↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水瀬千尋はエースじゃない―青嵐女学院バレーボール部―  作者: まるちーるだ
第二章 エースの隣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/69

第四十話 嫌なところ


 2日目の全体練習が終わると、昨日と同じように体育館のネットが組み替えられた。


 2面で使っていたネットが外され、4面の小さなコートが使える形へ変わっていく。


 昨日よりも、そこからの動きはずっと早かった。


 学校ごとに固まる選手はほとんどいない。


 リベロたちは自然とレシーブ練習へ集まり、サイドの選手は打ち込みのできる場所を探す。セッター同士でトスについて話している場所もあれば、黙々とサーブを打ち始める集団もある。


 真帆が向かったのは、ネット際だった。


「梓先輩、今日もお願いします」


「うん。今日は人数いるし、2枚もやろっか」


 梓先輩が笑う。


 その隣には、常盤学園の2年生ミドルブロッカーもいた。


 昨日の練習試合でも何度か見た選手だ。派手さはないが横への移動が速く、2枚で跳ぶ時も隣との間が開きにくい。


 そして、もう1人。


 前田茉里奈。


 椿山の1年生で、バレーボールを始めてまだ日の浅い初心者のミドルブロッカーだ。


 昨日の練習試合には出ていなかった。


 ただ、練習中に走ったり跳んだりしている姿を見れば、初心者という言葉が似合わない部分が一つだけある。


 身体能力だ。


 速い。


 高い。


 そして、妙に元気だった。


「え、真帆もミドルか!」


 茉里奈がぱっと顔を輝かせる。


「仲間だね!」


「え、あ、うん。よろしく、茉里奈」


「よろしく!」


 昨日の夜、国語の問題集を前に杏奈を絶叫させていた少女とは思えない。


 茉里奈はやたらと人懐っこかった。


「真帆、背高いね」


「茉里奈も高いよね」


「でももっと欲しい」


「私も」


「仲間だ!」


「そこも?」


「ミドルだから!」


 どうやらミドルというだけで、かなり広い範囲まで仲間になるらしい。


 真帆が少し笑うと、梓先輩がネットを指した。


「今日はサイドに1人ずつ置いて、片方を軸にして反対側が閉じる練習ね」


「位置取り?」


「うん。走ってきて2人並べばブロック、じゃないからね」


 梓先輩はネットのこちら側、両サイドを順に指す。


「片方は相手のサイドアタッカーの正面にいる。そっちが軸。反対側に上がったら、もう1人がそこまで走って2枚にする」


 真帆は頷いた。


「軸の人の横に、もう1人がつくんですね」


「そう。ただし、軸が変なところにいたら?」


 真帆は少し考える。


「2人で変なところに跳ぶことになります」


「正解」


 梓先輩が笑った。


「だから走る速さだけじゃなくて、最初にいる人の位置が大事」


 茉里奈も大きく頷く。


「なるほど!」


「茉里奈、今のちゃんと覚えといてね」


 少し離れた場所から椿山の3年生キャプテンが言った。


「覚えました!」


「不安だなあ」


「なんでですか!」


「昨日から見てるから」


「ひどい!」


 常盤の2年生ミドルが笑った。


 そこへ。


「アタッカー連れて来たよ!!」


 体育館の向こうから、大きな声が飛んできた。


 凜だった。


 そして、その横には杏奈。


 正確には、一緒に歩いてきたというより、連れてこられていた。


 凜が杏奈の手首を掴んでいる。


「なんで私!?」


「だって杏奈って嫌なところに打つから!」


「それ、連行する理由になってる!?」


「真帆の相手してほしい!」


「だからなんで私なの!?」


 凜はそのまま杏奈を引っ張ってきた。


「真帆って、見えてるのに身体が追いつかないことあるじゃん?」


「凜」


「ん?」


「本人の前で全部説明しなくてもいいです」


「でも本当でしょ?」


「本当ですけど」


 杏奈が真帆を見る。


 それから少し考えて、


「ああ」


 と頷いた。


「それなら、私向いてるかも」


「自分で言うんですね」


「ブロッカーに嫌がられるところへ打つのは得意だから」


「ほら!」


 凜がなぜか得意そうに胸を張った。


「杏奈ってすごいんだよ!」


「なんで凜が自慢するの」


 杏奈が呆れている。


 その後ろから、ボール籠を押して怜奈先輩と楓先輩までやってきた。


