第33話 辺境へ――急ぎの出立
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「父上。辺境伯領のスタンピードについて、ご報告があります」
国王の執務室の扉を、王太子はほとんど叩くと同時に開けていた。
書類の山の向こうで、国王が顔を上げる。豪胆で知られる王は、息子の様子をひと目見て、手にしていた羽根ペンを置いた。
「何か分かったのか」
「原因と思われるものが、判明しました」
「何だ、申してみよ」
「妖精です」
国王の動きが、止まった。
「……もう一度言え」
「妖精です。正確には、辺境伯領の森に棲む妖精の一人が闇に飲まれ、魔力を暴走させている。それが森の魔力を乱し、魔物を狂わせているようです」
国王の眉間に、ゆっくりと皺が寄った。
「待て。なぜお前が、妖精の話をしている」
「ローデンベルク公爵家の離れに、妖精が住んでいました」
「…………」
「複数」
「…………」
「かなりの数です」
国王は、しばらく何も言わなかった。窓の外で、鳩が一羽、飛び立つ音がした。
「……続けろ」
「そのうちの一人が、辺境伯領から来た傷だらけの妖精を連れ帰りました。ラヴェリナ嬢たちが手当てをしていたところ、義妹君が癒やし魔法を発現し――」
国王が、片手を上げた。
「待て」
「はい」
「今、もう一つ増えなかったか」
「増えました」
国王は、羽根ペンのないほうの手で、机の縁をとんとんと二度叩いた。
「癒やし魔法だと?」
「本人も、今日まで知らなかったようです」
「……それから?」
「まだあります」
「聞こう」
王は、目を閉じた。覚悟を決めた顔だった。
王太子は、傷の癒えた妖精から聞いた話を順に語った。闇に飲まれた妖精は、番を失った悲しみでああなったこと。悲しみが消えれば、元に戻る可能性があること。
「……そこまでは分かった」
「そこで、ラヴェリナ嬢が」
国王の顔が、あからさまに嫌そうになった。
「何を言い出した」
「亡くなった番の残留思念を、具現化すると」
「……何だ、それは」
「その場に残った想いを、姿と声ごと見える形にする魔法だそうです。古い審問の記録にある、思念具現化の術かと」
「使えるのか。あの娘が」
「使えるそうです」
「なぜだ」
「冤罪対策だそうです」
国王は、何か言いかけた口の形のまま、しばらく動かなかった。
王太子は、言いながら自分も少し疲れてきているのを感じていた。
「飲み物をかけられることへの対策が、防水加工液。衣装を破られることへの対策が、布用接着剤。冤罪をかけられることへの対策が、残留思念の具現化」
「…………」
国王は、両肘を机についた。組んだ手の上に顎を乗せ、長い長い息を吐く。
「ローデンベルク公爵が、先日あれほど疲れていた理由が、分かった気がする」
「僕も、今日分かりました」
父と子は、しばし無言で見つめ合った。
だが、王が王であるのはそこからだった。国王は顔を上げると、その目からはもう、困惑の色が消えていた。
「肝心のスタンピードとの関わりは。信憑性はどれほどだ」
「無視できません。辺境伯領から来た妖精と、離れに住む複数の妖精の証言が一致しています。番が弱り始めた時期、食事を取れなくなった時期、亡くなった時期。いずれも、スタンピードの兆候が現れ、悪化していった経緯と矛盾しません」
「辺境伯へ伝令を出せ。森へ人を入れるな。討伐隊も、こちらの指示があるまで森の奥へは近づけるな。住民の避難と外周の防衛は継続。原因が妖精だとは、まだ断定するな。この件を知るのは辺境伯と、その側近の必要最低限に留めろ」
「承知しました。それから、父上」
王太子は、背筋を伸ばした。
「僕も、辺境へ行きます」
国王の目が、わずかに細くなった。
「理由は」
「残留思念の具現化が成功しなかった場合、あるいは闇に飲まれた妖精が手に負えない状態だった場合、その場で討伐の判断を下せる者が必要です。王家の名で」
言い切ってから、王太子は少しだけ付け加えた。
「……それに、僕の水晶記録の魔法が役立つかもしれません」
