第三十二話 玄海女学院
準々決勝の相手が決まった時、青嵐の空気は少しだけ変わった。
福岡代表、玄海女学院。
全国大会に詳しくない私でも、その名前くらいは知っていた。
毎年のように全国へ出てくる常連校で、突出した1人に点を集めるチームではない。高さのある選手も揃っているけれど、それ以上に有名なのがブロックだった。
「玄海のブロックは、枚数じゃなくて壁を見ること」
試合前、深見監督はホワイトボードに相手のローテーションを書きながら言った。
「2枚だから打てる、とは思わないこと。あそこは2枚がちゃんと2枚分ある」
私はその言葉の意味を、試合が始まってすぐに理解した。
第1セット序盤。
怜奈先輩から沙耶先輩へ、いつも通り高い位置へトスが上がる。
相手のブロックは2枚。
沙耶先輩がクロスへ振り抜いた。
止められた。
ただ手に当たったのではない。
2人の間に隙間がなく、ネットの向こうに1枚の板を置かれたようだった。
ボールが青嵐側へ真下に落ちる。
「ドンマイ!」
凜の声が飛ぶ。
次のラリーでは、怜奈先輩が中央を使った。
皐月先輩が速攻へ入る。
今度は1枚しかついていない。
それでも完全には抜けなかった。
片手だけで触られたボールが玄海の後衛へ飛び、そのまま拾われる。
「ワンタッチ!」
そこから切り返され、玄海が点を取った。
私はアップゾーンで身体を動かしながら、思わず眉を寄せた。
「……硬い」
隣の美緒が頷いた。
「手、揃ってる」
「それもだけど、跳ぶ場所がずれないね」
青嵐のブロックだって高い。
萌々香先輩は188cm、皐月先輩は189cmもある。
でも玄海は、高さをそのまま高さとして使っているだけではなかった。
誰に何枚つくのかが早い。
そして2枚ついた時、互いの間を空けない。
真正面を閉じるのか、クロスを塞ぐのかも曖昧にならない。
抜けた先には、ちゃんとレシーバーがいる。
だから一度で終わらない。
青嵐がいつもなら1点にできる攻撃が、玄海相手にはもう一度返ってくる。
7対9。
9対11。
離されるほどではない。
でも追いつこうとすると、必ず1本止められる。
「凜!」
怜奈先輩のトスがレフトへ上がる。
「はい!」
凜が跳ぶ。
3枚ではない。
2枚。
凜は間を狙わず、外側の手へ当てた。
ボールがブロックの指先から外へ飛ぶ。
「よし!」
ブロックアウト。
私は思わず手を叩いた。
凜は止められながら、少しずつ玄海の手の使い方を見始めている。
その次は沙耶先輩がブロックの上を使った。
さらに綾香先輩がライトからフェイントを落とす。
11対11。
ようやく並んだ。
玄海はタイムアウトを取らなかった。
それも少し不気味だった。
慌てている様子がない。
むしろ、青嵐がどう点を取っているのかを見ているようにさえ感じる。
次の1本。
玄海のサーブが凜へ飛んだ。
凜が受ける。
また凜。
さらに次も。
私は腕を組みそうになって、すぐに解いた。
前の試合でも見た。
1本で崩すためだけではない。
凜に触らせて、そのあと走らせる。
相手が玄海に変わっても、全国の強豪がエースを削ろうとする方法は似ている。
凜はまだ打てている。
けれど、1球目を受けてから左へ開く距離が少しずつ短くなってきた。
「水瀬」
深見監督の声が飛んだ。
「はい!」
私はすぐにアップゾーンから近づいた。
真帆が10番のパドルを手にしている。
見た瞬間、もう分かった。
「3ローテだ」
「はいっ!」
パドルを受け取ろうとした時、真帆が少しだけ身体を寄せた。
「千尋」
「ん?」
「相手のリベロ、多分ドライブが苦手です」
私の手が一瞬止まった。
真帆はコートから目を離さない。
「沙耶先輩のサーブ、触ってはいるんですけど、Aになってません。少し回転が強い時ほど、前に弾いてます」
私は相手コートを見た。
玄海のリベロ。
ここまで何本も沙耶先輩のジャンプサーブを拾っている。
拾えている。
だから最初は上手いと思った。
でも、確かに。