「セッターも連れて来た!」


「私たちは拉致されてないけどね」


 楓先輩が笑う。


「凜に頼まれただけ」


「ちょうどブロックも見たかったし」


 怜奈先輩が1球を手に取る。


「楓先輩と交代で左右に振るよ」


「お願いします!」


 打ち手は、相手コートのレフトに凜。


 ライトに杏奈。


 ネットを挟んで凜の正面に茉里奈。


 杏奈の正面に真帆。


 凜へ上がれば、茉里奈が軸になる。


 真帆がそこまで走って、茉里奈の横を閉じる。


 杏奈へ上がれば逆だ。


 真帆が軸。


 今度は茉里奈が、真帆のところまで走ってくる。


「まず真帆と茉里奈やろうか」


「はい」


「うん!」


 2人がそれぞれの位置についた。


     ◇


 最初に上がったのは、凜だった。


 怜奈先輩がボールの下へ入る。


 真帆は見る。


 手。


 身体。


 ボールとの距離。


 ――凜。


 そう思った時には、真帆はもう動き始めていた。


 昨日までなら、もう少し見ていた。


 本当に凜か。


 トスが手を離れるまで確認してから動く。


 今日は、その前に1歩を出した。


 トスはレフト。


 合っている。


「凜!」


 真帆は走った。


 遠い。


 反対側から、凜の正面にいる茉里奈のところまで行かなければならない。


 一方、茉里奈は走る必要がない。


 正面にいる凜を見て、正しい位置に壁を作ればいい。


 凜が助走へ入る。


 茉里奈が場所を取った。


 真帆もそこへ追いつく。


 2枚。


 ――間に合った。


 そう思った。


 凜が跳ぶ。


 打つ。


 ボールは、2人の外をあっさり抜けた。


「……え?」


 真帆は着地して振り返る。


 2枚ついた。


 間もそれほど開いていなかった。


 なのに、ほとんど邪魔になっていない。


「茉里奈」


 椿山のキャプテンの声が飛んだ。


「はい!」


「そこじゃない!」


「えっ!?」


「凜の助走見ろ! そこ立ったらクロス丸々空くだろ!」


「あっ!」


 茉里奈が自分の位置を見て、それから凜を見る。


「ごめんなさーーーい!!」


 元気よく頭を下げた。


 真帆は梓先輩を見る。


「私、遅かったですか?」


「ちょっと。でも今の問題はそこじゃない」


 梓先輩が茉里奈のいた位置へ立つ。


「2枚のブロックって、後から来る方は基本的に軸へ合わせるでしょ?」


「はい」


「だから真帆がちゃんと茉里奈の横まで来ても、茉里奈の場所が違えば壁そのものがズレる」


 梓先輩が半歩移動した。


「凜の助走なら、まずここ」


「……あ」


「ここに茉里奈がいれば、真帆はそこへ閉じればいい」


 茉里奈が真剣に頷く。


「分かりました!」


 椿山のキャプテンが遠くから言う。


「本当かー?」


「分かりましたー!」


「返事だけはいいんだよなあ」


     ◇


 次は杏奈へ上がった。


 今度は真帆が動かなくていい。


 自分の正面にいる。


 楓先輩がトスを上げる。


 杏奈が助走に入った。


 真帆は見る。


 杏奈の助走。


 トスとの距離。


 踏み切り位置。


 打てる範囲。


 ここ。


 真帆は1歩だけ位置を直した。


 杏奈の正面に壁を作る。


「真帆ー!」


 横から茉里奈の声。


 速い。


 反対側から走ってきた茉里奈が、一気に真帆の隣まで入った。


「近い近い!」


 梓先輩が言う。


「えっ!」


 茉里奈が勢い余って真帆へ寄りすぎる。


「ごめん!」


「大丈夫!」


 2人が跳ぶ。


 杏奈も跳んだ。


 身体はクロス方向を向いている。


 真帆はクロスを警戒した。


 杏奈が腕を振る。


 ボールは、真帆の外側。


 ストレートへ落ちた。


「……え?」


 真帆は着地して振り返った。


「今、完全にクロス向いてたよね?」


「向いてたよ」


 杏奈が答える。


「なのにストレート?」


「打てるから」


「嫌ですね」


「だから言ったじゃん!」


 凜が嬉しそうに叫んだ。


「杏奈、嫌なところに打つんだよ!」


「凜、褒め方」


「褒めてるよ!」


 杏奈はパワーのある選手ではなかった。


 ただし、背はそこそこ高い。


 打点そのものが低いわけではない。


 そして何より、器用だった。


 向いている方向と逆へ打てる。


