13.謎の病気を現代知識で治療する
店主アスターが威勢のいい声を張り上げる。
「さぁさぁ、食べてってくれ! 絶品ケバブサンドだよぉ!」
店の前には大量の客たちが列をなしていた。皆、未知の絶品料理ケバブをご所望のようだ。アスターはレティシアの教え通りに肉塊を削ぎ落とし、それをピタパンに挟んで飛ぶように販売している。
レティシアが考案した料理を、別の人間が売って儲けている。
そんな様子を見て、ルークが若干不服そうに口を開いた。
「おい、良いのか? あれはお前が作った料理だろう」
「良いんですよ。今売っているのは、アスターさんがご自分で作ったお料理ですし」
先ほどレティシアが実際に作った分の肉塊は、すでに精霊の空間収納にしまってある。今売っているのはあくまで、アスター自身が新しく仕込んで調理したものなのだ。
「……俺が言いたいのは、お前が考案したその見事な料理のレシピを、あんなにあっさりと他人に渡してしまってよかったのかということだ。見ろ」
ルークが指さす先には、狂喜乱舞してケバブを買い求める大量のエッゾ民たちの姿があった。
「あの美味い料理は、これから計り知れない利益を上げる。間違いなく金を生む財産だ。あんなに簡単に他人に教えてよかったのか?」
「ふふ……今日は随分とおしゃべりですね、ルーク」
「茶化すな」
レティシアには他者の魔力の色が見える。だがルークは魔力を持たないゼロの体質。魔力から心の色を読むことはできない。
だが……それでも、これまでに何度も一緒に食卓を囲んできたからこそ、わかる。ルークは、怒っているのだ。
(私が不利益を被ってしまう……そう言って心配してくれているのね)
レティシアがケバブサンドを作って売ったことによる莫大な利益を、彼女自身が得られない。その理不尽さに、彼なりに腹を立ててくれているのだ。
(本当に、お優しい方……)
「ねえルーク。料理の素晴らしいところって、何だと思います?」
「美味いこと……以外か?」
「ええ」
しばしルークは腕を組んで考えるも、気の利いた答えが思いつかないらしく、静かに首を横に振った。
「レシピ通りに丁寧に作れば、誰でも美味しい料理が作れることにあるんですよ」
「そう……なのか?」
いまいち、ルークには実感がないらしい。
「ほら、加護なしの無力な私でも、こうして美味しいお料理が作れているでしょう? あれだって、私がゼロから発明したレシピではありませんわ。誰かが作り上げた『美味しい料理を作る手順』を、ただ手順通りに作っているだけに過ぎないのです」
それでも、人を笑顔にする美味しい料理が作れている。
「大人も子供も、加護があろうと無かろうと、正しい手順を踏めば美味しい料理は作れる。そこが、料理の何より素晴らしいところなのですわ」
「…………」
「レシピを独占なんていたしません。私だって、かつて誰かからレシピを教わってきたのですから」
料理の製法は、先人達が積み上げてきた知恵の結晶。共有すべき財産なのだ。決して独占はしないと、レティシアは真っ直ぐな瞳で伝える。
「それに、私の教えたレシピを土台にして、いつかアスターさんが、私の思いもつかないようなもっともっと美味しい料理を作ってくださるかもしれない」
ふふっ、とレティシアは楽しそうに笑う。
「知識は独占するより、皆で分かち合った方が、この世界の食卓はずっとずっと豊かになりますわよ」
ルークはレティシアの迷いのない言葉を聞いて、深々と……息をついた。
「……すまん」
「え? 何ですか急に」
「……俺は、視野が狭すぎた。お前は、もっと遥かに大きな視点で物事を見ているのだな」
(ああ、ご自身の狭い尺度だけでお話ししてしまったことを謝っていらっしゃるのね)
レティシアの器を、「独占欲」という狭いものだと勝手に決めつけていたことに対する、彼なりの不器用な謝罪ということらしい。
「ルークは、もっとお言葉を尽くすべきですわね。私たち、これからもっともっとお話ししましょう」
「……あまり難しいことを言うな」
「そう? じゃあ、もっと一緒に美味しいものを食べましょうっ。それなら難しくないでしょう?」
美味しい食事中ならば、ルークはいくらか饒舌になるのだ。すると、ルークは微かに微笑んで、静かに頷いた。
そんな二人の尊いやりとりを静かに見守っていたヒュースが、咳払いをして口を開く。
「……では、皇帝陛下のおわす帝城へ参りましょう」
◇
荘厳な帝城は、疑似太陽の塔のすぐ真下に位置していた。城もまた、冷気を完全に遮断する高い壁で囲まれている。
塔の放つ熱気が直接届くためか、逆に分厚い上着が必要ないくらいに暖かかった。
馬車が帝城の門をくぐり抜け、二人とヒュースが降り立つ。
「お出迎えのようなものは、ないのですね」
「ふん……行くぞ……まずは兄上に謁見だ」
(兄上……? こういう時って、普通は家長であるお父様……皇帝陛下にご挨拶するものでは……?)
