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【完結】公爵令嬢ラヴェリナ・ローデンベルクの秘密の離れ ~妖精と暮らす快適生活!?~  作者: 深谷 汎


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第36話 事件は終わった。大人たちの苦労は、ここから始まった

毎日7:00・12:00の1日2話で予約投稿更新中


本作は完結まで執筆済みです。

最終話まで更新が止まることはありませんので、ご安心してお楽しみください。

「終わったー!」


ラヴェリナは草の上から勢いよく起き上がり、両手を空に突き上げた。


さっきまで指一本動かすのも億劫だったはずなのに、安堵というのは不思議な燃料になるらしい。


「よかったね、お姉様」


「うん! リアも、ノアも、みんな無事!」


「助かったー!」


「戻ったー!」


「もう大丈夫ー!」


妖精たちが二人の周りをぐるぐると飛び回る。

ノアは仲間に囲まれて、大事そうに水晶を抱えていた。泣き腫らした目のまま、それでも時々、小さく笑っている。


「これで一件落着だね!」


「帰ったらお祝いしよう!」


「お菓子!」

「クッキー!」

「今日のこと、コミックにする?」

「するー!」


きゃあきゃあと盛り上がる輪の、少し後ろ。

 

王太子と、森の外から駆けつけたグランツ辺境伯と、同行の騎士たちは、揃って無言で立ち尽くしていた。

 

一件落着。

 

その言葉が、誰の胸にも虚しく響いていた。

 

◇ ◇ ◇


「殿下」 

辺境伯が、低く抑えた声で呼んだ。


「この件、いかがなさいます」 

王太子はすぐには答えられなかった。

 

辺境伯領にスタンピードの兆しがあったことは、もう大勢が知っている。騎士も兵士も領民も、近隣の領主も王宮も。


その異変が、今日の昼を境にぴたりと収まった。当然、誰もが問うだろう。なぜ終わったのか、と。

 

事実をそのまま公表したらどうなるか。

 

森の奥に棲む妖精が、番を失った悲しみから闇に飲まれ、魔力を暴走させていた。公爵令嬢が亡き番の残留思念を具現化し、王太子がそれを水晶に記録して見せたところ、妖精は正気に戻った。

 

王太子は頭の中で読み上げてみて、即座に却下した。

 

妖精は物語や伝承の住人だ。

それが実際に言葉を話し、仲間と暮らし、番を持って愛し合っている。


そんなことが知れ渡れば、捕まえようとする者、研究しようとする者、利用しようとする者、ただ見物したいだけの者が、こぞってこの森に押し寄せる。


今日救ったばかりのものを、今度は人間の手で踏み荒らすことになる。


「……それに、リア嬢のこともあります」


「癒やし魔法ですな」

 

辺境伯の答えは早かった。森の外から駆けつけたとき、彼はちょうど、少女の手のひらから光がこぼれるのを見ていたのだ。

 

重傷の妖精を治し、闇から戻った妖精の傷まで癒やした。もしその力が知られれば、病人も怪我人も、貴族も富豪も、あらゆる者が彼女の前に列をなす。


自分を、家族を、治してくれと。断れば恨まれ、応じれば際限がない。まして本人は、まだ十一歳の子供で、自分の力の仕組みすら分かっていない。


王太子は同行の騎士たちに向き直った。


「今日ここで見たことは、一切口外しないように。妖精のことも、癒やし魔法のことも、残留思念のことも。すべてだ」


「はっ!」


騎士たちの返事は、いつにも増して硬かった。無理もない。彼らは見てしまったのだ。


言葉を話す妖精も、闇に飲まれた魔力の嵐も、死者の声も、少女の手から溢れた光も。

 

年嵩の騎士が一人、遠慮がちに口を開いた。


「殿下。我々は今日一日で、見てはならぬものをずいぶん見た気がいたします」

 

王太子は否定しなかった。


「僕もだよ」


◇ ◇ ◇

 

辺境伯の屋敷に戻ると、終息の確認が待っていた。

 