 しかも、無理やり身体を捻っているようには見えない。


 身体はクロスを向いたまま。


 そこからストレート。


「もう1本お願いします」


「いいよ」


 楓先輩がもう一度杏奈へ上げた。


 真帆は同じ場所に入る。


 杏奈の身体は、またクロスを向いている。


 今度は逆を警戒した。


 ほんの少し外を意識する。


 杏奈が振る。


 今度は、そのままクロス。


「……」


 杏奈が着地する。


「今度は普通」


「分かっています」


「顔怖いよ」


「杏奈に言われたくないです」


 梓先輩が笑った。


「真帆、身体の向きを答えにしたでしょ」


「はい……」


「杏奈みたいなの相手だと、それだけじゃ駄目」


「じゃあ、何を見るんですか?」


「見るものは今のでいいよ」


「え?」


「助走も身体も肩も、全部大事。でも情報と答えは違う」


 梓先輩がネットを軽く叩く。


「今の真帆のいいところは、立つ場所自体は合ってること」


 真帆は自分の足元を見る。


「合ってる?」


「うん。杏奈に対して壁を作る位置は悪くない」


 梓先輩が茉里奈を見る。


「しかも、茉里奈はそこまで走って来られる」


「走れます!」


「うん。速すぎて真帆にぶつかりそうだけど」


「気をつけます!」


「だからまず、2枚としてはこっちの方が形になりやすいね」


 杏奈側。


 軸になるのは真帆。


 真帆は、見えている。


 位置を決めるのは得意だ。


 そして遠いところから閉じる茉里奈は、判断さえ迷わなければとにかく速い。


 真帆が場所を作る。


 茉里奈がそこへ来る。


 2人の得意な部分だけなら、噛み合っている。


「もう1回お願いします」


     ◇


 何本か続いた。


 凜へ上がる。


 真帆は走る。


 今度はさっきより早く茉里奈へ追いついた。


 だが。


「茉里奈、内すぎ!」


「えっ!?」


 梓先輩の声。


 凜が2人の外側を抜く。


「ごめんなさーーーい!!」


 次。


 また凜。


 今度は茉里奈が外へ寄りすぎた。


 真帆もそこへ閉じるしかない。


 凜がクロスへ叩き込む。


「茉里奈、逆!!」


「ごめんなさーーーい!!」


「今の逆っていうか場所!」


「どっちですかーーー!?」


「凜見ろー!」


 怒られているのに、茉里奈の動きそのものは凄かった。


 場所を修正するための1歩が速い。


 慌てて跳んでも高い。


 間違った場所にいる時ですら、ネットの上へ出る手の高さだけなら真帆より余裕がある。


 次の1本では、途中で位置を直した。


 凜が打つ。


 茉里奈の手に当たり、ボールが大きく跳ね上がった。


「おお!」


 凜が声を上げる。


「高っ!」


「えへへ」


 茉里奈が嬉しそうに着地する。


 真帆は隣でその手を見上げた。


「……羨ましい」


「何が?」


「身体能力」


「真帆も高いじゃん」


「そういうことじゃなくて」


 茉里奈は少し考えて、


「じゃあ仲間じゃない?」


「ミドルなのは仲間」


「よかった!」


 梓先輩が笑った。


「真帆は茉里奈にならなくていいよ」


「え?」


「茉里奈は多少間違えても身体で取り返せる。でも真帆は、そもそも間違えることが少ない」


「でも遅いです」


「だから、判断したものを身体に渡すのを少し早くする」


 梓先輩は、凜と杏奈を交互に見る。


「全部分かってから動くんじゃなくて、途中で1歩出す。違ったら直す」


「はい」


「真帆の見る力は捨てなくていい。それは武器だから」


 真帆は頷いた。


     ◇


 杏奈側では、少しずつ2枚が形になってきた。


 真帆は杏奈の正面で位置を取る。


 その位置へ、茉里奈が閉じてくる。


「茉里奈、もうちょっと離れて」


「ここ?」


「そこ」


「分かった!」


「真帆、外の手だけ少し意識して」


 梓先輩の声。


「はい」


 杏奈が跳ぶ。


 身体はクロス。


 逆。


 ストレート。


 真帆が外の手を出す。


 触った。


 ボールが後ろへ大きく弾かれる。


「あっ」


「今のいい」


 梓先輩が言う。


「全部当てようとしなかったから間に合った」


 もう1本。


 今度は向いている方。


 クロス。


 茉里奈の手をかすめた。


「触った!」


「次!」


 杏奈がボールを拾う。


 笑っていた。


 真帆も少し楽しくなってきた。


