第4話 妖精ルルと、はじめてのごちそう
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本作は完結まで執筆済みです。
途中で更新が止まることはありませんので、ご安心してお楽しみください。
ひとしきり喜び終えたラヴェリナは、ふと思い出したかのように、ぽんと手を叩いた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかった!」
「……名前?」
疲れ果て、木の幹のそばで羽根を休めていた妖精が、露骨に警戒した顔をする。
ラヴェリナは約束を守り、その場にすとんと腰を下ろした。これなら、近づく気はありませんという意思表示にもなる。
「私はラヴェリナ。ラヴェリナ・ローデンベルク。あなたは?」
妖精はしばらく黙って、ラヴェリナの顔と、地面にぺたりと座った足を交互に見ていた。
半分脅された形で友達にされたのだ、迷うのも無理はない。自分でやっておいてなんだけれど、少しだけ強引だった自覚はある。
しばらくして、風の音にまぎれそうなほどの小さな声で
「……ルル」
「ルル!」
ラヴェリナは思わず身を乗り出して叫んだ。
「きゃー、可愛い名前! ルルっていうんだ! すっごく妖精っぽい!」
「近い!」
「あっ、ごめん」
浮かせかけたお尻を、慌てて草の上に戻す。危ない。友達になって一分で約束を破るところだった。
「ルル、よろしくね」
「……お、おう」
ルルは腕を組んだまま、まだ少し警戒している。
そんなことは気にもとめず、ラヴェリナは、ワンピースのポケットから小さな手帳を取り出した。
気になったことを書き留めるために、いつも持ち歩いているものだ。以前の走り書きの下に、新しい行を足す。
――妖精の名前、ルル。言葉が通じる。口が悪い。
「おい。なに書いてんだ」
「記録。大事なことは書いておかないと」
「最後のやつ、いらねーだろ」
「いるよ。大事な特徴だもん」
ルルは何か言い返そうとして諦め、代わりに、じろりとこちらを睨んできた。
「だいたいお前、なんでこんな森の奥にひとりでいるんだよ。人間の子供は、普通もっと浅いとこで遊ぶだろ」
「迷子になったの」
「……は?」
「青い蝶々を追いかけてたら、帰り道が分からなくなっちゃった」
ルルは、しばらく口を半開きにしていた。
「それなのに、泉で足をばしゃばしゃやってたのかよ。迷子のくせに」
「だって、心細かったんだもん。……それにね、私、ずっと妖精を探してたの。お屋敷の花壇も、茸の下も、屋根裏も。どこにもいなくて、もう一生会えないんだってあきらめたところだったの」
「あきらめたやつの動きじゃなかったぞ」
「だって会えたから!」
羽根がばたばたと空気を叩く。怒っているのか呆れているのか、たぶん両方だろう。
ラヴェリナはその様子を見て、手帳の端に小さく書き足した。――怒ると羽根の音が大きくなる。
「今なんか書いたろ」
「書いてないよ」
ラヴェリナはペンの先を顎に当てて、次の質問を考える。聞きたいことは山ほどある。羽根の仕組みも、寿命も、ほかの妖精のことも。でも、友達として最初に聞くなら。
「ねえ、ルルの好物ってなあに?」
「好物?」
「今度持ってくるから、教えて」
「……なんで」
「友達だから!」
ルルはなんとも言えない顔をした。自分から友達になりたいと言った覚えはないと顔じゅうに書いてある。
それでも、食べ物の話には少し心が動いたらしい。視線をちょっとだけ泳がせながら、ぼそりと答えた。
「……マナ」
「マナ?」
聞き返してから、ラヴェリナは書庫で読んだ一節を思い出した。
この世界のあらゆるものに宿る、魔力の源。妖精や精霊はそれを糧にして生きている、と本には書いてあった。
「あっ、魔力のことだ! じゃあ、魔力がこもったものならいいの?」
「まあ……そういうことだな」
「なるほど、なるほど」
手帳に書き足す。好物、マナ。
そこで、ラヴェリナの鉛筆が止まった。
