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参頁:『会話』

 颯爽と歩く"その人"は、自分の後方から着いてくる少年の方をチラチラと見ていた。また、少年もその視線に気づいていた。


「あ、の、どうかしましたか…?」

歩くペースが速くないか確認しているのか、それとも何か別の理由か。真意は少年には分からないが、その視線に耐えかねて少年は問う。


「あ、いや、その…。怖くはないのか?」

ちょうど視線を向けたタイミングで聞かれて驚いたのか、"その人"は辿々しく答えた。自分が異様な存在であると自覚している彼は、そんな自分に何故この少年が着いてきてくれるのか理解できなかった。


「怖いって感情はないと思います…。自分でもよく分からなくて…。あ、さっき色々あったせいで頭が混乱はしているせいですかね。」

と、少年は少し笑いながら答えた。だが少年は、山道に突然現れた異様な存在に案内され、易々と着いていっている現状を割と理解していた。

 目の前の"その人"に救ってもらわなければ、きっと最悪な事になっていたあの苦しみの正体。そしてその苦しみを吹き飛ばし、救ってくれた目の前の恩人。少年には大体見当はついていた。


 それは、世間で言う非科学的なもの。幽霊や妖怪、神様などの類。つまり、少年の"その人"への第一印象と同じで、アニメや漫画などの題材によく使われるものだ。

 アニメや漫画などではなく、現実でこのような場面に出会したならば普通、逃げ出すのだろうか。それとも受け入れ、対話を試みるのだろうか。そして感情になるのか。少年はわからなかった。

 だが少年は対話を試みた。少年は自分の目に映る"その人"を悪い人などと思えなかったのだ。


「状況の理解が追いついていないのか…。まあ、ゆっくり整理するといい。あ、もし状況の理解が追いついて、私を怖いと感じたならば逃げ出していいからな。追いはしない。」


と、少年の前を歩きながら言う"その人"。その視線は前を向いているので表情は伺えないが、先程まで歩くたびに動いていた彼の尻尾のようなもの、否、尻尾だろう。尻尾が少し下がった気がした。

 これは、なんて返すのが正解だろう。と返答を迷い俯いていた少年より先に"その人"が話し出す。


「見えてきたぞ。」


 その言葉を聞き、少年は顔を上げる。すると数メートル先に赤色の鳥居が見えた。


*****


 鳥居の手前まで来ると、境内に入る前に少年の前を歩く"その人"は立ち止まり、少年の方を振り返り、こう言った。


「ここから先の境内は人の世と時間の流れが違うからここでも良いか?」


人の世と時間の流れが違う。少年はその意味を大方理解した。おそらく浦島太郎的な話ではないだろうか。境内で過ごした時間と実際に経った時間が合わないのだろう。いざ帰ろうとしたら100年経っていました。なんて事は困る。


「大丈夫ですよ。ここに座ってもいいですか?」

と、少年は鳥居の手前にある今自分が立っている15段ほどの石段に座っても良いか尋ねる。


「ああ、構わない。」


そう言われ少年は腰を下ろす。それを見た"その人"も少年より3段上に腰を下ろした。

 石段のひんやりとした冷たさを服の上から感じながら少年は思った。『気まずい。』

 腰を下ろしてから二人して一言も発していない。何を話すべきか。少年は考えた。


「あ、あの、案内してくれてありがとうございます。静かでとてもいい場所ですね。」


とりあえず礼を言う。感謝されて嬉しくない人などいないだろう。そもそも人ではなさそうだが。


「気に入ってくれたのなら良かった。敷物も何も無くてすまない。私は普段あまりここから出ないから、私物が少ないんだ。」


「ここから出ないって事は、ここに住んでるんですか?」


 少年はあたりを見回すが、街灯もない。日が沈んでしまったら何も見えなくなるほど暗闇になるだろう。流石に不便ではないのか気になり少年は問う。


「ここって街灯も無いし、日が沈んだら真っ暗になりますよね多分…。そんな中どうやって過ごしてるんですか…?」


 多分、いや確実に人ではないとはいえ、何も見えなくては安易に立ち歩くと足場も悪いので転けてしまうのでは?と少年は思った。


「確かにこの山は日が沈めば闇に包まれる。それもほとんど何も見えないほどにな。」


やっぱり。


「だが、あの鳥居から先、境内は日が沈まないんだ。厳密に言えば、外の世界が朝だろうと昼だろうと夜だろうと関係なく常に夕方のような明るさなんだ。まあ簡単に言えば時が進まん。」と、10段ほど上に構える鳥居の方を振り返り言う。


 人の世と時間の流れが違うとはそう言うことか、と少年は理解した。境内に入れば時の流れは止まるが、一方外では普通に一分一秒と進んでいるわけだ。だが少年は、いつでも夕陽が見れるのは少し羨ましく思った。


「あの境内は"時間"という概念がない。だからお前のような人間が入ると時間の感覚が無くなり、自分が立ち入ってからどれほど時間が経っているのか、何分、何時間、何日、滞在しているのか、分からなくなってしまうぞ。」


「それはちょっと怖いです…。でも常に夕方なら、いつでも夕陽が見れて良いですね。」


夕方の景色や明るさが好きな人からすればとても羨ましいだろう。だが、いくら時間の概念がないと言っても長い間見ていれば見慣れてしまい、飽きてしまうのだろうか。


「嫌いな時間では無い。まあこの生い茂っている木々のせいで夕陽などほとんど見えないがな。」


「確かにそれはそうですね。」


そう、二人は笑い合う。

客観的に見ればとても異様な光景だろう。人ならざる者に神社へ招かれ、石段に腰をかけ会話をしている。 だが、こんな不思議な体験をしている少年は不思議と恐怖を感じなかった。現状を理解してないわけではなく、何より心の底から楽しいと思っていた。この村に越してきて、祖母以外の誰かと話すのは初めてだったのだ。


 一人になりたくて少年はこの山に立ち入ったが、誰かと話すのも悪くないと思えていた。

そういえば、


「貴方の、名前を聞いてもいいですか?」


お互いに名乗っていないことを思い出した。初対面ならば、学生なら自己紹介、社会人なら名刺交換など、名乗るのは大事なことだ。


「名前か…。すまんが、名乗るような名が無いんだ。」


「名前がないんですか?」

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