沙耶先輩が真っ直ぐ叩いたサーブより、少し上から被せて強く回転をかけたドライブサーブの方が、返球位置がネットから離れている。
「狙い目かと」
真帆が言った。
私は笑った。
「私もそう思う」
真帆が少しだけ目を丸くする。
「見てたんですか?」
「さっきから。ウチのサーブで一番返ってないの、沙耶先輩のだったから」
「じゃあ、合ってますね」
「多分ね」
2人とも断定はしなかった。
でも、試す価値はある。
青嵐がサイドアウトを取った。
「水瀬、行け」
「はい!」
10番のパドルを持って交代ゾーンへ入る。
凜とすれ違う。
「3ローテお願い!」
「うん。休んでて」
「任せた!」
手を合わせ、私はコートへ入った。
ボールを受け取る。
相手のリベロがこちらを見た。
普通なら、リベロをわざわざサーブで狙う必要はない。
チームで一番レセプションが上手い選手なのだから。
でも、上手い選手にも苦手な球はある。
私はトスを上げた。
いつもより少しだけ上から被せる。
ボールの後ろを押すのではなく、上側を強く擦る。
狙うのはリベロの正面より少し奥。
打った。
ボールが強く回転しながら沈む。
リベロが入る。
「オーライ!」
腕に当たった。
落ちない。
やはり上手い。
でも、返球はネットから大きく離れた。
「よし!」
相手セッターが走る。
中央が使えない。
高いレフト1本。
萌々香先輩と綾香先輩が並んだ。
ブロックに触れたボールを美緒が拾う。
怜奈先輩へ返る。
沙耶先輩が左から入った。
2枚。
トスは中央。
皐月先輩が速攻を叩き込んだ。
「よっしゃ!」
青嵐の得点。
私はエンドラインへ戻りながら、ベンチ側を見た。
真帆も小さく拳を握っている。
当たった。
少なくとも1本は。
14対13。
青嵐がこのセットで初めて前へ出た。
私は次のボールを受け取る。
もう一度、リベロを見る。
そして気づいた。
「……早いな」
相手のレセプション陣の位置が変わっていた。
リベロが半歩下がっている。
その横の選手も少し内側へ寄り、深いドライブを1人で処理しなくてもいい形を作っていた。
たった1本。
それだけで修正してきた。
私は少し笑った。
「じゃあ、そっちはもういい」
2本目のサーブ。
今度はリベロへ打たなかった。
リベロの横が内へ寄ったことで、そのさらに外側が少し広くなっている。
そこへ狙う。
レシーバーが追いついた。
今度はAパス。
玄海の速攻が来る。
決められた。
14対14。
「やっぱ強いなあ」
私は呟きながらレセプションへ入った。
自分たちが見つける。
相手が直す。
今度は、その直した形から別の穴を探す。
全国のベスト8まで来れば、一つの弱点を見つけただけで試合が終わるわけではないらしい。
相手のサーブは、予想通り私へ来た。
受ける。
怜奈先輩へ返す。
沙耶先輩が打つ。
拾われる。
玄海が返す。
また青嵐が拾う。
長い。
どちらも簡単に終わらない。
最後は綾香先輩がブロックアウトを取った。
15対14。
ローテーション。
私は後衛中央へ移る。
その間にも、真帆は動いていた。
私がコートから見えたのは一瞬だけだった。
真帆が深見監督のそばへ寄り、何かを短く伝えている。
深見監督が玄海のコートを見た。
「白石!」
萌々香先輩が振り向く。
監督が短く何かを伝えると、萌々香先輩は一度、玄海のセッターを見た。
次のラリーが始まる。
玄海のレセプションが返った。
セッターが前へ入る。
レフト。
私にはそう見えた。
けれど、萌々香先輩がいつもよりわずかに早く外へ寄った。
2枚が揃う。
玄海のスパイクがその手に当たり、後ろへ上がった。
「ワンタッチ!」
私が拾う。
切り返し。
沙耶先輩が決める。
私はボールを追いながら、ちらりとベンチを見た。
真帆が、何でもない顔で次のボトルを用意していた。
何を言ったのかは分からない。
でも、多分。
何か見つけたのだ。
その後、皐月先輩が一度コートを出た時にも、真帆はそばへ寄っていた。
「皐月先輩、さっきの――」
