16.姉弟で、お好み焼きパーティ
さて、レティシアが料理人達に料理のイロハを根気よく叩き込み、ようやく一段落ついた後のこと。
「レティシア、そろそろ休んだらどうだ?」
ルークにそう声をかけられ、レティシアはふと息をついた。城へ到着してからというもの、怒涛のドタバタが続き、休む暇が全くなかったことに今更ながら気がついたのだ。
「そうですわね。少しだけ、疲れたかもしれません」
「ならば、部屋を案内しよう。ついてこい」
ルークが迷いのない足取りで前を歩いて行く。レティシアは大人しくその後ろについていった。
しかし、彼が向かったのは城の奥の居住区ではなく……いったん城の外へと出ると、そのまま広大な裏庭の方へと進んでいくのだ。
「あのー……どちらへ向かっているのですか?」
「俺の小屋だ」
「ルークの……こ、小屋……?」
(皇族であるルークが……本城ではなく、こ、小屋に住んでいらっしゃる? まさか……)
悪い予感は的中した。本当に、ルークは城の敷地の端っこにある、ひっそりとした小さな離れの小屋の前へとやってきたのだ。ここが、自分の住んでいる場所だと言う。
「どうして、こんなところに……?」
「隔離処置だろう」
「隔離……?」
「ああ。俺は皇族だが、忌まわしい『加護なし』の無能だからな。そんな奴が本城に住んでいたら、他の連中にとって何かと不都合なのだろう」
加護のない人間を、皇族と同じように特別扱いはできない。だからこそ、こんな目立たない場所に追いやられているのだ、と。ルークはどこか自嘲するように、諦めきった表情で呟いた。
彼は、この理不尽な現状を完全に受け止めてしまっているのだ。こんな、酷い差別を……。
「…………」
(なんだか……無性に腹が立ってきた……!)
ルークはエッゾの民を守るため、誰にも知られず魔物を倒している。それだけではない。つい先ほどだって、姉に粛清されそうになった料理人を、自らの危険を顧みず助けたのだ。
そんなにも民想いで優しい皇子が、どうしてこんな屈辱的な待遇を受けなければならないのか。
レティシアは強く憤慨し、くるりと踵を返すと、今来た道をズンズンと戻り始めた。
「おい……どこへ行く気だ……」
「アリエッタお義姉様のところ……!」
◇
ややあって。
怒り心頭で医務室へと舞い戻ってきたレティシアは、すぐさまアリエッタを捕まえ、ルークの住んでいるあの離れの待遇について問い詰めた。
すると、アリエッタは驚いたように少しだけ目を見張り、やがて重い口を開いた。
「ああ……ルークに、いらぬ誤解を生ませてしまったようだな」
アリエッタから放たれる魔力の色は、レティシアの予想に反して、深い悲しみと後悔で本当に申し訳なさそうに揺れていた。
「誤解……?」
アリエッタから放たれる魔力の色を見ていると、レティシアの中で高ぶっていた感情が静かにしぼんでいった。義姉に悪意はない。何か深い事情があって、あのような扱いをしているのだと理解したからだ。
レティシアは冷静さを取り戻し、彼女の話に耳を傾ける。
「端的に言うなら、すべてルークのためだ」
「ルークのため……?」
「ああ。あいつは……耳が良すぎるだろう」
魔力を持たないゼロ者であるルークは、魔法を失った代償として、超人的な身体能力を手に入れた。その力のひとつに、常人よりも何倍も鋭敏な聴覚がある。
「! そうか……聞こえてしまうのですね。心ない悪意の噂などが……」
「……ああ。エッゾは、チョーカーの装着を義務づけているからな。加護の有無による差別が、そこかしこで横行しているのだ」
レティシア、そしてルークの首元には、チョーカーが巻かれていない。それは、加護絶対主義のエッゾにおいては、人権がないに等しいことを意味する。
「ご自身の身を守るためなら、嘘でも巻けばよろしいのに……」
「無理だろう。あいつにとってそれは、母親への侮辱に当たるからな」
