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【完結】公爵令嬢ラヴェリナ・ローデンベルクの秘密の離れ ~妖精と暮らす快適生活!?~  作者: 深谷 汎


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第33話 辺境へ――急ぎの出立

毎日7:00・12:00の1日2話で予約投稿更新中


本作は完結まで執筆済みです。

最終話まで更新が止まることはありませんので、ご安心してお楽しみください。

「父上。辺境伯領のスタンピードについて、ご報告があります」

 

国王の執務室の扉を、王太子はほとんど叩くと同時に開けていた。

 

書類の山の向こうで、国王が顔を上げる。豪胆で知られる王は、息子の様子をひと目見て、手にしていた羽根ペンを置いた。


「何か分かったのか」

「原因と思われるものが、判明しました」


「何だ、申してみよ」

「妖精です」


国王の動きが、止まった。


「……もう一度言え」


「妖精です。正確には、辺境伯領の森に棲む妖精の一人が闇に飲まれ、魔力を暴走させている。それが森の魔力を乱し、魔物を狂わせているようです」

 

国王の眉間に、ゆっくりと皺が寄った。


「待て。なぜお前が、妖精の話をしている」


「ローデンベルク公爵家の離れに、妖精が住んでいました」

「…………」


「複数」

「…………」


「かなりの数です」

 

国王は、しばらく何も言わなかった。窓の外で、鳩が一羽、飛び立つ音がした。


「……続けろ」


「そのうちの一人が、辺境伯領から来た傷だらけの妖精を連れ帰りました。ラヴェリナ嬢たちが手当てをしていたところ、義妹君が癒やし魔法を発現し――」


国王が、片手を上げた。


「待て」

「はい」


「今、もう一つ増えなかったか」

「増えました」


国王は、羽根ペンのないほうの手で、机の縁をとんとんと二度叩いた。


「癒やし魔法だと?」


「本人も、今日まで知らなかったようです」


「……それから?」


「まだあります」

「聞こう」

 

王は、目を閉じた。覚悟を決めた顔だった。

 

王太子は、傷の癒えた妖精から聞いた話を順に語った。闇に飲まれた妖精は、番を失った悲しみでああなったこと。悲しみが消えれば、元に戻る可能性があること。


「……そこまでは分かった」


「そこで、ラヴェリナ嬢が」

 

国王の顔が、あからさまに嫌そうになった。


「何を言い出した」


「亡くなった番の残留思念を、具現化すると」


「……何だ、それは」


「その場に残った想いを、姿と声ごと見える形にする魔法だそうです。古い審問の記録にある、思念具現化の術かと」


「使えるのか。あの娘が」

「使えるそうです」


「なぜだ」

「冤罪対策だそうです」


国王は、何か言いかけた口の形のまま、しばらく動かなかった。

 

王太子は、言いながら自分も少し疲れてきているのを感じていた。


「飲み物をかけられることへの対策が、防水加工液。衣装を破られることへの対策が、布用接着剤。冤罪をかけられることへの対策が、残留思念の具現化」


「…………」

 

国王は、両肘を机についた。組んだ手の上に顎を乗せ、長い長い息を吐く。


「ローデンベルク公爵が、先日あれほど疲れていた理由が、分かった気がする」


「僕も、今日分かりました」

父と子は、しばし無言で見つめ合った。

 

だが、王が王であるのはそこからだった。国王は顔を上げると、その目からはもう、困惑の色が消えていた。


「肝心のスタンピードとの関わりは。信憑性はどれほどだ」


「無視できません。辺境伯領から来た妖精と、離れに住む複数の妖精の証言が一致しています。番が弱り始めた時期、食事を取れなくなった時期、亡くなった時期。いずれも、スタンピードの兆候が現れ、悪化していった経緯と矛盾しません」


「辺境伯へ伝令を出せ。森へ人を入れるな。討伐隊も、こちらの指示があるまで森の奥へは近づけるな。住民の避難と外周の防衛は継続。原因が妖精だとは、まだ断定するな。この件を知るのは辺境伯と、その側近の必要最低限に留めろ」


