第四十七話 捨てる場所
第2セットが始まって、千尋が最初に感じたのは違和感だった。
紫峰のサーバーがボールを持つ。
第1セットなら、まず凜を見ていた。
前に落とすのか、奥へ伸ばすのか。美緒との間を狙うのか。とにかく凜に1本目を触らせ、そこからもう一度助走を取らせる。それを繰り返して、少しずつ削ってきた。
だから私も、いつ呼ばれてもいいようにベンチで構えていた。
けれど、サーブは凜へ行かなかった。
「美緒!」
「はい!」
美緒が正面で受ける。
綺麗に怜奈先輩へ返った。
凜は最初から十分な距離を取って助走へ入っている。
「もってこーい!」
当然、上がる。
十分な助走。
十分な高さ。
第1セットの終盤と同じ、元気な凜。
それなのに。
「ワンタッチ!」
紫峰の2枚ブロックが、綺麗に揃っていた。
打球が指先に当たり、後衛が拾う。
切り返した紫峰が1点を取った。
次のサーブも、凜ではない。
今度は沙耶先輩の隣へ飛んだ。
レシーブは崩れない。
怜奈先輩まで返る。
皐月先輩が中央へ入り、凜がレフト、沙耶先輩も助走に入る。
トスは凜。
また2枚。
今度は外へ打ち分けようとしたが、ブロックの手に当たったボールを後ろで拾われた。
私は眉を寄せた。
第1セットより、凜は楽なはずだった。
サーブレシーブをさせられていない。
最初から助走を取れている。
それなのに、決まらない。
紫峰のブロックが、最初から凜の前にいる。
凜が後衛へ回っても、深見先生は私を呼ばなかった。
紫峰が凜へサーブを集めていないからだ。
第1セットの終わりに考えた「最初から後ろ3ローテを分ける」という形を、そのまま使う必要がなくなっている。
こちらが変えようとしたら、紫峰も先に変えてきた。
◇
第2セットは、序盤から競った。
凜が1枚になれば決める。
沙耶先輩も高い打点から何本も叩き込む。
でも、紫峰はその2人に2枚、時には3枚を揃えてくる。
逆に、中央やライトには1枚しかつかない場面が増えた。
「皐月!」
「はい!」
怜奈先輩が中央を使う。
皐月先輩が打った。
ブロックは1枚。
これなら決まる。
私もそう思った。
けれど、紫峰の後衛が真正面で拾った。
「上がる!」
切り返される。
次は瑞穂先輩。
ライトから1枚ブロックに対して打つ。
それも後ろで上げられた。
紫峰は凜と沙耶先輩には壁を作る。
それ以外には、壁を作りきらない。
なのに、簡単には点にならない。
9対11。
紫峰が2点前へ出た。
「ナイスレシーブ!」
紫峰のコートから声が飛ぶ。
私はベンチで腕を組んだ。
何かが変わった。
凜へのサーブをやめたことだけじゃない。
紫峰は第1セットで、私が入れば凜を休ませられると知った。
だったら、凜を削ることにこだわらない。
もっと別の方法で凜を止める。
私は紫峰のブロックを見る。
凜が助走に入る。
中央のブロッカーが、ほとんど迷わずレフト側へ寄った。
皐月先輩も走っている。
でも、そちらへ残らない。
「……あ」
思わず声が漏れた。
次のラリーでは沙耶先輩へ2枚。
瑞穂先輩へ上がれば1枚。
そのスパイクを、紫峰の後衛が拾った。
そこで、ようやく分かった。
「捨てたんだ」
隣にいた真帆が私を見る。
「何をですか?」
「凜と沙耶先輩以外」
「え?」
「ブロック」
私はコートから目を離さなかった。
「凜と沙耶先輩だけは、ちゃんと止めに行く。でも他は、多少1枚になってもいいって思ってる」
真帆も紫峰の配置を見る。
次は皐月先輩の速攻。
1枚。
打球は強い。
それでも後衛が腕を出して上げた。
「……上げられるって思ってるんですね」
