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水瀬千尋はエースではない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第一章 あそこへ

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第五話 おもしろ過ぎる

「次、少しメンバー替えるわよ」


 短い休憩が終わる頃、監督の声に、コートの周りにいた選手たちが集まった。


 私はボトルの蓋を閉めながら立ち上がる。


 さっきまで私はBチームで、凜はAチーム。そして、午前中に挨拶した速水さんも、凜と同じAチームへ入っていた。


 158cmのリベロ。


 小さい。


 けれど、さっきから何度も、とんでもないボールを拾っている。


 九条先輩の強打を真正面で受けた時なんて、反対側にいた私のところまで音が聞こえた。それなのに、ボールはきちんとセッターへ返っていた。


「神崎はこっち」


「はい!」


 凜が元気よく返事をする。


「水瀬はそのまま。黒川も」


「はい」


「はい」


「速水さんは、リベロを交代してこっちへ入って」


「はい」


 速水さんがネットの反対側から歩いてくる。


「あ、美緒も一緒だ!」


 凜が嬉しそうに声を上げると、速水さんの足が一瞬止まった。


「……美緒?」


「うん!」


「いつから?」


「さっきから!」


「本人の許可は取った?」


 私が聞く。


「取ってない!」


「自信満々に言うことじゃないよ」


「駄目?」


 凜が速水さんを見る。


「…………」


 速水さんは数秒黙ったあと、諦めたように答えた。


「もう呼んでるし」


「じゃあ、いい?」


「……好きにすれば」


「やった!」


 押し切った。


 強い。


 こういうところだけは、凜は全国でも戦えると思う。


「千尋も美緒って呼べば?」


「私はまだ、速水さんでいいよ」


「なんで?」


「なんでって」


 今日会ったばかりだし、と答えようとしたところで、由梨先輩に呼ばれた。


「千尋、入るよ」


「はい」


「凜も」


「はい!」


「伊織、次もセッターね」


「……え」


 伊織が、ほんの一瞬だけ動きを止めた。


 由梨先輩はそれに気づかず、もう次の確認を始めている。


「前衛は千尋と凜とミドル。速水さんは後ろへ入って。これでやろう」


「はい」


「分かりました」


 私は横を見る。


 伊織が、まだ少しだけ変な顔をしていた。


「どうしたの?」


「……別に」


「今、由梨先輩に伊織って呼ばれてびっくりした?」


「してない」


「した顔だったけど」


「してない」


「みんな伊織って呼んでるもんね」


「そうだけど!」


「じゃあ、いいじゃん」


「……いいけど」


 妙に歯切れが悪い。


 もしかすると、私に「伊織でいい」と言ったことは、本人の中では少しくらい意味があったのだろうか。


 そう思ったけれど。


「千尋ー!」


「はいはい!」


 凜に呼ばれ、考えるのをやめた。


     ◇


 コートへ入る。


 前衛は、レフトに凜、センターに高校生のミドルの先輩、ライトに私。後衛には伊織と由梨先輩が入り、その後ろをリベロの速水さんが守る。


「伊織!」


「何?」


「私に上げて!」


「始まる前からうるさい」


「打ちたい!」


「それは見れば分かる」


「もってこーい!」


「まだボール来てない!」


 伊織は怒っている。


 でも、少しだけ笑っていた。


 相手チームからサーブが飛んでくる。


「来るよ!」


 速水さんが一歩動き、正面でボールを受けた。


 ぽんっ、と軽い音がする。


 きれいだった。


 ボールは真っすぐ、伊織のところへ返っていく。


「ナイス!」


 伊織がボールの下へ入り、凜とミドルの先輩が同時に助走へ入る。私もライトから開いた。


 伊織が一瞬だけ相手のブロッカーを確認する。


 トスが上がった先は――。


「凜!」


「よっしゃ!」


 レフトだった。


 凜が跳ぶ。


 相手のブロックは2枚。けれど、凜はその上から思いきり腕を振り抜いた。


 バンッ!