斥候が、騎士が、魔法士が、各方面から次々と駆け込んでくる。


「北部の群れ、森へ戻りました!」


「西側の異常な魔力反応、急速に減少しております!」


「避難地域への侵入、ありません!」


報告が積み重なるたび、執務室の空気が少しずつほどけていった。最後の伝令が下がると、辺境伯は椅子の背に巨体を預け、天井に向かって長い息を吐いた。


「……終わったか」

「そのようです」

 

だが、喜びに浸る時間はなかった。辺境伯はすぐに身を起こし、王太子を見た。


「では、王都へ向けて出立しましょう。今日のうちに」

「今日のうちに?」

 

隅の長椅子で、リアと並んで温かいミルクをもらっていたラヴェリナが、目を丸くした。


「どうしてですか?」


「この後のことを決めねばならん」

「後? でも、終わったんですよね?」


「終わったのはスタンピードだけだ」


ラヴェリナはカップを持ったまま固まった。

王太子が小さく息をついて、長椅子の前に膝をつく。


「ラヴェリナ嬢。妖精が原因だったと、公表できると思う?」

 

ラヴェリナは、ミルクに張った薄い膜を見つめて考えた。


「……無理ですね」

「うん」


「絶対、騒ぎになりますね。捕まえに来る人とか、出てきそう」

「そう」


ラヴェリナの顔から、浮かれた色がすうっと引いていく。


「それに」


王太子の視線が、隣のリアに移った。リアは、びくりと肩を揺らした。


「癒やし魔法のことも」


「……広まると、いけないんですか?」


「いけなくはないよ。でも、今すぐ広めるのは危ない」


王太子は言葉を選んだ。


「君に治してほしいという人が、たくさん来る。病気の人も、怪我をした人も。中には、断っても納得しない人もいると思う」

 

リアの顔が、見る見る白くなった。膝の上で、両手がぎゅっと握られる。

 

ラヴェリナがすぐにその手を上から包んだ。


「秘密にしよう、リア」

「お姉様……」


「大丈夫。今は、私たちだけの秘密。ね?」

「……うん」

 

王太子はその様子を見て、ひとまず胸を撫で下ろした。少なくとも本人たちは、危うさを分かってくれる。

 

ただ、問題はそれだけではない。残留思念、念写、妖精との交流、防水加工、そしてローデンベルク公爵家の離れ。数え上げるほどに、指が足りなくなっていく。

 

王太子は考えるのをやめて、立ち上がった。


◇ ◇ ◇

 

出立の支度が整うまでの、わずかな時間だった。

 

屋敷の裏手、厩舎の前の石段に、リアはひとりで座っていた。胸元から取り出した布包みを、膝の上でそっとほどく。


中から出てきたのは、手のひらに収まるほどの木彫りの馬だった。角はすっかり丸くなり、たてがみの刻みも半分すり減っている。


「それは、手彫りかね」

 頭上から低い声が降ってきて、リアは飛び上がりそうになった。


グランツ辺境伯が、少し離れたところに立っていた。熊のような体で、足音ひとつ立てずにどうやって近づいたのだろう。


「あ……はい。父が、彫ってくれたものです」


「失礼だが、お父上は」


「アルバート・ローウェルです。今は、ローデンベルク公爵がお父様です」

 

辺境伯は、しばらく何も言わなかった。


「……ローウェル卿の」

 

呟いてから、彼はゆっくりとリアの隣に腰を下ろした。重い装備が、かすかに軋んだ。


「よく覚えている。八年前の討伐で、私も同じ戦場にいた」


リアの指が、木の馬をきつく握った。


「若い兵が三人、魔物の群れに退路を断たれてな。ローウェル卿はひとりで引き返して、三人を逃がした。自分は、戻らなかった」

 

辺境伯は、屋敷の塀の向こうに黒く連なる森を見やった。


「そのうちの一人は、今、私の騎士団で小隊を率いている。今日も森の外周で、角笛を吹いていた」

 

リアは顔を上げた。


「立派な騎士だった。……その娘御が、今日、あの森で多くを救った。私はそれを、この目で見た」

 

夕暮れの風が、石段の上を吹き抜けていった。

 

