↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

14.姫さま、煮込みうどんに舌鼓をうつ

 翌日には、エッゾ城内にてウェルシュ菌に感染していた者たちは全員、すっかり症状が治まっていた。

 すべては、レティシアの作った『スポーツドリンク』と適切な処置のおかげである。


「体がずいぶんと楽になったよ」「ありがとう、お嬢さん」


 城の食堂で朝食を食べ、苦しんでいた者たちが次々とレティシアに感謝を述べる。

 一方で……。


「あの方が、ルーク殿下の妻となるお方……?」「加護を持たないという専らの噂だぞ?」

「加護もないのに、一体どんな魔法で俺らを治療したんだ……?」

「魔力がないのだから、魔法など使えるはずがないだろう……」


 と、得体の知れないレティシアに対して強い不信感を抱く者たちもいる。ルークは、彼女の悪い噂を口にした騎士たちを鋭く睨みつけ、今にも食ってかかろうとする。


「いけないわ、ルーク」


 レティシアは、素早くルークの首根っこを掴んで制止した。


「しかしな……」

「私が加護を持たないのは揺るぎない事実だよ。余所者を珍しがって疑うのも当然のこと。はい、これでおしまい。むやみに噛みついてはいけません」

「……レティシアが、そう言うなら」


 そんな二人が食堂でやりとりをしていると……。

 アリエッタが、静かな足取りで近づいてきた。


「レティシア。今回の件、非常に助かった。礼を言おう」


 すっ、とアリエッタが頭を下げる。


「改めて名乗ろう。私はアリエッタ。ルークの姉だ」

 

 つまり、レティシアにとっては義理の姉というわけだ。彼女は居住まいを正して、深く美しいお辞儀をする。


「レティシアと申します。初めまして、お義姉ねえ様」

「私のことはアリエッタと呼べ」


 アリエッタの魔力こころが微かに乱れたのが見えた。おそらくは、いきなり『お義姉様』と呼ばれて距離を詰められすぎたからだろう。


「承知いたしました、アリエッタ様」

「うむ……ところで、貴様に会わせておきたい人物がいる。ついてこい」


 アリエッタはレティシアとルークを連れて、厨房へとやってきた。

 そこには、がたいのいい中年男性が一人、今にも消え入りそうな真っ青な表情で俯いて立っていた。


「どちら様でしょうか?」

「マルトー。宮廷料理長だ」


「宮廷料理長……。ああ、この厨房の責任者ということですか」

「そうだ。おい、マルトー」


 ぎろり、とアリエッタが氷のような視線でマルトーを睨みつける。


「こいつの作ったスープが、今回の忌まわしき騒動の原因ということだな」


「ひぃい……! も、申し訳ございませぬぅぅぅ!」


 料理長マルトーは、その場で勢いよく土下座をした。


(土下座なんて文化、異世界にもあるのね……まあ、和製ファンタジーの設定だし、あっても不思議ではないのかしら)


「確かに、今回のウェルシュ菌騒動は、あのスープが原因の食品ではありましたが……」


「そうか。ならばマルトー。貴様は刎頸ふんけいに処す」


(ふんけい……って、首を斬るってこと!?)


 アリエッタが懐から短い杖を取り出し、無慈悲にマルトーへと向ける。


 ガキィン……!


 刃同士が激しくぶつかり合うような、鋭い金属音が鳴り響く。

 レティシアたちの背後の壁に、大きな傷が穿たれていた。まるで、見えない巨大な刃で切り裂かれたような深い傷だ。


「ルーク……どういうことだ? 私の風刃ウィンド・エッジを、剣で弾き飛ばすとは」


 どうやら、魔力を持たないレティシアの目には見えなかったが、アリエッタは魔法で攻撃を放ち、ルークが瞬時に剣を抜いてそれを防いだようだ。


「こ、殺そうとなさったのですか? マルトーさんを!?」

「当然だ。其奴は宮廷の人間を巻き込んだ大量殺人未遂を犯したのだぞ。罪には相応の罰を与えるべきだ。ルーク、貴様もそう思わないか?」


 だが、ルークは無言のまま、静かに首を横に振った。


「エッゾの【猟犬】も、すっかり牙が抜けてしまったようだな……その女に出会ってから……!」


(狂犬じゃなくて、猟犬……?)


