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水瀬千尋はエースじゃない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

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第五十一話 赤点回避プリント

 翌日の放課後も、凜と美緒の赤点回避作戦は続いていた。


 空き教室の黒板には、数学の式が並んでいる。


 ただし、その内容は昨日よりさらにおかしくなっていた。


「じゃあ、沙耶先輩が3x人います」


「なんで昨日より増えてるの?」


 本物の沙耶先輩が黒板を見上げた。


 真帆は気にせず、その下へ式を書き足す。


「そのうち3分の1の沙耶先輩がブロックアウトを狙います。何人でしょう」


「x人」


 美緒が答える。


「正解です」


「待って。私が何人いる前提なの?」


「3x人です」


「そこを聞いてるんじゃない!」


 沙耶先輩の抗議をよそに、凜も自分のノートへ式を書き込んでいた。


「なるほど。3xを3で割るからxか」


「昨日までxを勝手に消してた人とは思えないね」


 感心すると、凜は得意げに胸を張る。


「沙耶先輩なら分かる!」


「私は数学教材じゃないんだけど!」


 隣では伊織が、美緒の問題を確認していた。


「じゃあ、4aと2aは?」


「6a」


「正解」


「おお……」


 思わず声を漏らした。


 昨日までは平然とaを置き去りにしていた美緒とは思えない。


「本当に入ってる」


「バレーだから」


 美緒は当然のように答えた。


「数学なんだけどね」


「でも、普通の数字より分かる」


 凜も頷く。


「沙耶先輩がいると分かる」


「私の存在、そんなに重要?」


「赤点回避には」


「嫌な重責背負わされてるなあ!」


 昨日、伊織から届いた『助けてください』という短いメッセージに何事かと思って駆けつけた怜奈先輩と、その怜奈先輩についてきた沙耶先輩は、今日も普通に勉強会へ参加していた。