国王は、しばらく息子の顔を眺めていた。
それから、口の端をほんの少しだけ持ち上げた。
「行ってこい、ユリウス」
「はい」
「ただし、公爵は置いていけ。明朝、登城させろ。今の話を、もう一度頭から、本人の口で聞かせてもらう」
「……公爵も、ついてくると言いそうですが」
「だから置いていけと言っている」
王は、どこか楽しげに羽根ペンを取り上げた。
「あの男がこの数日で何を見たのか、私も知りたいのでな」
◇ ◇ ◇
その夜のローデンベルク公爵家の夕食は、五年間でいちばん静かだった。
父はほとんど食事に手をつけず、義母は何度もリアの横顔をうかがっていた。
リアは、スープの皿の上で、ときおり自分の手のひらを見つめている。
ラヴェリナも、いつものように今日の出来事を話す気にはなれなかった。話すべきことは山ほどあるのに、どれも喉の手前で止まってしまう。
王太子が訪ねてきたのは、デザートの皿が下げられた直後だった。
「出発は、明日の夜明けに決まりました」
応接間に通された王太子は、挨拶もそこそこに要件を告げた。
「同行するのは、僕と護衛の騎士、それから宮廷魔法士が二名。ラヴェリナ嬢と、ピピ。それから、森や魔力の様子に詳しい妖精に何人か来てもらいたい。辺境伯には、すでに急使を出しています」
「私も行く」
当然のように、父が言った。
「ラヴェリナが行くのでしょう。ならば、私も」
王太子は、ほんの少しだけ困った顔をした。
「公爵。そのことで、お願いがあります」
「何でしょう」
「明朝、王宮へ上がっていただけませんか。父上が、今日のことを公爵の口から詳しく聞きたいと」
父の顔が、わずかに引きつった。
「……殿下。陛下には、どこまでご説明なさったのです」
「必要最低限です」
「具体的には」
「妖精。癒やし魔法。闇落ち。残留思念。スタンピード。以上です」
父は、ゆっくりと天井を仰いだ。
「それでは、何ひとつ説明できていないではありませんか」
「ですから、お願いしています」
王太子の笑顔は、完璧だった。
父は、長いあいだ黙っていた。
娘についていきたい。
当然、ついていきたい。
けれど、王に事の次第を正しく伝えられる者は、自分しかいない。
「……分かりました。陛下へのご説明は、私がいたします」
「助かります」
「ただし、殿下」
父は、王太子をまっすぐに見た。
「ラヴェリナを、頼みます」
「必ず」
王太子は、目を逸らさずに答えた。
父がようやくうなずいたとき、それまで義母の隣で黙って座っていたリアが、すっと立ち上がった。
「私も、行きます」
応接間の空気が、止まった。
「……リア?」
ラヴェリナは、思わず妹の名を呼んだ。
リアは、両手を体の前でぎゅっと握り合わせていた。その指先が白くなっているのが見えた。
「私の魔法が、何かの役に立つかもしれないから」
「リア」
義母の声は、ほとんど悲鳴に近かった。
「あなた、何を言っているのか分かっているの? 辺境伯領よ。今、あそこには魔物が――」
「分かってます」
リアは、母親のほうを向いた。
「グランツ辺境伯領。……お父様が、亡くなったところ」
義母が、息を呑んだ。
父が、目を伏せた。
リアが言った「お父様」が、今ここにいる父のことではないと、部屋にいる全員が分かっていた。
「私、お父様のこと、あんまり覚えてないの。覚えてるのは、大きな手と、木の馬を彫ってくれたことだけ」
リアの声は震えていた。けれど、途切れはしなかった。
「お父様は、魔物に奪われた。私は小さくて、何も知らなくて、何もできなかった。お父様が帰ってこないって聞いても、どうしてなのかも分からなくて、ただ泣いてただけだった」
ラヴェリナは、何も言えなかった。
初めてこの屋敷に来た日、母親のスカートの後ろに隠れていた六歳の女の子。
夜、おはなしの途中で眠ってしまい、小さな手で木の馬を握りしめていた寝顔。あの子の中に、こんな言葉がずっと沈んでいたのだ。
「でも、今は違う」
リアは、自分の両手を見下ろした。今日の午後、傷だらけのピピを包んだ、あの手を。