リアは何か言おうとして、うまく言葉にならず、ただ小さく頭を下げた。木の馬を包み直す指先が、少しだけ震えていた。けれど、泣きはしなかった。


「……ありがとうございます」


「礼を言うのは、こちらのほうだ」

 

辺境伯は立ち上がり、膝の埃を払った。


「母君に、よろしく伝えてくれ」


◇ ◇ ◇

 

馬車に乗り込む直前、屋敷の門のほうから、ぶっきらぼうな声が飛んできた。


「ラヴェリナ」


「アイリス!」

 

避難所を回っていたらしく、アイリスの外套にも泥が跳ねていた。駆け寄ろうとしたラヴェリナを手で制して、アイリスはラヴェリナの顔を、次にリアの顔を、じろりと確かめた。


「無事ね」

「うん。アイリスも」


「……何があったのかは、聞かないでおくわ。父がああいう顔をしてるときは、聞いても無駄だから」


アイリスは一歩近づいて、声を落とした。


「でも、ありがとう。うちの領を」

 

ラヴェリナが何か言う前に、アイリスはくるりと背を向けた。


「防水液、また送ってちょうだい。今回で在庫がほとんど尽きたの」


その背中に、ラヴェリナは大きく手を振った。本当のことを何ひとつ話せないのが、少しだけ胸に引っかかったまま。

 

◇ ◇ ◇

 

一方、王都の王宮では。



ローデンベルク公爵ギルベルトが、国王の執務室で、もう何度目になるか分からない説明を続けていた。


「――つまり」


国王は、指を一本ずつ折っていった。


「ラヴェリナ嬢の離れには、妖精が住んでいる」

「はい」


「複数」

「はい」


「その妖精たちが、コミックなる絵物語を作っている」

「……はい」


「土足禁止。畳。クッションベッド。冷蔵箱。防水加工。布用接着剤」

「はい」


「そして、残留思念の具現化」

「……はい」

 

国王は折った指を眺め、それから長い、長い沈黙を挟んだ。


「公爵」

「はい」


「お前、本当に自分の娘のことを知らなかったのだな」

 

ギルベルトの胸に、何かが深々と突き刺さった。


「陛下。それは今、私がいちばん気にしていることでございます」


「……すまん」


国王は、少しばつが悪そうに目を逸らした。


「だが、妖精が住んでいることにまで気づけというのは、さすがに酷だ」


「……ありがとうございます」

 

臣下が国王に慰められている。

ギルベルトは、この状況をどう受け止めていいのか分からなかった。

 

そこへ、扉が叩かれた。


「陛下、辺境伯領より急使です!」

「入れ」

 

差し出された書状を広げ、国王の目が素早く文字を追う。その眉が、ふっと緩んだ。


「終息した」


「……スタンピードが」


「そうだ。ラヴェリナ嬢も義娘も無事だ。怪我ひとつないと書いてある」

 

ギルベルトの肩から、目に見えて力が抜けた。椅子の肘掛けを握っていた指が、ゆっくりとほどける。


「……そうですか」

それしか言わなかった。


けれど国王は、長年の臣下がそっと目元を押さえたのを見逃さなかったし、見なかったことにもした。


「ただし」

続いた一言に、ギルベルトは嫌な予感を覚えた。


「ユリウスが辺境伯を伴って戻る。至急、対策会議を開きたいそうだ」

 

国王は書状の続きに目を落とし、そのまま読み上げた。


「原因は、森の妖精の魔力暴走。討伐は行わず。リリアーヌ嬢の癒やし魔法により負傷者を治療。ラヴェリナ嬢が亡き番の残留思念を具現化し、殿下がそれを水晶に記録して、当の妖精に見せた――とある」


「……でしょうね」


「驚かんのか」


「驚く力が、もう残っておりません」

 

ギルベルトは、椅子の背に深々と沈み込んだ。


「陛下。私は、娘を離れへ移しただけなのです」

「うむ」


「本当に、ただ離れへ」

 

