第四十話 嫌なところ
2日目の全体練習が終わると、昨日と同じように体育館のネットが組み替えられた。
2面で使っていたネットが外され、4面の小さなコートが使える形へ変わっていく。
昨日よりも、そこからの動きはずっと早かった。
学校ごとに固まる選手はほとんどいない。
リベロたちは自然とレシーブ練習へ集まり、サイドの選手は打ち込みのできる場所を探す。セッター同士でトスについて話している場所もあれば、黙々とサーブを打ち始める集団もある。
真帆が向かったのは、ネット際だった。
「梓先輩、今日もお願いします」
「うん。今日は人数いるし、2枚もやろっか」
梓先輩が笑う。
その隣には、常盤学園の2年生ミドルブロッカーもいた。
昨日の練習試合でも何度か見た選手だ。派手さはないが横への移動が速く、2枚で跳ぶ時も隣との間が開きにくい。
そして、もう1人。
前田茉里奈。
椿山の1年生で、バレーボールを始めてまだ日の浅い初心者のミドルブロッカーだ。
昨日の練習試合には出ていなかった。
ただ、練習中に走ったり跳んだりしている姿を見れば、初心者という言葉が似合わない部分が一つだけある。
身体能力だ。
速い。
高い。
そして、妙に元気だった。
「え、真帆もミドルか!」
茉里奈がぱっと顔を輝かせる。
「仲間だね!」
「え、あ、うん。よろしく、茉里奈」
「よろしく!」
昨日の夜、国語の問題集を前に杏奈を絶叫させていた少女とは思えない。
茉里奈はやたらと人懐っこかった。
「真帆、背高いね」
「茉里奈も高いよね」
「でももっと欲しい」
「私も」
「仲間だ!」
「そこも?」
「ミドルだから!」
どうやらミドルというだけで、かなり広い範囲まで仲間になるらしい。
真帆が少し笑うと、梓先輩がネットを指した。
「今日はサイドに1人ずつ置いて、片方を軸にして反対側が閉じる練習ね」
「位置取り?」
「うん。走ってきて2人並べばブロック、じゃないからね」
梓先輩はネットのこちら側、両サイドを順に指す。
「片方は相手のサイドアタッカーの正面にいる。そっちが軸。反対側に上がったら、もう1人がそこまで走って2枚にする」
真帆は頷いた。
「軸の人の横に、もう1人がつくんですね」
「そう。ただし、軸が変なところにいたら?」
真帆は少し考える。
「2人で変なところに跳ぶことになります」
「正解」
梓先輩が笑った。
「だから走る速さだけじゃなくて、最初にいる人の位置が大事」
茉里奈も大きく頷く。
「なるほど!」
「茉里奈、今のちゃんと覚えといてね」
少し離れた場所から椿山の3年生キャプテンが言った。
「覚えました!」
「不安だなあ」
「なんでですか!」
「昨日から見てるから」
「ひどい!」
常盤の2年生ミドルが笑った。
そこへ。
「アタッカー連れて来たよ!!」
体育館の向こうから、大きな声が飛んできた。
凜だった。
そして、その横には杏奈。
正確には、一緒に歩いてきたというより、連れてこられていた。
凜が杏奈の手首を掴んでいる。
「なんで私!?」
「だって杏奈って嫌なところに打つから!」
「それ、連行する理由になってる!?」
「真帆の相手してほしい!」
「だからなんで私なの!?」
凜はそのまま杏奈を引っ張ってきた。
「真帆って、見えてるのに身体が追いつかないことあるじゃん?」
「凜」
「ん?」
「本人の前で全部説明しなくてもいいです」
「でも本当でしょ?」
「本当ですけど」
杏奈が真帆を見る。
それから少し考えて、
「ああ」
と頷いた。
「それなら、私向いてるかも」
「自分で言うんですね」
「ブロッカーに嫌がられるところへ打つのは得意だから」
「ほら!」
凜がなぜか得意そうに胸を張った。
「杏奈ってすごいんだよ!」
「なんで凜が自慢するの」
杏奈が呆れている。
その後ろから、ボール籠を押して怜奈先輩と楓先輩までやってきた。
「セッターも連れて来た!」