「今度は、自分の力で誰かを助けたい。ピピみたいに傷ついた子がいるなら、治してあげたい。向こうで怪我をしている騎士の人たちがいるなら、その人たちも。……もう、何もできずに待ってるだけなのは、嫌なの」
しんとした応接間に、燭台の芯がじじっと焦げる音だけが響いた。
ラヴェリナは、そっと妹の前にしゃがみ込んだ。
「危ないかもしれないよ」
「分かってる」
「怖くない?」
「怖い」
リアは、即答した。
「すごく、怖い。でも、行きたい」
ラヴェリナは、王太子を振り返った。
王太子は、しばらくリアを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「癒やし魔法の使い手が同行してくれるなら、とても心強い。騎士たちにとっても、妖精たちにとっても。……ただ、それを決めるのは僕ではないと思う」
全員の視線が、義母に集まった。
義母は、膝の上で両手を重ねたまま、長いあいだ動かなかった。唇が、何度か何かを言いかけては閉じた。
やがて、その視線が、夫のほうへ流れた。
父は、黙って妻を見返した。
そして、ほとんど聞き取れないほどの声で言った。
「……アルバートも、ああいう顔をする男だった」
義母が、目を閉じた。
長い沈黙のあと、義母はゆっくりと立ち上がり、王太子の前で深く頭を下げた。
「殿下。……娘を、お願いいたします」
「お母様……」
「ただし、リア」
顔を上げた義母は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていなかった。
「必ず、殿下とラヴェリナの言うことを聞くこと。一人で勝手に動かないこと。それが約束できないなら、今すぐ部屋へ戻りなさい」
リアは、母親の目をまっすぐに見返して、うなずいた。
「約束します」
◇ ◇ ◇
夜更け、セシリアは娘の部屋の扉をそっと開けた。
旅支度はもう済んでいる。
小さな鞄がひとつ、寝台の足元に置かれていた。
その上に、使い込まれた木の馬がちょこんと乗っているのが、ランプの灯りで見えた。
リアは寝台の上で膝を抱え、眠れずにいるようだった。
「……お母様。怒ってる?」
「怒っていませんわ」
セシリアは寝台の端に腰を下ろし、娘の髪をゆっくりと撫でた。まっすぐで柔らかい、夫譲りの髪だった。
「怖いだけよ」
騎士の妻だった日々を思い出す。
出立の朝ごとに、笑って送り出した。
帰ってくると信じて、泣き顔は一度も見せなかった。そうすることが騎士の妻の務めだと、自分に言い聞かせて。
最後の朝も、そうした。
そして、あの人は帰ってこなかった。
同じ地へ、今度は娘が向かう。
騎士ではない。
まだ十一歳の、小鳥一羽を毎晩両手で包んで看病していた子が。
「お母様」
「なあに」
「私、ちゃんと帰ってくるから」
セシリアは、娘の顔を見た。
泣くのを必死にこらえて、それでも目を逸らさない顔。怖いと言いながら、一歩も退かない顔。出立の朝に「行ってくる」と笑った、あの人と同じ目の色をしていた。
「……あの人の娘ね、本当に」
声が、少しだけ揺れた。
セシリアは娘を抱き寄せた。細い肩が、腕の中で小さく震えていた。自分の肩も、たぶん同じくらい震えていた。
◇ ◇ ◇
夜明け前の空は、まだ群青色をしていた。
本邸の正面玄関の前に、二台の馬車が停まっている。
護衛の騎士たちの馬が、白い息を吐きながら蹄で石畳を鳴らしていた。王太子は先に到着していて、騎士の一人と地図を広げて何かを確かめている。
ラヴェリナの肩には、ルルが腕を組んで座っていた。ピピと、森の魔力を読むのが得意な妖精が二人、外套のフードの中に潜り込んでいる。
「ラヴェリナ」
義母が、ラヴェリナの前に立った。
昨夜は眠っていないのだろう。
目の下に、薄い影がある。
けれど、その背筋はいつもよりまっすぐだった。
「リアをお願いね。それから――あなたもよ。二人とも、ちゃんと帰っていらっしゃい」
そう言って、義母はラヴェリナを抱きしめた。