「っ!」


 後衛の選手が弾き、ボールが高く上がる。


「まだ!」


 相手がつなぎ、もう一度こちらへ返してきた。


「速水さん!」


「はい」


 今度は強打だった。


 速水さんが横へ飛び出し、打球の正面へ腕を差し込む。


 ぱんっ!


 ボールが上がった。


「うわ」


 思わず声が出た。


 打たれた方向を見てから動いたように見えた。それなのに、しっかり間に合っている。


「伊織!」


「はい!」


 伊織がすぐにボールの下へ入り、今度はセンターへ上げる。


「はいっ!」


 ミドルの先輩が速攻を打ち込んだ。


「ナイス!」


 全員で声を上げる。


「美緒、ナイス!」


「……うん」


 凜はもう、速水さんのところへ駆け寄っていた。


「今の、どうやって取ったの!?」


「普通に」


「普通じゃないよ!」


「打つ方向を見てただけ」


「すご!」


 凜が素直に感動している。


 速水さんは少し困った顔をしていたけれど、嫌そうではなかった。


     ◇


 何本か続けるうちに、私にも分かってきた。


 速水さんは、ただ反応が速いわけではない。


 相手の腕や肩、助走、打点まで見て、ボールが来る場所へ先に身体を向けている。それでも予想とは違う場所へ打たれたら、そこから改めて反応して、なお届く。


 ずるい。


「速水さん、すごいね」


 ラリーの合間に声をかける。


「何が?」


「ちゃんと間に合うところ」


「間に合わなかったら拾えないから」


「それはそうなんだけど」


「千尋、それ、凜と同じ会話になってる」


 伊織に言われた。


「私はもう少し知的に聞いてるよ」


「どこが?」


「美緒、すごい!」


 そこへ凜が割り込んでくる。


「ほら」


「……同じかも」


 私が認めると、速水さんがほんの少しだけ笑った。


     ◇


 同じローテーションのまま何本か続けたあと、再び相手のサーブになった。


 伊織は後衛。前衛には凜とミドルの先輩と私がいて、3人とも攻撃へ入ることができる。


「サーブ来るよ!」


 相手が打ったボールは、速水さんのところへ飛んだ。


 それほど厳しいサーブではない。きれいに返せるし、速水さんも当然そうすると思った。


 けれど。


 ぽんっ、と返されたボールは、ネットからほんの少しだけ離れた。


「あれ」


 ミスだろうか。


 いや、大きく崩れたわけではない。ただ、完璧なAパスよりも半歩ほどネットから離れている。


 Bパス。


 伊織が2歩動いて、ボールの下へ入る。


 相手のブロッカーを見る。


 私も見る。


 こういう時、相手は少しだけ安心する。


 ネットから離れれば、速攻は使いにくくなる。ライトへの速いトスも難しくなり、攻撃の選択肢は減ったように見える。


 そうなれば、困った時に使われるのは――。


「もってこーい!!」


 凜。


 うるさい。


 しかも、179cmのアウトサイドが本気で助走へ入っている。


 誰だって見る。


 私だって見るし、相手のブロッカーも当然、凜を見る。


 まず1枚。続いて2枚目が寄り、ついには真ん中まで凜の方へ動いた。


「うわ」


 3枚、きれいに揃った。


 凜は気づいていない。


 いや、たぶん気づいていても関係ない。本気で打つつもりでいる。


「伊織!」


 凜が最後の一歩を踏み込む。


 伊織の顔も凜へ向いた。肩も、視線も、すべてが凜を見ている。


 その瞬間、伊織の目がほんの少しだけ笑った。


 あ。


 違う。


 伊織の手が動いた。


 ボールは凜へ上がらない。


 ライト。


「――っ!」


 考えるよりも先に、身体が動いた。


 相手のブロックは3枚とも凜の方を向いている。


 こちらには誰もいない。


 助走へ入り、1歩、2歩と踏み込む。


 伊織からのトスは速い。


 それでも、間に合う。


「千尋!」


 踏み切り、思いきり腕を振り抜いた。


 バチンッ!!


