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国を立たせる介護士 ~52歳で異世界召喚された外れ職《生活支援士》、寝たきりの老将から滅びかけた王国まで再建する~  作者: 狼賀亮一郎
第三部 偽りの手引きと紙の戦争編

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第六十三話 燃える門を、開け

火矢が、夜明け前の空を裂いた。

 狙われた油樽の前には、弓を構えた村人たちがいる。

「伏せろ!」

 修司の声に、何人かが反応した。

 だが、恐怖で動けない者もいる。

 クラウディアが馬車の側板を蹴った。

 一歩で修司の前へ出る。

 鞘から抜かれた剣が、朝の薄明かりを弾いた。

 火矢の軸を、横から打つ。

 軌道を変えられた矢は門の外へ落ち、湿った土の上で赤い火を散らした。

「見張り塔の陰だ!」

 修司は火矢が飛んできた場所を指した。

「そいつは村の人間か!」

 門の上にいた狩り弓の女が振り返る。

 見張り塔の柱の陰から、灰色の外套を着た男が二本目の矢をつがえていた。

「誰だ、あいつ!」

「昨夜の商人と一緒に来た男よ!」

 女が弓を向ける。

 だが、男の方が早かった。

 二本目の火矢が放たれる。

 今度の狙いは油樽ではない。

 樽の下へ敷き詰められた、乾いた藁だった。

「クラウディア、藁だ!」

 剣では届かない。

 火矢が藁へ突き刺さった。

 次の瞬間、門の前で炎が膨れ上がった。

「火だ!」

「樽をどけろ!」

「触るな、燃え移るぞ!」

 村人たちが一斉に動き、互いへぶつかる。

 油樽を押そうとする男。

 反対側から引こうとする女。

 門を下りようとする者と、見張り塔へ上がろうとする者。

 声は多い。

 だが、誰の声を聞けばいいのか分からない。

 このままでは、油へ火が入る。

「樽に触るな!」

 修司は馬車の上から叫んだ。

「先に人を離せ! 子供と弓を持っていない人は、門から十歩下がれ!」

「黙れ、偽者!」

 門の上の男が怒鳴り返す。

「お前たちが火をつけたんだ!」

「違う!」

 狩り弓の女が、男より大きな声を上げた。

「矢を射ったのは、昨夜来た連中よ! 私は見た!」

 彼女は見張り塔へ矢を放った。

 灰色の外套の男が身を伏せる。

 その姿を、村人たちも見た。

「あの樽を持ってきたのも、あいつらだ!」

「腐敗魔力を浄める油だと言っていたぞ!」

「最初から、燃やすためだったのか……?」

 疑いが、初めて修司から別の方向へ向いた。

 だが、火は待ってくれない。

 炎が藁を走り、最初の樽へ迫る。

 修司は左手を前へ出した。

「俺を信じなくていい!」

 門の上へ声を届かせる。

「でも、隣にいる人の命は守りたいはずだ! 今だけ、俺の声を使ってくれ!」

 誰かに従わせるための言葉ではない。

 今できることを、一人ずつへ渡すための言葉だ。

「《生活動作把握》」

 淡い光が修司の左手から広がった。

 門の上。

 見張り塔。

 火のそば。

 恐怖で足が止まっている者。

 すでに水桶へ手を伸ばしている者。

 全員を見る必要はない。

 今、動こうとしている人を見つければいい。

「弓を持った人!」

 狩り弓の女が修司を見る。

「名前は!」

「リーゼよ!」

「リーゼ! 見張り塔から目を離すな! 火矢を持った者だけを狙ってくれ!」

「命令しないで!」

 言い返しながらも、リーゼは二本目の矢をつがえた。

「赤い帽子の人! 後ろに井戸がある! 桶を持てる人を六人集めてくれ!」

「六人だな!」

「子供を抱いている人は、石壁の建物へ! 走らなくていい、押さないで!」

 ばらばらだった動きに、少しずつ向きが生まれる。

 修司の頭の奥に、熱が集まった。

 王都で百人以上へ技能を広げたときとは違う。