ふわりと、ラベンダーの香りがした。ラヴェリナは少し驚いて、それから、そっと抱きしめ返した。
「はい、お義母様」
義母はラヴェリナから離れると、次にリアの前へ膝をついた。そして、懐から一本の細い紐を取り出した。
くすんだ青の、組紐だった。
「手を出して」
リアが差し出した左の手首に、義母はその紐を丁寧に結んだ。
「あの人が出立する朝は、いつもこれを剣の柄に結んでいましたの。最後の朝も」
リアが、はっと母親の顔を見た。
「……帰ってこなかったけれど、それは紐のせいではありませんわ。だから、あなたはこれと一緒に、ちゃんと帰っていらっしゃい」
「……はい」
リアは、手首の組紐をもう片方の手でそっと包んだ。
義母は立ち上がり、今度は王太子のほうへ向き直って、深く一礼した。王太子も、同じだけ深く頭を下げ返した。
父は、少し離れたところでそれを見ていた。
これから王宮へ上がるための正装に身を包み、腕を組んで、いつも通りの険しい顔をしている。
ラヴェリナが近づくと、父は低い声で言った。
「……気をつけて行け」
「はい」
「殿下の指示に従え」
「はい」
「無茶はするな」
「はい!」
父は、娘の顔をしばらく見下ろしてから、大きな手でその頭を一度だけ撫でた。
七歳のとき、母の好きだった森で撫でられたのと、同じ手だった。
ラヴェリナは、胸の奥がきゅっとなるのをごまかすように、くるりとリアのほうへ振り返った。
「リア、分かってるね。向こうでは、無茶は禁止だからね!」
「お姉様もね」
「もちろん!」
元気いっぱいの返事が、夜明けの庭に響き渡った。
見送りに並んでいたメアリーが、ふっと遠い目をした。その隣でクロードが、小さく咳払いをした。
父は無言で目を閉じ、義母は困ったように微笑んだ。王太子でさえ、地図から顔を上げて、ほんのわずかに口元をゆるめた。
その場にいた誰一人として、その「もちろん」を信じてはいなかった。
「え、なんでみんなそういう顔するの?」
「お嬢様。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
メアリーは、聞こえなかったふりをして深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
馬車が王都の門を抜けたのは、ちょうど朝日が城壁の上に顔を出したころだった。
車内には王太子とラヴェリナ、リア、そして妖精たちが乗っている。
ルルは窓辺に腰かけて、流れていく麦畑を眺めていた。ピピはラヴェリナの膝の上で、まだ少し不安そうに羽を震わせている。リアは、手首の組紐を何度も指先でなぞっていた。
ミナが亡くなってから、四度目の朝が来ていた。ラヴェリナが確かめられた限界の一週間まで、あと三日。
「間に合うといいね」
ラヴェリナが、ピピの背をそっと撫でながら言った。
「……うん」
「大丈夫。絶対、なんとかしよう」
ピピは小さくうなずいた。
しばらく、車輪が石畳を叩く音だけが続いた。
ラヴェリナは窓の外を眺めながら、向こうに着いてからの段取りを頭の中で組み立てていた。
森の入口までは馬車。その先は、ピピの案内で奥へ。ミナが亡くなった場所で、残留思念を具現化して、それをノアに――。
「……あ」
ラヴェリナの手が、止まった。
「お姉様?」
「……まずいかも」
「何が?」
ラヴェリナは、眉を寄せた。
「残留思念って、その場所に残るものなの。だから、ミナが亡くなった場所でしか具現化できない」
「うん」
「でも、ノアがもし、そこから動いてたら……?」
リアが言葉をうしなった。
フードの中の妖精たちが、ざわりと顔を見合わせた。
「残留思念を具現化しても、見せたい相手がそこにいない……?」
「そう!」
ラヴェリナは、両手で自分の頬を挟み込んだ。
「そこまで考えてなかった……!」
ミナの想いは、その場にしか残らない。けれど、闇に飲まれて暴れているノアが、おとなしく同じ場所にいてくれる保証はどこにもない。
ノアを無理やりその場所まで連れていく?