 アリエッタが鋭い眼光でレティシアを睨みつけてくる。その凄まじい威圧感は、並の者であれば息が止まり、気を失ってしまっているだろう。


 だが、レティシアは違う。アリエッタから放たれる圧倒的な魔力。そこから読み取れる、彼女の本当の魔力こころの色。それを理解している。だからこそ……。


「私は、マルトーさんを殺してしまうのは、いくらなんでもやり過ぎだと思いますわ」


 一歩、凛として前に出て、レティシアははっきりと主張した。


「私はそうは思わない。罪には罰だ。マルトーは料理【などというもの】を使って、人を大量に殺しかけた。それはれっきとした重犯罪だ」


 料理を心底軽んじるような発言。レティシアは少しばかりムッとするも、臆することなくアリエッタに言い返す。


「お料理で人を殺すことなどできないと証明してみせましたら、マルトーさんをお許しいただけますでしょうか」

「何を馬鹿なことを言っているのだ、貴様?」


「アリエッタ様は、お料理を軽んじていらっしゃる。それは、これまでの人生で『本当に美味しいお料理』を食べたことがないから、そのような悲しいお言葉が出てきてしまうのです。違いますか?」


「……確かに、食事を『美味しい』と感じたことなど一度もないな」


「ならば、私が証明してみせますわ。お料理は、心から美味しいと思えるものなのだと。食べた者を幸せな気分にするためのものであって、決して人殺しの道具なんかではないということを」


 レティシアがここまでこだわるのは、知識が不足していただけで処刑されるのはおかしいと思い、マルトーを庇う気持ちがあるのが一つ。


 そして……二つ目。それは純粋に、自分が何よりも愛する『料理』を馬鹿にされたからだ。


「具体的にどうするというのだ?」


「私がとびきりのお料理を作って、アリエッタ様に召し上がっていただきます。そのお料理を『美味しい』と感じていただけたら、私の勝ち。マルトーさんの件は不問にしていただきたいです」


「……私が美味しいと言わなかったら?」


「マルトーさんの代わりに、私が腹を切ってお詫びいたしますわ」


「…………」


 アリエッタは、まるで異常者でも見るかのような目で、レティシアを見つめている。一方、ルークは彼女を止めることもなく、ただ静かに黙って信頼の眼差しを向けていた。


「……良いだろう」


 かくして、レティシアは自身の命とマルトーの命を懸け、アリエッタに極上の料理を振る舞うことになったのだった。


    ◇


 厨房に立ったレティシアは、すぐさま調理に取り掛かった。


 ボウルにエッゾ産の良質な小麦粉を山盛りにし、そこへ塩水を少しずつ加えながら、両手で力強く練り上げていく。


(小麦粉を練る……? パスタを作るつもりか?)


 腕を組んでその様子を監視していたアリエッタは、訝しげに眉をひそめた。

 この世界にも、小麦粉を練って茹でた『パスタ』のような麺料理は存在している。だが、エッゾで食べられているそれは、つなぎや水分の調整が甘いため、ボソボソと千切れるひどく不味い代物であった。


「……言っておくが、ボソボソの麦だんごを茹でただけのものなら、美味しいなどとは決して認めないぞ」


「ふふっ、見ていてくださいませ。絶対にボソボソになんてさせませんから」


 レティシアは生地をひとまとめにすると、それを清潔な布に包み、なんと足で踏み始めたのだ。

 体重をかけてしっかりと踏み込むことで、うどん特有の強い『コシ』を生み出していく。その後、生地を薄く均等に伸ばし、包丁でトントントンとリズミカルに細く切り分けていった。


