Supplementum 国際法ってなんなの?―― 条約、慣習国際法――
アルティスです。
『Pacta sunt servanda』第一章までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、第一章の補講です。
本編だけ読んでいただいても、もちろん大丈夫です。
ただ、「あの場面って、国際法ではどういうところから持ってきたの?」と少し気になった方は、覗いてみてください。
小二郎の遅刻や、鞘当てや、二人で書いたあの紙が、本編とはまた少し違って見えるかもしれません。
そんな感じの、ちょっとした種明かしです。
―――国際法。
なんか、すごそうに見えますよね。
国家とか、条約とか、外交とか、戦争とか、国連とか。出てくる言葉がいちいち大きいので、私も最初は「ずいぶん遠いところの法律だな」と思っていました。
そのわりにニュースを見れば、世界のどこかで戦争や争いが起きていますし、「国際法違反です」という言葉も普通に出てきます。
そこで、一度くらい思ったことありませんか。
国際法って、意味あるの??
私は思いました。
だって法律なら、守らせないと意味なくない?
今回は、そこから始めてみます。
第一章では、小二郎の遅刻や鞘当て、二人で書いた紙など、国際法にしては妙に小さな話ばかり出てきましたが、あれはわざとです。
国際法って、話の主語が大きいから難しく見えるんですよね。なので今回は、その大きな主語をいったん外して、もう少し普段の感覚に近いところから見てみます。
《国際法って、誰が守らせるの?》
まず、普段の法律を考えてみます。
悪いことをしたら警察が出てくることがありますし、裁判で「お金を払いなさい」と決まったのに払わなければ、「嫌です」で終わらせず、強制的に実現するための仕組みがあります。行政にも、場合によっては「やってください」とお願いするだけではなく、本当にやらせるための仕組みがあります。
細かい違いはいったん置いておくとして、国内には、最終的に 法律を実際に動かすための仕組みがある わけです。
では、国際法はどうでしょう。
世界政府はありませんし、世界警察がパトカーでやってきて、
「はい、国際法違反です」
と国家を連れていくわけでもありません。
国際裁判所だって、世界中の国に対して「はい、全員ここに来てください。私が決めます」と、何でも好きに裁けるわけではありません。
となると、当然こう思います。
じゃあ、誰が守らせるの?
ここ、かなり不思議ですよね。
実際、昔から似たような疑問はありました。
十九世紀のイギリスに、ジョン・オースティンという法学者がいます。ものすごく雑に言うと、
「法律って、上にいる人が命令して、破ったら罰があるものじゃないの?」
という方向から法を考えた人です。
そう考えると、国際法はちょっと困ります。国家より上に立って、全部を命令できる人がいないからです。
なのでオースティンは、国家同士のこうした決まりを、普通の意味での法律とは少し違うものとして考えました。
私はこの話を初めて聞いたとき、
まあ、そう思うよね。
と思いました。
だって、上から全部守らせてくれる人がいないんです。
ただ、だからといって、国際法が完全に言いっぱなしというわけでもありません。何かあれば国同士で抗議しますし、「それは違反でしょう」と責任を問うこともあります。話し合いや国際裁判の仕組みを使うこともあれば、相手の行動に対して何らかの対応を取ることもあります。
なので、ここでは、
国際法には力がないというより、国内法みたいに、その力が一か所へ集まっていない。
くらいに考えてみてください。
では、そんな世界でどうやって決まりを作っているのか。ここから第一章の話につながります。
《まずは、約束してみる》
国同士で決まりを作る方法として、分かりやすいものの一つが条約です。
でも、いきなり国家の話にするとまた遠くなるので、もっと普通の話にしてみます。
たとえば、友達に「その化粧品、今度貸すね」と約束したとします。
ところが、別の友達がやってきて、
「じゃあ私にも貸して」
と言ったとしても、
いや、あなたとはそんな約束してないし。
となりますよね。
ものすごく雑に言えば、条約もまずはそんな感じです。
A国とB国が約束したからといって、関係のないC国まで当然に「じゃあ私もその話に入ります」とはなりません。
国同士の話にすると急に難しそうですが、 「いや、それ私とは約束してないじゃん」 くらいの感覚なら、そんなに遠くありません。
もちろん、条約は二国だけで結ぶものとは限らず、たくさんの国が集まって「みんなでこれを約束しよう」と決めることもあります。
それでもまずは、 約束に入った国同士の間で働くもの くらいに考えておけば大丈夫です。
《じゃあ、約束してなければ何してもいいの?》
ここで次の疑問です。
条約が「あなたと私は、これを約束しました」という話なら、約束していない相手には何をしてもいいのでしょうか。
もちろん、そうもいきません。
そこで出てくるのが、慣習国際法です。
第一章では、これを鞘当てで考えました。
江戸の町を刀を差した人たちが歩いていて、みんな、むやみに相手の鞘へ自分の鞘をぶつけたりはしない。
となると、
みんなそうしているから、それは決まりなの?
