第三十話 たった三つ
私はエンドラインの後ろで、ボールを一度だけ床へ弾ませた。
少し前まで、ここには凜がいた。
今は10番の代わりに12番がコートに入り、凜はアップゾーンへ戻っている。
3ローテ。
その言葉の意味は、もう分かっていた。
凜がいた後衛ライトから始まり、後衛中央、後衛レフトまで。その3つを自分が引き受ける。前衛へ回るところで、凜を戻す。
私は相手コートを見た。
まずは、自分のサーブからだった。
相手のレシーバー2人の間へ狙う。ボールは少し深く伸び、最後はリベロが身体を入れたものの、1球目はネットから離れた。
高いトスがレフトへ上がる。
皐月先輩が寄り、綾香先輩と2枚でコースを塞ぐ。打たれたボールを美緒が拾うと、怜奈先輩の手から沙耶先輩へトスが上がった。
高い打点から、ブロックの外側を打ち抜く。
「よし!」
青嵐の得点。
私はそのままエンドラインへ戻った。
当然、まだ自分のサーブだ。
2本目も入れる。今度は相手がきれいに返したが、速攻を皐月先輩がワンタッチにかけた。切り返しを綾香先輩が決め、もう1点。
3本目。
今度は相手の1球目が完璧に返った。中央を見せてからライトへ振られ、ブロックの外側を抜かれる。
笛が鳴った。
相手の得点。
私は息を整えながら、後衛へ残った。
2回戦なら、ここで終わっていた。
萌々香先輩のサーブだけを代わったあの時は、相手にサイドアウトを取られれば自分の仕事も終わりだった。
今日は違う。
深見監督は何も言わない。
私もコートから出ない。
そのままサーブレシーブの位置についた。
相手のサーバーがこちらを見る。
来る。
そう思った瞬間、本当にボールが飛んできた。
私は1歩左へ動き、正面に入った。
「オーライ!」
腕に当てる。
少しネットから離れたが、怜奈先輩なら十分に使える位置だった。
怜奈先輩が入る。
前では沙耶先輩が大きく助走し、皐月先輩が中央を走る。綾香先輩もライトから入った。
3枚ある。
相手のブロックが割れた。
トスは綾香先輩へ上がり、指先を使ってブロックアウトを取った。
青嵐の得点。
サイドアウト。
「よし、回るよ!」
声が飛ぶ。
私は1つ、位置を進めた。
後衛ライトから、後衛中央へ。
美緒はここでコートを出て、萌々香先輩が前衛へ戻る。
前衛には萌々香先輩、沙耶先輩、皐月先輩。
サーブは綾香先輩だった。
私は後衛中央から相手コートを見た。
これで2つ目。
綾香先輩のサーブが入る。
相手は大きく崩れなかった。レフトから強く打ち込まれ、私が上げる。怜奈先輩が追いつき、沙耶先輩へ高めに送った。
相手は2枚。
沙耶先輩が打つ。
拾われる。
ラリーが続いた。
私は後衛中央で、相手のセッターを見る。
次はライト。
1歩動く。
ブロックに触れたボールが少しコースを変えたが、身体を入れて上げた。
「ナイス、千尋!」
怜奈先輩が2本目に入る。
私はそのまま止まらなかった。
後ろから助走に入る。
前では沙耶先輩が走る。皐月先輩も中央へ入った。
怜奈先輩が一瞬、私を見た。
来る。
私はアタックラインの後ろで踏み切った。
最後の1歩で止めない。
前への勢いをそのまま身体へ乗せる。
トスを打った。
相手の後衛が滑り込み、どうにか上げる。
「くっ……!」
決まらなかった。
それでも、相手のブロックの1枚が次から明らかに私を確認するようになった。
後ろからも来る。
そう思わせただけでも意味がある。
次の切り返しでは、怜奈先輩が同じように私を走らせた。
相手のミドルが一瞬だけ後ろを見る。
その瞬間、トスは皐月先輩へ。
速攻が床へ突き刺さった。
私は着地した皐月先輩を見ながら、思わず笑った。
自分が決めなくてもいい。
走るだけで、誰かが打ちやすくなることもある。
その後、相手にサイドアウトを取られた。
サーブ権が渡る。
私はまたレセプションへ入る。