「あ」
「……今度はなんだよ」
「私ね、少し前から魔法の練習をしてるの」
家庭教師の先生に教わっているのは、まだ基礎の基礎だ。体の中の魔力を感じ取って、手のひらに集める。それだけの練習を、毎日飽きもせずに繰り返している。
そして、その練習の合間に、ラヴェリナはちょっとした遊びを考案していた。
「ちょっと見ててね」
右の手のひらを上に向け、目を閉じる。
意識を体の内側へ沈めていくと、胸の奥のあたりに、ぬるいお湯のような何かが溜まっているのが分かる。それを肩から肘へ、肘から手首へと、ゆっくり流していく。
「ん……」
手のひらが、ほんのりと温かくなった。
淡い光がそこに集まり始めていた。
散らばろうとする光を、ラヴェリナは中心へそっと押し固めるように意識する。前世で、粘土を丸めて小さなお団子を作ったときの手つきを思い出しながら。
ころん。
手のひらの上に、ビー玉くらいの丸い粒が転がった。半透明で、内側から淡く光っている。
「できた!」
「……それ」
「魔力を固めただけなんだけどね。魔力玉って呼んでるの」
自分で命名し、先生にはまだ見せていない。
練習の手順から外れたことをすると、「基礎が先でございます」と眉をひそめられるのが目に見えている。
けれど、集めた魔力をそのまま散らしてしまうのはもったいない気がして、ある晩、手の中で丸めてみたのが始まりだった。
売ってなければ作ればいい。魔法の練習道具だって、例外ではない。
「はい。これ、あげる」
ラヴェリナは魔力玉を乗せた手を、そっとルルの方へ差し出した。
ルルの目が、魔力玉に釘付けになっている。さっきまで全身の毛を逆立てた猫みたいだった妖精が、今は息をするのも忘れたかのように、淡い光だけを見つめている。
「どうぞ?」
「……いいのか」
「もちろん」
ルルが、ゆっくりと飛んできた。
近づくなと言った本人が、自分から近づいてくる。
笑いそうになるのを必死にこらえて、手のひらを動かさないようにじっとしていた。小さな羽根が起こす風が、指先をくすぐる。
ルルは魔力玉を覗き込み、においを嗅ぐように顔を近づけ、それから。
ぺろ。
ほんの少しだけ、舐めた。
そのまま、ルルは動かなくなった。
「……どうしたの?」
返事がない。
「おいしくなかった?」
不安になって覗き込んだ、その瞬間。
ルルの目が、かっと見開かれた。
「――うまい!」
「ほんと!?」
「なんだこれ!」
ぺろ。
「うまい!」
ぺろぺろ。
「すっげえうまい!」
ルルは魔力玉を両腕で抱え込み、夢中で舐めている。羽根がぱたぱたと小刻みに揺れて、まるで尻尾を振る子犬のようだ。泉のまわりを逃げ回っていた妖精と同じ生き物とは、とても思えない。
「そんなに?」
「森のマナとぜんぜん違う! 花のマナは薄いし、泉のマナは冷てえし……でもこれ、お日様みたいにあったかくて優しい味がする」
口の悪い妖精から出てきたとは思えない、感想だった。ラヴェリナは少しだけ照れながら、自分の手のひらを見つめた。
「これ、もっとないのか!?」
「あるよ」
「ほんとか!?」
「作ればいいだけだもん」
「まだ作れるのか!?」
「うん。小さいのしか作れないけど」
ラヴェリナが胸を張ると、ルルは手の中の魔力玉を見て、ラヴェリナを見て、もう一度魔力玉を見た。
それから、すっかり小さくなった光の粒を大事そうに抱えたまま、真剣な顔でこちらを見上げた。
「……ラヴェリナ」
初めて名前を呼ばれた。
「なあに?」
「お前……いいやつだな」
「えっ」
胸の奥が、ぽっと温かくなる。魔力を集めたときとは、また違う温かさだった。
「やっと分かってくれた!?」
「もっとくれ」
「そっち!?」
ルルはもう、ラヴェリナの顔など見ていなかった。視線は完全に、彼女の右の手のひらに固定されている。
ラヴェリナはため息をつき、それから小さく笑って、もう一度目を閉じた。
手帳には、あとでもう一行書き足しておこうと思う。
――魔力玉、効果絶大。