 怜奈先輩は凜と美緒がどこでつまずくのかを見るのが少し楽しくなってきたらしく、問題集の余白に新しい例題まで作り始めている。


「じゃあ、これはどう?」


「何ですか?」


「沙耶1人につき、トスを上げる怜奈が2人必要です」


「なんで怜奈が2人必要なの?」


 沙耶先輩が言う。


「沙耶先輩がx人なら?」


「怜奈先輩は2x人」


 凜が即答した。


「正解」


「怜奈が2x人……」


 沙耶先輩が遠くを見る。


 怜奈先輩はすぐに気づいた。


「何、その顔」


「いや、いい世界だなって」


「私は嫌」


「なんで!?」


 勉強会なのに、数学以外の声の方が大きくなっている気もする。


 それでも、凜と美緒の正答率は確実に上がっていた。


 方法がおかしくても、結果が出ているならいいのかもしれない。


 そう思い始めた頃には、その噂がバレー部内へ一気に広まっていた。


     ◇


「ここで合ってる?」


 次の日の放課後、空き教室へ顔を出したのは瑞穂先輩だった。


 その後ろには皐月先輩もいる。


「何がですか?」


 私が聞く。


「1年生が変な数学やってるって聞いた」


「変な数学」


「沙耶が増えるやつ」


「誰がそんな広め方したの!?」


 すでに席についていた沙耶先輩が抗議する。


 瑞穂先輩は笑いながら中へ入ってきた。


「ちょっと見せてよ」


「瑞穂先輩って、勉強も普通にできそうですけど」


 そう言うと、瑞穂先輩は少し嫌そうな顔をした。


「数学だけは駄目」


「だけ?」


「だけ」


 妙にきっぱりしている。


「他は?」


「普通。数学だけ平均下回る」


「そんなピンポイントなことあるんですね」


「私が一番聞きたい」


 瑞穂先輩は椅子へ座り、真帆が作った問題を覗き込んだ。


「これなら分かるかも」


「じゃあ瑞穂先輩がライトから10本打って、決定率40%なら何本決まりますか?」


「4本」


「はい。じゃあ、打った本数をx本にすると、決まるのは0.4x本で――」


「待って。急に分かんなくなった」


「今まで分かってたじゃないですか!」


 思わず突っ込むと、瑞穂先輩は本気で困った顔をした。


「式になると駄目なんだって」


「逆じゃないですか?」


「私もそう思う」


 皐月先輩も隣へ座る。


「私はこの辺がちょっと怪しい」


「皐月も?」


 沙耶先輩が嬉しそうに振り向く。


「仲間じゃん!」


「沙耶よりはできる」


「なんでそこで私を刺すの!?」


 その少し後には、由梨先輩までやってきた。


「何か楽しそうだね」


「由梨先輩も危ないんですか?」


 聞くと、由梨先輩はじっとこちらを見た。


「千尋、私のこと何だと思ってる?」


「バレーの人」


「それは合ってるけど」


 まだ長時間立ち続けるのを避け、由梨先輩はすぐに椅子へ座る。


 見せてもらった小テストは普通に安全圏だった。


「ほら」


「ちゃんと取れてる」


「だから言ったでしょ?」


「じゃあ何しに来たんですか?」


「面白そうだから」


 そう言って、黒板に書かれた大量の沙耶先輩を眺める。


「これ最後、何人になるの?」


「増やさないで!」


 本物の沙耶先輩だけが切実だった。


 そして翌日には、綾香先輩や萌々香先輩をはじめとする3年生まで合流した。


「ここが噂の赤点対策本部?」


 綾香先輩が教室を覗き込み、その後ろから萌々香先輩が顔を出す。


「沙耶が増える数学ってここ?」


「だから、その噂の広まり方やめて!」


 沙耶先輩の抗議にも、もう誰も驚かない。


 気づけば、1年生から3年生までかなりの人数が机を囲んでいた。


 全員が赤点寸前というわけではない。


 分からない問題があれば聞く。


 得意な人が近くにいれば教える。


 それだけで、自然と小さな勉強の輪がいくつもできていた。


「真帆ちゃん」


「はい?」


 萌々香先輩が早速、真帆の隣へ椅子を持ってくる。


「これ分かんない」


「どこですか?」


「ここ」


 真帆が問題集を覗き込んだ。


「これは先にこっちの式を整理して――」


「お前、来ていきなり1年に聞くなよ」


 綾香先輩が呆れた声を出す。


「だって真帆ちゃん、100点なんでしょ?」


「だからって3年の問題を――」


「あれ?」


 少し離れたところで、楓先輩が首を傾げた。


「なんか答え合わない」


 真帆がそちらを見る。


「見てもいいですか?」


「うん」


 楓先輩のノートを覗き込んで、数秒。


「楓先輩、そちらは括弧を外し忘れています」


「あ、ほんとだ」


 楓先輩は何事もなかったように書き直した。


 綾香先輩が固まる。


「……お前ら」


「何?」


 萌々香先輩が振り向く。


「3年の威厳、どこにやった……」


「威厳で点数上がる?」


「上がらないけど!」


 そう言いながら、綾香先輩自身も赤ペンを握っていた。


 覗き込む。


「綾香先輩、それ何ですか?」


「萌々香の小テスト」


「採点してるんですか?」