 すべてをつなごうとしない。

 火を消す人。

 人を逃がす人。

 敵を見る人。

 必要な動きだけに、範囲を絞る。

「《連携支援――広域展開》」

 淡い光が、門を越えた。

 赤い帽子の男から、桶を持った六人へ。

 リーゼから、見張り塔を囲む二人へ。

 子供を抱いた女性から、避難する人の列へ。

 光の線は強く引っ張らない。

 ただ、隣の人がどちらへ動くのかを伝える。

 ぶつかりかけた二人が、互いに半歩ずれた。

 水桶を渡す手が、同じ高さにそろう。

 避難する人の流れが、門から離れていく。

「光った……」

 村人の一人が、自分の手を見た。

「手を見るな! 水を見ろ!」

 リーゼの一喝が飛ぶ。

 最初の水が炎へ浴びせられた。

 白い蒸気が上がる。

 火は消えない。

 それでも、油樽へ届く速さが鈍った。

「門の横木を外せ!」

 修司が叫ぶ。

「外せば、こいつらが入ってくるぞ!」

 村人がためらう。

「俺たちの馬車に砂袋がある! 門を開けなければ運べない!」

「信用できるか!」

「信用しなくていい! 俺たちは外へ残る。砂だけ受け取れ!」

 村人たちが顔を見合わせる。

 そのとき、見張り塔の陰で赤い光が走った。

 灰色の外套の男が、腕を強化して柱から柱へ跳ぶ。

 リーゼが矢を放った。

 男は身体を捻り、矢を避ける。

 だが、そのために三本目の火矢を落とした。

「今よ! 横木を外して!」

 リーゼの声で、村人たちが門の内側へ走る。

 太い横木へ四人が手を掛けた。

 持ち上がらない。

 昨日までなら、修司は自分もそこへ行こうとしたかもしれない。

 今は行けない。

 右腕は使えず、門の外にいる。

 だから、できる者を動かす。

「赤い帽子の人! 水は次の人へ任せて、横木の中央へ!」

「分かった!」

「四人とも腕だけで上げるな! 腰を落として、脚で立つ!」

 修司は左手を上げた。

「息を合わせる。三、二、一!」

 五人の足元を、光が一本につないだ。

 横木が持ち上がる。

 石の受けから外れ、重い音を立てて床へ落ちた。

「門を開けろ!」

 扉が内側へ動く。

 しかし、外に積まれた荷車がつかえて、それ以上開かない。

 炎は荷車の車輪へ燃え移っていた。

「縄を掛けます!」

 騎兵が荷台から太い縄を取る。

「人が近づきすぎる。鉤を使え!」

 修司の声に、縄の先へ鉄鉤が結ばれた。

 騎兵が鉤を振り、燃える荷車の車軸へ掛ける。

「馬へつなげ!」

 御者が縄を引き、軽馬車の後部へ回した。

 クラウディアが修司を見る。

「合図を」

「内側の人を下がらせてくれ!」

 クラウディアが門の隙間へ走る。

「全員、壁際へ! 荷車が動く!」

 村人が離れたのを確かめ、修司は御者台へ叫んだ。

「今だ! 真っ直ぐ引け!」

 四頭の馬が地面を蹴る。

 縄が張った。

 燃える荷車が一度、石へ引っ掛かる。

「止めるな! もう一歩!」

 車軸が軋む。

 荷車が横へ滑った。

 積まれていた樽が崩れ、一つが地面へ落ちる。

 蓋が外れ、黒い油が流れ出した。

 炎が一気に広がる。

「左へ切れ!」

 馬車が向きを変える。

 燃える荷車も、門の正面から引き離されていく。

 村人の桶が、開いた場所へ次々と水を浴びせた。

 修司たちの砂袋が門の隙間から投げ込まれる。

 炎の勢いが、目に見えて弱くなった。

「開いたぞ!」

 村人の声が上がる。

 黒い煙の向こうで、門が大きく開いた。

 修司は馬車から降りた。

 足元が少し揺れる。

 頭痛はある。

 だが、王都で技能が暴れたときのような、意識を持っていかれる痛みではなかった。

 自分で範囲を選び、自分で止められる。

 技能もまた、少しずつ自分のものになっている。

「修司殿」

 クラウディアが煙の向こうから手を伸ばす。