そこまでしか聞こえない。
皐月先輩が真帆の言葉を聞きながら、相手の助走を見る。
そして小さく頷いた。
私はそれ以上気にする暇もなく、相手のサーブに備えて腰を落とした。
17対16。
18対17。
互いに1点ずつ取り合う。
玄海の壁は、最後まで硬かった。
青嵐が良いレセプションを返しても、必ずどこかにブロックがいる。
沙耶先輩が一度止められる。
次は皐月先輩がワンタッチに取られる。
凜が戻ってからも、2枚の手がきっちり揃ってきた。
それでも第1セットの青嵐は、止められたあとにもう一度拾った。
凜がブロックされたボールを美緒が上げる。
沙耶先輩が苦しい二段をつなぐ。
綾香先輩が返したボールを、萌々香先輩が次のブロックで止める。
20対18。
玄海がタイムアウトを取った。
私はアップゾーンへ戻り、真帆からタオルとボトルを受け取った。
「ナイスサーブでした」
「1本だけだったね」
「1点です」
「すぐ直されたけど」
「はい」
真帆は妙に嬉しそうだった。
私はボトルを口から離す。
「なんで嬉しそうなの?」
「直したってことは、嫌だったってことなので」
「……なるほど」
「次は、直した後を見るんですよね?」
私は少し笑った。
「当然」
「ですよね」
2人でコートを見る。
タイムアウトが終わった。
玄海はやはり崩れなかった。
20対19。
21対20。
また1点差。
沙耶先輩が2枚に止められ、玄海が同点に追いつく。
21対21。
ここまで来ても、玄海のブロックは乱れない。
逆に、セット終盤になるほど精度が上がっているようにすら見えた。
「沙耶!」
「はい、よっと!」
次の1本。
怜奈先輩はまた沙耶先輩へ上げた。
3枚。
それでも沙耶先輩は打った。
真正面ではない。
3枚の一番外。
指先だけを使う。
ボールが大きく外へ飛んだ。
「よし!」
22対21。
次は玄海がサイドアウト。
22対22。
長いラリー。
美緒が1本拾う。
凜がつなぐ。
怜奈先輩が走りながら上げる。
中央。
ミドルが決める。
23対22。
玄海の攻撃。
今度は青嵐のブロックが触った。
後ろへ落ちる。
美緒が上げた。
沙耶先輩へ二段。
玄海は3枚。
沙耶先輩が跳ぶ。
打つ。
ブロックに当たる。
ボールは青嵐側へ戻った。
「まだ!」
凜が飛び込んで上げる。
怜奈先輩が追いつく。
もう一度。
今度はライト。
綾香先輩が打った。
ワンタッチ。
玄海が拾う。
返ってくる。
萌々香先輩が止める。
ボールは玄海側で真上に上がった。
もう一度相手が打つ。
美緒が拾う。
終わらない。
私はアップゾーンでいつの間にか拳を握っていた。
「いけ!」
最後に上がったのは、凜だった。
2枚。
凜は一度大きく腕を振り、クロスではなくストレートへ抜いた。
ブロックの外。
ボールがライン際へ落ちる。
「よっしゃあ!」
24対22。
セットポイント。
青嵐の声が一段大きくなる。
最後のラリーも簡単には終わらなかった。
玄海が一度拾う。
青嵐も拾う。
沙耶先輩が打って、また玄海のブロックに触られる。
それを美緒が上げる。
怜奈先輩が中央へ振る。
速攻。
玄海が触る。
ボールがネット際へ戻った。
そこへ萌々香先輩が手を出した。
押し込む。
床に落ちた。
笛。
25対22。
「よっしゃああ!」
凜の声と同時に、青嵐の選手たちが集まった。
第1セット。
青嵐。
私もアップゾーンから手を叩いた。
取った。
玄海の硬いブロックを相手に、それでも先に1本取った。
けれど、コートの向こうを見る。
玄海の選手たちは、思ったほど沈んでいなかった。
ベンチへ戻りながら、何人かがもう話をしている。
ブロッカーが手の位置を確認している。
リベロも、さっき私に狙われた場所について隣の選手と何かを話していた。
私はそれを見ながら、少しだけ口元を引き締めた。
1セット取った。
でも、多分。
次は同じじゃない。
こちらが見たように。
向こうも、青嵐を1セット分見たのだから。