という話が出てきます。
ここも、普段の感覚で考えてみましょう。
たとえば、友達同士で毎回なんとなく同じ席に座っているとしても、それが「なんとなくいつもそこだから」なのか、「そこに座る決まりだから」なのかでは意味が違います。
前者なら今日は別の席に座っても問題ありませんが、後者なら、
「いや、そこ違うでしょ」
となりますよね。
つまり、みんなが同じことをしているだけでは、まだ「決まり」とは限らないわけです。
国際法でも同じで、国がずっと同じ行動をしているだけではなく、「これは守るべきものだから、そうしている」というところまで見ます。
法律では、国が実際にどう動いているかを 国家実行 、それを法として守るべきだと考えていることを 法的確信 と呼びます。
急に難しい名前が出てきましたが、やっていることは、 「みんなそうしてる」だけなのか、それとも「決まりだからそうしてる」のか を見ることです。
第一章の鞘当ても、この感覚を借りました。
もちろん、「鞘当ては慣習法です!」という意味ではありません。そこまで言うと、さすがに違います。
《条約と慣習国際法》
ここまでを、かなり雑に並べてみます。
条約は、
「私たちは、これを約束しました」
という決まり。
慣習国際法は、
「特別にあなたと約束したわけじゃないけど、これは守る決まりだよね」
というものです。
国際社会にはたくさんの国があって、その間には、この国とこの国の約束、別の国同士の約束、たくさんの国が一緒に参加している約束と、いろいろな条約があります。
そうして眺めると、国同士の間に約束の糸がものすごい数で張られている**みたいに見えてきます。
その一方で、「この条約に入ったかどうか」とは別に、広く国々に関わってくる慣習国際法もあります。
私は最初、
個別の約束がいっぱいあって、それとは別に、みんなにかかる決まりもある
くらいに考えると、少し分かりやすくなりました。
もちろん、国際法はこの二つだけではなく、ほかにもいろいろあります。
ただ、今ここで全部出すと、
国際法、やっぱり遠いじゃん。
となるので、今回は第一章で触れたところだけにしておきます。
《で、約束したら、なんで守るの?》
では、条約の話へ戻ります。
条約は国同士の約束ですが、ここで少し意地悪に、
「なんで約束したら守らなきゃいけないの?」
と聞いてみます。
条約の中に「この条約は守ってください」と書けばいいのでしょうか。
でも、その一文を守るのはなぜ?
条約に書いてあるから?
では、その条約そのものを守るのはなぜ?
……とやっていると、終わりません。
そこで、この作品のタイトルです。
Pacta sunt servanda.
――約束は守られなければならない。
難しく考えなくても、約束を使って関係を作るなら、 「約束したものは守る」がないと困る ということです。
第一章では、その感覚を国同士の話から始めず、小二郎の遅刻まで持ってきました。
一度約束を破られたら、次はちょっと疑いますよね。「今度は本当に来る?」「ちゃんと覚えてる?」と確認したくなる。
LINEで、いつも遅刻する友達に、
「明日、忘れてないよね?」
と念押しする、あの感じです。
一回くらいならいいんです。
でも、それを毎回やるのは面倒ですよね。
次もその人と付き合っていくなら、約束したことは、できればちゃんと約束として扱ってほしい。
国同士になれば規模も利害もまるで違いますが、 約束を守ってもらえないと、その次の約束まで面倒になる というところは、案外近いんです。
《俺とセンセの条約》
第一章の終盤で、小二郎と成瀬は、次に会う日と場所を紙に書きます。
二人で話して決めたことを、あとから確認できるように残しておくわけです。
そこで小二郎が、
「これは俺とセンセの条約やな」
と言います。
もちろん、本当の意味での条約ではありません。
成瀬も、
「法律の言葉としては違うよ。私たちは国じゃないから」
と止めています。
ただ、二人がやっていること自体はとても分かりやすくて、 誰と誰が、何を約束したのかを決め、それをあとから確認できるようにしておく というものです。
第一章では、条約の難しい説明から入るより、まず、
「約束を作るって、こういう感じだよね」
というところに触ってもらうことにしました。
もちろん法律上は別物ですが、この感覚からなら、国際法の条約にも少し近づきやすくなります。
《主語を取ってみると、案外近い》
結局、第一章でやっていたのは、だいたいこんなことです。
国際法は、国家とか国際社会とか、大きな言葉で語るとすごく遠く見えます。
でも、その大きな言葉をいったん取ってみると、約束したなら守ってほしいし、誰かと約束したからといって別の人までその約束に入るわけではない。みんながやっているからといって、それだけで決まりになるわけでもありません。
こうして並べてみると、
そんなに変な話じゃないですよね。
第一章最後の Renovatio pacti も、その流れで置きました。
最初に決めた約束が、事情が変わってそのままでは守れなくなったのなら、「もう知らない」で終わるのではなく、
じゃあ、今度は守れる約束にしよう。
と、もう一度決め直す。
私は、国際法ってこういうところが面白いと思っています。
国家、条約、外交、国際社会と、言葉だけを見るととても大きいのに、その中で考えていることまで降りてみると、 「あ、この感じなら知ってる」 というものが結構あるんです。
『Pacta sunt servanda』でやりたいのも、国際法を簡単なものにすることではありませんし、国家同士の関係と私たちの日常を同じものにすることでもありません。
ただ、大きくて遠く見える国際法と、私たちがもう知っている感覚を、物語でつないでみたい。
第一章では、そのために小二郎を遅刻させ、鞘当てを使い、最後には二人で紙を書いてもらいました。
だいたい、そんなことをしています。
そして、ここまで読んで、
「いや、そもそも国家って何なの?」
と思った方。
はい、そこです。
小二郎も第一章で、
「国いうんは、藩みたいなもんか?」
と聞いています。
幕末の藩は国家なのか、幕府はどうなのか。そもそも、国際法は誰に向かって働くものなのか。
この辺は忘れていませんし、むしろ、この物語では後々かなり大事になるところなので、もう少しだけ待っていてください。
今回はここまで。
第二章では、江戸を離れた二人が、今度は手紙で言葉を重ねていきます。
会えなくても、顔が見えなくても、それでも相手の言葉を信じながら、その先の約束を作っていく。
二人のPactaは、まだ始まったばかりです。
では、補講はここまで。
また本編で、小二郎と成瀬に戻りましょう。
――――Sequitur.