「走らないでください」

「今、それを言うのか?」

「今だからです」

 修司はその手を取り、燃え残る門をくぐった。

     ◇

 村の中では、別の戦いが始まっていた。

 見張り塔から下りた灰色の外套の男が、細い路地を走っている。

 その前を、もう二人の男が逃げていた。

 三人とも、昨夜は旅商人を名乗っていた者たちだった。

 一人は松明を持ち、一人は油壺を抱えている。

 向かう先には、大きな穀物倉があった。

「倉を燃やす気だ!」

 リーゼが門の上から叫ぶ。

「クラウディア!」

「任せてください!」

 彼女が地面を蹴る。

 リーゼも階段を駆け下り、弓を持ったまま追った。

「あんたは来ないで! 片腕でしょう!」

「俺は戦いに行くんじゃない!」

「さっきも聞いた気がするわ!」

 初対面の相手にまで同じことを言われた。

 修司は走らず、早足で二人を追った。

 村の中央は、すでに混乱している。

 鐘の音を聞いて家から出てきた人々。

 門の火から逃げてくる人々。

 何が起きたか分からず、荷物を抱えて立ち尽くす人々。

 三人の偽商人は、その間を迷わず進んでいた。

 逃げている人間の動きではない。

 目的地がある。

「違う」

 修司は足を止めた。

 穀物倉へ向かっているように見える。

 だが、松明を持つ男だけが、何度も右を見ていた。

 穀物倉の右手には、小さな木造の建物がある。

 扉の上に、杖と薬鉢を組み合わせた印。

 村の治療所だ。

 今は、避難した子供や高齢者が集められている。

「狙いは治療所だ!」

 修司が叫ぶ。

 クラウディアが方向を変えた。

 その直後、油壺を持った男が穀物倉の前で立ち止まり、追手へ壺を投げつける。

 囮だった。

 壺が割れ、クラウディアの前へ油が広がる。

 松明の男は右の路地へ入った。

「リーゼ、穀物倉を頼む!」

「言われなくても!」

 リーゼの矢が、油壺を投げた男の足元へ突き刺さる。

 クラウディアは油を飛び越え、松明の男を追う。

 だが、灰色の外套の男が屋根から彼女の前へ降りた。

 赤い強化の光をまとった腕が、剣を受け止める。

 クラウディアの足が止まった。

 松明の男は、治療所へ迫っている。

 修司との距離は十歩。

 右腕は使えない。

 走れば、肩の傷が開くかもしれない。

 それでも、治療所の窓には子供の顔が見えていた。

「戸を閉めろ!」

 修司は叫びながら踏み出した。

 松明の男が振り返る。

「来ると思ったぜ、生活支援士!」

 笑いながら、腰の短剣を抜く。

 こちらを待っていた。

 修司を刺してから、治療所へ火をつけるつもりだ。

 男が松明を左手へ持ち替えた。

 短剣を前に、低く構える。

 修司は速度を落とさなかった。

「《生活動作把握》」

 淡い線が男の肩から短剣へ伸びる。

 だが、見えたのは刃の動きだけではない。

 男の足元。

 路地の中央を流れる細い排水溝。

 壁に立てかけられた洗濯板。

 軒から下がる濡れた麻布。

 修司は男ではなく、その後ろの窓へ声を投げた。

「中の人! 麻布を落としてくれ!」

「何を――」

 男が一瞬、窓を見る。

 治療所の中から、年配の女性が軒の縄を引いた。

 干してあった濡れた麻布が、男の左肩へ落ちる。

 松明の火が布に包まれた。

 驚いた男が左腕を振る。

 その動きで、短剣の切っ先が外へ開いた。

 修司は懐へ入る。

 左手で男の右手首へ触れた。

 握り潰す必要はない。

 短剣が向いていない方へ、肘を導く。

 男の右足が排水溝の縁を踏んだ。

 踵が落ちる。

 上体が後ろへ傾いた。

 修司は男を投げず、左肩で胸を押した。

 男の背が、立てかけられた洗濯板へぶつかる。

 板ごと地面へ倒れた。

 短剣が石の上を滑る。

「この……おっさん!」

 男が濡れた麻布を払い、起き上がろうとする。