加護なしの体を否定し隠すということは、その体を生んでくれた母を否定することになる……ルークはそう思っているようだ。
「アイツはアイツなりに、あの体に誇りを持っているのだよ」
(アリエッタお義姉様……そこまで弟のことを深く理解して、隔離していらっしゃったんだ)
人の多い本城の中にいると、どうしても弟の耳に、悪意のこもった声が絶えず聞こえてしまう。だから……静かな場所へ遠ざけたのだ。
「そのような優しい事情がおありなら、きちんとお伝えになればよろしいのに」
「良いのだ。言ってもどうせ、聞いてくれない。アイツは……私のことをひどく嫌っているからな」
「……そうでしょうか?」
アリエッタは少し疲れたように、小さくため息をつく。
「私のことなど、嫌ってくれていい。それで少しでも、あいつの溜飲が下がるのであればな。あいつは……本当に不憫な弟なのだよ」
加護絶対主義の国に、加護なしとして生まれた。最愛の母を失った。周りからは加護のないクズとして見下され、恐ろしい狂犬扱いされている。
あまりの理不尽に、やさぐれてしまったのだと。
◇
事情を知ったレティシアは、離れへと戻ってきた。
がちゃりと扉を開け、中に入る。
「意外と広いのですね……」
外から見ると小さな小屋だったが、中は想像以上に広く、そしてとても温かい。
リビングスペースのソファに、ルークが静かに座っていた。
「どこへ行っていたのだ?」
「アリエッタお義姉様のところへ……」
(アリエッタお義姉様は、弟であるルークを少しも悪く思っていない。むしろ、深く愛していらっしゃるんだわ)
温かく、綺麗で、清潔な寝床をきちんと用意してくれているのだ。愛情が無ければ、そんなことはしてくれないだろう。
(ルークとアリエッタお義姉様……どうにかして、仲良く出来ないだろうか……)
自分は、この皇族に嫁いできた。そして、ルークのことは、まあ……嫌いではない。これから家族になるのだ。その家族の間に悲しい不和があるのは、どうしても見過ごせなかった。
「姉上のところへ何をしにいったのだ?」
(まあ、別に嘘をつく必要はありませんわね)
レティシアは正直に、起きたことを順番に説明した。この離れの待遇を見て憤り、アリエッタに直接文句を言いに行ったのだと。
「……お前、命知らずだな」
「どうしてです?」
「あの人は『エッゾの雷獣』と恐れられているのだぞ」
「ら、雷獣……それはまたどうして?」
「あの人は治癒魔法も得意だが、一番得意なのは破壊の魔法だ。姉上の放つ雷魔法は、それはもう恐ろしい高威力でな。大木を一瞬で消し飛ばすほどだ。本気で怒った姉上の雷は、本当に恐ろしいものだ」
「な、なるほど……そんなに恐ろしいお方だったのですね……」
確かにキツイ印象を受けはしたが、まさかそこまでの武闘派だとは思っていなかった。
「お前は勇気があるのか、無謀な馬鹿なのか、わからんな」
「む……ひどい」
くつくつ、とルークが楽しそうに笑っている。最初期の、何も喋ってくれなかった頃からは、かなりの進歩だった。
「冗談だ」
と、ここまで素直に言い合えるまでに、関係性を築けている。
「……ねえ、ルーク。お義姉様とも、こうやって笑い合うことはできないの?」
途端に、ルークの表情がスッと曇る。多分無理なのだろうと、直ぐにわかった。
「難しいな」
「そっか……」
「姉上は、俺を嫌っているからな」
「は……?」
(てっきり……ルークの方が、お義姉様を嫌っているのだと思っていたのに……)
「加護のない俺を、皇族と認めていないのだ。だから、本城から遠ざけて……って、どうした……?」
レティシアは、思わず特大のため息をついた。
「あんなにお耳が良いのに、どうしてわからないの……お義姉様の不器用な優しさが」
「?」
(おそらく、ずっと悪意の声ばかりにさらされていたから、わからないのだろうな。心から優しくしてくれる人もいるってことに……)
