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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第一章 あそこへ

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第六話 本気のトス


 ゲーム形式の練習が終わり、監督から休憩の声がかかった。


 怜奈はコートを出ると、壁際に置いていたボトルを手に取った。


 さすがに、高校生同士で行う普段の練習よりは強度を落としていた。それでも、中学生を交えたゲームは思っていた以上に面白かった。


 特に、今日体験に来ている3人。


 神崎凜、水瀬千尋、速水美緒。


 そこへ中等部の黒川伊織まで混ざると、数本に1度、妙なことが起きる。


 最初は偶然だと思った。


 けれど、途中から違うと分かった。


 あの4人は、何かを試している。


「監督!」


 体育館の端まで響く声に、怜奈はボトルを傾けたまま顔を上げた。


 案の定、凜だった。


「休憩中、ボール使ってもいいですか!」


「他の練習の邪魔にならないところなら、いいわよ」


「ありがとうございます!」


「ちゃんと休憩もしなさいよ」


「はい!」


 返事だけを聞けば完璧だった。


 ところが、凜はそのままボールかごへ向かい、千尋も当然のようについていく。伊織は呆れた顔で何かを言っていたけれど、その手には既にボールがあった。美緒に至っては、いつの間にか3人のところへ合流している。


「……あの子たち、休憩って言葉を知ってるのかな」


 隣で、同じ1年の瑞穂(みずほ)が笑った。


 由梨がボトルから口を離し、あっさりと答える。


「凜と千尋は知らないよ」


「言い切るんだ」


「あの子たちは、緊張というものを知らないから」


「さすがに、それは言い過ぎじゃない?」


「私、小学校の頃から2人を見てるんだけど?」


 そう言われると強い。


 沙耶まで笑いながら、4人の様子を眺めている。


「でも、楽しそうじゃん」


「沙耶はそればっかりだね」


「楽しいのが一番でしょ?」


 由梨と瑞穂が、揃って「まあね」と返した。


 怜奈は3人の会話を聞きながら、4人の動きを追っていた。


 千尋が2年生の先輩たちのところへ行き、何かを頼んでいる。やがてネット際にいた3人が笑いながら移動を始めた。


 新年度から最上級生となる、現在の2年生たちだ。


 次期キャプテンを務める御子柴(みこしば)先輩と、副キャプテンになるアウトサイド。それから、ミドルブロッカーの先輩。


 3人がネットの向こう側へ並んだ。


「ブロックに入ってもらうんだ」


 瑞穂が呟く。


「休憩中に?」


「休憩中に」


 由梨が返した。


 ネットの向こうでは、御子柴先輩が腰に手を当てている。


「本当にやるの? あんたたち、さっきまでゲームしてたでしょ」


「やります!」


 凜が即答した。


「神崎さんじゃなくて、全員に聞いたんだけど」


「私も大丈夫です」


 千尋が答え、伊織と美緒も頷いた。


 御子柴先輩が呆れたように笑う。


「まあ、こっちも3枚ブロックの確認をしたかったから、いいけど。簡単には抜かせないからね」


「はい」


 伊織がボールを受け取った。


