↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国を立たせる介護士 ~52歳で異世界召喚された外れ職《生活支援士》、寝たきりの老将から滅びかけた王国まで再建する~  作者: 狼賀亮一郎
第二部 白き王都と傷なき聖女編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/71

第四十一話 治療師と介護士

リディアの療養室を出ると、マルガレーテは修司たちを廊下の奥へ案内した。

「こちらへ。殿下のお部屋の前で話す内容ではありません」

 通されたのは、治療師たちが申し送りに使う小部屋だった。

 中央に長机があり、壁には人体図と魔力脈の図が掛けられている。棚には厚い記録簿が隙間なく並び、薬草の見本を入れた小瓶には、一つずつ日付と効能が書かれていた。

 王立治癒院を預かる者の部屋らしく、すべてが整然としている。

 マルガレーテは扉を閉めると、修司と向かい合った。

「最初に、私の判断を申し上げます」

 白い長髪の院長は、迷いなく告げた。

「タカセさん。現時点で、あなたは無資格の危険人物です」

 クラウディアの表情が険しくなる。

「院長。言葉を選んでいただけますか」

「王女殿下のお身体に関わることです。曖昧な表現をする方が無責任でしょう」

 マルガレーテは修司から目をそらさなかった。

「あなたが元の世界で、どのような教育を受け、どれほどの経験を積んだのか。私には確かめる方法がありません。《生活支援士》という職能も、この国では前例がない。技能が見せる光の意味も、身体へ及ぼす影響も不明です」

「おっしゃるとおりです」

 修司が答えると、クラウディアが振り向いた。

「タカセ?」

「この国で資格を認められていないのは事実です。それに、俺自身も《生活支援士》の技能をすべて理解できているわけではありません」

 マルガレーテの眉がわずかに動いた。

「では、なぜ王女殿下へ関わろうとするのです」

「殿下が困っておられるからです」

「それだけで、人の身体に手を出してよいと?」

「いいえ」

 修司は首を横へ振った。

「だから、立たせませんでした。水を飲んでよいか先生に確認し、技能を使ってよいか殿下に伺いました」

「杯を変える程度であれば、害は少ないでしょう。しかし、明日は食事へ関わると言った。食べた直後に吐いたらどうします。立ち上がって倒れたら。あなたの技能を使ったあと、魔力脈に異常が出たら、誰が責任を負うのですか」

 矢継ぎ早の問いだった。

 修司は、すぐには答えなかった。

 十年介護の仕事をしてきても、事故の可能性を完全になくすことはできない。食事中の誤嚥、移動時の転倒、入浴中の体調変化。慣れているから大丈夫だと思ったときほど、見落としは起こる。

「俺一人では、責任を負えません」

 マルガレーテの目が細くなる。

「逃げるのですか」

「違います。一人で判断しないという意味です」

 修司は、隣にいるエヴァを見た。

「食べてもよい状態か、起きてもよい状態か。それを判断するのは治療師です。俺にできるのは、その判断の範囲で、殿下が安全に食べたり、動いたりする方法を考えることです」

 エヴァはすぐには味方をしなかった。

 腕を組み、修司の言葉を確かめるように見つめている。

「タカセさん」

「はい」

「今の言葉は、必ず守ってもらいます」

 エヴァの声も厳しかった。

「あなたの観察が役に立つことは、グランフェルで見てきました。でも、役に立った経験があることと、医療上の判断をしてよいことは別です。症状の原因を決めつけない。薬や治癒術へ口を出さない。私か院長が止めた動作は行わない」

「分かっています」

「いいえ。分かっているつもりが、一番危ないの」

 修司は返す言葉をのみ込んだ。

 エヴァは、ベルンハルトを再び立たせようとしたときも、身体の状態を確認し続けていた。修司が介護の経験を持っていても、治療師の代わりにはならない。

「はい。越えてはいけない線は、先生方に示していただきます」

 エヴァはようやく、小さくうなずいた。

     ◇

「では、あなたは何をするのです」

 マルガレーテが尋ねた。

「治療師の判断に従うだけなら、侍女でもできます」

「侍女の方々が、殿下の暮らしを支えていることは間違いありません。ただ、今は仕事が細かく分かれすぎています」

「どういう意味ですか」

「式典の予定を決める人、食事を運ぶ人、寝具を整える人、魔力を調べる人。それぞれは仕事をしています。でも、殿下の一日を最初から最後までつなげて見ている人がいません」

 マルガレーテの視線が、記録棚へ向いた。

「治癒院には、殿下の記録があります」

「そこには、昨日の夕食をどれだけ召し上がったかも書かれていますか」

「食事は侍従部の管轄です」

「夜中に何度目を覚ましたかは?」

「夜番の侍女が記録しています」

「広域祝福を使った翌日、階段を上る途中で休んだ回数は?」

 マルガレーテは答えなかった。

 修司は続けた。

「治癒院には身体と魔力の記録がある。侍従部には食事と睡眠の記録がある。王宮には公務の記録がある。でも、それが別々なら、殿下がどんな一日を送ったあとに具合を崩すのか見えません」