不思議に思うレティシアに、ヒュースが補足するように言う。
「わたしは馬車を厩舎に止めてまいります。お二人は客間でお待ちください。【カーティス】様には到着の電報をすぐに入れておきますので」
「カーティス様……?」
「エッゾ第一皇子、カーティス様でございます」
(なるほど……ルークのお兄様のお名前なのね)
ルークは無言で頷いて、レティシアと共にその場を離れる。
すたすたと、ルークが迷いのない足取りで前を進んでいく。
ぞろぞろと、目に見えない精霊たちとレティシアがその後ろに続く。
しかし、城の奥深くへと入っていくと……。
「おい、治癒師はまだか!?」「今呼んでいる!」「くそっ。ポーションが全然足りない!」「一体どうすれば……!?」
ただならぬ怒声と悲鳴が、あちこちの回廊で鳴り響いていた。耳の良いルークにとっては、さぞ不快で辛かろう……と思いきや……。
ルークはすたすたすたと、さらに急ぎ足でその騒ぎの渦中へと向かっていく。
(うるさいって文句を言いに行くつもり……? いや、まさか)
違う、とレティシアはすぐに思い直す。
(彼は私のために、魔物を人知れず退治してくださるようなお優しい方よ。そんな彼が、困っている人たちにただ文句を言うなんてこと、あるはずがないわ)
程なくして、彼らが辿り着いたのは、広大な宮廷食堂だった。
だが、そこは異様な光景に包まれていた。大人数の騎士や文官たちが、床一面に呻きながら寝かされているのだ。
「いてえ……いてえよお……」「おええ……」「く、くるしいぃ……」
「騎士や大臣さんたちが、皆お腹を押さえて倒れていらっしゃるわ……」
ルークは、慌てふためいている近くの騎士の胸ぐらをガシッと掴む。
「おい、一体何があった?」
「ひっ! る、ルーク殿下……っ。じ、実は……我々にもよくわからないのです。突然、食堂で食事をとっていた者たちが全員、一斉に倒れてしまって……」
震える騎士が言うには、最初に倒れた人たちは治癒室(医務室)に運ばれたが、すぐに部屋が満杯になってしまったため、やむなくここに急造の寝床を作り、人を運んでいるらしい。
「宮廷医がいるだろう!? 治癒魔法はどうした!?」
「そ、それが……どうにも治癒魔法を何度ほどこしても、症状が全く治まらないようで……っ」
「くそっ! 兄上は何をしているのだ!? 姉上の魔法は!?」
「【アリエッタ】様の高度な魔法をもってしても治らず……皆、呪いではないかと恐れおののいているのです」
レティシアは、目の前で起きている惨状を、驚くほど冷静に見つめていた。
腹を激しく押さえて苦しむ人たち。激しい嘔吐を繰り返している人もいる。
ふと、レティシアは食堂のテーブルに残されたままの皿に目を留めた。
そこには、中途半端にぬるいスープが残されていたのだ。
「ねえ、このスープって、朝ご飯のメニューかしら?」
「え、あ、はい……そうですが……」
「朝食が配膳されたのは何時?」
「朝の七時です」
現在の時刻は、すでに十五時を回っている。
(朝食から食べて六~七時間……それなら、潜伏期間として十分あり得るわね)
ぎゅっ、とルークは強く拳を握りしめると、弾かれたように走り出そうとする。
「待ってください、ルーク! どこへ行くのですか?」
「決まっている……天導教会の治癒師のもとへだ」
天導教会とは、世界最大の宗教国家のことである。多数の優秀な聖女を抱えていることで有名だ。しかし……。
「エッゾの国内に、その教会はないのでしょう?」
「……だから、今からエッゾの外まで走って……」
「そんな無駄なことをしなくていいですわ」
「無駄だと!?」
声を荒らげるルークに対して、レティシアは実に冷静だった。
彼の燃えるような瞳の奥に、深い不安の色が見える。
(本当にこの人は……不器用で、誰よりもお優しい方なのね)
エッゾの民たちが、得体の知れない病に苦しんでいる。ルークはそれを見過ごせないのだ。そして、圧倒的な武力を持ちながら、この事態に対して何もできない自分自身に強い怒りを覚えていることも、レティシアには痛いほど伝わってきた。
魔力で心を読むことなどできなくとも、彼を傍で見つめていれば、そんなことはすぐにわかるのである。
「皆さん、聞いてください!」
レティシアが凛とした声を張り上げると、混乱していた何人かが彼女の方を見やる。
「この病気は、治癒魔法では決して治りません!」
「病気……? 呪いでは無いのか? 怪我でもなく?」
ルークの問いかけに、レティシアが力強く頷いて答える。
