肆頁:『名前』
人は、大抵の人が生まれながらに名前を持つ。血縁者などの自分以外の誰かに名付けられる。
だが人以外、端的にいえば人ならざる、この世の者ではない存在はどうなのだろうか。出生はそれぞれで違うだろう。
例えば、妖怪には個々に名称がある。有名なのは"座敷童子"や"猫又"、"ろくろ首"などだろうか。でもこれらは彼らの名前ではなく、役職みたいなものだ。"人間"に一人一人名前があるように、彼らにも一人一人名前があるだろう。
だがもし、役職以外の名前を持ち合わせていない者がいるとしたら?それはあまりにも悲しいことだと少年は思った。なので、
「無いなら僕が考えてあげますよ。」
「は?」
「あ、いや、すみません…。知り合ったばかりの僕に決められるなんて嫌ですよね、ただ、名前があれば貴方を呼ぶ時に、楽かなって…。」
軽率な発言をしてしまったと少年は反省した。よく考えれば、知り合って数分の奴に名付けられるなんて嫌だろう。
「いや、少し驚いただけで、嫌ではないのだが…。その、私なんかに名を与えてくれるのか…?」
「僕なんかでよければ考えますよ。それに、名前があると色々便利ですし。」
嫌ではなかったのだと安心し、再度提案をする。
「そうか…、感謝する。適当でいいからな。」
「ちゃんと考えますよ。」
大抵の人が産まれたら名前を身近な人に与えてもらう。どのように育ってほしいか、どんな子になってほしいか。そんな意味を込めて周りは名付ける。
ならば人以外はどうだろう。例えばペットなどの動物。彼らはある程度育ってから飼い主に見つけてもらい、飼い主が名前を決めるのがほとんどだろう。名前の例として、白い犬に"シロ"と名付けたり、三毛猫に"ミケ"など、毛並みなどの"見た目"から連想してつけることもある。これは産まれてすぐは周りと違う目立った特徴がない人間の赤子にはできない名付けの仕方だ。
そしてこの人の場合はどうだろう。人間の赤子のように周りと見分けがつかないわけではない。というかそもそも人間ではない。ならば見た目から連想してつけるのが最適だろう。
少年は考える。見た目。彼は髪や衣服などが白かった。何より少年の目に初めて映った彼は、影が錯覚して白く見えるほど全体的に白かった。白い影。ああそうだ、
「白影。なんてどうですか?ほら、貴方全体的に白っぽいし…。」
「白影…。」
「あ、いや、気に入らなかったらまた別のを考えますよ。」
「いや、気に入った。感謝する。"白"という響きは嫌いじゃない…。これから私の事は白影と呼んでくれ。」
「はい、白影さん!」
思ったより気に入ってくれたようで、少年はホッとした。
「ところで、お前の名も聞いてよいか?」
「あ、ごめんなさい言い忘れてました。朔って言います。」
相手の名前を聞いておいて、自分が名乗っていない事を忘れていた少年、改め朔は慌てて名乗る。
「朔か、良い名前だな。」
「ありがとうございます。」
お互い名乗り、少し親密になれた気がして朔は嬉しかった。何より、白影と話すと心が落ち着く気がしたのだ。
「そういえば、その、神様か何かなんですか…?聞いていいのかわからなくて…、でも気になってて…。」
見た目は確実に人間ではない。頭から髪と同じ白色の毛並みの猫のような、狐のような耳が生えている。
「ああ、神様ではない。もっと下等な存在だ。そうだな、妖怪みたいなものだ。」
「妖怪…。」
「そうだ。この山には妖怪たちが暮らす里がある。人間は辿り着けないがな。」
「そんな場所があるんですか?!初耳…、あれ、でも白影さんはこの神社に住んでるんですか?」
妖怪たちが暮らす里があるならば、そちらに住んだ方が便利なのではないか、と朔は思った。なぜこんな人気のない神社に一人で住んでいるのだろうか。
「あの里に住めば確かに楽かもしれない。店を営む者もいるからな、雑貨屋や修理屋なんてのもあった気がするぞ。」
「じゃあどうして…。もしかしてこの神社に住まなきゃいけない理由でもあるんですか?」
何か、神社から離れられない事情でもあるのだろうか。
「いや、単に私は人混みが苦手なだけだ。」
「へ?」
「あの里はここらの妖怪がほぼ全て集まっているからな、人が多い。」
「妖怪も人酔いとかするんですね…。」
思ったより単純すぎる理由で拍子抜けしたが、同時に少し面白かった。
やはり朔は、白影と話すのを楽しんでいた。何より、表情はあまり大きく変化しないが、とても優しい眼差しを向けてくれるのだ。朔の母が朔へ向けてくれた眼差しのような。
「そういえば、右目、怪我でもしてるんですか?」
眼差しで思い出した。初対面から少し気になっていた事があった。それは長めの前髪で隠れている彼から見て顔の右半分。そよ風が吹き、前髪が少し浮くたびに赤茶色の傷跡が見えていた。
「ああ、これか。火傷跡みたいなものだ。昔、ちょっとな。右目もほとんど見えんのだ。」
そう、自身の前髪を手で上げながら白影は言う。右目を中心に、広がるように火傷跡がある。それに、右の瞳は赤っぽい瞳の左とは違い、白くなっている。まつ毛も所々欠けている。
「そうなんですね…。あ、でも、僕も生まれつき左目の色素が薄いんです。だから昔から自分の目があまり好きじゃなくて…。」
朔は生まれつき左目の色素が薄かった。そのため、周りの視線を気にして生きてきた。クラスメイトから冷やかしを受けたり、面識のない教員からはカラーコンタクトを疑われたりもした。そのためか、朔は人と目を合わせるのが苦手になっていた。
そんな朔に母は、気にする事はないんだよ。それに、お母さんは朔の目、好きだからね。と、朔が悩むたびに言ってくれた。
だがそれでも朔は気にしてしまっていた。目をあまり出さないように前髪を短くせず、人と会話する時はやはり、目を逸らしてしまっていた。
「自分の目を見られてると思うと、人と目を合わせづらくて…。」
「そうか。まあ、周りと違う箇所が自分にあると、気にしてしまうものだ。そうだな…、チャームポイント?と思えばいい。それに、片目の色が違うのなら、私と同じだな。お揃いだ。チャームポイントって言葉の使い方合ってるか?」
言葉遣いが正しいか小声で問う白影。
「合ってますよ。そうですね、チャームポイント…。確かに良い考えだと思います。これも僕の魅力、そうこれからは思うようにして、あまり気にしないようにします!白影さんと"お揃い"ですしね。」
そう、"お揃い"という単語を少し強調し、朔は言った。もしかしたら、自分と同じ特徴の人を探していたのかもしれない。朔はこの"お揃い"という言葉に強く、胸を打たれた。