「私たちは拉致されてないけどね」
楓先輩が笑う。
「凜に頼まれただけ」
「ちょうどブロックも見たかったし」
怜奈先輩が1球を手に取る。
「楓先輩と交代で左右に振るよ」
「お願いします!」
打ち手は、相手コートのレフトに凜。
ライトに杏奈。
ネットを挟んで凜の正面に茉里奈。
杏奈の正面に真帆。
凜へ上がれば、茉里奈が軸になる。
真帆がそこまで走って、茉里奈の横を閉じる。
杏奈へ上がれば逆だ。
真帆が軸。
今度は茉里奈が、真帆のところまで走ってくる。
「まず真帆と茉里奈やろうか」
「はい」
「うん!」
2人がそれぞれの位置についた。
◇
最初に上がったのは、凜だった。
怜奈先輩がボールの下へ入る。
真帆は見る。
手。
身体。
ボールとの距離。
――凜。
そう思った時には、真帆はもう動き始めていた。
昨日までなら、もう少し見ていた。
本当に凜か。
トスが手を離れるまで確認してから動く。
今日は、その前に1歩を出した。
トスはレフト。
合っている。
「凜!」
真帆は走った。
遠い。
反対側から、凜の正面にいる茉里奈のところまで行かなければならない。
一方、茉里奈は走る必要がない。
正面にいる凜を見て、正しい位置に壁を作ればいい。
凜が助走へ入る。
茉里奈が場所を取った。
真帆もそこへ追いつく。
2枚。
――間に合った。
そう思った。
凜が跳ぶ。
打つ。
ボールは、2人の外をあっさり抜けた。
「……え?」
真帆は着地して振り返る。
2枚ついた。
間もそれほど開いていなかった。
なのに、ほとんど邪魔になっていない。
「茉里奈」
椿山のキャプテンの声が飛んだ。
「はい!」
「そこじゃない!」
「えっ!?」
「凜の助走見ろ! そこ立ったらクロス丸々空くだろ!」
「あっ!」
茉里奈が自分の位置を見て、それから凜を見る。
「ごめんなさーーーい!!」
元気よく頭を下げた。
真帆は梓先輩を見る。
「私、遅かったですか?」
「ちょっと。でも今の問題はそこじゃない」
梓先輩が茉里奈のいた位置へ立つ。
「2枚のブロックって、後から来る方は基本的に軸へ合わせるでしょ?」
「はい」
「だから真帆がちゃんと茉里奈の横まで来ても、茉里奈の場所が違えば壁そのものがズレる」
梓先輩が半歩移動した。
「凜の助走なら、まずここ」
「……あ」
「ここに茉里奈がいれば、真帆はそこへ閉じればいい」
茉里奈が真剣に頷く。
「分かりました!」
椿山のキャプテンが遠くから言う。
「本当かー?」
「分かりましたー!」
「返事だけはいいんだよなあ」
◇
次は杏奈へ上がった。
今度は真帆が動かなくていい。
自分の正面にいる。
楓先輩がトスを上げる。
杏奈が助走に入った。
真帆は見る。
杏奈の助走。
トスとの距離。
踏み切り位置。
打てる範囲。
ここ。
真帆は1歩だけ位置を直した。
杏奈の正面に壁を作る。
「真帆ー!」
横から茉里奈の声。
速い。
反対側から走ってきた茉里奈が、一気に真帆の隣まで入った。
「近い近い!」
梓先輩が言う。
「えっ!」
茉里奈が勢い余って真帆へ寄りすぎる。
「ごめん!」
「大丈夫!」
2人が跳ぶ。
杏奈も跳んだ。
身体はクロス方向を向いている。
真帆はクロスを警戒した。
杏奈が腕を振る。
ボールは、真帆の外側。
ストレートへ落ちた。
「……え?」
真帆は着地して振り返った。
「今、完全にクロス向いてたよね?」
「向いてたよ」
杏奈が答える。
「なのにストレート?」
「打てるから」
「嫌ですね」
「だから言ったじゃん!」
凜が嬉しそうに叫んだ。
「杏奈、嫌なところに打つんだよ!」
「凜、褒め方」
「褒めてるよ!」
杏奈はパワーのある選手ではなかった。
ただし、背はそこそこ高い。
打点そのものが低いわけではない。
そして何より、器用だった。
向いている方向と逆へ打てる。
しかも、無理やり身体を捻っているようには見えない。