国王は、心の底から気の毒そうな目で公爵を見た。


「……大変だったな」


「まだ終わっておりません。むしろ、ここからです」


「そうだったな」


◇ ◇ ◇

一行が王都へ帰り着いた、その翌日。王宮の奥、窓のない小さな会議室。


集められたのは、国王、王太子、ローデンベルク公爵、グランツ辺境伯、宰相、それに王宮側のごく限られた数名。そして、ラヴェリナとリア。


さらに、妖精である。


国王は会議室を見渡し、黙って一度目を閉じた。


開けても、光景は変わらなかった。


机の上にルルがあぐらをかいている。宰相の椅子の背もたれには、いつの間にやってきたのか、ポロがちょこんと座っていた。ピピはラヴェリナの肩、ノアはリアの膝の上で水晶を抱えている。


「ねー、お菓子ないの?」

「会議だから、静かにしてね」

「はーい。あとで?」

「あとでね」

「……始めよう」


国王の声は、心なしか普段より低かった。


王太子が立ち上がり、経緯を順に報告していく。スタンピードの終息。原因は妖精の魔力暴走。


討伐は行わず、亡き番の残留思念をラヴェリナが具現化し、それを王太子が水晶に記録して本人に見せたこと。仲間の妖精たちとの接触で心が安定したこと。最後に残った傷は、リアが癒やし魔法で治したこと。

 

宰相は途中から、手元の紙に何も書かなくなった。


代わりに、何度かローデンベルク公爵の顔を見た。公爵は、そのたびに静かに目を逸らした。


「リリアーヌ嬢」


国王に名を呼ばれ、リアは背筋を伸ばした。


「まことに使えるのだな」

「……はい」


「前から自覚は?」

「ありませんでした。今も、まだよく分かりません」


「そうか」

 

国王はそれ以上問わず、すぐに視線を外した。

怖がらせたくない、というだけではない。この力は、扱いを誤れば本人を押し潰す。


「この件は、一切公表しない」

 

国王の言葉に、王太子が即座に「賛成です」と応じた。辺境伯も、公爵も頷く。


「妖精の存在。スタンピードの真因。癒やし魔法。残留思念の具現化。すべて機密とする」


「では、陛下」

辺境伯が口を開いた。


「領民には、何と説明いたしましょう」


会議室が静まり返った。ここがいちばんの難所だった。


「森の魔力異常が原因で魔物が暴走していたが、それが収束した。その程度が妥当だと思います」


王太子が提案すると、宰相が顔を上げた。


「原因の説明は?」

「原因不明の魔力異常」


「調査中、といたしますか」

「いや。調査は終了でいい」


国王が首を振った。


「王家と辺境伯家の対応により正常化した。それで通せ」


「……事実から大きく外れてはおりませんな」


辺境伯が太い腕を組んで頷いた。


「妖精に触れずに済む。それでいきましょう」


「次に、癒やし魔法についてですが」

 

王太子が言いかけたところで、公爵が口を挟んだ。


「娘の安全を、最優先でお願いいたします」

「もちろんです」

 

王太子はまっすぐ答え、リアに向き直った。


「リア嬢。今は、この力のことを家族以外の誰にも話さないでほしい」


「分かりました」


「ありがとう」


「でも……」


リアは膝の上のノアを見下ろした。


「もし、目の前で困っている人がいたら」

 

王太子が答えを探すより先に、隣からラヴェリナの声が飛んだ。


「そのときは、まず私たちに相談しよう!」

「お姉様?」


「一人で使うと危ないから。助けたいなら、ちゃんと助けられる方法を、みんなで考えよう」

「……うん」

 

国王が顎を撫でた。


「それがよかろう。勝手に連れ回されても困るからな」


「絶対にさせません!」


「……いちばん勝手に動きそうなのは、お前なのだが」


公爵が、ぼそりと呟いた。


「お父様!」

「事実だ」


王太子の口元が、わずかに緩んだ。


「そして、ラヴェリナ嬢」

 

