乗る前に食べる人と、昼飯用に持っていく人がいる。火曜と金曜に用事があるから

 来るというより、通勤の途中に店が開いていたから来たのだろう。

 それなら月曜と水曜にも、同じように腹の減った人が歩いているはずだった。


 店内二十五食、持ち帰り二十食。

 合わせて四十五食売れれば、一朝の売上は一万七千五百円になる。食材、容器、三千三百円の給料、

 余分にかかる光熱費を引いて、七千七百七十五円。

「九回で……約七万か」


 十月の曜日の並びに当てはめて書いた。

 もちろん、毎回四十五食売れると決まったわけではない。それでも、

 何を試せばどれぐらい増えるのかは見えてきた。

 次は昼だ。

 持ち帰りを十個。いや、十五個余分に売れたらどうだろう。

 四百円から食材百二十五円と容器二十五円を引くと、一個につき二百五十円残る。

 十五個で三千七百五十円。二十二日なら八万二千五百円。

 朝と合わせれば、今より十五万円ほど増える。

 そこまで書いて、博之は六席のカウンターを見た。

 満席の皿を出しながら、持ち帰りの容器にご飯を詰める。金を受け取り、釣り銭を渡し、

 戻ってきた皿を洗う。

 頭の中で順番にやってみただけで、手が足りなくなった。


「昼だけ、誰かおってくれたらな」

 時給八百円で二時間なら、一日千六百円。

 四時間なら三千二百円。仕込みまで頼むなら、四時間あった方が助かる。

 計算し直すと、昼に二時間来てもらって約二十八万円。四時間なら

 約二十四万円が残る見込みになった。自分の税金や生活費を払う前だが、十六万円よりはずっといい。


 当面、目指すのはここだろう。

 まず月曜と水曜の朝を開ける人を探す。昼の持ち帰りは数を決めて試し、忙しくなる時間に

 合わせて人を入れる。

 けれど、二十四万円になったら、それで完成という気にもなれなかった。

 そこでも博之は、毎日この店でカレーを作っている。


 博之は、書きかけの手順書を引き寄せた。

 三十食分の材料と、二つの鍋への分け方。米を炊く量。盛り付け。片づけ。

 これを読んで、実際にほかの人が作れるようにしなければならない。


 きれいな説明を書いて終わりではない。

 コピーを渡し、やってもらい、止まったところを書き直す。自分が横から答え続けているうちは、

 まだ任せられたことにはならない。

 そうして、ここを任せられるようになったら。

 南草津。

 瀬田、石山。

 反対方向なら栗東、守山、野洲。

 思いつく駅名を、ノートの余白に並べた。

 南草津なら立命館、瀬田なら龍谷の学生もいる。安く腹いっぱい食べたい学生と、

 京都方面へ出勤する人。その両方に使ってもらえる場所があれば、今の店に近い形が

 作れるかもしれない。


 駅の近くだから売れる、と決めつけるのも違う気がした。

 学生が大学へ向かう道と、会社員が駅へ向かう道は同じとは限らない。

 改札のどちら側かでも変わるだろう。

 草津と南草津の間、市役所の辺りはどうだろう。

 昼に働いている人はいる。けれど、そこなら朝より昼の店になるのかもしれない。


 同じ三百八十円でも、店の前を誰が、何時に、何のために通るのか。

 そこを見ないと、家賃が安いというだけで借りてしまいそうだった。

「まず歩いてみるか。空いた時に」


 博之は駅名の下に、『朝と昼、両方見る』と書いた。

 物件を借りるのは、まだ先だ。今の店を任せる準備と、貯金を進めながら、

 少しずつ候補を見ればいい。

 領収書を月ごとの封筒に戻した。

 十六万二千円という数字は、さっきと変わっていない。

 けれど、その横には月曜と水曜の丸があり、昼の十五食というメモがあり、

 まだ見に行ってもいない駅の名前が並んでいた。

 博之はノートを閉じずに、明日の仕入れを書くため、もう一枚ページをめくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。