身体はクロスを向いたまま。
そこからストレート。
「もう1本お願いします」
「いいよ」
楓先輩がもう一度杏奈へ上げた。
真帆は同じ場所に入る。
杏奈の身体は、またクロスを向いている。
今度は逆を警戒した。
ほんの少し外を意識する。
杏奈が振る。
今度は、そのままクロス。
「……」
杏奈が着地する。
「今度は普通」
「分かっています」
「顔怖いよ」
「杏奈に言われたくないです」
梓先輩が笑った。
「真帆、身体の向きを答えにしたでしょ」
「はい……」
「杏奈みたいなの相手だと、それだけじゃ駄目」
「じゃあ、何を見るんですか?」
「見るものは今のでいいよ」
「え?」
「助走も身体も肩も、全部大事。でも情報と答えは違う」
梓先輩がネットを軽く叩く。
「今の真帆のいいところは、立つ場所自体は合ってること」
真帆は自分の足元を見る。
「合ってる?」
「うん。杏奈に対して壁を作る位置は悪くない」
梓先輩が茉里奈を見る。
「しかも、茉里奈はそこまで走って来られる」
「走れます!」
「うん。速すぎて真帆にぶつかりそうだけど」
「気をつけます!」
「だからまず、2枚としてはこっちの方が形になりやすいね」
杏奈側。
軸になるのは真帆。
真帆は、見えている。
位置を決めるのは得意だ。
そして遠いところから閉じる茉里奈は、判断さえ迷わなければとにかく速い。
真帆が場所を作る。
茉里奈がそこへ来る。
2人の得意な部分だけなら、噛み合っている。
「もう1回お願いします」
◇
何本か続いた。
凜へ上がる。
真帆は走る。
今度はさっきより早く茉里奈へ追いついた。
だが。
「茉里奈、内すぎ!」
「えっ!?」
梓先輩の声。
凜が2人の外側を抜く。
「ごめんなさーーーい!!」
次。
また凜。
今度は茉里奈が外へ寄りすぎた。
真帆もそこへ閉じるしかない。
凜がクロスへ叩き込む。
「茉里奈、逆!!」
「ごめんなさーーーい!!」
「今の逆っていうか場所!」
「どっちですかーーー!?」
「凜見ろー!」
怒られているのに、茉里奈の動きそのものは凄かった。
場所を修正するための1歩が速い。
慌てて跳んでも高い。
間違った場所にいる時ですら、ネットの上へ出る手の高さだけなら真帆より余裕がある。
次の1本では、途中で位置を直した。
凜が打つ。
茉里奈の手に当たり、ボールが大きく跳ね上がった。
「おお!」
凜が声を上げる。
「高っ!」
「えへへ」
茉里奈が嬉しそうに着地する。
真帆は隣でその手を見上げた。
「……羨ましい」
「何が?」
「身体能力」
「真帆も高いじゃん」
「そういうことじゃなくて」
茉里奈は少し考えて、
「じゃあ仲間じゃない?」
「ミドルなのは仲間」
「よかった!」
梓先輩が笑った。
「真帆は茉里奈にならなくていいよ」
「え?」
「茉里奈は多少間違えても身体で取り返せる。でも真帆は、そもそも間違えることが少ない」
「でも遅いです」
「だから、判断したものを身体に渡すのを少し早くする」
梓先輩は、凜と杏奈を交互に見る。
「全部分かってから動くんじゃなくて、途中で1歩出す。違ったら直す」
「はい」
「真帆の見る力は捨てなくていい。それは武器だから」
真帆は頷いた。
◇
杏奈側では、少しずつ2枚が形になってきた。
真帆は杏奈の正面で位置を取る。
その位置へ、茉里奈が閉じてくる。
「茉里奈、もうちょっと離れて」
「ここ?」
「そこ」
「分かった!」
「真帆、外の手だけ少し意識して」
梓先輩の声。
「はい」
杏奈が跳ぶ。
身体はクロス。
逆。
ストレート。
真帆が外の手を出す。
触った。
ボールが後ろへ大きく弾かれる。
「あっ」
「今のいい」
梓先輩が言う。
「全部当てようとしなかったから間に合った」
もう1本。
今度は向いている方。
クロス。
茉里奈の手をかすめた。
「触った!」
「次!」
杏奈がボールを拾う。
笑っていた。