そして、また自分に来た。
「千尋!」
「はい!」
今度は少し短い。
前へ入り、拾う。
怜奈先輩へ返る。
相手はもう完全に私を狙っていた。
凜をサーブで削ろうとしていたのと同じように、代わって入った1年生へ集める。
けれど、私と凜では役割が違う。
凜は受けた直後に前へ走り、左から高く跳び、何本も点を取り続けなければならない。
私は違う。
受ける。
守る。
つなぐ。
余裕があれば、後ろから走る。
その間、前で点を取る人は他にいる。
沙耶先輩がいる。
皐月先輩がいる。
綾香先輩もいる。
だから、何本狙われても私は慌てなかった。
1本ずつ返せばいい。
その1本を誰かが点にしてくれる。
このラリーも最後は沙耶先輩が打ち切った。
青嵐がサイドアウトを取る。
「回る!」
もう1つ進む。
後衛中央から、後衛レフトへ。
3つ目。
皐月先輩がサーブ位置へ回った。
前衛は、左から怜奈先輩、萌々香先輩、沙耶先輩。
私は後衛レフト。
綾香先輩が後衛中央。
これが最後の後衛ローテだった。
皐月先輩のサーブが入る。
相手は1球目をきれいに返し、速い攻撃でサイドアウトを取った。
サーブ権が相手へ移る。
皐月先輩がコートを出て、美緒が入る。
私は後衛レフトで腰を落とした。
アップゾーンへ一瞬だけ目をやる。
凜は立っていた。
肩にかけていたタオルはもう外している。
片手には、12番のパドル。
私と交代してコートを出てから、ずっと手元にあったものだ。
さっきまでより呼吸も落ち着いている。
脚も動いている。
私と目が合うと、凜は12番を持ったまま拳を握った。
あと1点。
このサーブを切れば、青嵐がローテーションする。
私は前衛へ上がる。
そこで、凜を戻せる。
相手のサーバーがボールを構えた。
狙う場所は、もう分かっていた。
また私だった。
この3ローテで何本目なのか、もう数えていない。
深い。
私は1歩下がり、身体の正面で受けた。
ボールがきれいに上がる。
「ナイス!」
怜奈先輩のところへ返った。
その瞬間、私は動いた。
受けたから終わりではない。
この1本を取るところまでが、自分の3ローテだ。
レフト側へ開く。
前衛ライトでは沙耶先輩がすでに助走へ入っていた。
相手のブロックが反応する。
沙耶先輩だ。
ここまで何本も決めている。無視できるはずがない。
中央へは萌々香先輩が走った。
188cmのミドルが真ん中へ突っ込んでくる。
もう1枚のブロッカーがそちらを見る。
怜奈先輩がネット際へ入った。
ライトに沙耶先輩。
真ん中に萌々香先輩。
そして。
左が空いている。
私は後衛レフトから、その空いた場所へ向かって助走した。
怜奈先輩が見逃すはずがなかった。
トスが上がった。
私の前へ。
アタックラインの後ろ。
最後の2歩。
前への勢いを止めない。
身体ごとボールへ入る。
跳んだ。
ブロックは遅れていた。
私は空いたレフト側へ、思い切り腕を振り抜いた。
ボールが床を叩いた。
笛が鳴る。
「よしっ!」
私は着地した勢いのまま2歩前へ出た。
青嵐の得点。
サイドアウト。
そして、ローテーション。
取った。
これで3つ。
「神崎!」
「はいっ!」
深見監督の声に、凜がすぐ動いた。
手には12番のパドルがある。
私も交代ゾーンへ向かった。
3ローテ前にコートを出た時より、凜の足取りは明らかに軽い。
近づいてくる10番を見て、私は笑った。
自分が凜の代わりになるわけじゃない。
凜と同じだけ点を取る必要もない。
後ろ3つを預かる。
その間だけ、凜をコートの外へ出す。
そして、一番強い凜をもう一度ここへ戻す。
交代ゾーンですれ違う。
「凜」
「うん!」
私は手を上げた。
「あとは頼んだよ」
凜が笑った。
「任せて!」
乾いた音が鳴った。
2人の手のひらが重なる。
私はコートを出て、凜がその先へ走っていった。