「じゃあ、読んで止めてください」


「……この中学生、可愛くないな?」


「褒めてます?」


「今ので、どうやったら褒められたと思えるのよ」


 千尋が吹き出し、ネットの向こうにいる先輩たちまで笑った。


 怜奈もつられて少し笑った。


 ただし、伊織を見る目だけは、そのままだった。


 さっきのゲームから、気になっていることがある。


「速水さん、最初はさっきと同じくらいで」


「Bパス?」


「うん」


「分かった」


 伊織が美緒へ指示を出す。


「凜は、普通にレフトから入って」


「普通って?」


「全力」


「いつも通りだね!」


「そう。千尋は――」


 そこで伊織が一瞬だけ考えた。


「凜の後」


「ああ、分かった」


 千尋は、それだけで頷いた。


 凜がすぐに振り向く。


「え、何?」


「何が?」


「私には『全力』だけで、千尋には『凜の後』って何?」


「凜は知らなくていい」


「なんで!?」


「知らない方が、たぶんうまくいくから」


「ずるい!」


「何がずるいのよ」


 伊織が呆れ、千尋が横で笑っている。


「千尋は何するの?」


「たぶん、こうかなっていうのはあるけど」


「教えて!」


「伊織が、教えるなって顔してる」


「してない!」


「してるよ」


「とりあえず、凜は本気で入って」


「分かった!」


 結局、それだけで納得するらしい。


「凜らしいなあ」


 由梨が笑った。


「何が?」


 瑞穂が聞く。


「考えるより先にやるところ」


「それでいいの?」


「凜は、その方がいいよ」


 伊織がボールを美緒に軽く投げ、美緒は伊織にボールを返す。


 返球は、伊織の定位置から少しだけ離れた。きれいなAパスではないけれど、十分に攻撃を組み立てられる位置だ。


 伊織がボールの下へ移動する。


 その瞬間、凜が助走を始めた。


「もってこーい!」


「練習でも言うんだ」


 瑞穂がクスっと笑う。


「昔から言う」


 由梨は慣れたものだった。


 凜が勢いよく踏み切る。


 ネットの向こうでは、御子柴先輩たち3人が一斉に反応した。これまでのゲームで、凜がどれだけ高く、強く打てる選手なのかは十分に見ている。


「神崎!」


「3枚!」


 両サイドが閉じ、ミドルもつく。二年生の先輩たちのブロックは壁のように高く、綺麗に揃っていた。


 凜の正面に、3枚のブロックが揃った。


 伊織は凜を見ている。顔も肩も、身体の向きも、完全に凜へ向いていた。


 そして、トスが上がった。


「高っ!」


 空中で凜が叫んだ。


「伊織、トス高い!!」


 手を伸ばしても届かない。


 ボールは凜の打点よりもさらに高いところを通り抜け、凜自身はそのまま床へ落ちていく。


「え!?」


 先輩たちの驚く声が耳に届いた。


 凜の落ちていくその後ろから、千尋が走ってきた。


「それ、私のボール!」


 千尋の声が響く。凜とは違う角度から外側へ回り込み、落ちてくる凜と入れ替わるように片足で踏み切る。凜は咄嗟に着地した位置から退いて、千尋のための場所を開けた。


 御子柴先輩たちは、既に着地へ入っていた。


 千尋の前に、ブロックはいない。


 流れながら跳んだ千尋の右手が、高いトスを捉えた。


 バチンッ!