真帆も少し楽しくなってきた。
「もう一度お願いします」
怜奈先輩が上げる。
杏奈。
真帆は位置を決める。
茉里奈が閉じる。
2枚。
杏奈の身体はクロス。
真帆はそれを見る。
でも、決めつけない。
杏奈が振り抜く。
逆。
「っ!」
真帆の外側の手に、まともに当たった。
ボールが真下へ落ちる。
杏奈の足元。
「……!」
一瞬、真帆自身が動けなかった。
「止めた!」
凜が叫んだ。
真帆は自分の手を見る。
触ったのではない。
完全に落とした。
「ナイス、真帆」
梓先輩が笑う。
「今のいいよ」
「はい!」
杏奈は足元のボールを見ていた。
「……へえ」
そして、顔を上げる。
それまでと何かが変わった。
笑ってはいる。
でも、目が少し怖い。
「杏奈?」
凜が嬉しそうに覗き込む。
「もう1本お願いします」
「入った!」
「何が?」
「杏奈のスイッチ!」
「入ってないよ」
「入ってる!」
「入ってないって」
声はいつも通りだった。
でも、真帆にも分かった。
たぶん、入っている。
その杏奈を見ながら、梓先輩がぽつりと言った。
「流石、栞ちゃんの女房役」
「いえ、アレはどっちかっていうと子供です!」
杏奈が即座に返した。
少し離れたコートから、
「聞こえてる」
栞の声が飛んでくる。
「聞こえるように言った!」
「ひどい」
「誰が世話してると思ってるの!」
そこで椿山の3年生キャプテンが吹き出した。
「お前ら、忘れてるかもしれないけどな」
笑いながら杏奈を指す。
「杏奈、JOC3位のチームで栞の対角エースだったからな」
「え?」
真帆が振り返った。
凜も。
梓先輩も。
常盤の2年生ミドルも。
茉里奈まで、
「え?」
と振り返る。
一拍。
「あ、そうだった」
「お前は知ってるだろ!」
「知ってます!」
キャプテンのツッコミに、茉里奈が元気よく返した。
杏奈はなぜそんなに驚かれているのか分からないように、ぱちぱちと瞬きをした。
「いや、でも栞がエースだったじゃないですか」
「お前もエースだっただろ」
「対角ですけど」
「対角エース!」
「でも栞いましたし」
「栞がいたらお前の実績消えるのか?」
「そういう意味じゃないですけど……」
杏奈は困ったように笑う。
真帆は改めて彼女を見る。
JOC3位。
そのチームで、栞の反対側を任されていたエース。
パワーがないから、仕方なく器用に打っているのではない。
あの打ち方で、全国相手に点を取っていた。
「もう1本、お願いします」
杏奈が言った。
やっぱり笑っている。
けれど、さっきより怖い。
隣で茉里奈が、ほんの少し真帆へ寄った。
「……国語を教えて来るときの杏奈だ」
「昨日の?」
「うん」
「そんなに違うの?」
「逃げても逃がしてくれない」
「茉里奈」
杏奈がにこりと笑った。
「聞こえてるよ」
「ひっ」
「次、ちゃんと止めてね」
「はい……」
茉里奈が真帆の袖を掴む。
「真帆、頑張ろう」
「私も?」
「仲間だから!」
◇
そこからの杏奈は、本当に嫌だった。
向いている方向と逆へ打つ。
逆を警戒すれば、そのまま打つ。
真帆の外側の手を狙う。
2枚の間へ落とす。
手が出れば指先。
少し遅れれば、そこへ打つ。
強引に打ち抜くような球は少ない。
なのに、点になる場所を選ぶのが上手い。
「また抜かれた……」
真帆が呟く。
「もう1本お願いします」
杏奈がすぐ言う。
茉里奈が小声で、
「怖い」
と言った。
「国語より?」
「同じくらい」
「そんなに?」
「国語の杏奈すごいよ」
「聞こえてるよ」
「ひっ」
一方、凜側は相変わらずだった。
真帆は少しずつ早く走れるようになっていた。
凜へのトスを見て、茉里奈のところまで閉じる。
でも、軸になる茉里奈が毎回同じ場所にいるとは限らない。
「茉里奈、そこじゃない!」
「えっ!?」
「もっと外!」
「こっち!?」
「行きすぎ!」
