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満州に咲いた命  作者: 月羽めい
第三部 文化大革命
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第二十四章 別れ、そして新たな出会い

正恵が六歳になった春。

冷たい冬が終わり、町には少しずつ花が咲き始めていた。

それでも水上家の暮らしは相変わらず苦しかった。

一新は毎日靴を磨き、新潔は新聞配達へ向かう。

静香は家事と祖母の介護、そして幼い正恵の面倒を見ながら母を支えていた。

清子も市場で野菜の皮を選別する仕事や、近所の洗濯を請け負い、一日中働き続けていた。

家族は誰一人、楽をする者はいなかった。


そんなある日のことだった。

近所の少女が息を切らしながら家へ飛び込んできた。

「清華さん!」

「秀蘭おばさんが倒れた!」

その名前を聞いた瞬間、清子の顔色が変わる。

「秀蘭さんが……?」

清子は仕事を放り出し、急いで秀蘭の家へ走った。


秀蘭。

それは、両親を失い、日本人であることを隠して生きていた清子へ、初めて手を差し伸べてくれた女性だった。

「今日から私の娘として生きなさい。」

そう言って偽りの戸籍を用意し、中国名の李清華として生きる道を与えてくれた。

食べ物を分け与え、住む場所を与え、娘のように叱り、娘のように愛してくれた。

清子にとって、もう一人の母だった。


部屋へ入ると、秀蘭は布団に横たわっていた。

頬は痩せ、呼吸は浅い。

それでも清子を見ると、優しく微笑んだ。

「……清華。」

その呼び方だけは、昔と変わらない。

清子は布団の傍らへ膝をついた。

「お母さん……。」

自然とその言葉が口からこぼれた。

秀蘭はゆっくりとうなずく。

「その呼び方が……一番嬉しいよ。」

清子は秀蘭の手を握った。

その手は、昔よりずっと細く、小さくなっていた。


「覚えているかい。」

秀蘭が静かに話し始める。

「初めて会った日のことを。」

清子は涙を浮かべながらうなずく。

「忘れるわけありません。」

「私は何日も食べていなくて……。」

「道端で倒れていました。」

秀蘭は懐かしそうに目を細めた。

「死んだような顔をしていた。」

「でも、その目だけは生きようとしていた。」

「だから私は、この子は生きなきゃいけないって思ったんだ。」

清子は声を殺して泣いた。

「お母さんがいなければ……。」

「私は、とっくに死んでいました。」

「子どもたちも生まれていませんでした。」

秀蘭は首を横へ振る。

「違う。」

「生きたのは、お前が強かったからだ。」

「私は少し背中を押しただけ。」


そこへ静香たちも駆けつけた。

静香は秀蘭の前へ静かに座る。

「おばあちゃん。」

秀蘭は微笑む。

「静香。」

「もう、こんなに大きくなったんだね。」

静香は涙をこらえながら答えた。

「おばあちゃんには、たくさん良くしていただきました。」

秀蘭は首を振る。

「いいや。」

「私が救われたんだよ。」

「お前たちの笑顔に。」

一新、新潔、正恵も布団の周りへ集まる。

秀蘭は一人ひとりの顔を見つめた。

「みんな……。」

「仲良く生きるんだよ。」

「どんなに苦しくても、人を憎んではいけない。」

「助けてもらった恩は、今度は誰かへ返しなさい。」

それは、秀蘭が生涯をかけて貫いた信念だった。


日が傾き始めた頃。

秀蘭は最後に清子を見つめた。

「清華。」

「もう、自分を責めなくていい。」

「日本人だから、中国人だから。」

「そんなことは関係ない。」

「お前は私の娘だ。」

その一言に、清子の涙が溢れた。

「……お母さん。」

「ありがとうございました。」

「本当に、ありがとうございました。」

秀蘭は静かに微笑んだ。

「幸せだった。」

「娘ができて。」

それが最後の言葉だった。

秀蘭の手から、ゆっくりと力が抜ける。

部屋は静寂に包まれた。

清子は秀蘭の胸へ顔を伏せ、子どものように泣き続けた。

「お母さん……。」

「お母さん……。」

何度呼んでも返事はなかった。


葬儀の日。

大きな棺ではなかった。

豪華な花もなかった。

それでも多くの近所の人々が集まった。

「あの人には助けてもらった。」

「あの人は優しい人だった。」

そんな言葉があちこちから聞こえた。

清子は棺へそっと手を添える。

(あなたが守ってくれた命は、今ここにいます。)

(私はこれからも、この子たちを守り抜きます。)

そう心の中で誓った。


秀蘭を見送ってから数か月後。

清子は市場で働く知人から、一人の青年を紹介される。

「真面目で働き者の青年だよ。」

その青年の名は、黄来真。

静香より五歳年上の青年だった。

その出会いが、やがて静香の人生を大きく変えることになる。

しかし、この時の静香はまだ知らない。

その結婚が、愛から始まるものではないことを──。

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