 床へ叩きつけられたボールが、大きく跳ね上がる。


「私のじゃなかった!!」


 着地していた凜が、真っ先に叫んだ。


「今、気づいたの!?」


 伊織が笑う。


「だって伊織、私を見てたじゃん!」


「だから見るんでしょ! 凜を見なかったら、先輩たちも来ないじゃん!」


「私まで騙された!」


「凜まで騙せたなら、大成功だね」


 千尋が笑った。


「千尋は知ってたの!?」


「『凜の後』って言われただけ」


「それだけ!?」


「うん」


「なんで、それだけで今のになるの!?」


「なんとなく?」


「怖っ!」


「凜に言われたくないなあ」


 4人で笑っている。


 ネットの向こうでは、御子柴先輩がしばらく無言で、自分たちが立っていた場所と千尋を見比べていた。


「……今、私たち3人まとめて、中学生に遊ばれた?」


「そうだね」


 ミドルの先輩が笑う。ただ、その目が笑っていないのは一目瞭然だった。


「もう一回」


 御子柴先輩も笑いながらそう言った。まあ、同じく目は笑っていない。


「キャプテン、ムキになってる」


「なってない。ブロック練習だから」


「顔が怖いです」


「ブロック練習だから!」


 結局、先輩たちまで楽しそうに位置へ戻った。


「笑顔であれだけ暴れられるの、どうなってるのよ」


 瑞穂が笑った。


「だから言ったでしょ」


 由梨は肩をすくめる。


「あの子たち、緊張というものを知らないの」


「でも、今の千尋、普通に難しいことしてない?」


 沙耶が聞く。


「片足踏み切りの時間差。ブロードに近い動きだったね」


 怜奈が答えた。


「千尋って、ミドルの経験あるの?」


「本職ではないよ。でも、昔からああいうことをやる」


 由梨が説明する。


「『そこが空いてる』って思ったら、とりあえず行くの」


「それ、説明になってる?」


「千尋については、それが一番正確だと思う」


 怜奈はその会話を聞きながら、既に次の相談を始めている伊織を見ていた。


「千尋、今の、もう少し遅く入れる?」


「できるよ」


「じゃあ、半歩くらい遅く」


「トスは?」


「さっきより速くする」


「え?」


 今度は瑞穂が反応した。


「入るのを遅くするのに、トスは速くするの?」


 伊織には聞こえていない。


 千尋は少しだけ考えてから、「分かった。やってみる」と答えた。


「無理だったら言って」


「無理かどうか、まだ分かんない」


「じゃあ、やろう」


 伊織はすぐに美緒へボールを渡した。


 怜奈はボトルを口元まで持っていったまま、動きを止めた。


 2本目。


 美緒がボールを返し、凜が走る。


 今度は御子柴先輩たちも、凜だけではなく千尋の存在を意識している。伊織が上げたトスへ、千尋がさっきより少し遅れて回り込んだ。


「っ!」


 速い。


 千尋はぎりぎりで追いついて腕を振ったけれど、ボールはアンテナを叩いた。


「あー、速い!」


「千尋が遅い!」


「遅く入れって言ったの、伊織じゃん!」


「もうちょっとだけ早く!」


「どっちなの」


「半歩と4分の1!」


「細か!」


 失敗したのに、2人とも笑っている。


「もう一回」


「やる」


 そこへ、凜がすぐに割り込んできた。


「私も!」


「凜は、ずっといるでしょ」


「美緒は?」


「返す位置、変える?」


 美緒まで当然のように相談へ加わっている。


「じゃあ今度、もう少しネットから離してみたい」


「どのくらい?」


「50cmくらい」


「分かった」


「ちょっと待って」


 千尋が伊織を見る。


「それで、トスの速さは?」


「同じ」


「……面白そう。やろう」


 千尋がまた先輩たちのブロックを見る。


「普通、そこで嫌がらない?」


 瑞穂がとうとう声を上げて笑った。


「『いや、無理じゃない?』とか言わないの?」


「千尋は言わないね」


 由梨も笑う。


「凜と千尋って、昔からそうなの?」


 沙耶が聞いた。


「うん。どっちかが変なことを始めると、もう片方が止めるんじゃなくて、乗っかる」


「止める人はいないの?」


「いない」


「それは怖い」


「でしょ?」


 3本目。


 美緒は、指定された通り、先ほどより50cmほどネットから離れた位置へボールを返した。


 伊織が動いてトスを上げる。


 けれど、今度はボールが長すぎた。