「承知しました。それから、父上」 

王太子は、背筋を伸ばした。


「僕も、辺境へ行きます」

国王の目が、わずかに細くなった。


「理由は」


「残留思念の具現化が成功しなかった場合、あるいは闇に飲まれた妖精が手に負えない状態だった場合、その場で討伐の判断を下せる者が必要です。王家の名で」

  

言い切ってから、王太子は少しだけ付け加えた。


「……それに、僕の水晶記録の魔法が役立つかもしれません」

 

国王は、しばらく息子の顔を眺めていた。

それから、口の端をほんの少しだけ持ち上げた。


「行ってこい、ユリウス」

「はい」


「ただし、公爵は置いていけ。明朝、登城させろ。今の話を、もう一度頭から、本人の口で聞かせてもらう」


「……公爵も、ついてくると言いそうですが」

「だから置いていけと言っている」


王は、どこか楽しげに羽根ペンを取り上げた。


「あの男がこの数日で何を見たのか、私も知りたいのでな」


◇ ◇ ◇ 


その夜のローデンベルク公爵家の夕食は、五年間でいちばん静かだった。


父はほとんど食事に手をつけず、義母は何度もリアの横顔をうかがっていた。


リアは、スープの皿の上で、ときおり自分の手のひらを見つめている。


ラヴェリナも、いつものように今日の出来事を話す気にはなれなかった。話すべきことは山ほどあるのに、どれも喉の手前で止まってしまう。

 

王太子が訪ねてきたのは、デザートの皿が下げられた直後だった。


「出発は、明日の夜明けに決まりました」


応接間に通された王太子は、挨拶もそこそこに要件を告げた。


「同行するのは、僕と護衛の騎士、それから宮廷魔法士が二名。ラヴェリナ嬢と、ピピ。それから、森や魔力の様子に詳しい妖精に何人か来てもらいたい。辺境伯には、すでに急使を出しています」


「私も行く」

当然のように、父が言った。


「ラヴェリナが行くのでしょう。ならば、私も」


王太子は、ほんの少しだけ困った顔をした。


「公爵。そのことで、お願いがあります」

「何でしょう」


「明朝、王宮へ上がっていただけませんか。父上が、今日のことを公爵の口から詳しく聞きたいと」

 

父の顔が、わずかに引きつった。


「……殿下。陛下には、どこまでご説明なさったのです」


「必要最低限です」

「具体的には」


「妖精。癒やし魔法。闇落ち。残留思念。スタンピード。以上です」

 

父は、ゆっくりと天井を仰いだ。


「それでは、何ひとつ説明できていないではありませんか」


「ですから、お願いしています」

王太子の笑顔は、完璧だった。

 

父は、長いあいだ黙っていた。

娘についていきたい。

当然、ついていきたい。


けれど、王に事の次第を正しく伝えられる者は、自分しかいない。


「……分かりました。陛下へのご説明は、私がいたします」


「助かります」


「ただし、殿下」

父は、王太子をまっすぐに見た。


「ラヴェリナを、頼みます」

「必ず」

 

王太子は、目を逸らさずに答えた。

 

父がようやくうなずいたとき、それまで義母の隣で黙って座っていたリアが、すっと立ち上がった。


「私も、行きます」

応接間の空気が、止まった。


「……リア?」

ラヴェリナは、思わず妹の名を呼んだ。

 

リアは、両手を体の前でぎゅっと握り合わせていた。その指先が白くなっているのが見えた。


「私の魔法が、何かの役に立つかもしれないから」


「リア」

 

義母の声は、ほとんど悲鳴に近かった。


「あなた、何を言っているのか分かっているの? 辺境伯領よ。今、あそこには魔物が――」


「分かってます」

 

リアは、母親のほうを向いた。


「グランツ辺境伯領。……お父様が、亡くなったところ」

 

義母が、息を呑んだ。

父が、目を伏せた。


リアが言った「お父様」が、今ここにいる父のことではないと、部屋にいる全員が分かっていた。


「私、お父様のこと、あんまり覚えてないの。覚えてるのは、大きな手と、木の馬を彫ってくれたことだけ」

 