「はい。ここの人たちは全員、同じ病気にかかっています。そしてその病気は、魔法では治らない類のものなのです」
「ならば……どうすればいい?」
すがるような、ルークの瞳。彼のこんなにも弱々しい表情を見るのは初めてだった。
……きゅっと、レティシアの胸が締め付けられる。なんとかしてあげたくなる。
エッゾの人たちとは、まだそれほど多くの時間を共有してはいない。それはルークも含めてだ。
しかし、レティシアは、彼を助けたいと強く願った。この不器用で優しい彼を、これ以上悲しませたくない。心からそう思ったのだ。
「私に、任せてください。皆さんを絶対に治してみせますわ」
◇
アリエッタ・E・ヴォルフシュタイン。
エッゾ皇国第二皇女、すなわち、ルークの姉に当たる人物だ。
燃えるような赤の瞳と髪を持つルークとは対照的に、彼女は凍てつく寒空のような銀の髪と瞳を持っている。
眼鏡をかけた、長身で知的な美女。それがアリエッタである。
彼女が現在いるのは医務室だ。多数のベッドは、苦しむ患者たちですでに満杯に埋まっている。
宮廷医のトップたるアリエッタがいくら高度な治癒魔法を施しても、患者達は一向に回復の見込みを見せない。
「くっ……!」
思わず、アリエッタが苛立ちの舌打ちをしてしまう。だが、決して泣き言は言わず、他の治癒師たちと共に懸命に治療を続ける。
(まずいぞ……一体何が起きているんだ。治癒も解呪もすべて試しているのに……全く治る気配がない……)
あらゆる文献をあさっても、様々な魔法を試しても、彼らが全く回復しないことに、常に冷静なアリエッタも深い焦りを覚えていた。
(もはや天導教会に頼るしかない……だが、海をまたいで使者が行き、聖女が到着するまで患者の体力が持つかわからない……くそっ……!)
「あ、アリエッタ様……!」
そこへ、一人の若い治癒師が血相を変えて急ぎ近づいてきた。
「なんだ!? 取り込み中だと見てわからぬか!」
「ひっ」
焦りからくるその恐ろしい表情と威圧感は、弟であるルークそっくりであった。
若い治癒師が怯みながらも、慌てて報告する。
「ちゅ、厨房に……おかしな女が現れまして」
「おかしな女だと?」
「ええ。彼女が厨房で何かを作り、それを患者達に次々と飲ませているのです……」
「な!? 何を馬鹿なことを!」
正体不明の存在が、よくわからないものを大事な民たちに飲ませているという。
アリエッタは鬼の形相でその場を離れ、すぐさま厨房へと向かった。
「一体誰だ!? 何のためにそんなことを……」
だが、厨房に踏み込んだアリエッタは……目の前の光景に驚愕した。
「た、確か……あいつらは、同じ症状で苦しんで寝かされていたはずなのに……」
寝かされている患者たちが皆、どこか安らかな表情で横たわっているのだ。
彼らの傍らには、無事な民たちが付き添っている。看病している彼らはなぜか口元を清潔な布で覆い、手には手袋がはめられていた。
そして……その手には、謎の液体の入った器が握られている。
彼らは、少しずつ慎重に、その液体を患者の口へと飲ませていた。
「おい! 一体何を飲ませている!」
「ひっ。あ、アリエッタ様……」
近くで患者に何かを飲ませていたエッゾの民に、鋭く問い詰める。
「毒か!?」
「い、いえ……レティシア様がお作りになった、『スポーツドリンク』とやらだそうで」
「………………は? す、すぽ……? なんだって……?」
アリエッタは、器に入ったその液体をつぶさに観察する。普通の水ではない。うっすらと白く濁っているのだ。
彼女は目を凝らして、本質を見極めようとする。
アリエッタは極めて優秀な魔法使いだ。ゆえに、目に魔力を集中させることで、他者の魔力や事象を視る『魔力視』の精度が非常に高い。
物体に何らかの魔法がかかっていたり、呪いが込められていたりすれば、一瞬でそれを看破できるのだ。
「魔法が付与されている訳ではない……呪いの痕跡もない……いったい、スポーツドリンクとは何なのだ……?」
「新しいドリンクを持ってきましたわ! 皆さん、古いお水は捨てて、新しいものを飲ませてあげてください!」
厨房の奥で、よく通る声を張り上げる人物。それは、小柄な……見知らぬ少女だった。
「貴様か……!」
諸悪の根源(犯人)を突き止めたアリエッタは、怒りも露わにその小柄な少女の元へ向かう。杖を抜き放ち、問答無用で吹き飛ばそうとする……が。
「やめろ、姉上」
「ルーク!?」
(なぜこの子が……見ず知らずの余所者を庇う……?)