嵐のような魔力をまとった相手を?
「ラヴェリナ嬢」
向かいの席から、落ち着いた声がした。
「それなら、大丈夫だよ」
「……え?」
顔を上げると、王太子が右手の指輪に軽く触れていた。銀の台座に、小さな透明の石が嵌め込まれている。
「僕は、見ている光景を水晶に写し取ることができる。魔力を込めれば、あとからその光景を、もう一度映し出せる」
指輪の石は術を通すための媒介で、写し取る先は別の水晶なのだと、王太子は外套の胸元を軽く叩いてみせた。
「念のため、予備も合わせて三つ持ってきた」
ラヴェリナの目が、みるみる大きくなった。
「……念写!?」
「そういう呼び方をするの?」
「たぶん!」
「……まあ、意味は近いかな」
王太子は、少しだけ笑った。
「君が残留思念を具現化したら、その光景を僕が水晶に記録する。それを持っていけば、ノアがどこにいても見せられる」
ラヴェリナの顔が、ぱっと明るくなった。
「すごい……! それ、どのくらい鮮明に残せるんですか?」
「そのとき見えているものなら、かなり正確に」
「音は?」
「条件次第だけど、残せる」
「音も!?」
ラヴェリナは、思わず身を乗り出していた。膝の上のピピが、転がり落ちそうになって慌てて羽ばたく。
「それなら、ミナの声もノアに届けられる……!」
「そうだね」
ラヴェリナは大きく息を吐いて、座席の背にもたれた。張りつめていたものが、ふっとほどけていく。
「よかったぁ……」
それから、ふと思い立ったように、王太子のほうへ向き直った。
「王太子殿下」
「うん?」
「役に立ちますね!」
王太子は、ぱちりと瞬きをした。
「……それは、褒めてる?」
「もちろんです!」
「……ありがとう」
窓辺から、ルルがぼそりと口を挟んだ。
「なんだよ。ラヴェリナと同じじゃん」
「何が?」
「変な魔法、いっぱい使えるとこ」
「ルル!」
「変ではないよ」
王太子は、小さく首を振った。
「便利な魔法だ」
「ほら!」
「ほら、ラヴェリナも同じこと言う」
「一緒にしないで!」
リアが、こらえきれずにくすくすと笑い出した。
ピピも、つられたように小さく羽を揺らした。
王都を出てから初めて、馬車の中に笑い声が戻った。
笑いが収まると、王太子は窓の外へ視線を向けた。
麦畑の向こう、地平線のさらに先に、辺境伯領の森がある。
今この瞬間も、闇に飲まれた妖精の力が、森を揺らし、魔物を狂わせている。
指輪の石が、朝の光を受けて小さくきらめいた。王太子はそれを、そっと握り込んだ。