やはり、このどうしようもないすれ違いをなんとかせねば、とレティシアは強く決意する。
――どうして。
と、冷静な自分が心の中で語りかけてくる。
どうにも、彼女らしくない。別に愛する料理関連のことでもないのに、積極的に動こうとしている。
ルークが離れで暮らしていることに、自分のことのように憤る。
ルークと義姉の関係が上手くいっていないことに、なんとかしなくてはと勝手な使命感を燃やしている。
どうにも、自分らしからぬお節介な行動だ。けれど、『やらされている感』はまったくなかった。
自分がそうしたいと思って、心からやりたいと思って、やっていることだから。
「まあ、今日はゆっくり休め。しばらくトラブル続きだったしな。大したもてなしもできないが……」
「いえ、もてなしていただきましょうか」
「? 一体、どういう意味だ……?」
◇
数時間後。ルークの住む離れのリビングには、香ばしいソースの匂いが充満していた。
急遽呼び出されたアリエッタは、目の前の光景に呆然としている。
「……それで。なぜ私も呼ばれたのだ?」
「決まっているでしょう? 第一回・家族の親睦食事会ですわ!」
テーブルの中央には、特注の分厚い鉄板が置かれている。
その周りには、細かく刻んだキャベツと小麦粉、卵を混ぜ合わせた生地。そして薄切りの豚肉やネギ、紅しょうがなど、色とりどりの具材がずらりと並んでいた。
後はもう、鉄板で焼くだけの状態まで準備が整っている。
「これが私の故郷のお料理、『お好み焼き』です。まずはお手本を見せますわね」
レティシアは熱された鉄板に生地を丸く広げ、豚肉を乗せると、絶妙なタイミングでコテ(ヘラ)を使い、鮮やかな手首のスナップでひっくり返した。
ジュワァァァッ! と食欲をそそる音と香りが弾ける。
レティシアができあがったお好み焼きを切って、ふたりに差し出す。
彼らは恐る恐る、フォークをつかって、口に運んだ。
「う、美味い……!」
「なんだ……これは! シャキシャキとしつつ、ほくほくと崩れるこれは……一体何で出来てるのだ!?」
異世界人からすると、現代日本の粉物は、未知の味であった。
「小麦を使ってお料理です」
「……小麦でこんな者まで作れるなんて。魔法使いか、おまえは」
レティシアの作った料理、および技術は、一流の魔法使いである、アリエッタから、感心されてしまう程のようだった。
姉弟が気に入ってくれたので、まずは一安心。しかし今回のメインは、ここからだ。
「さあ、お次はお二人の番です。やってみましょう!」
「お、俺がか……?」
「はいっ。さささ!」
コテを押し付けられ、ルークは戸惑いながらも生地を鉄板に広げた。
数分後。見よう見まねでコテを差し込み、いざ裏返そうと勢いよく手首を返した――その瞬間。
「あ」
ルークの常人離れしたパワーが仇となり、お好み焼きの生地は空高く放物線を描いて吹っ飛んでいき、鉄板の外へと無惨に落下した。
「……不器用な奴め。貸せ、私がやる」
見かねたアリエッタがため息をつき、コテを奪い取る。
氷の皇女として、そして宮廷医のトップとして、手先の器用さには自信があった。緻密な魔法を操るように、計算し尽くされた角度でコテを差し込み、ひっくり返す。
ぐちゃあっ。
「なっ……!?」
勢いが足りず、アリエッタの生地は半分に折れ曲がり、鉄板の上で無惨な形に崩れ去ってしまった。
「あーあ。お義姉様も、意外と不器用ですのね」
「う、うるさいっ! もう一度だ!」
それから、姉弟による意地の試行錯誤が始まった。
あーだこーだと文句を言い合いながら、何度も生地を焼き、ひっくり返す。やがて、少し形は歪ながらも、なんとかそれらしい『お好み焼き』が完成した。
二人は、自分たちが失敗して崩れた不格好なお好み焼きを切り分け、皿に取る。
「失敗作だが……捨てるのはもったいないからな」
「そうだな。食材を無駄にするのはもったいない」