国王が向き直ると、ラヴェリナはぴしりと背を伸ばした。


「はい、陛下!」


妙に元気がいい。国王は一瞬ひるんだ。


「残留思念の具現化も、当面は使えることを他言するな」


「え? でも、冤罪をかけられたときに使うつもりなのですが」


「使うなとは言っておらん」


「では、どういう……」


「まず」


国王は、ゆっくりと言った。


「冤罪をかけられるな」


ラヴェリナの笑顔が、そのまま凍りついた。


「それができれば苦労しないですよ!」

「そうだろうな」


「だから習ったのに!」

「分かっておる!」


公爵が、長い息を吐いた。


「陛下。娘は、誰も想定していない方向から問題を起こすのです」

「分かってきた」


「僕もです」

「殿下まで!?」


宰相が咳払いをした。


「では最後に、妖精についてはいかがいたしましょう」


「これまで通りで大丈夫です!」

 

答えたのは、ラヴェリナだった。会議室の視線が一斉に集まる。


「これまで通り、とは」

「離れで、みんなで暮らします!」


公爵が目を閉じた。


「……増えるのか」

「たぶん?」


「たぶん!?」

「森の子たちが遊びに来るので。今回のことで、辺境の子たちとも仲良くなりましたし」


国王は、公爵を見た。


「公爵。任せた」

「陛下!」


「私にどうしろと言うのだ」


公爵の目が、救いを求めて王太子に向いた。王太子は、そっと窓のない壁のほうへ視線を逸らした。


「殿下。今、目を逸らされましたな」

「気のせいです」


◇ ◇ ◇

会議が終わる頃には、机の上の妖精たちはすっかり退屈していた。


「終わった?」

「終わったー?」

「お菓子食べていい?」

「もういい?」


国王は、深く、深く息を吐いた。


「……終わった」


「やったー!」

「クッキー!」

「ラヴェリナ、帰ろ!」

「はーい!」


晴れやかな顔で立ち上がる令嬢二人と妖精たち。その向こうで、国王も、王太子も、辺境伯も、宰相も、揃って椅子の背にもたれていた。


公爵が、ゆっくりと立ち上がった。


「陛下。何度も言うようですが……」


「何だ」


「私は、娘を、ただ離れへ移しただけなのです」


国王は少し考えた。それから、真顔で言った。


「公爵。もう諦めろ」

王太子が、思わず吹き出した。


 公爵はゆっくりと振り返り、王太子を見た。


「殿下」

「……すみません」


「いずれ、お分かりになります」

「何がですか」


「ラヴェリナに関わる、ということが」


王太子は、扉の近くにいるラヴェリナを見た。ルルとポロに両側から袖を引かれながら、帰ったら何を食べるかを真剣に相談している。

 

もう十分分かり始めている、とは、公爵の前では言わないでおいた。

 

◇ ◇ ◇

 

その夜、ローデンベルク公爵邸の食堂には、四人分の皿が並んだ。リアはいつものように、ラヴェリナの隣の椅子に座った。

 

前の晩、帰り着いた娘たちを、セシリアは玄関で二人まとめて抱きしめ、しばらく離さなかった。


辺境へ発ってからの数日、彼女がどんな顔で夕食の席に座っていたのかを、ラヴェリナたちは知らない。父も、それについては何も言わなかった。

 

スープが運ばれてきた頃、リアがそっとスプーンを置いた。


「お母様。辺境伯閣下が、お父様のことを覚えていらしたの」

 

セシリアの手が止まった。


「若い兵隊さんを三人、逃がしたんですって。そのうちの一人が、今は辺境伯様の騎士団にいて、あの日も森の外で角笛を吹いていたって」

 

セシリアは何も言わなかった。ただ、テーブル越しに娘の手を取って、ゆっくりと撫でた。


上座で、父が小さく息をついた。


「……あいつらしい」


それだけ言って、父はパンをちぎった。


しばらくして、父が思い出したように口を開いた。


「レオンハルトから手紙が届いていた。どうやら留学先にも、辺境で異変が起きていることは伝わっていたらしい」


「お兄様、なんて?」


「『ラヴェリナとリアは怖がっていませんか。二人とも、しばらくは王都で大人しくしているように』だそうだ」


ラヴェリナとリアは、スープの皿越しに顔を見合わせた。父は何も付け足さず、パンをもう一切れちぎった。


ラヴェリナは黙ってスープを口に運んだ。いつもと同じ味のはずなのに、今夜はやけに温かかった。

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