 ボールが、誰の手にも触れないまま床へ突き刺さった。


     ◇


「っしゃ!」


 着地した瞬間、私は伊織を見た。


 伊織も私を見ている。


「ナイス!」


「ナイス!」


 声が重なった。


 そのまま互いに走り寄り、ぱんっ、と強く手を叩く。


「今の最高!」


「千尋、よく入った!」


「伊織が空けたんでしょ!」


「速水さんが――」


「うわあああ!」


「重っ!」


「凜!」


 後ろから凜が飛びついてきて、私と伊織をまとめて抱えた。


「何、今の!? 最高!」


「ちょっと、離して!」


「暑い!」


「3枚、全部私に来た!」


「嬉しいの、そこ!?」


「だって、すごくない!?」


「自分、ボールをもらえなかったんだよ?」


 伊織が言う。


「でも、点取ったじゃん!」


 凜は即答した。


「千尋、ノーブロックだった!」


「うん」


「めっちゃ気持ちいい!」


「打ったのは私だけどね」


「私も気持ちいい!」


「なんで」


 私も、伊織も、凜も笑っていた。


 そして、ほとんど同時に気づいた。


「……あ」


 少し離れたところで、速水さんがこちらを見ている。


 私は凜の腕から抜けると、速水さんの方へ向かった。


「速水さん!」


「何?」


 右手を差し出す。


「ハイタッチ」


「……なんで?」


「今の、速水さんからでしょ」


 伊織も隣へ来た。


「今のパス」


「うん」


「わざとだよね?」


「うん」


 やっぱり。


 伊織の顔が、ぱっと変わった。


「やっぱり!」


 そして、嬉しそうに笑う。


「このリベロっ! 性格悪い!」


「伊織が言う?」


「それ、私も言った」


「千尋は黙って!」


 凜までやってくる。


「美緒!」


 速水さんへ手を差し出した。


「ナイス!」


「……3人ともやるの?」


「やる!」


「やるでしょ」


「流れ的に」


「何、その流れ」


 速水さんは少し呆れた顔をした。


 それでも、差し出された私の手に、自分の手を重ねた。


 ぱん。


 次は伊織。


 ぱん。


「美緒!」


「はいはい」


 最後に凜。


 ぱんっ!