「どけ」
「どかない。レティシアの邪魔をするな」
「レティシア……。ああ、隣国から送られてきたという加護なしの女か」
長兄であるカーティスから、話だけは聞いていたのだ。近々、ルークの嫁として無能な令嬢が押し付けられてくると。
「そこの女が、一体何をしている?」
「この城で起きている問題を解決するための、料理をしている」
「は……? りょ、料理だと……?」
レティシアは、巨大な鍋の中に大量に、先ほどのうっすら濁った液体を作り出していた。それを柄杓ですくっては器に取り分け、皆に分配していく。
民たちはそれを受け取り、患者にその謎の液体を飲ませていた。
「なんだ、これは?」
「『スポーツドリンク』ですわ。効率的な水分補給のための、特別なお水ですの。作り方は……お水五百ミリリットルに対して、お砂糖大さじ一、お塩を小さじ四分の一、そこにレモン汁大さじ一を混ぜ合わせた……」
「そういう製法を聞いているのではない!」
アリエッタは苛立ちと共にレティシアを睨みつける。
「水……? ただの水を飲ませているというのか? 馬鹿か。そんな真似で、呪いにも似たこの症状が治るわけがなかろうが!」
「治りますわ。今回のこの集団発症は、病気でも呪いでもなく、ただの『食中毒』によるものですから」
「しょく……食中毒……?」
(なんだそれは……聞いたこともない言葉だぞ……?)
「おそらくは、『ウェルシュ菌』という目に見えない小さな悪い虫が引き起こした食中毒ですわ。朝食の大鍋スープが原因ですね。一度に大量に作ったスープを、再加熱をせずに中途半端な温度で放置して提供した。その結果、熱を逃れた細菌が鍋の中で大量に繁殖してしまい、それを食べた皆様の腸内で悪さをしているのです」
……女の言っている理屈が、アリエッタにはさっぱり理解できなかった。
「小学校の給食や、養護施設などでよく起きる食中毒ですわ。主な症状は下痢と嘔吐……。治療方法としては、脱水症状を防ぐために適切な水分を取らせて、体から自然に細菌を出し切ってしまうのがベストなのです」
「なんだ……貴様。どこかの高名な治癒師かなにかなのか?」
「いえ、私はレティシア。加護なしの、ただの令嬢ですわ」
(加護も持たないただの令嬢が、こんな惨状を治せるわけがない……)
今すぐにでも、この怪しい女を止めて、意味の無い危険な行為を辞めさせるべきだ。そう、アリエッタの理性が告げている。
しかし……。
「姉上。もう一度言う。レティシアの邪魔をするな」
「…………」
(あのルークが、ここまで他人に絶対の信頼を置くなんて……)
それは、アリエッタの知る限り、絶対にあり得ないことであった。あの心を閉ざした弟にそこまで言わせるだけの力が、このレティシアという少女にはあるということか。
ちらり、とアリエッタは食堂に集まっている患者たちを見る。彼らの表情は、確かに……自分が高度な治癒魔法を施した患者よりも、遥かに穏やかになっているのだ。
(このレティシアという女の知見が、そしてその『治療法』とやらが正しいということ……。上に立つ者として、ここで無闇に感情的になる場面ではない、か)
「わかった」
「姉上!」
「ただ、その女を百パーセント信用したわけではない。万が一、重症患者がでるようなことがあれば、貴様を地下牢にぶち込む。それでよいな?」
レティシアは、少しも怯むことなく、はっきりと力強く頷いた。
「かまいませんわ」
「よし。では、私に何を手伝えばいい?」
「このスポーツドリンクを、できるだけ多くの皆様に振る舞ってくださいませ!」
アリエッタは頷くと、すぐさま医務室へ戻り、手の空いている人員を連れてやってくる。そして、レティシアの指示のもと、異例の治療に当たるのだった。
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
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