友人のようなふりをして近づいてくる~こんなときはどうする~
とある方に捧ぐ、お題小説。
若干違うかもしれない
惨めだ。
それでも何故か諦め切れない自分が嫌いだ。
いったい何度裏切られれば諦めがつく?
一体どれだけ涙を流せば、自分を赦せる?
あと何回、こんな苦しみを味わえばこの負の無限回廊のような感情から開放される?
きっとこんな醜い感情は一生消えやしない。
なにしろこれは自分自身が望んだ道なのだから。
相賀峰 諒太は、ごくごく一般的な商社の営業部に勤める会社員で、営業成績はよくもなく悪くもなく、これもいたって普通レベルである。
だが、周囲の人間に彼を評価させたのならば、彼は有能だと断言されるであろう。
何故ならば、普通というのは簡単なようで簡単ではなく、ましてやノルマが必要とされている営業売り上げが下回ることがないということは、実は実は非常に珍しく、難しいことなのだから。それをぽんやりとした印象しか与えない、黒い縁の眼鏡と、目が見えないくらいの長い前髪がトレードマークの相賀峰はのんびりとした口調で「誰にでも出来ることだよ」と口元だけで微笑む。
普通ならば彼は営業部と言わず誰からも無視され冷たくされるだろうが、生憎と彼は愛すべき社員と位置付けられている。
――否、むしろ哀れな雛鳥ともいえよう。
今日も今日とて彼は、敵わない恋心を秘め、彼の想い人がいる総務へと出向く。
その際、心なしか彼の臀部に犬の尻尾のようなものが見えたとしても、心配はいらない。むしろ正常といえよう。
さて、そんな彼に想われていると噂されているのは、総務の華とも言える秘書課に属している海町 愛華、23歳である。
彼女はふわふわとした綿菓子のような甘い印象の女子社員であることに加え、常務の娘でもあることから、誰にでもわかるように縁故就職である。
彼女と付き合い、結婚が出来たのならば将来は役員の椅子は約束されるようなもの、と、見目麗しい野心溢れる男性社員は、一度は彼女に声をかけるのだが、ヘタレ兼雛鳥、もしくは子犬とほぼ全社員から思われている相賀峰は、一度も声をかけられないで、彼と同期入社である柴崎 彩乃28歳に、声をかけるのが精いっぱいである。
ちなみに彼女自身は既に予約済みであり、相賀峰とは友人だと本人は思っている。
「あら、相賀峰くん、どうしたの?」
「おはよー、彩乃さん。実はね、専務に接待ゴルフに誘われてたんだけど、その日の用事がキャンセルになったので、お付き合いできますって返事をしに来たんだけど...、あれ...?専務なんだか疲れてる?」
首をコテッと、傾げる彼はとても三十路手前とは思えない幼さで、秘書室でお茶をすすりながら黄昏ている専務の姿に何度か目を瞬いてみせた。
しかし彩乃は特に何も反論することなく、実はね、と専務の疲れている事情をつらつらと無表情で語る。
「昨日娘さんの保育園で運動会があったのよ。そこでカッコイイパパとしてのの姿を見せたかったんだろうけど、ほら、専務って結婚が遅かったから、周りのパパたちと年齢が違うから、娘さんに『ぱぱは死んじゃったのよあのヒトはおじいちゃん!!』って、言われたって悲しんでらっしゃるの」
ここまで上司の個人情報をペラペラと暴露しても許されているのは、偏に彼女の執務能力の高さにある。
彼女がいなければ経営陣に名を連ねる役員たちは、スケジュールが過密すぎて最悪の場合過労死してしまう可能性があるほど忙しい。
そんな状況を何とかしているのが、誰であろうお局と陰で呼ばれている柴崎女史だったりする。
そのせいか、彼女は結婚が決まっていても中々退社届けが上層部により受理されない。むしろ受理したくないと、懇願されている現状。
勿論、柴崎女史とて後任は育ててはいるが、彼女ほど完璧にスケジュール調整は出来ていない。
仮に彼女が1週間ほど休んだとしよう。
見える未来は限りなくイラついている上層部と、会社を罵りまくっている社員のSNSだ。
相賀峰は彼女の薬指に輝くそれを見てみぬふりをして、今日もうんうん、と、人の良い笑みを浮かべ、柴崎女史の話に耳を傾ける。
☸ ☸ ☸
...人のことを会話の題材にしておきながら、奴は決して聞いてはいないだろう。
そう思いつつも、ズズズッと温かいお茶をすする男は、哀れな子羊たる有能な秘書を哀れみ、また、そんな彼女を狙っているオオカミには、ある種の畏敬の念を向けられずにはいられないでいる。
彼女には相思相愛だと思っている婚約者がおり、彼女が彼に向ける感情を友情だと理解しているだろうに、諦めずに何年も彼女の傍にいる。
実情を知らぬ社員が見れば、想い人に声をかけられずに、けど一緒の空間にいたいから同期の柴崎と会話しているのだと見受けられるであろう。
しかし、そんな男ならば吐いて捨てるほどいるが、彼は違う。
彼は生粋のハンターだ。
何度も何度も想い人(柴崎)が婚約者と喧嘩して別れるそうになる度、喜び、そして関係を修復するたび傷つき、涙を流しているか。
以前、男は彼に聞いてみたことがある。
彼女を諦めるつもりはないのかと。
すると彼は滅多に見せぬ珍しい色の瞳を晒し、はっきり断言したのである。
――俺が、俺である為には彼女が必要なんです。
諦めるつもりなんかありませんから。
その時、男は決めた。
決して彼の敵には回らないでおこうと。
その為なら、役員の権力使うことなんて造作もなければ、罪悪感すら湧かない。
男はすっかり冷めたお茶を飲みつつ、哀れで仕方ない部下と、執念深い部下を片目に、暫く熟考するのであった。
友人のようなふりをして近づいてくる人物がいたら、自分なら果たしてどうしているだろうかと。
願わくば、両者にとって好ましい未来が開けるように、ただただ、ひたすらに願うのみである。