「こいつ、自己採点すると勝手に部分点つけるから」


「だって途中まで合ってるもん」


「先生でもないのに自分で点数増やすな!」


 綾香先輩は答案へ赤を入れていく。


「……萌々香」


「はい」


「ここ違う」


「えっ」


「こっちも」


「うそ」


「あとこれ」


「そんなに!?」


 綾香先輩はしばらく答案を眺めたあと、真帆を見た。


「真帆」


「はい?」


「こいつも頼む」


「綾香!?」


 吹き出した。


 3年生の威厳は、どうやら綾香先輩1人では守り切れないらしい。


     ◇


「そういえば」


 真帆がふと顔を上げたのは、そんな勉強会がすっかり日常になった頃だった。


「先輩方、過去問って持ってませんか?」


 教室が静かになった。


 沙耶先輩が目を逸らす。


 皐月先輩も逸らした。


 瑞穂先輩は数学の問題集へ視線を落とす。


 由梨先輩は窓の外を見る。


 萌々香先輩は急にノートへ集中し始めた。


 楓先輩まで、何となく顔を背けた。


「……先輩たち?」


 思わず声を掛ける。


「ない!」


 沙耶先輩だけが堂々と答えた。


「堂々と言うことじゃないですよ?」


「終わったテスト持ってても点数増えないじゃん」


「増えるのよ。次の点数が」


 怜奈先輩が即座に返した。


「私はあるよ」


 鞄からクリアファイルを取り出す。


「私も」


 綾香先輩も別のファイルを机へ置いた。


 真帆の目が輝いた。


「見てもいいですか?」


「いいよ。去年のもある」


「卒業した先輩からもらったやつも」


 怜奈先輩も何年分か追加する。


 机の上に、過去の定期試験が並んだ。


 私も横から覗き込む。


「うわ、高い」


 怜奈先輩の答案は、ほとんど間違いがない。


 綾香先輩も安定して高得点だった。


 ただ、真帆が注目したのは点数ではなかった。


「あ」


「何?」


「間違えた問題、全部解き直してあります」


 答案の横には、途中式からもう一度解き直した紙が挟まっていた。


「怜奈先輩、毎回これやってるんですか?」


「うん。間違ったままだと、また同じところで間違えるから」


「綾香先輩も?」


「赤点取って追試で練習抜けるのが嫌だったから」


「結局バレーなんですね」


「大事でしょ?」


「大事です」


 そこは私も即答した。


 真帆は過去問を机いっぱいに並べると、1枚ずつ見比べ始めた。


 去年。


 一昨年。


 今年の小テスト。


 また去年。


「真帆、何見てるの?」


「出題傾向です」


「そんなの分かる?」


「この先生、同じ形式をよく使ってます」


 真帆が1問を指差した。


「これと、今年の小テストのこれ。数字が違うだけで解き方は同じです」


 伊織も近寄ってきた。


「あ、本当だ」


「この単元も毎年出てます。ここは配点も大きいですね」


「そこまで見る?」


 綾香先輩が少し引いている。


 真帆はさらに数枚確認すると、満足そうに頷いた。


「分かりました」


「何が?」


「バレーボールに変換します!」


 綾香先輩が眉を寄せた。


「何が分かったの?」


     ◇


 数学は、それでかなり何とかなりそうだった。


 凜も美緒も、小テストの28点と31点を見た時とは比べものにならないほど問題が解けるようになっている。


 瑞穂先輩も、式だけを見ると止まるくせに、問題文をバレーに置き換えると急に解けた。


「瑞穂先輩、これ昨日間違えてましたよね?」


「うん」


「今日は合ってます」


「この問題、ライトから何本決めたかにしたら分かった」


「本当に数学だけなんですね……」


「私も不思議」


 そんなある日。


 ふと気づいた。


「あ」


 伊織がすぐに振り向く。


「何、その嫌な『あ』」


「……英語は?」


 凜の鉛筆が止まった。


 美緒も止まる。


「「…………」」


「その沈黙やめて」


 伊織が額を押さえた。


「数学以外もあるんだよ?」


「分かってる」


 凜が小さく答える。


「英語は?」


「数学よりはちょっといい」


「どのくらい?」


「……ちょっと」


「具体的に言って!」


 美緒は英語の教科書を見ながら言った。


「英語は単語が多い」


「そうだね」


「知らない単語が出る」


「そういう教科だからね」


「困る」


「でしょうね!」


 伊織がまた頭を抱える。


 ところが真帆だけは平然としていた。


「じゃあ、英語もバレーボールにすればいいよ」


 振り向く。


「できるの?」


「やってみればいいでしょ」


 真帆は黒板へ向かい、チョークを取った。


 まず書いたのは、


 Rin hits the ball.


「凜がボールを打つ」


 凜がすぐに答える。


 次。


 Iori sets the ball to Saya.


「伊織が沙耶先輩にトスを上げる」


 美緒が読む。


 もう1つ。


 Saya is hitting the ball.


