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「単なる思い付き、ってだけじゃあの堅物を納得させられないぞ?」
顔立ちだけなら二枚目の軍曹は、手にしていた本を机に置くと振り向いた。
……結局、二人が中隊長に提案する前に相談に行ったのは、苦手なアルベルト・シモネット軍曹のところだった。
コンスタンツァよりフィオリーノがやや引き気味なのは、部下だからというだけでなく、初対面の時、アルベルトが彼のことを書面上で男と認識していながらも、興味深そうに視線を向けてきたからである。
そっちの趣味も他意もないのは幸いというか当然のこととして、実際、過去に何度も間違われて危ういことがあったのだ、とある日フィオリーノはコンスタンツァに語った。間違っててもいいとかいう輩もいたそうだから災難だ。コニーはこれから多少お金に余裕ができそうだからと、シャンプーの種類を聞こうかと思っていたがそれをやめた。
それでもアルベルトの所に行ったのは、要するに逆説的に、彼が全く軍人らしく(怖く)なかったからである。
「思い付きといいますか……まだ案の段階です。細かい部分は、これから練り込みたいです」
「俺も悪くない案だと思ってるよ」
背筋をピンと伸ばしたコンスタンツァの緊張を解くように、彼は軽く笑った。
「ただ、一回ではいおしまいってワケにいかないだろ?
続けるんならどういう規模で、どういう頻度でするかは何となくだけでも決めといた方がいい。材料の計算に、調達にだって人手も金もかかる。
パティシエにリストランテの経営者の真似事を押し付けるつもりはないけど、一年間毎食100人にフルコースの提供っていうのが無理なのは解るよな?」
「はい」
コンスタンツァと、フィオリーノは素直に頷いた。よしよしとアルベルトが二人の頭を撫でる。女性というより、子ども扱いだ。
「それに、君たち二人の本業はあくまで菓子の指導だっていうことも忘れないでくれよ。……ちょっと待ってくれ」
アルベルトは机に向かうと、紙にペンでさらさらと何事か書いて向き直った。
「これ書いてやったから、よく考えてから埋めてきな」
二人は顔を見合わせてから、受け取って覗き込んだ。そこには、期間や場所、提供する対象、計画に必要軍人の人数、メニューなどなど、計画の実行に必要そうな事項が並べられていた。
コンスタンツァは顔を上げると、にこやかなアルベルトの顔と紙の上の文字を見比べた。軽そうな口調の割に几帳面な文字だなと思うが、問題はそこではなくて……。
「これって、あの、ここにいたんじゃ……分りませんよね?」
サント・アンセルモの街中の場所や、そもそも街の住人がどういった暮らしをしているのか。案を話した時点で助言がもらえるのではないかと思っていたが、アルベルトはあくまで自分に書かせるようだと分って、コンスタンツァは密かに緊張した。
到着後受けた説明からして、コンスタンツァもフィオリーノも、外出禁止されてこそいないが、望ましいこととも思われていないようだった。
任務が軍人の指導という基地内で済むもであることと、治安上の理由だと、クラウディアは言っていた。
以前アルベルトから聞いた街が領土となった経緯や、セバスティアンや教会の少女の態度のように、街の住民は決して軍に友好的とは思えなかった。そんな中で軍に協力する一般人を見付けた時、どんな態度を取られるか分からないからだろう。暴力を振るわれる事が無いにせよ、心無い言葉を浴びせられ続けて、モチベーションが低下したら困るとでもいうのが理由だろうが……。
考え込んでいると、頭の上から明るい声が降ってきた。
「――さぁ、デートといきますか」
「……はい?」
思いもかけない返答に、思わず語尾が上がる。
「別に外に行っちゃいけないっていう訳じゃないだろ。理由なんて社会科見学でも、食文化研究でもいい。怖いお姉さんから外出許可貰うから」
アルベルトは立ち上がると傍らの鞄に必要そうなものを詰めると、肩にかけてさっさと歩き出そうとする。
「ま、待ってください!」
「待って、って……何か困ったことでも?」
目を心持ち丸くして意外そうなアルベルトの顔には何も含むようなところがないように見えた。
「だ、だって、夕食の準備もありますし……」
「今朝と昼と同じものだろ、問題ないよ。クラウディアと……トニーだったか、仕切るのが上手いあいつに任せておけばいいって」
「急にそんな言われても、みんな予定だってあると思いますし、任せるって、来たばかりなのにそんなこと無責任じゃ……」
「ちゃんとした理由があるだろ? 時間だって、これから一年間あるんだし、今日半日くらいなんてことないだろ」
腕時計を見て、ああ今午後一時か、と今にも出かけたそうに呟く。
「でも、やっぱり急すぎます。アルベルトさんだってお仕事があるんじゃないですか?」
「あー、いいっていいって。俺の仕事の半分は君たちの手助けだからさ」
「でも、急すぎます。それにもう少し情報をここで得てからだって遅くは……ない……」
理由をあれこれ頭の中から拾おうとしたコンスタンツァだったが、言葉からはみるみる勢いが失われていった。何故自分は反論したいのか、理由を思い当たって、彼女は口を噤む。
コンスタンツァとしても外出して確かめたい気持ちはある、が、少し先延ばしにしたかった。誰かと外出すれば、自分が以前外に行ったことが、態度でバレる……隠し通せないのではないかという理由がひとつ。
もう一つの理由は、実は怖気づいている自分がいることに気付いたからだった。
(あの、乾いた手の人にまた会ったら。また、セバスティアンに会ったら。私はどんな顔をすればいいんだろう?)