「ごめんなさーーーい!!」
なのに、跳ぶ。
高い。
凜が笑う。
「茉里奈面白い!」
「凜、打ってる場合じゃないです!」
「打つ練習だから!」
「そうでした!」
真帆は思わず笑った。
でも、杏奈側へ戻ると、少しずつ2人の形が整う。
理由は分かっていた。
真帆が軸だからだ。
自分が場所を決める。
そこに茉里奈が来る。
茉里奈に難しい判断をさせる必要はない。
「ここ!」
「うん!」
真帆が位置を示す。
茉里奈が走る。
速い。
ただ、速すぎる。
「茉里奈、止まって!」
「うわっ!」
肩が真帆にぶつかりそうになる。
「ごめん!」
「私を押し出したら意味ないから!」
「次気をつける!」
梓先輩が笑う。
「そうそう。ブロックへのツッコミが強すぎるんだよ、茉里奈」
「ツッコミ?」
「走ってきて、その勢いのまま真帆を追い越しそうになってる」
「ああ!」
「真帆が軸なんだから、真帆の位置を壊さない」
「はい!」
「横へ並ぶだけ」
「分かりました!」
今度は椿山のキャプテンも、
「そこは本当に覚えろよー!」
「覚えましたー!」
と声を飛ばした。
◇
そして、また杏奈へのトス。
セッターは怜奈先輩。
真帆は杏奈を見る。
助走。
踏み切り。
トスとの距離。
自分がどこへ立てば、杏奈の打てる範囲を狭められるか。
1歩。
ここ。
「茉里奈!」
「うん!」
反対側から、茉里奈が走ってくる。
速い。
でも今度は、突っ込まない。
真帆の横で止まる。
2人が並んだ。
杏奈が助走へ入る。
身体はクロス方向。
逆がある。
でも、そのままもある。
真帆は動かない。
自分が作った場所を信じる。
杏奈が跳ぶ。
ストレートへ打つ。
真帆の外側の手がそこにある。
杏奈が空中で、ほんの少しだけ打つ場所を内へずらす。
逃げる。
そこには。
茉里奈の手があった。
バンッ!
乾いた音が響いた。
ボールが真下へ落ちる。
杏奈の足元だった。
「……え?」
杏奈が目を丸くした。
真帆も一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「ドシャット!」
凜が叫ぶ。
「うわああああ!!」
茉里奈が跳び上がった。
「真帆! 止めた! 止めた!」
「う、うん……!」
「2人で!」
「うん!」
真帆も思わず拳を握った。
さっき1人で杏奈を止めた時とは違う。
今度は、2人だった。
自分が場所を作った。
茉里奈がそこへ来た。
2人で壁を作った。
杏奈が外を嫌って内へ変えた。
そこまで含めて、2枚で塞いだ。
「今の良かったよ」
梓先輩が満足そうに笑った。
「真帆がちゃんと軸になってた。茉里奈も最後、突っ込まずに横へつけた」
「はい!」
「やった!」
茉里奈が真帆を見る。
「仲間!」
「それ、まだ続いてたの?」
「ずっと仲間だよ!」
ネットの向こうでは、杏奈が足元のボールを拾った。
顔を上げる。
「……もう1本お願いします」
「杏奈もう一回!」
凜も同時に叫んだ。
「私も!」
茉里奈も乗る。
「もう一度お願いします!」
真帆も、つい言ってしまった。
怜奈先輩が無言で4人を見る。
「昨日の沙耶たちみたいになりたい?」
「……」
一瞬で静かになった。
凜が固まった。
杏奈も止まった。
茉里奈の笑顔が消えた。
真帆も思い出す。
昨日。
自主練。
夕食。
正座。
5人の視線が、ゆっくり体育館の入口へ向いた。
そこには、椅子に座った由梨先輩がいた。
まだ脚には装具がついている。
長く立ち続けないように、今日は最初から座って自主練を眺めていた。
由梨先輩は何も言わない。
こちらを見る。
にこりと笑う。
「……」
怖い。
続いて全員の視線が、壁の時計へ向いた。
夕食の時間が近い。
凜。
杏奈。
茉里奈。
真帆。
そして梓先輩まで。
「「「「「ご飯食べます」」」」」
ぴったり声が揃った。
入口で、由梨先輩が満足そうに頷いた。