呆然としたような真帆の声が響いた。
「多分」
私は頷く。
紫峰は、皐月先輩や瑞穂先輩を弱いと思っているわけではない。
そんなはずはない。
でも。
どれを絶対に止めなければいけないかを選んだ。
凜。
沙耶先輩。
この2人の強打を1枚で受けるくらいなら、他の攻撃手を1枚にしてでもブロックを寄せる。
他のボールは、後ろで上げればいい。
そう決めたのだ。
「嫌だね」
私が呟く。
真帆も小さく頷いた。
「はい。すごく」
◇
14対17。
紫峰が少しずつリードを広げる。
青嵐の攻撃が悪いわけではない。
レシーブも第1セットより安定している。
凜も疲れていない。
それなのに、点が取りにくい。
怜奈先輩は当然、空いているところを使っていた。
ブロックが凜へ寄れば中央。
沙耶先輩に2枚つけばライト。
1枚になった攻撃手へ、ちゃんとボールを送る。
それでも紫峰は拾う。
1枚ブロックの後ろに、最初から守備がいる。
強打を完全に止めるのではなく、打たせる場所を絞って後衛で上げる。
そうしてラリーを長くし、最後にはまた凜か沙耶先輩の前へ壁を作る。
正しい。
私はそう思った。
凜と沙耶先輩が青嵐で最も点を取る。
なら、そこを2枚で止める。
それ以外は、後ろで拾える形だけ作っておく。
理屈は分かる。
だからこそ、腹が立つ。
「高梨、黒川」
深見先生の声がした。
私は振り向いた。
瑞穂先輩と伊織が立ち上がる。
「2枚替え」
「はい!」
「はい!」
伊織はすぐにコートを見た。
表情が変わる。
合宿の頃から何度も見た顔だった。
何かを見つけた時の伊織の顔。
瑞穂先輩と並んで交代ゾーンへ向かう直前、伊織が小さく言った。
「なるほど」
私は思わず笑った。
「悪い顔」
そう言うと、美緒はコートへ戻っていった。
「分かる」
◇
怜奈先輩と綾香先輩がコートを出る。
伊織は後衛。
瑞穂先輩が前へ入る。
14対17。
青嵐が3点を追うところからだった。
最初の1本。
美緒のレシーブが伊織へ返る。
皐月先輩が中央。
凜がレフト。
瑞穂先輩がライト。
紫峰の中央は、やはり凜側へ少し重心を寄せた。
伊織はライトへ上げた。
瑞穂先輩。
1枚ブロック。
打つ。
紫峰の後衛が上げた。
やっぱり。
私はベンチで身を乗り出した。
紫峰の考えは変わっていない。
瑞穂先輩なら、1枚で打たせても上げられる。
そう思っている。
ラリーが続いた。
青嵐へ返る。
伊織はもう一度ボールの下へ入った。
今度は皐月先輩がブロードへ走る。
瑞穂先輩が大きく後ろへ下がった。
紫峰の中央は、それでも凜側を気にしている。
皐月先輩へは1枚。
瑞穂先輩にはブロックそのものがつかない。
伊織が上げたのは、その後ろだった。
瑞穂先輩が長い助走で入る。
前衛なのに、バックアタックのような踏み込み。
紫峰の後衛が慌てて位置を変えた。
その1歩が遅い。
瑞穂先輩の打球が、守備の間へ突き刺さった。
15対17。
「よし!」
瑞穂先輩が拳を握る。
私もベンチで手を叩いた。
紫峰はブロックをつけなかった。
でも。
今までと同じ場所で、同じように打ったわけではない。
上げられると思っていた攻撃の形が、少し変わった。
◇
次のラリーでも、伊織は瑞穂先輩を使った。
ただし、今度は速い。
ライトへ低く伸びるトス。
紫峰のブロックが1枚でつく。
瑞穂先輩が打つ。
ワンタッチ。
ボールが後ろへ弾かれ、紫峰が何とか繋いだ。
決まらない。
でも、守備が崩れた。
返ってきたチャンスボールを伊織が中央へ送る。
「皐月先輩!」
「はい!」
速攻。
16対17。
紫峰の後衛が、1歩ずつ動かされている。