俯くコンスタンツァに、横から優しい声が聞こえた。
「……コニーさん、大丈夫だよ。むしろこれってチャンスなんじゃないかな?」
フィオリーノが少し困ったように見ているのは、彼女が余程心細そうに見えたからだろう。
「僕たちだけじゃなくて、アルベルトさんでも来てくれるなら安心だと思うよ」
「俺でも、って中々ヒドイこと言うな」
アルベルトは苦笑して、短く切ったアッシュブロンドの髪をかいた。
「道案内とでも思ってくれればいいさ。実際のところ俺の方が着任が早かったからな。道に迷う心配がないだけマシだろう?」
「……はい」
コンスタンツァは頷いた。動きはやや鈍かったが。
彼にしたってヒマではないだろうに、手伝ってくれるというのだから、行為を無下に断ることもできなかった。それに確かに、フィオリーノの言う通りだと思った。
三人がクラウディアのところへ外出許可を取りに顔を出すと、彼女はテーブルから顔だけ上げて、それならシメオン神父の方が適任だ、と言った。
「要するに炊き出しなのだろう?」
「あれ? 嫉妬してる? もしかして俺とデートしたいの?」
クラウディアはアルベルトの軽口に眉をひそめてこれ見よがしに溜息を吐くと、机上の電話を取った。
「二人はまだ神父とは顔を合わせていなかったな。今日は特に予定も入っていなかったはずだ。彼ともう一人、アルベルトより街に詳しい人間を同行させよう」
そうして彼女は内線をかけると、シメオンともう一人、マウロという名の男性を呼び寄せた。
シメオン神父は落ち着いた雰囲気の三十代半ばの男性で、いわゆる従軍司祭だと自己紹介した。
「フィオリシェルゴ軍では、少なくとも連隊に一人司祭が従軍しているのですよ」
元々はどこの街にもいる神父だった彼は、教会の意向もあって軍属となったのだと言った。
「軍属といっても武器を取って戦うわけではありませんよ。お二人と同じく特殊な立場です。仕事の殆どが、ミサを執り行うことですから」
シメオンは、穏やかで抑揚の少ない話し方をする人だった。彼が銃を持たない、と知ってコンスタンツァもフィオリーノも少しばかり親近感を覚える。
一方マウロの方は、二人とも指導の関係で知っていた。背が低くまるまると突き出た腹に、どこか傍観者的な、世捨て人のような雰囲気を漂わせている男性だ。そのせいでとても二十代には見えなかった。下手をするとシメオンよりも老けて見えたかもしれない。
「よろしく頼むな、二人とも。俺でも役に立つといいなぁ」
にかっと明るく笑った彼も、アルベルトやシメオンと同じく、その雰囲気と体型から軍人らしくない男性だった。もしかしたらクラウディアはそんな雰囲気も考慮に入れたのかもしれない、と思い至ったのは、二人が帰宅して後の事だったが。
「さて、基地の外だ、軍服は脱いでおいてくれ。無暗に住民を威嚇することもないだろうしな。
……それからついでと言っては何だが、寄ってきて欲しいところがある」
「どこですか?」
「これが街の地図だ、今印を付ける」
アルベルトが案内しなくても済むようにはなっていたらしい。クラウディアが寄越したのは街の地図で、中央広場の近くにペンで赤い小さな丸印が付いていた。
「丸い看板が目印の老舗の雑貨屋だ。食料品も扱っている。この前代替わりして、王都帰りの息子が後を継いだんだが。もし炊き出しをするなら、そこで食料その他の仕入れについて相談してみてくれ」
コンスタンツァが、何故急にそんなことを言い出すのか、と思い当たらず首を傾げると、クラウディアは相変わらずの不愛想な表情のまま疑問に答えた。
「単純に、ここの軍人が世話になっているというのもあるが、民間を潤すというのも税金の使い方なんだ。軍曹、分かっているとは思うが――」
「解ってますって、あの商人の店には行きませんよ」
肩を竦めて応えるアルベルトに、コンスタンツァは思わず声を上げる。
「あの、その商人って、もしかして……」
「何か知っているのか?」
「あ、え、いえ……お店が他にもあるのかな、って思いまして」
コンスタンツァは慌てて言い直した。
(危ない危ない。まだ知られるわけにはいかないんだった)
クラウディアは何か聞きたげな表情を一瞬したが、
「もっと大きな店は他にもある。が、君が行って愉快な思いをする店ではないだろうな」
とだけ言うと、大よそ埋めた外出許可書にサインを書かせて、五人を送り出した。