「おっさんで悪かったな」

 修司は倒れた男の手首を左足で踏まなかった。

 代わりに、近くへ転がった洗濯籠を蹴る。

 籠が男の上半身へかぶさった。

 男が一瞬、動きを止める。

「今だ! 押さえてくれ!」

 治療所から、二人の村人が飛び出した。

 一人が籠ごと男の肩を押さえ、もう一人が短剣を蹴り飛ばす。

 修司は麻布に包まれた松明を踏み消した。

 その背後で、金属のぶつかる音が止む。

 振り返ると、灰色の外套の男が石壁へ追い詰められていた。

 クラウディアの剣が喉元へ向き、リーゼの矢が逃げ道を塞いでいる。

 油壺を持っていた男も、騎兵たちに取り押さえられていた。

「終わりです」

 クラウディアの声に、灰色の外套の男が両手を上げる。

 赤い強化の光が消えた。

     ◇

 門の火が消えた頃、朝日が村の屋根を照らし始めた。

 焼けたのは門前の荷車と、見張り塔の壁の一部。

 重い火傷を負った者はいない。

 矢を射た男たちも三人とも捕らえられた。

 村の広場では、怪我人の確認が始まっている。

「歩ける人も、あとで必ず診てもらってください。煙を吸った人は、今は平気でも苦しくなることがあります」

 修司が伝えると、赤い帽子の男が大きくうなずいた。

「分かった。名前といた場所も書かせる」

「助かります」

「助けられたのは、こっちだ」

 男は少し気まずそうに頭をかいた。

 その隣で、リーゼが腕を組んでいる。

「まだ、あんたが本物のタカセかどうかは分からないわ」

「そうだな」

「否定しないの?」

「俺が本物だと言っても、それを信じられる証拠にはならない」

 修司は、門に掲げられていた第四版を見た。

 自分の名。

 王立治癒院の名。

 もっともらしい赤い見出し。

 紙の上では、嘘も本物と同じ顔をしている。

「でも、あの紙が嘘だということは、確かめられる」

「どうやって?」

「俺たちの荷を、この村の治療師と一緒に調べる。箱は村の人に選んでもらう。薬も食料も、その場で開ける。王都から出た記録と、運んできた数も全部見せる」

「それでも、魔力の汚れなんて私たちには分からないわ」

「分からないことは、分からないと書く」

 修司は即答した。

「だから、治療師や術師が何を確かめたのかも残す。俺を信じてくれではなく、誰が見ても同じように確かめられる形にする」

 リーゼは修司の顔をしばらく見た。

 やがて、焼け焦げた門へ目を移す。

「少なくとも、あんたは私たちを燃やそうとはしなかった」

「当たり前だ」

「昨夜の商人も、最初は同じような顔をしていたのよ」

 言葉が胸へ刺さる。

 善人らしい顔も、立派な肩書も、もう証明にはならない。

 だからこそ、仕組みが必要だった。

「次は、紙だけで信じなくて済むようにする」

 修司が言うと、リーゼは鼻を鳴らした。

「次がある前に、まず朝飯を食べなさい。さっきから顔が白いわよ」

「それは俺も言おうと思っていました」

 クラウディアが横から口を挟む。

「二人とも、今ですか」

「今だからです」

 声が重なった。

 リーゼとクラウディアが互いを見る。

 なぜか、二人とも少しだけ納得した顔をした。

 修司は反論を諦めた。

     ◇

 捕らえた三人は、広場の石柱へ別々に縛られていた。

 橋で捕らえた黒衣の男も、軽馬車の中で騎兵二人が見張っている。

 クラウディアが、灰色の外套の男の前へ立った。

「白い鳥の印は、どこのものです」

 男は俯いたまま答えない。

「紙を作った場所は。白い羽根の仮面をつけた女は誰です」

 まぶたが、わずかに動いた。

 だが口は開かない。

 修司は三人の服と荷物を見た。

 同じ灰色の外套。

 同じ形の短剣。

 白い鳥を刻んだ銅貨。

 腰袋の中には、金と干し肉、火打ち石。

 そして、折り畳まれた小さな紙が一枚あった。

