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三坪のカレー屋から始めます。~二〇〇六年、大学四回生の博之は一杯三百八十円で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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第十四話 場所がよかっただけ 朝カレーを45杯に増やしても完売wwwおばちゃんに褒められる

 二〇〇六年、十一月第四週の火曜日。

 朝六時半、博之は冷蔵庫の前で、おばちゃんに保存容器を渡していた。

「増やしたなあ」

「四十五食です。金曜日、三十やと足らんかったんで」

「いきなり一・五倍かいな」

「……増やしすぎましたかね」


 昨夜は二つの鍋で三十食を作り、さらに十五食を仕込んだ。冷まして小分けにした容器を収めると、

 小さな冷蔵庫はいっぱいになった。

 その時は、これぐらい売れるやろうと思えた。朝になって見直すと、ずいぶん多い。


「まあ、売ってみよ。もう作ったんやし」

 おばちゃんは容器を受け取り、鍋に移した。

 炊飯器の蓋を開けると、湯気が上がった。二台ともちゃんと動いている。

 それだけで少し安心する自分が、博之にはおかしかった。


 七時。店先の札を裏返す。

 最初に入ってきたのは、金曜日にも見た紺色の上着の男だった。

「今日も朝やってんねんな」

「はい。とりあえず火曜と金曜で」

「ほな、カレー」


 男は腕時計を見て、水を一口飲んだ。出された皿を引き寄せると、黙って食べ始めた。

 うまい、と声を上げるわけではない。五分ほどで皿を空にし、三百八十円を置く。

「ごちそうさん」


 それで次の客と入れ替わった。

 博之が皿を洗う間に、おばちゃんがご飯をよそう。カレーをかけ、福神漬けを添える。

 六席が埋まっても、食べ終えた客が出る頃には次の皿を出せた。

 入口で店内をのぞいた男には、おばちゃんが声をかけた。


「持って帰るのもできますよ。四百円」

「ほな、それ一個。昼に食うわ」

 百円玉が四枚、カウンターに並ぶ。

 釣り銭を渡す手間がないのは、やはり楽だった。

 八時前、博之は手を拭き、大学ノートにつけた正の字を数えた。店内が十五、持ち帰りが五。

「二十、出てます」

「金曜と一緒やな」

「ここからなんですよね」


 京都や大阪へ向かうらしい、鞄を持った客の姿が減ってくる。代わりに作業着の男や、

 近所で働いているという女性が入ってきた。

 誰も長居はしない。寒かった、今日は忙しい、そんな短い話をして、カレーを食べて仕事に向かう。


 八時台も、店内で十五食出た。

 持ち帰りはさらに五個。朝から合わせて十個になった。

「四十です」

「あと五つ?」

「はい」

 昨夜、冷蔵庫を埋めていたものが、もう鍋の底に少し残るだけになっている。

 博之は残りを確かめてから、昼に使う玉ねぎを出した。


「先、仕込み始めますね」

「こっちは見とくわ」

 買ったばかりのスライサーを台に置く。

 前は玉ねぎを何個も切っていると、目が痛くなり、途中で包丁を置きたくなった。

 それが今日は、皮をむいて半分にし、押さえ具を使って動かすだけで、

 薄切りがボウルにたまっていく。


「おお……」

「な。買うたらええ言うたやろ」

「これ、もっと早う買ったらよかったです」

「洗いやすいのにしといて正解やで」


 九時を過ぎると、客の来る間隔は空いた。

 その隙間に人参を切り、肉を量る。一人来ればおばちゃんがカレーを出し、博之は手が

 空いたところで皿を引いた。

 九時半前、最後の客がスプーンを置いた。


「もう朝の分、終わり?」

「はい。ちょうど最後でした」

「ほな、ええ時に来たな」

 客を見送って、博之は札を下げた。

 四十五食。持ち帰り十個を含めて、全部売れた。


「店長。これ、流行ってるんちゃう?」

 おばちゃんが空の鍋を見ながら言った。

 博之は笑って、首を振った。


「いや、味もそこそこですし。場所で勝っただけやと思います。安いし、駅行く途中で寄れるし」

「それで来てくれるんやったら、ええやん」

「まあ、そうなんですけど。特別うまいもん作ってるわけでもないんで」


 金曜日も今日も、味を大げさに褒めた客はいなかった。

 それでも皿は空になった。二度目に来た人もいた。それは、博之にとって都合のいい

 思い込みではないはずだった。

「でもな、ここでやったら売れるかもしれんと思っても、家賃払うの怖いし、金なくなったら

 どうしよ思うやろ」


 おばちゃんは洗った鍋を伏せた。

「私やったら、前通って考えるだけで終わるわ」

「僕、ほかにあんまり行くとこなかったんで」

「それでも、お金出して店開けたんやろ。そこは偉いと思うで」


 博之は、切った玉ねぎを持ったまま少し黙った。

 大した計画があったわけではない。就職が決まらず、空いていた店を見つけ、

 手持ちの金でどうにか始めた。だから褒められると、事情を全部説明して訂正したくなる。


 けれど、おばちゃんはその事情を聞いた上で、言ってくれている。

「……ありがとうございます」

「そやから、玉ねぎ落とさんといてや」

 慌ててボウルを置くと、おばちゃんが笑った。


 昼の三十食分を、二つの鍋に分けて作り始める。

 昨日の夜には、また仕込みかと思った。今は、次に来る客の分を作っている感じがした。

 同じ玉ねぎを炒めているだけなのに、不思議と手が進んだ。

「火曜もいけそうですね」

「あと何回かやってみな分からんけどな」

「そうですね。まだ二回ですし」

「でも、今日は喜んどいたらええやん」


 十時まで、二人で洗い物と仕込みを進めた。

 おばちゃんが帰る頃には、鍋からいつもの匂いが立ち始めていた。博之はノートの四十五という

 数字に丸をつけ、それから昼の欄に、三十と書いた。

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