プロローグ『神使から堕ちし白狐』
"この作品を読む"を押してくださった貴方に多大なる感謝を。そんな貴方の好みかは分かりませんが、文章構成力が乏しいながらも、キーボードに穴を開ける勢いで執筆していた作者を救うと思って読んでくださると幸いです。
それは、まだ彼が“白”であった頃の話。
人間社会となった現代とは違い、妖怪が活発に活動し、神様という存在が深く信仰されていた千年ほど昔の京都で彼は生きていた。
その時代は、山そのものが神域とされ、神様は自然に宿る存在として知られていた。そして、人には見えず、常に薄暗く静かで、時の流れが人とは違う稲荷山の奥深くの神域に、とある神様がいた。その御神は、白狐を眷属に持ち、彼ら白狐は神使として仕えていた。
そしてその数多の白狐のうちの1匹であった彼は、神に仕えるものとして、人々に恵みをもたらす存在として、誰よりも人間の幸せを願っていた。豊かな文明を築き、日々様々な成長を遂げていく彼らのために、日々役目を全うした。
とある日、そんな彼が住まう山奥の神域に人の子が無遠慮に踏み入ってきた。
「ねえ、きつねさま」と、彼を呼び止めた声は、とても幼かった。
彼ら白狐の本来の姿は、一般的な狐よりも一回り大きい真っ白な狐だが、人と関わる時や人の世に降りるときは、真っ白な毛並みの耳や尻尾という神の使いの白狐の特徴を残したまま、人型になっていた。
幼い子供や、死が近い人などは偶然人ならざるものを見てしまう事があるため、大きな狐などきっと驚かれてしまうだろう。という心優しい彼らの気遣いだった。
そして今もこうして、彼は人の気配を感じ取り、人型に早替わりをした。だが本来、神の使いである彼は人の子に関わるべきではなく、尋ねてきた、又は迷子になったこの幼子を人の世へ返す必要があった。神々とは住む世界が違う人間に、情を移しすぎてはいけなかったのだ。
それでも、
「しっぽふさふさだ。これすき!」
と、いくら人型でも完全な人間ではない自分の存在を怖がらず、何の躊躇いもなく自分の尻尾にしがみつき、無邪気な笑顔を見せてくれるその人の子を、彼はどうしても拒むことができなかった。
一度は掟に従い、人の世へ送り届けたものの、数日でまたこの山奥に迷い込んできた。いや、尋ねてきたのかもしれない。だが、この神域は人には見えない作りになっており、その幼子がもう一度その神聖な地に足を踏み入れる事は出来なかった。それでも、その幼子は何かを気に入ってしまったのか、
「きつねさま、きつねさま、どこにいるの?」
と、声量は大きくないが、確かな意思を持った声で、何度も何度も彼を呼んでいた。
本来、感情が薄く、基本的に無口で落ち着いている白狐達だが、元々他の白狐より感情が豊かであった彼は、自分を何度も呼ぶその声に、応えてしまった。
数日おきに尋ねてくるその幼子と彼は、山を少し降り、見通しが良い開けた神域の外で、色々な話をするようになった。好きなもの、嫌いなものという定番の質問から、近くに生えている草花で花冠を作る遊びなどをした。
やがて、日々は重なり、言葉を交わし、彼には小さき友人ができた。そしてその距離はあまりにも容易く縮まっていく。
___だから、気づくのが遅れた。
「……きつね、さま」
ある日、いつもの場所でいつものように待っていた彼を呼ぶその幼い声は、震えていた。
出会った当初より一回り大きくなったが、まだまだ小さい白い手には、黒く濁った“何か”が絡みついている。
"穢れ"だった。
強い悲しみや怒りなどの感情、嘘や不正な行い、そして死や病気などの、人や世界の歪みが形になった触れることすら許されないもの。人の世に溜まったこれらの穢れを祓うのが、神使としての彼の役目だった。
けれど彼は、目の前の怯える存在を安心させようと迷わず手を差し伸べた。触れる前に祓ってしまえば問題ないと考えたのだ。
「大丈夫だ、こっちへおいで。」
そう、彼は最大限、優しい声を意識して言った。
彼が持つ祓の神通力は、祓う対象がある程度近くにいないと使えなかった。なのでこちらへ呼び、範囲に入ったら、触れる前に祓うつもりだった。
穢れに侵された彼の小さき友人が一歩、また一歩と、重い足取りで彼に近づく。そして祓の範囲に入った。
『よし』
と、範囲内に入ったことを確認し、能力を発動___。しようとした。だが思わぬことに、彼が神通力で穢れを祓う時に巻き起こす強風が吹く前に、目の前の救うべき幼子は、彼に飛びついてしまった。彼はその行動に驚き、そして飛びつかれた勢いにより、2人は倒れ込む。恐怖ゆえの行動だったのだろうか。
___その瞬間。
世界が、歪んだ。
そして幼子に絡みついていた穢れは侵食の勢いを増していた。その勢いに小さな身体は耐えられず意識を失い、彼の身体の上で生き絶える。そしてその穢れは容易く、彼の内にも流れ込んでくる。拒むことも、祓うこともできないほどに。
甘く考えていた。人間の恐怖心を甘く見てしまった。
神の使いである自分が穢れに触れてしまった時のことを考えていなかった彼は、強く、強く反省した。それと同時に、甘い考えを持ち、神使でありながら目の前の小さな存在を救えなかった自分を憎んだ。だが、その感情さえも、穢れの糧となり、神使としての自分の存在が崩れていく感覚を味わった。
彼は、友人が好きだと言ってくれた自分の尻尾や耳、そして髪などの毛先が黒く濁っていくの感じながら、あの日、自分を呼ぶ声に応えてしまった事を後悔した。だが、あの無邪気な笑顔を見ることができて良かったとも思った。
けれど、人間に情を移してはいけない神使の彼にとって、
それすらも、罪だった。