 別の鍋では、ウスケシ産の昆布と乾燥した魚から取った、黄金色の出汁が湯気を立てている。

 そこへ醤油とみりんを加えて味を調え、たっぷりのネギと、先ほど切り分けたうどんを直接入れて煮込んでいく。


 ぐつぐつと煮え立つ鍋から、出汁の優しくふくよかな香りが厨房いっぱいに広がった。

 仕上げに溶き卵をふわりと回し入れ、蓋をして軽く蒸らす。


「お待たせいたしました! 弱ったお腹にも心にも優しい、『特製・卵とじ煮込みうどん』ですわ」


 木のお椀に盛り付けられたそれは、琥珀色の汁の中で、純白の麺と黄色い卵が美しく絡み合っていた。


「な、なんだこれは……」


 アリエッタは、おずおずと箸(この世界にも菜箸に似た道具はある)を手に取り、麺を持ち上げる。ボソボソのパスタとは違い、麺は長く、つややかな輝きを放っていた。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」


 促されるままに、アリエッタは麺を啜った。


「!?」


 滑らかな麺が、驚くほど心地よく喉の奥へと滑り落ちていく。

 噛みしめれば、もっちりとした強い『コシ』と弾力があり、小麦の甘みがじんわりと広がる。そこに、旨味の塊である黄金色の出汁と、ふわふわの卵が完璧な調和をもって絡みついてきた。


(な、なんだこのツルツルとした喉越しは……! それに、この出汁の味……深く、体に染み渡るように……ほっとする……)


 無心になって、アリエッタは麺を啜り続けた。張り詰めていた神経が、一口ごとに解きほぐされていくのがわかる。


「……なんて、うまい……」


 ぽつりと、心の底からの本音がこぼれ落ちた。

 あっという間に一杯を平らげたアリエッタは、少し頬を染めながら器を差し出した。


「お、おかわりを……もらえるか」


「はいっ、たくさんありますからね!」


 二杯目のうどんを受け取ったアリエッタは、しみじみと息を吐き出した。


「……これは、革命だ。私が知っている麺料理とは、根本から違う。だが……それだけではない。心が、安らぐのだ」


「お料理は、確かに分量を間違えれば失敗してしまいます。取り扱いを間違えれば、今回のように食中毒を起こす危険なものにもなりますわ」


 レティシアは、真剣な眼差しでアリエッタを見つめる。


「ですが、きちんと正しい知識をもって扱い、食べてくれる人のことを思って作れば……お料理は決して人殺しの道具になんてなりません。人を笑顔にし、心を救う魔法になるのです」