さっきまでなら、ライトから来る球はここ。
中央ならここ。
そう決めて待っていれば上げられた。
伊織は、その待っている場所から少しずつ打点と助走をずらしている。
同じ瑞穂先輩なのに。
同じ皐月先輩なのに。
来るボールが同じではない。
「……そっか」
私は口元を緩めた。
紫峰は、凜と沙耶先輩以外を捨てた。
だったら。
捨てた場所を、一番嫌な攻撃に変えればいい。
◇
17対17。
追いついた。
紫峰もすぐにタイムアウトを取る。
再開後、今度は瑞穂先輩にブロックが1枚きっちりついた。
それでも中央は凜側へ残っている。
伊織が見た。
次のトスは皐月先輩。
ブロード。
紫峰の中央が反応を遅らせる。
皐月先輩が1枚の外から打ち込んだ。
18対17。
青嵐が逆転。
「ナイス!」
コートの声が大きくなる。
紫峰のブロックが、少しずつ迷い始めていた。
瑞穂先輩を1枚のままにしていいのか。
皐月先輩を後衛だけで拾えるのか。
それでも凜を1枚にしていいのか。
次のラリーでは、紫峰の中央がほんの少し瑞穂先輩側へ寄った。
伊織はそこへ上げない。
レフト。
「凜!」
「待ってた!」
久しぶりに、凜の前が1枚になった。
「いただき!!」
凜が思い切り振り抜く。
ブロックの横を抜けたボールが床へ叩きつけられた。
19対17。
「っしゃあ!」
凜が叫ぶ。
私も思わず笑った。
紫峰は凜を止めるために他を捨てた。
でも、その捨てた場所から点を取られれば、そこにも人を出さなければならない。
人を出せば。
凜の前から、壁が減る。
◇
そこから紫峰も食らいついた。
19対18。
瑞穂先輩が決めて20対18。
紫峰が2本を取り返し、20対20。
簡単には離れない。
紫峰もまた、伊織が入ってからの攻撃を見ながら守備位置を変えていた。
瑞穂先輩が後ろへ下がれば、後衛が少し深く構える。
皐月先輩がブロードへ入れば、中央が今までより1歩残る。
その分、また凜と沙耶先輩の前が薄くなる。
次の1本。
紫峰のサーブが強く入り、美緒のレシーブがネットから離れた。
伊織が走る。
紫峰のブロックはサイドへ開いた。
凜と瑞穂先輩。
どちらにもつける位置。
それでも伊織は、離れた場所から中央へ速いトスを飛ばした。
「皐月先輩!」
「はい!」
皐月先輩がブロックの完成前に叩く。
21対20。
「ナイス!」
真帆が私の隣で大きく手を叩いた。
「あれです!」
「真帆が打ちたいって言ってたやつ?」
「はい!」
目を輝かせている。
私も笑った。
「今度打たせてもらいなよ」
「絶対打ちます!」
その得点で、青嵐のローテーションが回る。
伊織が前衛へ回るところだった。
深見先生の手が上がる。
「戻す。一ノ瀬、御子柴」
「はい!」
「はい!」
怜奈先輩と綾香先輩が立ち上がった。
伊織と瑞穂先輩がコートを出る。
すれ違う時、怜奈先輩が伊織へ軽く手を上げた。
「ちゃんと嫌なもの残したね」
伊織が一瞬だけ目を丸くする。
「……はい!」
2人が見せた攻撃は、コートを出たからといって消えるわけではない。
瑞穂先輩が後ろから打ったこと。
皐月先輩を1枚にすれば決められること。
凜へ寄りすぎれば、その反対側から点を取られること。
紫峰はもう知っている。
一度見せた攻撃が、その次の1本にも残る。
合宿最終日の椿山戦で伊織が見つけたものが、まだ紫峰のコートに残っていた。
◇
紫峰がすぐに1本を切る。
21対21。
それでも、紫峰のブロックは第2セットの序盤には戻らなかった。
凜だけを見ればいいわけではない。
沙耶先輩だけでもない。
中央も。
ライトも。
さっきまで捨てていた場所を、もう完全には捨てられない。
