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壱頁:『白い影』

 誰も覚えていない、忘れ去られた神社。何年も前の地図には神社としての印が表記されていたが、いつの間にかそれは消え、もう誰も行き着かない神聖な場所。所々が欠け、苔が生えている鳥居や祠。本来、神の境界の印や小さなお社であるそれらが廃れた状態になっている。そんな手入れはおろか地図から表記が消され、信仰が一ミリも感じられない神社に何百年、何千年と住み着いている(あやかし)がいた。


___それは、人の姿を忘れかけている一匹の妖狐。

彼はかつて、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)に仕えていた。

 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は、古来より食物や稲を司る神として知られ、五穀豊穣や商売繁盛のご利益をもたらす存在である。さらに白狐を神使として従え、伏見稲荷大社をはじめとする全国の稲荷神社の主祭神として広く信仰されていた。

 そしてこの妖狐はかつてその御神に仕える数多の白狐のうちの1匹であった。主である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)に名をもらい、神使としての役目を全うしていた。

 だが、ある事をきっかけに(あやかし)へと転じ、今は彼の名を呼ぶ者もおらず、ただ静かに時の流れに身を任せ、この神社と共に在り続けている。何かを、何者かを待ち続けているのだろうか。


*****


 風は止み、木々は揺れず、音のない境内で廃れたお社に背中を預ける妖狐はふと木々が生い茂る空を見上げた。

「__いる。」

それは、時々感じる気配。濁りきった重たい"穢れ"。汚れなどの洗えば落ちる物理的な不潔とは違い、強い悲しみや怒りなどの感情、嘘や不正な行い、死や病気などの、人や世界の歪みが形になった水などでは決して洗浄できない不浄なもの。それが珍しく、人の気配と共に、この山の中を彷徨っていた。

 生い茂る木々のせいか、常に薄暗いこの山は、小さな穢れのみが漂う事はよくあったが、今回は人の気配がする。進む速度は速くはないが、妖狐が感じ取るその気配は、やはりあまりにも不自然でどこか歪だった。


 妖狐が住まう神社があるこの山は、麓に村があった。栄えているわけでもなく食物に困っているわけでもない、人口の少ない平凡な田舎村。子供らは元気で大人やお年寄りは愛想のいい人ばかりだが、木々が生い茂りほとんど日光が差し込まず、街灯もない危険なこの山に足を踏み入れる者はそうそういなかった。


 なのに、今こうしてこの薄暗い山の中を、穢れの気配と共に歩く者がいた。人がこの山に立ち入る事は滅多にないので、人の気配に混じる穢れを感じるのはかなり久々だった。だが、妖狐が住まう廃れた神社はかなり奥に進まないと辿り着けないので、ここに穢れが入り込む心配はないと考えていた。


 だが、妖狐の考えは甘く、人間とその気配に混じる穢れは、この神社に少しづつ近づいてきた。村の者ですら、行きつかないこの神社に向かってきているのは偶然か、それとも何かの縁か。

 どちらにせよ、自分の住処に穢れが入り込むのは厄介だと思い、妖狐は対処するべくゆっくり立ち上がる。わざわざ自分からその穢れを祓いに行くのは、自分の住処であるこの忘れ去られた神社を守るためだけなのか。それとも___もう必要のない己の役目を果たすためか。


*****


 薄暗く、ほとんど舗装がされていない山道を歩いている一人の少年がいた。誰かに頼まれたわけでもなく、目的地があるわけでもない。それでも立ち止まらず、引き返そうともしなかった。ただ前へ前へと枯れ葉や小枝を踏みしめながら進んでいた。

 手入れがほとんどされず、忙しなく生い茂っている木々のせいで、昼間にも関わらずとても薄暗い。そんな薄暗い山道をひたすら歩く少年は、当たり前のように不気味さを感じていた。鳥の鳴き声もほとんどせず、風も吹いていないのだ。その不気味さのせいか、冷や汗と寒気が止まらない。だが、やはり引き返したくなかった。どこか開けた場所で日が沈む前まで過したかったのだ。