「無理ー!」


 千尋が追いかけたものの、ボールはコートの外へ落ちる。


「伊織、長い!」


「速水さんの返球が、思ってたより遠かった!」


「指定通り」


 美緒が淡々と答える。


「じゃあ、伊織だ」


 千尋が即座に言った。


「なんで千尋まで、速水さん側なの!?」


「事実だから」


「次、どうする?」


 凜が聞く。


 失敗の反省会というより、完全に次の遊び方を相談している。


 ネットの向こうでは、御子柴先輩たちも作戦を変え始めた。


 というか、サインで何をしようとしているかまるわかりだ。


 声というもので意思の疎通をする中学生と違って、先輩方はサインで何をするか話し合っている。


「『次、千尋側に1枚残そう』ってとこかな?」


 御子柴先輩のサインを読んだ瑞穂が苦笑いをしながらそう言った。


「『凜を2枚に?』って驚いた顔しちゃったね」


 沙耶がミドルブロッカーの先輩のサインと表情を読んだ。


『それで見てみる』


『抜かれたら?』


『その時はその時!』


 先輩たちが楽しそうに言葉のない会話をする。


 ああいうサインでの会話は本当に参考になる。


 先輩たちの意思の疎通を見ながら少しだけ笑った。


「キャプテンも、だいぶ楽しんでますよね」


 由梨が呆れたように言う。


「ブロック練習だから!」


 どうやら、由梨の言葉が聞こえたのか、御子柴先輩が由梨に向けて叫んできた。


 4本目。


 今度は先輩たちが、千尋を警戒していた。


 凜が跳び、千尋も外側から回り込む。


 伊織は相手のブロックを見ると、ほんの一瞬だけ笑った。


 そして、普通に凜へ上げた。


「え?」


 千尋が止まる。


「よっしゃ!」


 凜は待ってましたとばかりに2枚のブロックへ打ち込み、外側の手を弾いた。


「アウト!」


「やったー!」


 凜が両手を上げる。


「伊織!」


 千尋が振り返った。


「私じゃないの!?」


「先輩たちが、千尋側に1枚残したから!」


「だから凜?」


「そう!」


「性格悪っ!」


「ブロックを見ただけでしょ!」


 ネットの向こうでは、御子柴先輩が頭を抱えていた。


「あー、そっちか!」


「読まれましたね」


「もう一回!」


「先輩まで休憩する気ないじゃないですか」


「うるさい!」


 体育館に笑い声が広がる。


 瑞穂がその様子を見ながら、ふと呟いた。


「来年、あれが入ってくるのかあ」


「まだ決まってないよ」


 怜奈が答えた。


 伊織は、そのまま高等部へ内部進学するだろう。


 けれど凜も、美緒も、千尋も、まだ青嵐へ来ると決まったわけではない。


「凜は、もう来る気満々だけどね」


 由梨が言う。


「速水さんは?」


「どうだろ」


「千尋は?」


 怜奈が聞くと、由梨は少し考えた。


「まだ迷ってるって言ってたよ」


「じゃあ――」


「来るよ」


 瑞穂が言った。


 怜奈が振り向く。


「千尋は来る」


 断言した割に、瑞穂は楽しそうに笑っていた。


「なんで分かるの?」


「たぶんだけどね」


「たぶんなの?」


「外れたらごめん」


「適当」


 瑞穂は笑ったまま、なぜか怜奈を見た。


「でも、怜奈が一番分かるんじゃない?」


「私が?」


「うん」


 瑞穂が顎でコートを示す。


 伊織が何かを言い、千尋が一度首を傾げてから、笑って助走位置を変える。凜はその横で「今度は私に来る?」と騒ぎ、美緒は次にどこへ返すのかを確認している。


「何が?」


 怜奈が聞く。


「ああいう顔」


 瑞穂の声が、少しだけ柔らかくなった。


「この人とやったら、もっといろんなことができそうって思ってる顔」


 怜奈は何も言わなかった。


「分かるでしょ?」


 瑞穂は、怜奈の対角だ。


 怜奈が新しいトスを試したいと言えば、一番最初に「やってみよう」と言う。合わなければもう1本。難しければ、どこを変えればいいのかを一緒に考える。


 自分でも少し無茶だと思って上げたトスに、瑞穂が追いついた時。


 顔を見合わせて笑ったことも、一度や二度ではない。


 瑞穂は千尋を見ながら、自分たちの話もしているのだ。


「一度、あんな顔でバレーができる相手を見つけちゃったら、なかなか捨てられないよ」


「……なるほど」


「でしょ?」


「でも、本当に来るかどうかは分からない」


「だから、外れたらごめんって」


