↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水瀬千尋はエースじゃない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/69

第四十三話 どのパスがいい?

 試合が終わり、伊織がベンチへ戻ってきた時だった。


 タオルを取るより先に、凜が目の前へ飛び出してくる。


「伊織!」


「何?」


「私も打ちたい、あのトス!」


 あまりにも勢いよく言われて、伊織は一瞬何の話か分からなかった。


「あのトスって?」


「瑞穂先輩が打ってたやつ! 一回すっごい後ろまで下がって、そこからダーッて走って、ドーンって打つやつ!」


「説明が雑すぎる」


「でも分かったでしょ?」


「分かったのが嫌」


 凜が不満そうに頬を膨らませる。


「絶対気持ちいいじゃん、あれ。ブロックいないところに全力で入れるんだよ?」


「毎回いなくなるわけじゃないからね」


「じゃあ、いなくして」


「無茶言わないで」


 伊織が呆れていると、今度は凜の肩越しから千尋が顔を出した。


「でも、あれ最高に気持ちいいだろうね」


「千尋まで?」


「うん。私も打ちたい」


 千尋はコートの方へ目をやりながら、自分で助走を想像するように少し身体を揺らした。


「前で皐月先輩が走って、ブロックがそっち行ってるところに、後ろから入るんでしょ? 絶対気持ちいい」


「千尋も結局、感想そこなんだ」


「だって打つ側からしたら大事だよ」


「何が?」


「気持ちいいかどうか」


「戦術を気持ちよさで決めないで」


 すると凜が即座に頷いた。


「大事!」


「凜が乗らない」


「でも、千尋の説明、私より分かりやすかったよね?」


「比較対象が凜だから」


「なんで!?」


 2人が騒ぎ始めたところで、今度はその後ろから勢いよく手が上がった。


「私も打ちたいです!!」


 伊織は思わずそちらを見る。


「真帆も?」


「はい!」


 真帆は妙に目を輝かせていた。


「私、あの離れたところからの速攻、打ってみたいです!」


「……そっち?」


「そっちです!」


 即答だった。


 凜と千尋が欲しがったのは、瑞穂先輩が打ったバックアタックみたいな攻撃だった。


 真帆が見ていたのは、その前。


 ネットから離されたところからでも、皐月先輩へ速いトスを飛ばした方だったらしい。


「ネットから離れててもあの速さでミドル使えるなら、私も打てるところ増えますよね?」


「まあ……増えると思う」


「やりたいです!」


 真帆がぐっと拳を握る。


 凜は後ろから。


 千尋も後ろから。


 真帆は中央。


 3人とも欲しがっているものは違うのに、顔だけはよく似ていた。


 新しいものを見つけた時の顔。


 自分もやってみたい、と考えている顔。


 伊織は少しだけ笑った。


「じゃあ、美緒がボール出してくれたらね」


 昨日のサブ体育館を思い出して、何気なく言う。


 どうせ美緒には嫌そうな顔をされるだろうと思っていた。


「いいよ」


「え?」


 返事が早すぎた。


 伊織だけでなく、凜たちまで一斉に振り向く。


 少し離れたところで、美緒がタオルを首に掛けて立っていた。


「……いいの?」


「うん」


「昨日、あれだけ球出しして、最後すごい嫌そうな顔してたじゃん」


「嫌だった」


「じゃあなんで」


 美緒は少し考えるように首を傾げ、それから伊織を見た。


「その代わり」


「何?」


「どのパスがいいか、言って」


 伊織は瞬きをする。


「……どのパス?」


「うん」


 美緒はコートを指差した。


「速攻やりたい時は、どこに返れば一番やりやすいのか。後ろ使いたい時は、どの辺がいいのか。ネットから離れた方がいい時もある?」


「あるけど……」


「じゃあ、それも」


 美緒は当たり前のことのように続けた。


「伊織がやりたい攻撃によって、どのパスがいいか教えて」


 凜が黙った。


 千尋も、真帆も。


 伊織もすぐには言葉が出なかった。


 昨日、美緒には何十本もボールを出してもらった。


 ネットから4m。


 少し右。


 少し左。


 高かったり、低かったり。


 伊織がどこまでなら速い攻撃を残せるのか、それを確かめるためだった。


 伊織はずっと、自分が悪いパスからどれだけ攻撃を作れるかを考えていた。


 でも、美緒は違うところを見ていたらしい。


「私、そのパス返すから」


 そう言って、美緒が少し笑った。


 ほんの小さな笑いだった。


 でも、伊織はそれを見逃さなかった。


「……じゃあ」


「うん」


「いっぱい注文するよ?」


「いいよ」


「本当に?」


「うん」


 美緒はボールかごの方へ歩きながら言った。


「伊織が全部使えばいいじゃん」


 伊織は少しだけ目を見開いた。


 その横で、千尋が「あ」と声を漏らす。


「美緒、それいいね」


「何が?」


「なんか、美緒っぽい」


「分かんない」


「私も分かんないけど」


「じゃあ言わないで」


 千尋が笑う。


 凜はもう別のことを考えていたらしい。


「じゃあさ! 私が一番気持ちよく打てるパスも美緒に返してもらえばよくない?」


「凜、それは普通にAパスじゃない?」


「えっ」


「えっ、じゃないよ」


「でも後ろから打ちたい!」


「それは伊織に言って」


「伊織!」


「近い近い」


 真帆も負けじと1歩前へ出た。


「私もお願いします!」


「真帆まで詰めてこないで」


「離れた速攻、今日やりたいです!」


「今日?」


「はい!」


「試合終わったばっかりなんだけど」


「でも合宿最終日ですよ?」


 言われて、伊織は一瞬止まった。


 確かにそうだった。


 3日間の合同合宿。


 この時間が終われば、椿山も鳩山も常盤も帰っていく。


 昨日思いついたものを、今日試した。


 試したら、今度は凜と千尋と真帆がやりたいと言い出した。


 美緒まで、そのためのパスを返すと言っている。


「伊織」


 凜が催促する。


「やろうよ」


「私も」


 千尋が続く。


「お願いします!」


 真帆まで頭を下げた。


 伊織は3人の顔を順番に見た。


 それから、美緒を見る。


 美緒はもうボールを一つ持っていた。


「で?」


「何?」


「どのパスがいい?」


 伊織は少しだけ笑った。


「……じゃあ、まず真帆から」


「はい!」


「美緒。ネットから3m半くらい。ちょっとライト寄りに返して」


「分かった」


「真帆は中央から一回普通に入って。届かなかったら、次に合わせる」


「はい!」


「凜と千尋は待ってて」


「えー!」


「なんで!?」


「一人ずつ!」


 伊織が声を上げると、美緒が小さく笑った。


「もう仕事増えてる」


「自分でいいって言ったんでしょ!」


「うん」


 美緒はボールを持ったまま、コートの中へ入っていく。


「だからやる」


 凜と千尋と真帆も、その後を追った。


 伊織も少し遅れて歩き出す。


 昨日まで、自分の頭の中にしかなかったものが、少しずつ他の誰かのものになっていく。


 凜なら、どこから打つのか。


 千尋なら、何を混ぜるのか。


 真帆なら、どこまで速い球についてこられるのか。


 美緒なら、その全部にどんな1球目を返すのか。


 考え始めると、また楽しくなってきた。


「伊織、また顔怖いよ」


 前を歩いていた美緒が振り返った。


「怖くないって!」


 今度は、凜と千尋と真帆まで笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。