リアの声は震えていた。けれど、途切れはしなかった。


「お父様は、魔物に奪われた。私は小さくて、何も知らなくて、何もできなかった。お父様が帰ってこないって聞いても、どうしてなのかも分からなくて、ただ泣いてただけだった」

 

ラヴェリナは、何も言えなかった。


初めてこの屋敷に来た日、母親のスカートの後ろに隠れていた六歳の女の子。


夜、おはなしの途中で眠ってしまい、小さな手で木の馬を握りしめていた寝顔。あの子の中に、こんな言葉がずっと沈んでいたのだ。


「でも、今は違う」

 

リアは、自分の両手を見下ろした。今日の午後、傷だらけのピピを包んだ、あの手を。


「今度は、自分の力で誰かを助けたい。ピピみたいに傷ついた子がいるなら、治してあげたい。向こうで怪我をしている騎士の人たちがいるなら、その人たちも。……もう、何もできずに待ってるだけなのは、嫌なの」

 

しんとした応接間に、燭台の芯がじじっと焦げる音だけが響いた。

 

ラヴェリナは、そっと妹の前にしゃがみ込んだ。


「危ないかもしれないよ」

「分かってる」


「怖くない?」

「怖い」

 

リアは、即答した。


「すごく、怖い。でも、行きたい」

 

ラヴェリナは、王太子を振り返った。

王太子は、しばらくリアを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。


「癒やし魔法の使い手が同行してくれるなら、とても心強い。騎士たちにとっても、妖精たちにとっても。……ただ、それを決めるのは僕ではないと思う」

 

全員の視線が、義母に集まった。

 

義母は、膝の上で両手を重ねたまま、長いあいだ動かなかった。唇が、何度か何かを言いかけては閉じた。

 

やがて、その視線が、夫のほうへ流れた。

父は、黙って妻を見返した。


そして、ほとんど聞き取れないほどの声で言った。


「……アルバートも、ああいう顔をする男だった」

義母が、目を閉じた。

 

長い沈黙のあと、義母はゆっくりと立ち上がり、王太子の前で深く頭を下げた。


「殿下。……娘を、お願いいたします」


「お母様……」


「ただし、リア」

 

顔を上げた義母は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていなかった。


「必ず、殿下とラヴェリナの言うことを聞くこと。一人で勝手に動かないこと。それが約束できないなら、今すぐ部屋へ戻りなさい」

 

リアは、母親の目をまっすぐに見返して、うなずいた。


「約束します」


◇ ◇ ◇

 

夜更け、セシリアは娘の部屋の扉をそっと開けた。


旅支度はもう済んでいる。

小さな鞄がひとつ、寝台の足元に置かれていた。


その上に、使い込まれた木の馬がちょこんと乗っているのが、ランプの灯りで見えた。 


リアは寝台の上で膝を抱え、眠れずにいるようだった。


「……お母様。怒ってる?」


「怒っていませんわ」

 

セシリアは寝台の端に腰を下ろし、娘の髪をゆっくりと撫でた。まっすぐで柔らかい、夫譲りの髪だった。


「怖いだけよ」

 

騎士の妻だった日々を思い出す。

出立の朝ごとに、笑って送り出した。


帰ってくると信じて、泣き顔は一度も見せなかった。そうすることが騎士の妻の務めだと、自分に言い聞かせて。

 

最後の朝も、そうした。

そして、あの人は帰ってこなかった。

 

同じ地へ、今度は娘が向かう。

騎士ではない。


まだ十一歳の、小鳥一羽を毎晩両手で包んで看病していた子が。


「お母様」

「なあに」


「私、ちゃんと帰ってくるから」

セシリアは、娘の顔を見た。

 

泣くのを必死にこらえて、それでも目を逸らさない顔。怖いと言いながら、一歩も退かない顔。出立の朝に「行ってくる」と笑った、あの人と同じ目の色をしていた。


「……あの人の娘ね、本当に」

声が、少しだけ揺れた。

 