「沙耶先輩がボールを打っている!」


「正解」


 伊織は凜と黒板を交互に見た。


「なんでこれなら分かるの?」


「バレーだから」


「英語だよ?」


「バレーの英語」


「そんな分類ないから」


「ねえ」


 沙耶先輩が黒板を指差した。


「また私?」


「分かりやすいので」


 真帆が答える。


「数学でも英語でも私だけ働きすぎじゃない?」


「エースですから」


「そういうエースの使い方じゃないよね!?」


 そこからは、妙に早かった。


 receive。


 set。


 block。


 cover。


 approach。


 普段から使っている言葉を入口にすると、凜も美緒も驚くほど素直に覚えていく。


「美緒。receivedは?」


「receiveの過去」


「覚えたの?」


「さっき凜がレシーブしたから」


「普通の例文だと全然覚えなかったよね?」


「ボールがなかった」


 真帆が少し黙った。


「……本当にバレーなら入るんだ」


「だから言ったじゃん」


 得意げに胸を張る。


「最初に思いついたの私だよ」


「最初にやったこと、沙耶先輩の増殖だけどね」


 伊織が言う。


「大発明でしょ」


「発明された側は全然嬉しくない!」


     ◇


 定期試験が始まる頃には、机の上にかなりの量の紙が積み上がっていた。


 数学編。


 英語編。


 学年別。


 真帆が過去問から出題傾向を拾って作ったもの。


 怜奈先輩が確認したもの。


 伊織が難易度順に整理したもの。


 私たちがバレーに置き換えた例題。


 綾香先輩から借りた過去問。


「これ、名前つけた方がよくない?」


 凜が言った。


「何て?」


「赤点取らないためのやつ」


「そのままだね」


 伊織が1枚の紙を取り、そこへ書いた。


『青嵐女学院女子バレーボール部・赤点回避プリント』


「長い」


 美緒が言う。


「目的が分かればいいでしょ」


 その下に、数学編、英語編と書き加える。


 真帆はさらに別の教科書を開いた。


「物理も作れそうですね」


「待って!」


 何人かの先輩から同時に声が上がった。


「もういい!」


「増やさないで!」


「真帆ちゃん、一回休もう!」


「必要な人だけでいいですけど」


「その必要な人が多いんだよ!」


 綾香先輩が叫んだ。


     ◇


 そして。


 定期試験が終わり、答案もすべて返却され、学年順位が掲示された日。


 昼休み、1年生の掲示板の前で自分の名前を探していた。


 上から順に追っていく。


「あった」


 38位。


 水瀬千尋。


「……38位」


「上がったね」


 隣から伊織が言った。


「伊織は?」


「私なんてトップ10に入ったわ」


「えっ」


 上を見る。


 9位。


 黒川伊織。


「9位じゃん!」


「そう」


「すご!」


「まあね」


 伊織は少しだけ得意そうにした。


 けれど、その顔はすぐに疲れたものへ戻った。


「……大変だった」


「分かる」


 順位表を眺めたまま答えた。


 自分の順位も上がった。


 伊織も明らかに良くなっている。


 凜と美緒へ説明するために何度も問題を解き直し、どう言えば伝わるのか考えているうちに、自分たちの理解まで深くなったらしい。


 それは嬉しい。


 もちろん嬉しい。


 ただ。


「凜にマイナスを勝手に消すなって、何回言ったっけ」


「覚えてない」


「美緒のx、何回救出した?」


「覚えてない」


「……大変だったね」


「本当にね」


 後ろから真帆がやってきた。


「2人とも順位見ました?」


「見た。真帆は?」


「1位でした」


「「やっぱり」」


「なんで2人とも驚かないんですか?」


 掲示板の一番上には、本当に榊原真帆の名前があった。


 1位。


「おめでとう」


「ありがとうございます」


 真帆は笑った。


 ただ、少し疲れている。


「真帆」


「はい?」


「嬉しい?」


「嬉しいですよ」


「でも?」


 真帆はしばらく黙った。


「……大変でした」


「だよね」


 3人揃って、妙に深いため息をついた。


 ちなみに、肝心の凜と美緒は赤点を無事に回避していた。


 目的は達成した。


 達成したのだが、教える側の体力までごっそり持っていかれた気がする。