 4人で顔を見合わせた。


 凜は笑っている。


 伊織も笑っている。


 速水さんも、ほんの少しだけれど、さっきよりはっきりと笑っていた。


 たぶん、私も同じ顔をしていた。


 誰も口にはしなかった。


 それでも、この瞬間だけは、4人ともまったく同じことを考えていたと思う。


 ――おもしろ過ぎる。


     ◇


「……ねえ」


 聞き慣れた声に、私たちは揃って振り返った。


 由梨先輩が立っていた。


「何です?」


「何です、じゃない」


 由梨先輩が私たち4人を見る。


「今の、何?」


「私が打ちました」


「そこは見れば分かる」


「じゃあ、何が」


「その前!」


 由梨先輩が速水さんを見る。


「速水さん。今の返球、わざと?」


「はい」


「やっぱり!?」


 伊織が横から入ってくる。


「ですよね!」


「伊織は黙ってて」


「え」


「あとで聞くから」


「はい」


 まただ。


 由梨先輩から普通に名前で呼ばれて、伊織がほんの一瞬だけ変な顔をした。


 今度は、笑いそうになるのを我慢した。


「速水さん、なんであの位置へ返したの?」


 由梨先輩が聞く。


「さっき、反対側から見てたので」


「何を?」


「伊織を」


「私?」


 伊織が自分を指差す。


「うん」


 速水さんは淡々と答えた。


「ネットから少し離れても、センターを使ってた」


「……うん」


「ライトにも上げてた」


「うん」


「だから、伊織なら、あの位置からでも3人を使えるかなって」


「…………」


 伊織が黙った。


「きれいなAパスを返したら、相手も全部の攻撃があるって分かる」


「ああ」


「でも、少しネットから離れたら」


「選択肢が減ったように見える」


「うん」


「けれど、実際には減ってない」


「うん」


 伊織が、ものすごく楽しそうな顔になった。


「やっぱり性格悪い!」


「だから、伊織が言う?」


「バレーの話!」


「私もバレーの話をしてる」


「速水さんまで!」


「美緒、性格悪いの!?」


 凜が驚く。


「凜は、ちょっと黙ってようか」


「なんで!?」


 由梨先輩が額を押さえた。


「それで」


 今度は伊織を見る。


「伊織は、速水さんがそこまで考えて返したって分かったの?」


「ボールが来た時に」


「なんで?」


「ただ崩れたボールじゃなかったからです。ネットから離れてるのに、私が3人とも使えるぎりぎりの位置へ、きっちり来たので」


「それで、わざとだと分かった?」


「はい」


「……なるほど」


 由梨先輩が私を見る。


 嫌な予感がした。


「千尋」


「はい」


「なんでライトにいたの?」


「ライトだから」


「そうじゃない」


「空いたから」


「それも分かる」


「じゃあ、何です?」


「なんで、空く前から助走に入ってるの?」


「ああ」


 私は少し考えた。


「伊織が凜を見たから?」


「それだけ?」


「あと……」


 さっきの相手のブロックを思い出す。


「3枚、凜の方へ行きそうだったから」


「行ってからじゃなく?」


「行く前です」


「なんで分かるの?」


「凜だから」


「えっ」


 凜が振り返った。


「私?」


「179cmが『もってこーい!』って叫びながら、本気で跳ぶんですよ」


 由梨先輩を見る。


「行くでしょ」


「……まあ、行くね」


「でしょ?」


「ちょっと待って!」


 凜が割り込んだ。


「私、ちゃんと打つつもりだったよ!」


「知ってる」


 由梨先輩が即答した。


「凜だもん」


「どういう意味ですか!?」


「そこだけは、1ミリも疑ってない」


「なんかひどい!」


「褒めてる、褒めてる」


「本当ですか!?」


「半分くらい」


「半分!」


 また、みんなで笑った。


     ◇


 そこで終わっていれば、由梨先輩も、そこまで困らなかったと思う。


 問題は、私たち4人が今の1本で完全に調子へ乗ってしまったことだった。


     ◇


「次もやろう」


 伊織が言った。


「やる!」


 凜が即答する。


「何する?」


 私も聞く。


 速水さんは少し考えてから、相手コートを見た。


「同じことをしたら、もう読まれる」


「そうなんだよねえ」


 伊織も楽しそうに相手を見る。


「じゃあ次、速水さんは普通にAパスで返して」


「分かった」


「凜は、さっきと同じ」


「もってこーい?」


「それは別に言わなくてもいい」


「でも言う!」


「じゃあ、好きにして!」


「千尋は――」


「適当に合わせる」


「それが一番怖いんだよ」


「褒めた?」


「半分」


「由梨先輩の真似しないで」


 笛が鳴った。


「来る!」


 相手のサーブを、今度は速水さんがきれいなAパスで返す。


「伊織!」


「はい!」


 凜が走る。


「もってこーい!」


 相手のブロッカーが動いた。


 さっきは凜に3枚揃えた。その結果、私にノーブロックで決められている。


 だったら、今度は逆に凜を残すかもしれない。


 私はライトから相手の動きを見た。


 伊織も一瞬だけ、こちらを見る。


 よし。


 分かった。


 私は少し早めに助走へ入り――。


「凜!」


「え」


 本当に凜へ上げた。


「よっしゃあ!」


 凜が思いきり腕を振り抜く。


 バンッ!