セシリアは娘を抱き寄せた。細い肩が、腕の中で小さく震えていた。自分の肩も、たぶん同じくらい震えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

夜明け前の空は、まだ群青色をしていた。 

本邸の正面玄関の前に、二台の馬車が停まっている。


護衛の騎士たちの馬が、白い息を吐きながら蹄で石畳を鳴らしていた。王太子は先に到着していて、騎士の一人と地図を広げて何かを確かめている。

 

ラヴェリナの肩には、ルルが腕を組んで座っていた。ピピと、森の魔力を読むのが得意な妖精が二人、外套のフードの中に潜り込んでいる。


「ラヴェリナ」

義母が、ラヴェリナの前に立った。

 

昨夜は眠っていないのだろう。

目の下に、薄い影がある。

けれど、その背筋はいつもよりまっすぐだった。


「リアをお願いね。それから――あなたもよ。二人とも、ちゃんと帰っていらっしゃい」

 

そう言って、義母はラヴェリナを抱きしめた。

 

ふわりと、ラベンダーの香りがした。ラヴェリナは少し驚いて、それから、そっと抱きしめ返した。


「はい、お義母様」


義母はラヴェリナから離れると、次にリアの前へ膝をついた。そして、懐から一本の細い紐を取り出した。

 

くすんだ青の、組紐だった。


「手を出して」

 

リアが差し出した左の手首に、義母はその紐を丁寧に結んだ。


「あの人が出立する朝は、いつもこれを剣の柄に結んでいましたの。最後の朝も」


リアが、はっと母親の顔を見た。


「……帰ってこなかったけれど、それは紐のせいではありませんわ。だから、あなたはこれと一緒に、ちゃんと帰っていらっしゃい」


「……はい」

 

リアは、手首の組紐をもう片方の手でそっと包んだ。


義母は立ち上がり、今度は王太子のほうへ向き直って、深く一礼した。王太子も、同じだけ深く頭を下げ返した。

 

父は、少し離れたところでそれを見ていた。

これから王宮へ上がるための正装に身を包み、腕を組んで、いつも通りの険しい顔をしている。

 

ラヴェリナが近づくと、父は低い声で言った。


「……気をつけて行け」

「はい」


「殿下の指示に従え」

「はい」


「無茶はするな」

「はい!」

 

父は、娘の顔をしばらく見下ろしてから、大きな手でその頭を一度だけ撫でた。

 

七歳のとき、母の好きだった森で撫でられたのと、同じ手だった。

 

ラヴェリナは、胸の奥がきゅっとなるのをごまかすように、くるりとリアのほうへ振り返った。


「リア、分かってるね。向こうでは、無茶は禁止だからね!」


「お姉様もね」


「もちろん!」

 

元気いっぱいの返事が、夜明けの庭に響き渡った。

 

見送りに並んでいたメアリーが、ふっと遠い目をした。その隣でクロードが、小さく咳払いをした。


父は無言で目を閉じ、義母は困ったように微笑んだ。王太子でさえ、地図から顔を上げて、ほんのわずかに口元をゆるめた。

 

その場にいた誰一人として、その「もちろん」を信じてはいなかった。


「え、なんでみんなそういう顔するの?」


「お嬢様。お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 

メアリーは、聞こえなかったふりをして深々と頭を下げた。


◇ ◇ ◇


馬車が王都の門を抜けたのは、ちょうど朝日が城壁の上に顔を出したころだった。

 

車内には王太子とラヴェリナ、リア、そして妖精たちが乗っている。


ルルは窓辺に腰かけて、流れていく麦畑を眺めていた。ピピはラヴェリナの膝の上で、まだ少し不安そうに羽を震わせている。リアは、手首の組紐を何度も指先でなぞっていた。

 

ミナが亡くなってから、四度目の朝が来ていた。ラヴェリナが確かめられた限界の一週間まで、あと三日。


「間に合うといいね」

 

ラヴェリナが、ピピの背をそっと撫でながら言った。


「……うん」


「大丈夫。絶対、なんとかしよう」

 