 ミレイユがいれば、紙の種類や文字の癖をもっと詳しく見ただろう。

 今は修司が、自分で見るしかない。

 紙には、鐘の絵が二つ描かれている。

 最初の鐘の横に、炎に包まれた門。

 二つ目の鐘の横に、六台の荷馬車。

 文字を読めない者にも伝わる、簡単な指示だった。

 修司の指が止まる。

「六台……」

 王都から運んできた支援物資の馬車と、同じ数。

 その下には、街道沿いの休息所を示す印がある。

「この村は、本当の狙いじゃない」

 修司が顔を上げた。

 灰色の外套の男が、初めて笑った。

「今頃気づいたのか」

「何をした」

「生活支援士は、目の前で困っている人間を見捨てない」

 男の笑みが深くなる。

「村を燃やせば、必ずあんたは来る。あんたを守る女も、速い馬も連れてな」

 休息所には、ミレイユとエヴァがいる。

 負傷したオットー。

 護衛。

 そして、グランフェルの冬を支える六台の物資。

「二つ目の鐘で、何が起きる」

 男は答えない。

 代わりに、村の鐘が鳴った。

 一度。

 火事の終息を知らせる、低い音だった。

 続いて、もう一度。

 二つ目の鐘。

 男が、声を上げて笑った。

「あんたは人を助けるんじゃない。助ける相手を、俺たちに選ばされているんだよ!」

 クラウディアの手が、男の襟をつかむ。

「修司殿、すぐ戻ります」

「いや」

 修司は男を見たまま答えた。

「俺たちだけで戻るんじゃない」

 広場には、桶を持った村人たちがいる。

 馬を持つ者。

 荷車を動かせる者。

 怪我人の名前を書き始めた者。

 少し前まで、修司へ弓と石を向けていた人々だった。

「この男は、俺一人が全部の場所へ走ると思っている」

 修司は声を上げた。

「ラウエン村の皆さん! 休息所にいる人たちが狙われています! 火を消せる人、馬を出せる人、怪我人を受け入れられる人――力を貸してほしい!」

 村人たちに戸惑いが広がる。

 偽物かもしれない男のために、危険な場所へ向かうのか。

 修司は待った。

 命令はしない。

 技能で無理に動かすこともしない。

 最初に桶を持ち上げたのは、赤い帽子の男だった。

「俺は行く。さっき、この人に動かしてもらったんじゃない。どこへ水を運べばいいか、教えてもらっただけだ」

 次に、リーゼが弓を背負う。

「村を燃やそうとした連中を、逃がす気はないわ」

「馬を二頭出す!」

「うちの荷車も使え!」

「治療所を空ける。怪我人を連れてきて!」

 声が、次々と上がった。

 修司は灰色の外套の男を見る。

「支援は、一人で全部やることじゃない」

 男の笑みが消えた。

「一人が知ったことを伝えて、できる人をつなぐ。そのために、俺はここへ来た」

 南の街道から、蹄の音が聞こえた。

 一頭の馬が、村へ向かって走ってくる。

 騎手は、グランフェル家の色をつけていた。

 馬の首は汗に濡れ、騎手の外套には黒い煤がついている。

「タカセ様!」

 村の前へ着く前から叫んでいた。

「休息所が襲撃を受けました! 白い鳥の一団です!」

「ミレイユとエヴァ先生は!」

「生きておられます! ですが、偽の布告を持った者たちに囲まれ、物資庫へ退避を!」

 騎手が荒い息のまま、南を指す。

「敵が油を撒いています。あのままでは、六台すべてが燃やされます!」

 街道の向こう。

 朝日に染まり始めた空へ、一本の黒煙が立ち上った。

 修司は軽馬車へ向かう。

 今度は、クラウディアだけではない。

 弓を持ったリーゼ。

 水樽を積んだ荷車。

 村の男たちと女たち。

 修司が救った人々が、次の誰かを救うために動き始めていた。

「行くぞ!」

 紙より速く。

 嘘より先に。

 人から人へつながった力が、燃える休息所へ走り出した。

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