「……」


 アリエッタが言葉を失っている隣で、ルークもまた、自分の分のうどんを黙々と、本当に美味しそうに食べていた。


「美味い」

「ああ、本当にうまいな……」


 姉弟が並んで、同じうどんを啜る。

 ふと、アリエッタは隣の弟へと視線を向けた。


「……一ついいか、ルーク。先ほど、どうしてお前は私に刃向かったのだ?」


 ルークは箸を止め、器を持ったまま静かに答えた。


「レティシアを、悲しませたくなかった。彼女は、人を笑顔にする料理人だ。そんな彼女の目の前で、人殺しの惨劇を見せたくなかったのだ」

「……そうか」


「それに……姉上に、家族に、人殺しなんてさせたくなかった」

「!」


 ルークの言葉に、アリエッタの肩がピクリと震えた。


「姉上のその高度な魔法は、人を傷つけるためではなく、人を救うために血の滲むような思いで鍛え上げたものだろう」


 よそ者のレティシアには、アリエッタの魔法が、凄いとしか思えなかった。しかし、ルークは、彼女の魔法の中にこめられた、姉の、修練の重みを知っているようだ。


 アリエッタは、目を剥いてる。狂犬と恐れられる男から、そんな言葉がでてきたのだから、当然だ。しかしレティシアは驚かない。

 ルークは、見た目が恐ろしいだけで、中身は優しい人だと知っているから。


「……よく、見ているな」


 アリエッタは目を細め、ルークを見る。その目は、さっきまでとは少し違った。少し、優しい目をしていた。


「耳がいいからな。言葉の裏の音くらい、拾えるさ」


 ルークは、少しだけ自嘲気味に笑った。


「おまえは……図体はでかくなったが、中身は昔の、あの泣き虫で、でも……優しい子のままなんだな」


 レティシアが知らない、幼いルークの姿を、彼女は今見ているのだろう。

 とげとげしさがなくなった、姉の優しいまなざしから、すっ……と目線をそらす。


 うどんを一口すすって、小さく息をついてつぶやく。


「……俺はずっと、姉上に嫌われていると思っていた」

「……私もだ。お前は私を忌み嫌っているのだと、そう思っていた」


 長年のすれ違い。不器用すぎる姉弟のやり取りを聞いて、レティシアはきょとんと首を傾げた。


「ええ? 何を仰っているんですか、お義姉様。どう見ても、ルークのこと大好きでしょう?」

「なっ……!?」


「私、目がいいんです。誤魔化してもバレバレですよ。先ほどルークが魔法を剣で弾いた時……お義姉様、本気で心配していらっしゃいましたよね? 『自分の魔法で、可愛い弟を傷つけてしまったのではないか』って」


「っ……!」


 図星を突かれたのか、アリエッタの真っ白な頬が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染め上がった。


「……なんでもお見通し、というわけか。加護なしの分際で、とんでもない目を持った女だ」


 アリエッタは降参したように深くため息をつくと、厨房の隅で小さくなっている料理長へと向き直った。


「マルトー。貴様を殺すのは取りやめる。……この女の料理に免じてな」


「あ、アリエッタ様……! あ、ありがとうございますぅぅ!」


「だが、お前の知識不足が招いた事態だ。責任は取ってもらう。宮廷料理長の座は、今日かぎりで降りてもらうぞ」


 そして、アリエッタは真っ直ぐにレティシアを見た。


「代わりに、レティシア。貴様が宮廷料理長となって、マルトーを含めたここの料理人どもを管理しろ。そして、二度とこんなことが起きないように、貴様のその知識を叩き込んでやれ」


 それは、実質的にレティシアの宮廷内での地位を、皇女であるアリエッタが公に保証したということに他ならなかった。


「よろしいのですか!? ありがとうございます、アリエッタ様!」


 レティシアがパァッと顔を輝かせてお辞儀をすると、アリエッタは少しだけ照れくさそうに、銀色の髪をかき上げた。


「……義姉で、いい」


「え?」


「私を呼ぶ時は、義姉と呼ぶことを許可してやると言っているのだ」


 その言葉に、ルークが微かに驚いたように目を見開き、やがて優しく微笑んだ。

 レティシアは、今日一番の満面の笑みで力強く頷く。


「はいっ! アリエッタお義姉様!」


 アリエッタはうどんをまたすすって、「おかわりはあるか」と聞く。

 ルークも同じくからになった器を渡すと、レティシアは嬉しそうに、うどんをつぐ。


「さぁ! たくさん作ったんで、城の皆さんも食べてくださいっ!」


 いつの間にか、厨房の入り口には、たくさんの騎士や大臣たちがいた。どうやら、アリエッタたちが食べているものが、気になっていたのだろう。

 民達が流れ込んでくる。手分けして、うどんをよそう……その姿を見て、アリエッタは弟に尋ねた。


「なぁ、ルーク。あの子は……一体何者なんだ? 加護のない無能の女と聞いていたのだが」


 加護のない人間が、大勢の人たちを救い、また、姉弟の不和を解消してみせた。誰でもできないことをやってのけ、しかし、まったく偉ぶらないレティシア。その正体が、気になってしかたなかったのだ。


「見てわかるだろう?」


 ルークは笑みを浮かべながら、応える。


「俺の自慢の嫁だ」

【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。