ピピは小さくうなずいた。


しばらく、車輪が石畳を叩く音だけが続いた。

ラヴェリナは窓の外を眺めながら、向こうに着いてからの段取りを頭の中で組み立てていた。


森の入口までは馬車。その先は、ピピの案内で奥へ。ミナが亡くなった場所で、残留思念を具現化して、それをノアに――。


「……あ」

ラヴェリナの手が、止まった。


「お姉様?」


「……まずいかも」


「何が?」

ラヴェリナは、眉を寄せた。


「残留思念って、その場所に残るものなの。だから、ミナが亡くなった場所でしか具現化できない」


「うん」


「でも、ノアがもし、そこから動いてたら……?」


リアが言葉をうしなった。

フードの中の妖精たちが、ざわりと顔を見合わせた。


「残留思念を具現化しても、見せたい相手がそこにいない……?」


「そう!」


ラヴェリナは、両手で自分の頬を挟み込んだ。


「そこまで考えてなかった……!」

 

ミナの想いは、その場にしか残らない。けれど、闇に飲まれて暴れているノアが、おとなしく同じ場所にいてくれる保証はどこにもない。


ノアを無理やりその場所まで連れていく?

嵐のような魔力をまとった相手を?


「ラヴェリナ嬢」

 

向かいの席から、落ち着いた声がした。


「それなら、大丈夫だよ」

「……え?」

 

顔を上げると、王太子が右手の指輪に軽く触れていた。銀の台座に、小さな透明の石が嵌め込まれている。


「僕は、見ている光景を水晶に写し取ることができる。魔力を込めれば、あとからその光景を、もう一度映し出せる」

 

指輪の石は術を通すための媒介で、写し取る先は別の水晶なのだと、王太子は外套の胸元を軽く叩いてみせた。


「念のため、予備も合わせて三つ持ってきた」

 

ラヴェリナの目が、みるみる大きくなった。


「……念写!?」


「そういう呼び方をするの?」

「たぶん!」


「……まあ、意味は近いかな」

王太子は、少しだけ笑った。


「君が残留思念を具現化したら、その光景を僕が水晶に記録する。それを持っていけば、ノアがどこにいても見せられる」

 

ラヴェリナの顔が、ぱっと明るくなった。


「すごい……! それ、どのくらい鮮明に残せるんですか?」


「そのとき見えているものなら、かなり正確に」


「音は?」


「条件次第だけど、残せる」


「音も!?」

 

ラヴェリナは、思わず身を乗り出していた。膝の上のピピが、転がり落ちそうになって慌てて羽ばたく。


「それなら、ミナの声もノアに届けられる……!」


「そうだね」

 

ラヴェリナは大きく息を吐いて、座席の背にもたれた。張りつめていたものが、ふっとほどけていく。


「よかったぁ……」

 

それから、ふと思い立ったように、王太子のほうへ向き直った。


「王太子殿下」

「うん?」


「役に立ちますね!」

王太子は、ぱちりと瞬きをした。


「……それは、褒めてる?」

「もちろんです!」


「……ありがとう」

窓辺から、ルルがぼそりと口を挟んだ。


「なんだよ。ラヴェリナと同じじゃん」

「何が?」


「変な魔法、いっぱい使えるとこ」

「ルル!」


「変ではないよ」


王太子は、小さく首を振った。


「便利な魔法だ」

「ほら!」


「ほら、ラヴェリナも同じこと言う」

「一緒にしないで!」

 

リアが、こらえきれずにくすくすと笑い出した。

ピピも、つられたように小さく羽を揺らした。

王都を出てから初めて、馬車の中に笑い声が戻った。


笑いが収まると、王太子は窓の外へ視線を向けた。

 

麦畑の向こう、地平線のさらに先に、辺境伯領の森がある。


今この瞬間も、闇に飲まれた妖精の力が、森を揺らし、魔物を狂わせている。


指輪の石が、朝の光を受けて小さくきらめいた。王太子はそれを、そっと握り込んだ。

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