「それを集めれば、病の原因が分かると言うのですか」

「分かるとは言えません。でも、悪くなる前に何があったのかは見えてくるかもしれません」

 修司は長机の上にあった白紙を一枚借り、筆記具を手に取った。

「使ってもよろしいですか」

 マルガレーテが無言でうなずく。

 修司は紙を横長に置いた。

 左端に時刻を書く欄を作り、その横を六つに分けた。睡眠、食事、水分、公務、魔法、身体の様子。

 文字だけでは、忙しい者が一目で把握しにくい。睡眠には月、食事には皿、水分には杯、公務には書状、魔法には杖の簡単な絵を添えた。

 アナログの版下を作っていたころ、修正のたびに情報が増え、狭い紙面へ押し込むよう求められた。依頼主はあれも目立たせたいと言い、営業は短い締め切りを持ち帰ってくる。

 だからこそ、何を同じ場所へ置けば見比べられるか、何を削っても意味が伝わるかを考え続けた。

 今、作っているものは広告ではない。

 一人の生活を、一枚の紙で見渡すための表だった。

「起床した時刻。食べたものと、おおよその量。飲んだ回数。どんな公務や魔法を行ったか。そのあとに、震えや息苦しさ、ふらつきがあったか。治まるまでどれくらいかかったか」

 修司は各欄を指した。

「診断は書きません。見たことと、殿下がおっしゃったことだけを書きます」

 マルガレーテは紙を引き寄せた。

「熱や脈は、どこへ?」

「身体の様子の欄へ。ただし、測るのは治療師の方です」

「魔力残量は数値で記す必要があります。術の種類と範囲も分けるべきです」

「では、魔法の欄を二つに分けましょう」

 修司は線を引き直した。

「食事は、量だけでは足りないわ。食べられなかった理由も必要よ」

 エヴァが言った。

「吐き気があったのか、匂いがつらかったのか、口の中が痛いのかで意味が変わるもの」

「選べるように、印を作りましょう」

 修司は、食事の欄の下へ小さな項目を加えた。

 気づけば、三人で同じ紙を囲んでいた。

 クラウディアが、その様子を見て微かに笑う。

「もう共同作業になっていますね」

 マルガレーテは顔を上げた。

「まだ、この人へ殿下を任せると決めたわけではありません」

「承知しています。ただ、殿下ご自身は、タカセに明日の朝も来るよう望まれました」

「患者の希望だけで、安全を無視することはできません」

「安全のために、本人の希望をすべて無視することもできないのではありませんか」

 二人の視線がぶつかった。

 修司は、紙の上へ筆記具を置いた。

「殿下が選ぶのは、食べてはいけないものではありません」

 マルガレーテが修司を見る。

「先生方に、安全に口にできるものをいくつか選んでいただく。その中から、時間と場所と量を殿下に決めていただきます。全部食べることを目標にはしません。途中で体調が変われば、やめます」

「食べられなかった場合は?」

「失敗にはしません。何なら口にできたか、何がつらかったかを記録します」

「技能は?」

「殿下が起き上がるときと、食器を扱うときに必要なら使います。使う前に許可を得ます」

「立位と歩行は認めません」

「分かりました」

「食事前に、私か当直の治療師が状態を確認します。食事中はエヴァ治療師か、院内の治療師が同席すること」

「はい」

「少しでも意識が鈍る、呼吸が乱れる、吐き気が強まるなどの変化があれば中止します」

「従います」

 マルガレーテは、もう一度、紙へ目を落とした。

「それから、この記録は一日で結論を出すためのものではありません。都合のよい変化だけを拾って、あなたの支援が効いた証拠にしないこと」

「約束します」

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて、マルガレーテは記録用紙を二つ折りにした。

「明朝のみ、試行を認めます」

 修司は息をついた。

「ありがとうございます」

「礼を言うのは、殿下が安全に朝を終えてからにしてください」

 厳しい言葉だったが、先ほどまでの拒絶とは違っていた。

     ◇

 話し合いを終え、部屋を出たところで、壁際に立っていたカシウスが顔を上げた。

「院長。結果は」

「明朝、殿下の希望された食事支援を試します。私の管理下で」

「必要なのですか」

「必要かどうかを確かめるために行います」

 カシウスは修司へ目を向けた。

「殿下を実験台にするつもりなら、私が止める」

「殿下に無理をさせるつもりはありません」

「誰もが、初めはそう言う」

 白盾の騎士はそれだけ言うと、リディアの部屋の前へ戻った。

 修司は、その背を見送った。

「気にしないで、とは言えないわね」

 エヴァが隣で言った。

「カシウス卿の警戒にも理由はあるでしょうから。ただ、院長が言ったことも忘れないで。あなたの仕事は、治療の代わりではないわ」

「はい」

「でも」

 エヴァは、修司が作った用紙を持つマルガレーテの後ろ姿を見た。

「治療だけでは見えなかったものを、あなたなら見つけられるかもしれない。それは私も知っています」

 修司はうなずいた。

 傷を塞ぐことはできない。

 毒を消すことも、失った魔力を一息で満たすこともできない。

 それでも、食べること、眠ること、起きること、誰かの手を借りながら自分で選ぶことを支えることはできる。

 治療師が命を救ったあと、その人が生きる毎日を整える。

 それが、修司の知る介護士の仕事だった。

「タカセさん」

 マルガレーテが廊下の先から呼んだ。

「明日の朝食について、厨房と侍女へ説明します。あなたも来てください」

「分かりました」

「殿下が何を選ばれるか、先回りして決めてはいけませんよ」

「はい」

 明日の朝、リディアに尋ねる。

 何時に、どこで、何を、どれくらい食べたいのか。

 国を癒やしてきた聖女が、自分のために選ぶ最初の食事が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。