そう言って、姉弟は揃って失敗作のお好み焼きを口に運んだ。
熱々の生地と甘辛いソースの味が広がる。
「……レティシアが作った手本のやつと比べると、うん、味が数段劣るな」
「……言えている。焼きムラのせいか、食感が全然違う」
不格好なそれを食べながら、二人は顔を見合わせ――ふっ、と同時に笑い合った。
美味しいものを、一緒に作る。失敗を共有して、共に食べる。それだけで、頑なに凍りついていた二人の距離は、嘘のように縮まっていた。
ルークは、己の優れた耳で姉の魔力の音を聴き取っていた。
いつも張り詰めていたあの不協和音は消え去り、今はただ、安らぎに満ちた穏やかな音を奏でている。
「……ルーク」
ふと、アリエッタが真面目な顔をして口を開いた。
「お前を、こんな粗末な離れに置いてしまってすまなかった。私なりにお前を思ってここへ……」
「いや、いい。わかったから。もういいんだ、姉上」
これ以上、不器用な姉に弁解させるのは忍びなかった。
「レティシアも来たことだし、お前さえよければ、本城の居住区に戻ってきてもいいんだぞ」
「いや、いい。姉上がわざわざ作ってくれた、この『防音室』は結構気に入っている」
「……っ」
アリエッタが、驚いたように目を見開いた。
「この部屋に強力な防音魔法が付与されていること、知っていたのか……?」
「レティシアがいなかったら、一生気づかなかっただろうな」
ルークは、隣でニコニコとお好み焼きを頬張っているレティシアへ、優しい視線を向けた。
「彼女が、気づきをくれたんだ。姉上が、もしかしたら俺のために気を遣ってくれたのではないかって。……最初は、とてもじゃないが信じられなかった」
今まで、どれだけの悪意に晒されてきたことか。人の優しさなど、疑うのが癖になっていた。
「でも……レティシアが、姉上を信じていた。だから……俺も、信じられた」
ルークの言葉に、アリエッタは少しだけ照れくさそうに目を伏せた。
「……料理も美味いし、男を立てるし。とびきり良い嫁を得たな、ルーク」
「ああ。俺の、自慢の嫁だ」
照れることもなく即答するルークに、アリエッタは柔らかく微笑んだ。
そして、ふと目の前にある鉄板を見て、眉をひそめる。
「ところで……この鉄板の魔道具はなんだ? 普通、鉄板焼きといえば下は炭火だ。だが、これは魔法陣もないのに、直接熱を放っている……」
魔力視のできるアリエッタの目には、鉄板の裏で高密度の魔力が蠢いているのが見えた。
「魔法陣もなしに、火の精霊の力を直接付与された道具だと!? なんだそれはっ。一体どれほどとんでもない魔道具師が作ったというのだ……!」
「いえ、付与なんて大層なものではありませんわ。精霊さんたちが、気まぐれに力を貸してくれているだけですので」
レティシアが言うと、鉄板の下から火の精霊たちが「はーい!」と元気よく小さな手を挙げた。
もちろん、精霊の姿が見えないアリエッタはそれに気づいていない。
さらに、レティシアの肩の上では、大自然の神獣であるコロポックルが、小さなコテを持ってお好み焼き(極小サイズ)をちまちまと食べている。
(高度な防音魔法も、食中毒の知識も、錬金術のような料理も。おまけに神獣と、未知の精霊魔道具に囲まれて……)
アリエッタは、底知れない笑顔を浮かべる義妹を見て、内心で深くため息をついた。
(……やはり、この女、ただ者ではないな)
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新がんばれ、応援してる!」
と思っていただけましたら、
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、
【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!
なにとぞ、ご協力お願いします!