     ◇


 せっかくだからと2年生の掲示板を見に行くと、怜奈先輩は6位だった。


「怜奈先輩、6位!」


「うん」


「すごい!」


「今回、過去最高」


「えっ」


 驚くと、怜奈先輩は少し嬉しそうに笑った。


「教えるために結構復習したからかな。自分でも思ったより取れてた」


「じゃあ赤点回避プリントのおかげですね」


「まあ、それもあるかも」


「嬉しいですか?」


「嬉しいよ」


 怜奈先輩はそこで一度言葉を切る。


「でも、凜にbe動詞教える方が疲れた」


「分かります」


 即答した。


 3年生の掲示板では、綾香先輩が37位だった。


「綾香先輩も上がってる!」


「今回が一番いい」


「過去最高ですか?」


「うん」


「すごいじゃないですか」


「まあね」


 綾香先輩も満更でもなさそうだった。


 ただし、やはり妙に疲れている。


「嬉しそうじゃないですね」


「嬉しいよ。でも萌々香の小テスト採点する方が疲れた」


「聞こえてるよ!」


 少し離れたところから萌々香先輩の声が飛んできた。


「でも私、赤点なかったもん!」


「誰のおかげだと思ってる!」


 その言葉を聞いて、萌々香先輩が止まった。


「……そうだ」


「何?」


 萌々香先輩が真帆を見る。


 ゆっくり近づいて。


 両手を合わせた。


「真帆様……」


「えっ」


「ありがとうございました」


「ちょっと待ってください」


 それを見ていた沙耶先輩が「あ」と声を出した。


 皐月先輩も。


 瑞穂先輩も。


 由梨先輩も。


 楓先輩まで、何か思い出したような顔になる。


「真帆」


「はい?」


「私、今回結構上がった」


 沙耶先輩が言う。


「私も」


 皐月先輩が続く。


「数学、平均超えた」


 瑞穂先輩が真顔で言った。


「えっ」


 振り向く。


「瑞穂先輩、それ結構すごいんじゃ」


「すごい」


 本人が一番力強く頷いた。


「私、数学だけは毎回平均以下だから」


「そんなに」


「そんなに」


 由梨先輩も笑う。


「私もいつもより良かったよ」


 楓先輩も小さく手を挙げた。


「括弧もちゃんと外した」


「そこは普通に外してください」


 真帆が言う。


 そして。


「「「「ありがとうございました」」」」


 なぜか一斉に真帆へ手を合わせた。


「なんで拝むんですか!?」


 真帆が一歩下がる。


「真帆様」


「やめてください!」


「赤点回避プリント、次もお願いします」


「次は自分で勉強してください!」


「真帆ちゃん、英語ほんと助かった」


「普通にお礼を言ってください!」


「数学も」


「拝まなくていいです!」


 気づけば、真帆の周りには2年生と3年生が集まっていた。


 しかも、何人かは本当に両手を合わせている。


 その様子を眺めた。


「……真帆、すごいね」


「助けてください!」


「御利益ありそう」


「千尋まで!?」


 その人だかりから少し離れたところには、怜奈先輩と綾香先輩だけが立っていた。


 2人を見る。


「怜奈先輩と綾香先輩は拝まないんですか?」


「拝まない」


 怜奈先輩が即答する。


「絶対拝まない」


 綾香先輩も続いた。


「でも2人とも過去最高なんですよね」


「……そうだけど」


「真帆が過去問整理したおかげもありますよね」


 怜奈先輩が少し目を逸らす。


「復習にはなったけど」


「綾香先輩も」


「……問題見直すきっかけにはなった」


「じゃあ」


「拝まない!」


「そこは譲らないんですね」


 笑う。


 その向こうでは、沙耶先輩がまだ真帆へ手を合わせていた。


「真帆様」


「だからやめてください!」


「次は古文を――」


「自分でやってください!!」


 真帆の叫び声が廊下に響いた。


 凜と美緒は赤点を回避した。


 教えた側まで順位が上がった。


 瑞穂先輩は、ついに数学で平均点を超えた。


 結果だけ見れば、赤点回避作戦は大成功だった。


 ただし、その中心にいた学年1位の1年生は。


「……次の試験まで、しばらく誰にも勉強教えたくないです」


 順位表の1位よりも何よりも、すっかり疲れ切っていた。


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