「もう一度お願いします」


 怜奈先輩が上げる。


 杏奈。


 真帆は位置を決める。


 茉里奈が閉じる。


 2枚。


 杏奈の身体はクロス。


 真帆はそれを見る。


 でも、決めつけない。


 杏奈が振り抜く。


 逆。


「っ!」


 真帆の外側の手に、まともに当たった。


 ボールが真下へ落ちる。


 杏奈の足元。


「……!」


 一瞬、真帆自身が動けなかった。


「止めた!」


 凜が叫んだ。


 真帆は自分の手を見る。


 触ったのではない。


 完全に落とした。


「ナイス、真帆」


 梓先輩が笑う。


「今のいいよ」


「はい!」


 杏奈は足元のボールを見ていた。


「……へえ」


 そして、顔を上げる。


 それまでと何かが変わった。


 笑ってはいる。


 でも、目が少し怖い。


「杏奈?」


 凜が嬉しそうに覗き込む。


「もう1本お願いします」


「入った!」


「何が?」


「杏奈のスイッチ!」


「入ってないよ」


「入ってる!」


「入ってないって」


 声はいつも通りだった。


 でも、真帆にも分かった。


 たぶん、入っている。


 その杏奈を見ながら、梓先輩がぽつりと言った。


「流石、栞ちゃんの女房役」


「いえ、アレはどっちかっていうと子供です!」


 杏奈が即座に返した。


 少し離れたコートから、


「聞こえてる」


 栞の声が飛んでくる。


「聞こえるように言った!」


「ひどい」


「誰が世話してると思ってるの!」


 そこで椿山の3年生キャプテンが吹き出した。


「お前ら、忘れてるかもしれないけどな」


 笑いながら杏奈を指す。


「杏奈、JOC3位のチームで栞の対角エースだったからな」


「え?」


 真帆が振り返った。


 凜も。


 梓先輩も。


 常盤の2年生ミドルも。


 茉里奈まで、


「え?」


 と振り返る。


 一拍。


「あ、そうだった」


「お前は知ってるだろ!」


「知ってます!」


 キャプテンのツッコミに、茉里奈が元気よく返した。


 杏奈はなぜそんなに驚かれているのか分からないように、ぱちぱちと瞬きをした。


「いや、でも栞がエースだったじゃないですか」


「お前もエースだっただろ」


「対角ですけど」


「対角エース!」


「でも栞いましたし」


「栞がいたらお前の実績消えるのか?」


「そういう意味じゃないですけど……」


 杏奈は困ったように笑う。


 真帆は改めて彼女を見る。


 JOC3位。


 そのチームで、栞の反対側を任されていたエース。


 パワーがないから、仕方なく器用に打っているのではない。


 あの打ち方で、全国相手に点を取っていた。


「もう1本、お願いします」


 杏奈が言った。


 やっぱり笑っている。


 けれど、さっきより怖い。


 隣で茉里奈が、ほんの少し真帆へ寄った。


「……国語を教えて来るときの杏奈だ」


「昨日の?」


「うん」


「そんなに違うの?」


「逃げても逃がしてくれない」


「茉里奈」


 杏奈がにこりと笑った。


「聞こえてるよ」


「ひっ」


「次、ちゃんと止めてね」


「はい……」


 茉里奈が真帆の袖を掴む。


「真帆、頑張ろう」


「私も?」


「仲間だから!」


     ◇


 そこからの杏奈は、本当に嫌だった。


 向いている方向と逆へ打つ。


 逆を警戒すれば、そのまま打つ。


 真帆の外側の手を狙う。


 2枚の間へ落とす。


 手が出れば指先。


 少し遅れれば、そこへ打つ。


 強引に打ち抜くような球は少ない。


 なのに、点になる場所を選ぶのが上手い。


「また抜かれた……」


 真帆が呟く。


「もう1本お願いします」


 杏奈がすぐ言う。


 茉里奈が小声で、


「怖い」


 と言った。


「国語より?」


「同じくらい」


「そんなに?」


「国語の杏奈すごいよ」


「聞こえてるよ」


「ひっ」


 一方、凜側は相変わらずだった。


 真帆は少しずつ早く走れるようになっていた。


 凜へのトスを見て、茉里奈のところまで閉じる。


 でも、軸になる茉里奈が毎回同じ場所にいるとは限らない。


「茉里奈、そこじゃない!」


「えっ!?」


「もっと外!」


「こっち!?」


「行きすぎ!」


「ごめんなさーーーい!!」


 なのに、跳ぶ。


 高い。