 瑞穂が笑う。


 怜奈も少しだけ笑った。


 そして、もう一度伊織へ目を向ける。


 今度は、さっきよりも長く見た。


「……私」


「ん?」


 由梨が横を見る。


「伊織が本気のトスを上げてるの、初めて見たかもしれない」


「本気?」


 沙耶が聞き返す。


「伊織、いつも手を抜いてるの?」


「違う、違う」


 怜奈はすぐに首を振った。


「そういう意味じゃない。伊織はいつも真面目だよ。むしろ、ちゃんと考えすぎるくらい」


「じゃあ、何が違うの?」


 伊織は、今までだって上手かった。


 相手が誰でも、その人が打てる高さへ上げる。この人ならこのテンポ。この人なら、ここまで崩れても使える。ここから先は無理だから、少し高くする。


 それはセッターとして正しい。


 怜奈だって、同じことをする。


「伊織って、いつもは打つ人が打てるところまで、自分のトスを合わせてるんだよ」


「うん」


「でも、今は違う」


 ちょうど伊織がボールを上げた。


 高いトスへ向かって、千尋が外側から走る。


「もう少し!」


「高いって!」


「この高さで打ってほしい!」


「じゃあ次、私が早く入る!」


「それで!」


「もう一回!」


 失敗している。


 それなのに、伊織は安全なトスへ戻そうとしない。


 千尋も、簡単なトスを要求しない。


「千尋が打てるトスを探してるんじゃない」


 怜奈は言った。


「伊織が上げたいトスを上げて、千尋がそこまで来られるか試してる」


「……ああ」


 由梨が何かを納得したように笑った。


「それはまずいね」


「まずい?」


「千尋、そういうの大好きだから」


「どういうの?」


「正解が決まってないやつ」


 由梨は、昔から千尋を知っている人の顔で笑った。


「凜と千尋は、昔から変な化学反応を起こすからね」


「化学反応?」


「うん。凜が変なことを始めると千尋が乗るし、千尋が変なことを始めても凜が乗る。普通は、どっちか片方くらい止めるでしょ?」


「止めないんだ」


「止めない」


「最悪じゃん」


 瑞穂が笑う。


「でしょ?」


 由梨も笑いながら、コートへ目を向けた。


 伊織が新しいトスについて話し、美緒が「じゃあ、返す場所を変える」と提案している。


「……今日、さらに2人増えたっぽいけど」


「新人、怖すぎ」


 瑞穂が吹き出した。


「笑顔であれだけ暴れられるの、どうなってるのよ」


「だから、緊張というものを知らないの」


「それ、凜と千尋だけの話だったでしょ」


「もう4人とも、似たようなもんじゃない?」


 沙耶だけは、最初からずっと楽しそうだった。


「いいじゃん」


「沙耶は怖くないの?」


「全然」


「なんで?」


 沙耶はボトルを置いて立ち上がる。


「後輩があれだけ暴れるなら、私たちはもっと暴れればいいだけでしょ?」


 由梨と瑞穂と怜奈が、揃って沙耶を見た。


「何?」


「……こっちにも怖い人いたわ」


 由梨が言う。


「失礼だなあ」


 沙耶が笑った。


 コートでは、また次の1本が始まろうとしていた。


「速水さん、次はAパスで!」


「分かった」


「凜はいつも通り!」


「全力ね!」


「そう!」


「千尋、今度こそ外側から!」


「はいはい」


「先輩たち、お願いします!」


「今度こそ止める!」


 誰も休憩していない。


 中学生も、先輩たちも、みんな笑っている。


 その真ん中で、伊織がボールを見上げていた。


 怜奈は、その横顔を見つめる。


 こんな顔でトスを上げる子だっただろうか。


 今までの伊織は、誰かができるバレーを考えていた。


 今日は違う。


 自分がやってみたいバレーを考えている。


 そのトスへ千尋が走り、凜が跳び、美緒がボールをつなぐ。失敗すれば4人で笑い、すぐに次はどうするかを相談する。


 うまくいった時よりも、失敗した時の方が楽しそうに見えるくらいだった。


「……来年か」


 思わず声が漏れた。


「何?」


 瑞穂が振り向く。


「なんでもない」


 怜奈はそう答え、もう1口水を飲んだ。


 まだ、誰が青嵐へ来るのか、本当のところは分からない。


 それでも、ほんの少しだけ。


 怜奈も、来年のコートを見てみたいと思った。



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