美緒のレシーブが怜奈先輩へ返る。
沙耶先輩がレフトへ開く。
紫峰の中央がそちらを見る。
けれど、すぐには寄り切れない。
怜奈先輩が沙耶先輩へ上げた。
「はいよ!」
2枚が遅れて揃う。
沙耶先輩がその外側を打ち抜いた。
22対21。
紫峰も取り返す。
22対22。
次のラリー。
沙耶先輩の助走に紫峰のブロックが反応する。
中央も寄る。
でも、さっきまでほど早くない。
萌々香先輩も捨てられないからだ。
怜奈先輩が沙耶先輩へ上げる。
「はいよ!」
2枚目が完成する前に、沙耶先輩が振り抜いた。
23対22。
紫峰がまた追いつく。
23対23。
簡単には離れない。
でも。
さっきまでとは違う。
紫峰が何かを正しく直すたび、その分だけ別の場所が薄くなる。
伊織が作った迷いを、今度は怜奈先輩が使っている。
◇
23対23。
紫峰のサーブ。
美緒が正面で上げた。
怜奈先輩へ綺麗に返る。
沙耶先輩を見る。
萌々香先輩も見る。
綾香先輩も捨てない。
紫峰のブロックが、全部を確認しようとしている。
トスはライトへ伸びた。
「綾香先輩!」
「はい!」
綾香先輩が踏み込む。
ブロックは1枚。
強く打ち切らず、その外側の指へ当てた。
ボールが大きくコート外へ弾かれる。
「アウト!」
24対23。
青嵐、セットポイント。
「1本!」
コートから声が上がる。
「取ろう!」
沙耶先輩が続く。
紫峰も簡単には終わらない。
青嵐のサーブを綺麗に返し、中央の速攻で24対24。
デュース。
私は息を吐きながらコートを見た。
第1セットと同じ。
また、ここまで来た。
でも。
今度は流れが違う。
青嵐は紫峰のやり方に合わせて、攻撃そのものを変えられている。
◇
24対24。
紫峰のサーブ。
美緒が正面で上げた。
怜奈先輩へ返る。
紫峰のブロックが動く。
沙耶先輩を見る。
萌々香先輩も見る。
綾香先輩も捨てない。
第2セット序盤なら、迷わず沙耶先輩へ寄っていたはずの中央が、今はすぐに動けずにいる。
怜奈先輩はレフトへ上げた。
「沙耶!」
「はいよ!」
2枚が寄る。
でも、ほんの少し遅い。
沙耶先輩は打ち切らなかった。
ブロックの外側へ当てる。
大きく外へ弾かれた。
「アウト!」
25対24。
「ナイス沙耶先輩!」
私もベンチから声を上げた。
「次1本!」
今度こそ。
青嵐のサーブが紫峰へ入る。
レシーブ。
紫峰がサイドへ上げる。
青嵐の2枚ブロックがついた。
打球はワンタッチ。
「美緒!」
「はい!」
美緒が上げる。
怜奈先輩が走る。
前では沙耶先輩がレフトへ開き、萌々香先輩が中央から入る。綾香先輩もライトで助走を始めた。
紫峰のブロッカーが3人を見る。
さっきまでなら、沙耶先輩へ壁を揃えるために、もっと早く動いていた。
今は。
動けない。
トスが中央へ飛んだ。
「萌々香!」
「はい!」
萌々香先輩が跳ぶ。
1枚。
強く振り抜いた。
ボールが紫峰コートの中央へ突き刺さった。
笛が鳴る。
26対24。
第2セット、青嵐。
「よっしゃあ!!」
凜がベンチで飛び跳ねる。
コートの選手たちが一斉に集まる。
伊織も、珍しく両手を上げていた。
私も立ち上がった。
第1セットを取られた。
第2セットは取り返した。
1対1。
フルセット。
紫峰の選手たちも、もう次を見ている。
凜への集中砲火をやめた。
凜と沙耶先輩へブロックを集めた。
それも青嵐が崩した。
だからきっと、次はまた違うことをしてくる。
私は自分の11番を一度つまんだ。
それなら。
また、こっちも変えればいい。
決勝は、最後のセットへ入る。