 凜が笑う。


「茉里奈面白い!」


「凜、打ってる場合じゃないです!」


「打つ練習だから!」


「そうでした!」


 真帆は思わず笑った。


 でも、杏奈側へ戻ると、少しずつ2人の形が整う。


 理由は分かっていた。


 真帆が軸だからだ。


 自分が場所を決める。


 そこに茉里奈が来る。


 茉里奈に難しい判断をさせる必要はない。


「ここ!」


「うん!」


 真帆が位置を示す。


 茉里奈が走る。


 速い。


 ただ、速すぎる。


「茉里奈、止まって!」


「うわっ!」


 肩が真帆にぶつかりそうになる。


「ごめん!」


「私を押し出したら意味ないから!」


「次気をつける!」


 梓先輩が笑う。


「そうそう。ブロックへのツッコミが強すぎるんだよ、茉里奈」


「ツッコミ?」


「走ってきて、その勢いのまま真帆を追い越しそうになってる」


「ああ!」


「真帆が軸なんだから、真帆の位置を壊さない」


「はい!」


「横へ並ぶだけ」


「分かりました!」


 今度は椿山のキャプテンも、


「そこは本当に覚えろよー!」


「覚えましたー!」


 と声を飛ばした。


     ◇


 そして、また杏奈へのトス。


 セッターは怜奈先輩。


 真帆は杏奈を見る。


 助走。


 踏み切り。


 トスとの距離。


 自分がどこへ立てば、杏奈の打てる範囲を狭められるか。


 1歩。


 ここ。


「茉里奈!」


「うん!」


 反対側から、茉里奈が走ってくる。


 速い。


 でも今度は、突っ込まない。


 真帆の横で止まる。


 2人が並んだ。


 杏奈が助走へ入る。


 身体はクロス方向。


 逆がある。


 でも、そのままもある。


 真帆は動かない。


 自分が作った場所を信じる。


 杏奈が跳ぶ。


 ストレートへ打つ。


 真帆の外側の手がそこにある。


 杏奈が空中で、ほんの少しだけ打つ場所を内へずらす。


 逃げる。


 そこには。


 茉里奈の手があった。


 バンッ!


 乾いた音が響いた。


 ボールが真下へ落ちる。


 杏奈の足元だった。


「……え?」


 杏奈が目を丸くした。


 真帆も一瞬、何が起こったのか分からなかった。


「ドシャット!」


 凜が叫ぶ。


「うわああああ!!」


 茉里奈が跳び上がった。


「真帆! 止めた! 止めた!」


「う、うん……!」


「2人で!」


「うん!」


 真帆も思わず拳を握った。


 さっき1人で杏奈を止めた時とは違う。


 今度は、2人だった。


 自分が場所を作った。


 茉里奈がそこへ来た。


 2人で壁を作った。


 杏奈が外を嫌って内へ変えた。


 そこまで含めて、2枚で塞いだ。


「今の良かったよ」


 梓先輩が満足そうに笑った。


「真帆がちゃんと軸になってた。茉里奈も最後、突っ込まずに横へつけた」


「はい!」


「やった!」


 茉里奈が真帆を見る。


「仲間!」


「それ、まだ続いてたの?」


「ずっと仲間だよ!」


 ネットの向こうでは、杏奈が足元のボールを拾った。


 顔を上げる。


「……もう1本お願いします」


「杏奈もう一回!」


 凜も同時に叫んだ。


「私も!」


 茉里奈も乗る。


「もう一度お願いします!」


 真帆も、つい言ってしまった。


 怜奈先輩が無言で4人を見る。


「昨日の沙耶たちみたいになりたい?」


「……」


 一瞬で静かになった。


 凜が固まった。


 杏奈も止まった。


 茉里奈の笑顔が消えた。


 真帆も思い出す。


 昨日。


 自主練。


 夕食。


 正座。


 5人の視線が、ゆっくり体育館の入口へ向いた。


 そこには、椅子に座った由梨先輩がいた。


 まだ脚には装具がついている。


 長く立ち続けないように、今日は最初から座って自主練を眺めていた。


 由梨先輩は何も言わない。


 こちらを見る。


 にこりと笑う。


「……」


 怖い。


 続いて全員の視線が、壁の時計へ向いた。


 夕食の時間が近い。


 凜。


 杏奈。


 茉里奈。


 真帆。


 そして梓先輩まで。


「「「「「ご飯食べます」」」」」


 ぴったり声が揃った。


 入口で、由梨先輩が満足そうに頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。