 しばらく歩いたが、開けた場所など一向に見当たらない。開けるどころか、どんどん暗さが増している気がした。とても不気味だが、それが引き返す理由にはならなかった。なぜなら少年は元々、明るい場所より暗い場所を好み、昼間より夜が好きだったからだ。特に、幼い頃から星空が好きで、少年は彼の母親と共によく夜空を見上げていた。だが少年の隣で共に夜空を眺める母親はもういない。


 どれくらい歩いたのだろうか。「ちょっと気持ち悪いな...。」少し足場の悪い山道を、止まらずに歩いてきた少年には着々と冷や汗と寒気が増していた。さらに、歩いている最中に昔の事を思い出したせいか、少し気分が沈んでいた。

 その妙な寒気に耐えられなくなり、足を止める。


すると__


ぞわり。と背筋を何者かになぞられるような冷たいものが少年の背中を走った。見えない危険な"ナニカ"が真後ろにいる。そう、少年の本能が告げていた。おそるおそる背後を確認する。と、そう上手くはいかない。金縛りのようなものが少年の身体の自由を奪っていた。動けないことを良いことに背後の"ナニカ"が足に絡みついてくる感覚を少年は味わった。それは徐々に上へと這い上がってきた。


 正体不明のその"ナニカ"が少年の胸あたりに達する頃には少年は立っているのがやっとだった。それが徐々に這い上がってくると同時に、だんだんと肺あたりを鷲掴みにされているような感覚がしたからだ。

 そしてその"ナニカ"が胸に達した今、呼吸が上手く出来ず、酸素不足で視界が歪んでいた。今まで味わったことのないその苦しさに反射的に身体が動き、必死に振り払おうとする。が、見えない。何も。少年の目にはなにも不審なものは映らなかった。それでも苦しさは増していく。


 歪んだ視界で状況を把握するべく辺りを見回す。すると、自分の影が異様に長くなっていく気がした。今は昼間だ。太陽が真上にいるにもかかわらず、影が長い。視界が歪んでいるせいだろうか。そんな事を考えている間にも、酸素不足による苦しみは増していく。

 ついには足に力が入らず、膝から崩れ落ちてしまった。頬で土臭さを感じながら、少年はこの森に入った事を後悔した。

 瞼が重くなり、意識が途切れようとする。


__そのとき


しゃん、と。

どこか澄んだ音が響いた。次の瞬間、閉ざされかけててた少年の視界に白い影が映った。と同時に強い風が生まれる。柔らかく、それでいて確かな力をもった強風が少年に纏わりついていた"ナニカ"を吹き散らす。

「ナぜ、なゼ、あやカしの分際でェ...ソのちからを...」

そんな少年には意味不明な言葉を残し、それは塵の如く消えていった。


 それが消えた途端、苦しかった胸の締め付けが嘘みたいに取れ、澄んだ新鮮な空気を吸えるようになった。少年は、この世の全てを吸い付くそうと言わんばかりに呼吸をする。ぼんやりと歪んでいた視界も正常を取り戻し、異様に長く感じた自分の影も元通りになっていた。


 今の一瞬の出来事を整理しようとしている少年の耳に枯れ葉や小枝を踏みながら進む足音が後方から聞こえた。さっきの風を巻き起こしてくれた白い影だろうか。あの"ナニカ"を吹き散らすほどの強風を巻き起こした原理はわからないが、あの耐え難い苦しみから解放してくれたあの白い影は紛れもなく少年の命の恩人だ。

 こんな山奥で白い服なんて汚れてしまうだろうに。などと考えながら、少年は先程とは違い、身体の自由が効き、軽くなった身体を起こし、足音のする方向を向く。

 するとそこには、現代では絶対に見ない真っ白な古風な服を身にまとった人が去っていく後ろ姿が見えた。


 

"物語を作る"という好奇心を抑えられず、とうとう作ってしまいました。初投稿の1話目、しかも初めて作る物語が妖怪、そして特定の神様や神事などの割とマニアックな内容でいいのか?とは思います。誤字脱字等が多いと思いますが、楽しんでいただけると作者が幸せになれます。

 

追伸:ちなみに前述のように割とマニアックで分かりずらいにも関わらず、日本の伝説を内容のモチーフにしたのは、100%私の趣味です。

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