 ボールが相手のブロックに触れ、コートの外へ弾かれた。


「ナイス!」


「伊織!」


 私は思わず叫んだ。


「何!?」


「私だと思った!」


「だから凜にした!」


「性格悪っ!」


「千尋が勝手についてくるからでしょ!」


「いいじゃん、決まった!」


 凜だけは大喜びだった。


「私も打てた!」


「はいはい、よかったね」


「何、その反応!」


「戻るよ!」


 全員で笑いながら、自分たちの位置へ戻った。


     ◇


「速水さん、今度は少し短め!」


「どのくらい?」


「さっきより半歩!」


「分かった」


「凜!」


「はい!」


「今度はセンターを使いたいから、思いきり跳んで!」


「分かった!」


「口に出すな」


 私が言う。


「あ」


 全員で相手コートを見る。


 完全に聞かれていた。


「……今のなし!」


 伊織が叫ぶ。


「もう聞こえてる!」


 由梨先輩が笑っている。


「じゃあ逆!」


 凜が言う。


「何が逆!?」


「分かんない!」


「分かんないのに言わないで!」


 相手のサーブが飛んでくる。


「来た!」


 速水さんが、指示された通り少し短めに返した。


 伊織が前へ走る。


「センター!」


 凜が叫ぶ。


「だから言うな!」


 相手のミドルブロッカーが、完全に中央を見る。


 伊織が咄嗟に身体をひねり、背中側へトスを上げた。


「千尋!」


「急!」


 慌ててライトへ入る。


 トスが少しネットへ近い。


「っ!」


 無理やり腕を振った。


 カンッ!


 ボールがアンテナに触れ、笛が鳴る。


「あー!」


 失点。


 1秒だけ、全員が黙った。


「近い!」


 最初に言ったのは私だった。


「千尋が遅い!」


 伊織も言い返す。


「伊織が低い!」


「急に変えたんだから、仕方ないでしょ!」


「美緒、ちょっと短かった!」


 凜が言う。


「言われた通り」


 速水さんが淡々と答えた。


「じゃあ、伊織が悪い!」


「なんで!?」


「だって、私がセンターって言ったもん!」


「凜がそれを言ったから変えたの!」


「じゃあ、私が悪い?」


「そう!」


「ごめん!」


 凜が大笑いする。


 私も堪えきれなくなった。


「何それ!」


 伊織まで笑い始め、速水さんも肩を揺らしている。


「……失点してるんだけど」


 由梨先輩の声がした。


「はい!」


 4人で揃って返事をする。


「反省は?」


「してます!」


「嘘つけ!」


 また笑った。


     ◇


 次は、速水さんのパスが少し長くなりすぎた。


「ごめん」


「無理!」


 ネット際へ流れたボールに、伊織が片手を伸ばす。なんとか自分たちのコート側へ上げ直そうとしたけれど、指先へわずかに触れただけのボールは、そのままネットへかかった。


「伊織!」


「今のは私じゃないでしょ!」


「美緒だよ!」


「うん。ごめん」


「でも、狙ったの?」


 伊織が聞く。


「狙った」


「じゃあ次、もう少し手前!」


「分かった」


 伊織が笑い、速水さんも小さく頷いた。


 その次は、凜が囮になろうとした。


 ところが、あまりにも露骨に助走を遅くしたせいで、相手のブロッカーが誰もついてこなかった。


「凜!」


「はい!」


「囮なの、ばればれ!」


「え!?」


「誰も来てない!」


「じゃあ打って!」


「トス来てない!」


「無理!」


 伊織が慌ててセンターへ上げたけれど、ミドルの先輩とタイミングが合わない。どうにか相手コートへ返すだけになり、今度は相手から強打が飛んできた。


 ドンッ!


「美緒!」


「はい」


 速水さんが拾う。


「まだある!」


 ボールは、またつながった。


     ◇


 なかなか、うまくいかない。


 それでも、ボールが床へ落ちるたびに、すぐ次の話が始まった。


「今の凜、演技が下手すぎ!」


「演技したことないもん!」


「しなくていいよ。凜は本気で打つ方が囮になるから」


「じゃあ、ずっと本気で打つ!」


「それはいつも通り」


「速水さん、さっきの返球、もう一回できる?」


「できる」


「今度は少しだけ内側」


「分かった」


「千尋は?」


「見て決める」


「それ、禁止できない?」


「なんで?」


「私の予定が、千尋のせいで変わるから!」


「変えればいいじゃん」


「……それもそうなんだけど!」


「伊織、楽しそう!」


「凜は黙って!」


「やっぱり楽しそう!」


「うるさい!」


 失敗しては笑い、また試す。


 今度は決まった。


「よっしゃ!」


「今の!」


「美緒、ナイス!」


「速水さん、最高!」


「伊織も!」


「凜、今の3枚連れていった!」


「私すごい!」


「そこだけ聞くと、何もしてない人みたい」


「千尋、ひどい!」


 次は読まれた。


「うわっ!」


 私のスパイクが、きれいに揃った2枚のブロックに止められる。


「拾って!」


「無理」


 速水さんが飛び込み、指先を伸ばす。


 けれど、あと少し届かない。


 ボールが床へ落ちた。


「あー!」


 また失点。


 それでも、伊織は笑っている。


「今、完全に読まれた!」


「伊織の顔じゃない?」


「違う! 千尋が早く入りすぎ!」


「じゃあ次、遅くする」


「それだと遅い!」


「細かいなあ」


「セッターだから!」


「美緒、次はどこへ返す?」


 凜が聞く。


「考える」


「いいね!」


「なんで凜が嬉しそうなの」


「だって、次は違うんでしょ?」


「たぶん」


「楽しみ!」


 速水さんが、今度ははっきりと笑った。


     ◇


「……あんたたち」


 由梨先輩が呟いた。


「はい?」


「今日初めて会った子、混ざってるんだよね?」


「はい」


 私と伊織が会ったのも今日。


 私たちと速水さんが会ったのも今日。


 凜と速水さんが会ったのも今日だ。


 それなのに。


「美緒、次はこっち!」


「分かった」


「速水さん、伊織の言うことを全部聞かなくてもいいからね」


「千尋!」


「美緒! 私に上がるように返して!」


「それは伊織に言って」


「伊織!」


「うるさい!」


 由梨先輩は、しばらく黙って私たちを見ていた。


「……怖」


「何がですか?」


「千尋と凜がこうなのは知ってる」


「こうって何ですか?」


 凜が聞く。


「うるさい」


「ひどい!」


「でも」


 由梨先輩は伊織と速水さんを見る。


「なんで今日会った2人まで混ざって、そんなに楽しそうなの?」


 4人で顔を見合わせた。


「……さあ?」


 私が答えた。


 本当に、よく分からなかった。


 ただ、1本拾ったら、その次に何ができるのか考えたくなる。


 誰かが動いたら、その次に空く場所へ行きたくなる。相手に読まれたら、今度は何をしようと思う。


 失敗すれば、もちろん悔しい。


 けれど、その失敗のおかげで、次に試したいことが増えていく。


「もう1本!」


 凜が言った。


「次は決める」


 伊織が言う。


「拾う」


 速水さんも言った。


 私は相手コートを見た。


「じゃあ、次は何する?」


 伊織が笑う。


「それを今から考えるんでしょ」


 笛が鳴り、4人で構えた。


 私たちは、まだ同じ学校の生徒ですらない。


 来年、本当に同じユニフォームを着ているのかも分からない。


 けれど、そんなことは今はどうでもよかった。


 成功しても、失敗しても、拾って、つないで、考えて、またやってみる。


 その繰り返しが、どうしようもなく楽しかった。


「来るよ!」


 ボールが飛んでくる。


 そして私たちは、また笑いながら次の1本を追いかけた。



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